題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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今日は書かないつもりでしたが、ついこう……手が。


第23話

 見慣れた道を歩きながら、バズは腕を組んで沈思していた。

 かつて世話になった、今は亡き先輩冒険者達の言葉を一つ一つ思い出しながら、彼は思考に沈んだまま、それでも淀みなく道を歩んでいく。

 横を通り過ぎて行く人々は、あぁバズさんじゃないか、と声をかけようとし、またある者は軽く手を上げようとして、バズの沈思するその姿に口を閉ざし、またあげ掛けていた手を下ろして、苦笑いを浮かべて素通りしていく。バズは当然、そんな彼らも目には入っていない。それほどに、何かに思い耽っているのだ。

 何度も通った歩きなれた道である。考え事をしながらでも彼には悠と歩けた。

 やがて、バズの目に一つの建物が映った。バズが自身の店を出て、目的とした場所である。道行く人は目に入らなくとも、そこが目的地となれば流石に気が付く。彼は組んでいた腕を解き、

 

「邪魔するぞ」

 そう言って、目の前にある大きな扉を開けた。空けた瞬間鼻に届いたアルコール臭に、彼はなんとなく笑った。どこも同じだ、と。

 次いで、彼の視界に飛び込んできたのは広い店内と多くのテーブル、僅かばかりに屯する冒険者達だ。

 時間は昼頃である。この時間であればこの程度だろう、とバズは頷き、目当ての人物が居るであろうカウンターへと向かっていく。

「あぁ、バズさん、お久しぶりっす」

「おう、お前まだ生きてたのか」

「あ、ご無沙汰しております」

「お前、相変わらず冒険者らしくねぇな」

 カウンターに辿りつくまでの間、テーブルに集まり硬貨を広げる者達、木製のコップを手に持っている者達、様々な冒険者達がバズに声をかけ、それらに全て言葉を返していく。

 

 そしてバズは、カウンターに着くと目当ての人物を探し……その姿が見えない事に、外れか、と胸中で舌打ちしながら、中の厨房で忙しなく動き回り、仕込みを行っているのだろう従業員達の一人、顔なじみに声をかけた。

「すまねぇが……ホイザーはどうした?」

「あ、こりゃあ、バズさん……どうも」

 バスが来店していた事に今気付いたのだろう。まだ若く見える従業員はバズに向かって慌てて頭を下げ、手をエプロンで拭きながらカウンターに走り寄ってきた。

「今ホイザーさんはちょっと用事で出てまして……なにか連絡なら、自分が聞いておきますが?」「そうか……いや、特に急ぐ話でもねぇ。また来るって伝えといてくれ」

 へい、と答え頷く従業員を見てから、踵を返そうとしていたバズに、声をかけた者が居た。

 

「お師匠。良かったらどうですかな?」

「……お前、居たのか?」

 店の奥、自身の店とは違い広い店内の奥の一角で、一人テーブルに座り、今しがた自身に声をかけてきた、美しく流れる黒髪をポニーテールに整えた冒険者を見て、バズはにやりと笑った。

「暇そうだな……それでも一流か、ガイラム?」

「休む時は休む。お師匠の教えでしょう」

 ガイラムと呼ばれた冒険者は、にこりと笑って返した。

 

 バズが足を向けた先は、かつての同業者、そして何の因果か今も同業者であるホイザーの店だ。中央区で二番目に大きな店、というだけあってその店の規模は中々のものである。

 当然、ホイザーの店は多くの冒険者や関係者が出入りし、情報も集まりやすい。ただ、ホイザーの店の客はゴミ漁りが半数以上で、単純に冒険者の質を追求した場合少々不安を覚えるが、ゴミ漁りはゴミ漁りで情報集めに必死だ。たった情報一つ、それだけが生死を分かつ事もある。

 更に言えば、今バズの前で木製のコップを傾ける一流と呼ばれる冒険者も数名居る。

 そういった場所で交わされる噂話、情報というのは真偽は別として、バズの経験上決して馬鹿に出来ない。殊迷宮の話に関しては。

 

「で、少し聞きたんだが」

「ほぅ……なんですかな?」

 ガイラムが座っていたテーブルに椅子を寄せ、腰を下ろしたバズに、ガイラムは手に持っていたコップをテーブルに戻し、バズをじっと見つめた。バズは対の相手の彫りの浅い貌にある、切れ長の眼の中で濡れて輝く黒い瞳に映った自身を眺めながら、鼻から大きく息を吐いて続けた。

