題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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前回区切りが良いからここで区切ろう、とかやったら今回泣き入ったでござる。
流石俺。


第18話

 戦後、もっとも復興の早かった場所といえば、マーケットと呼ばれた物である。

 闇市、と言っても良いだろう。それは人の集まりが多そうな拓かれた場所で勝手に生まれた。誰が認可したわけでもない。無許可に、無認可のまま、広がった。

 何せあの時代、この土地は俺の土地でした、といえばある程度通ってしまった無茶な時代だ。

誰の土地だとか、どこの土地だとかは一切関係ない。本当に勝手にやって勝手に生まれたらしい。

 一人が露店を広げれば、誰かも真似し、その露店はいつしか薄い板で区切り店となり、そこを占領してまた客を呼び……そうした事を皆が繰り返すうちに、マーケットが出来たがったのである。

 戦後の混乱期だ。警察や国は碌に動けず、また一般市民は見てみぬ振りをして、結局は物が集まるそこを利用した。そうなれば、当然拡大の一途を辿り、出来上がったマーケットは更に無秩序に広がって迷宮の様な物になってしまったのである。

 数年後、警察が踏み込んだ際には、本当に道に迷ったと言うのだから、相当ひどかったのだろう。

 さて、何故今、戦後日本のマーケット――その中でも特に酷かった闇市を語っているかと言うと。

 

「……」

「いや、なんで俺の手を握るんだよ」

「……」

「迷子になりそうだから? 大丈夫だって。俺ここには何度も来てるから、お前が迷っても」

 言葉を待たず、首を横に振るウィルナに、あぁこの野郎とこめかみを刺激された。

「俺が迷子になるのか?」

「……」

 頷かれた。

 

 あぁ、さて。つまりマーケットの話なんぞを出したのは、こういう事なのだ。現在、俺とウィルナは、そのマーケットに優るとも劣らない場所に居る。

 そういう事なのだ。

 

 ヴァスゲルド中央区。その中央区の外れ、一つの迷宮の近くに在る商店地区だ。

 どこか混沌とした狭い路、立ち並ぶ店で値切る客、値切らせまいとする店員。道の端で近況を面白おかしく口にする中年のおばさん、それを聞きながら一喜一憂する老婆。退屈そうな子供と、店に並ぶ果実を物欲しそうに眺める幼児。引退して店を子に任し、自身は店の前に置かれた椅子に座り路行く人々を見ながら欠伸をする老人。

 

 それが、俺の良く知るここだった。買出しに何度か出ているのだから、庭とは呼べないまでも馴染みのある場所だと胸を張って言える。言えるのだが、なんだろうか、この違和感は。

 あぁいや、いい。やっぱり無理だ。無茶だ。分かっていた事じゃないか。

 俺は手を握ったままのウィルナを無視して、周辺に目を走らせた。構えず、さらっと、だ。

 

 皆が皆、黙ったまま一点――ウィルナを見つめている。でっかい口をあけて、目を点にして。

 

 あぁ畜生と思いながら、今度は耳を澄ましてみる。

 いつもの喧騒なんて、どこにもありはしない。まったくの無音で、無声だ。人の絶えたゴーストタウンだって、もっと何か音がする筈だ、きっと。

 肩を落として、俺は左手を優しく包み込む手の持ち主、ウィルナを恨めがましくちょっと上目遣いで睨んでみた。

 

「……」

 お返しとばかりに上目遣いで見つめられた。頬がちょっと上気しててかなり疲れる光景だったいやなんでこんな場所で、衆人環視の中でニッチな睨めっこをするんだこの野郎。

「……」

 先にやったのは俺だと? お前それはいやなんでこんな意思の疎通が、っていうかこれ意思の疎通ってレベルか?

 

 ……いかん。駄目だ、やっぱこっちも駄目だ。ミレットも大概駄目だと思ったが、姉の方も大概あれだ。まぁスカートで目を隠してくる時点で相当あれなんだが。

 望んで、願って。その結果生まれた物だと分かっていても、目の前に居るのは者だ。

 物じゃない。盾じゃない。ウィルナと言う名のメイドだ。俺の理想を正確に形にした女性だ。どうしたって、直視するときついものがある。

 

 俺はウィルナから強引に目を離し、空いている手でメモを懐から取り出して見た。

 最初の買い物は、一番最初に無いとタリサさんが口にしていた油にしよう。そう思って、未だ離せないままの手に、力を込めた。

「……」

 ウィルナは、黙って付いてくる。エリザヴェータの時は、どうだっただろうか。その手のぬくもりに甘え切れないと、小柄で、実際は兎も角、自身よりか弱く見える姿に寄りかかれないと感じた。

 けれど、どうだろうか。ウィルナなら、どうなのだろうか。

 子供なら、甘えても良いのだろうか。大人なら、逆に支えてやるべきなのだろうか。

 でも、それは何か違う、どちらも、何かが違う。俺が中途半端って事を踏まえても、それは何か違う。絶対に。でも、分からない。

 

「わかんねぇー……」

 空で燦々と輝く太陽を仰ぎ見ながら、勝手に零れた呟きはどうにも自分の声らしくない。他人の声のようだ。

 

「あぁ、なるほど……