「最近の迷宮は、どっかおかしいようだな?」

 確証のない事だ。ただ、何か違和感はある。元冒険者と言えど、迷宮に関わった時間が、経験が、先程の事件、ミックスのミックスの襲撃を通じて何かをバズに訴えている。そう思えてならないのだ。

 

 バズの言葉に、ガイラムはゆっくりと頷いた。

「最近、拙者も迷宮に潜った際、出くわす筈が無いモンスターから奇襲を受け、慌てふためいた物ですよ」

 時折混じる酷いヤマト訛りのガイラムに、バズはこめかみをぽりぽりとかいた。

「真面目な話のときは、ここの標準語で喋れ。笑っていいのか嘆いていいのか、分からん」

「これは異な事を申されます。拙者は到って真面目も真面目。大真面目ですよ。それをお師匠、無体な言葉で辱めるとは……悲しい事で御座るよ」

「いや、最後は明らかに意図したな?」

「さて?」

 目を細め、口元に弧を描き、ガイラムは髭の全く生えていない尖った顎をつるりと撫でた。中性的で、バズの店に居るメイド二人に僅か一歩及ばぬ、といった貌を持つガイラムだ。実に様になる仕草であった。今は昼時、広い店内に僅かばかりの筈の客であるのに、どこかから漏れた感嘆の溜息がバズの耳に届いた。周囲の冒険者達のうち、数人がガイラムの仕草を目にしたが故だろう。が、バズには見慣れた物である。

 

 ガイラムのゴミ漁り時代、散々面倒を見、世話をした。大陸も言葉も違う異国からこのヴァスゲルドにやって来たガイラムは、特にバズにとって手の掛かった後輩である。その間散々見る羽目になった仕草なのだから、免疫が無い方がおかしい。

「まったく……お前は」

 とは言え、完全に遮断出来る訳でもない。バズは少々内に篭った熱を溜息と共に吐き出し、首を横に振った。

 

「まぁ、いいさ。兎に角、なにか狂ってるんだな?」

「でしょう。どうにも迷宮の均衡が崩れたような気がしますよ、お師匠」

 他の誰が言うでもない。バズの一番弟子、の様な存在である冒険者の言だ。バズには疑う理由も無い。

「しかし、迷宮の様子がおかしくなるなど……過去に在った事はありますので?」

 ガイラムの問う声に、バズは適当に応えようとして――俯いた。適当に返すにも、自分だけが欲しい情報を得るのは、何か違うと思ったからだ。

 

「随分昔の事だが……いや、本当に昔なんだがな? あぁ、だがこりゃなぁ……」

「勿体ぶりますなぁ……早く先を聞きたいのですが?」

「んー……まぁ、いいか」

 バズは腕を組んで片目を閉じ、開かれた片目だけでガイラムをじっと見つめ、続ける。

 彼がここに来てまで欲した情報の根には、かつて聞いた話があったからだ。それを誰かに話すに、否とする物もない。ただ、話したところでどうなるものか、と思うのだが……バズは一度、自身の脳袋にこびり付いたそれを、外に出して冷静に考えみる事にした。

 その相手とすれば、ガイラムは持って来いの相手である。

 

「もう随分と前の話だ。俺の先輩達の先輩……まぁ相当昔、百年は行くって昔だ。一度、大きく迷宮がずれた事があったらしい」

「……ずれた、とは?」

「多分、いつもの様子とは違ったって事だろうな。モンスターがいきなり強くなったやら、弱いくせに、斬っても叩き潰しても死なない人型のモンスターが出たやら、だ」

「ほぅ……まるで不死の騎士だ」

 愉快そうに微笑むガイラムに、バズは頷いた。

「その噂話の原型が、それだ」

 冒険者の間で語り継がれる都市――いや、迷宮伝説の一つである。今も迷宮を彷徨い、出会う者全てを斬ると伝えれる不死の騎士の話だ。

 

「それは……また」

 一変、神妙に呟くガイラムに、バズは溜息をついた。

「俺はまったく出会わなかったからな……所詮噂としか思わんがな。まぁ、クリムゾンソードの一流殺し、程本物となれば、また違うんだろうが」

 最後に口にした一流殺しを別とすれば、迷宮伝説の多くは冒険者への戒めだ。無茶をするな、過信するな、驕るな、そんな事を伝える為に用意されたものが、それらなのだ。長く冒険者をやっていたからこそ、バズはその程度にしか受け取れなかった。たとえそれが今も尊敬する先輩冒険者の口から出た話だとしても、実体験を得ていない身では、その程度にしか思えない。

 

 ――とは言え、もう一つ聞いた話はあるんだが……あれは戒めでもなんでもねぇからなぁ。

 故に、口に出来なかった。馬鹿馬鹿しかったからだ。流石にそれは違うだろう、と彼は大きくかぶりを振って、結局冷静に考える事は無理だ、と諦めズボンのポケットから数枚の硬貨を出しテーブルの上に置いた。

 

「悪いな。大した物も飲めねぇだろうが、これで一杯やってくれ」

「いや、それはおかしい」

 椅子に座ったままではあるが、ガイラムは背筋を伸ばして、今は椅子から腰を上げたバズを見上げた。

「問われたから応えた。そして拙者もお師匠に問い、お師匠は応えましたよ。それ以上の事は無かったはずでしょう、お師匠?」

「俺が聞いたんだ。俺の勝手にさせろ」

「まったく、あなたと言う人は……」

 口から呆れの声音が漏れようと、ガイラムの相は楽しげである。そんなガイラムを視界の端に追いやり、バズは背を向けて歩き出した。

 と、去ろうとするバズの背を、ガイラムの声が引きとめた。

 

「おかしな事と言えば、お師匠」

「あん?」

 バズは振り返り、自身を真っ直ぐに見つめるガイラムを眺めた。

「余りに荒唐無稽なので、記憶の片隅にあったのですが……迷宮で奇天烈な者達を見ましたよ」

「奇天烈ってな、お前……お前が言って良い言葉じゃねぇな」

 額に手を当て、何か言いたげに自身を睨むバズを無視して、ガイラムは口を動かした。

 

「一瞬の事でしたが、白い服の女と、黒い服の女……それと黒い服を着た男を見たのですよ。いや、余りに奇妙奇天烈な服装でしたので、あれは幻覚だと思っていましたが」

「どんな服だってんだ?」

「えぇ、診療所や一般向けの夜の酒場……あとは、娼館などで偶に見る、あれです。いや、男が着ていたのはただの黒一色の服でしたが……」

「もったいぶるなよ」

 バズが目で先を促すと、ガイラムは目を細めて軽き頷き、ぽつりと呟いた。

 

「看護師服とバニースーツでしたな、あれは」

 バズはもう、何も言わずに店から去っていった。

 

 扉の閉まる音を背で聞き、乱暴に頭を掻く。息を吸って、大きく吐いた。最後に馬鹿げた事を口にしたガイラムの顔を脳裏に浮かべ、バズは肩を落とした。

 思えば長い付き合いで在るが、彼はガイラムが男か女か、それさえも知らない。まさに奇天烈な存在だ、ガイラムと言う冒険者は。名前は明らかに偽名。顔立ちはヤマト民族そのものだが、出身は海を隔てた遠い異国と口にしたのみ。年齢も不明。細身の体に黒い薄鎧だけをまとい、手に反った片刃の細剣を持って迷宮を進む一流冒険者だ。ガイラムの一撃を偶然目にした他チームの一流冒険者は、余りに鮮やかな一閃を、まるで時間が止まったかの様な美しい一撃だった、と酒場の席で賞賛した程だ。

 現役最強と称えられ、その人気は一般の街娘にまで及ぶが、その辺りは性別不明な美貌もあってだろう。

 そんなガイラムから最後に聞いたのは馬鹿げた話だが、彼もそれに並ぶ様な馬鹿げた話を口から出そうとしていた。

 

 昔、バズが世話になった冒険者が、更にその先輩達から噂として聞いたと言う話だ。相当に古い話で、軽く見積もっても二百年ほど前の噂話になる、遠い昔の話だ。

 ただ、その話自体は大抵の人間は知っている。冒険者以外でも知っているような類の話だ。

 ヴァスゲルド、迷宮、その根底に潜む一人の小さな英雄の話。

 

「三人目のカイン・フレイビット……迷宮の王様、か」

 迷宮の王。

 それはただの迷宮伝説の一つで、それ以上に……御伽噺だ。




じかんをあやつったようないちげきかー、うわー、だれのしそんだろうなぁー

まぁ今後物語に関わるキャラクターでもないので、遊びました。
後キャラクター設定を脳内で練っていた頃から、ストレイトジャケットの某中性的美人戦術魔法士を思い出してました。
あれ最終巻がなぁ……最終巻がなぁ……なんであの幕引きなの……

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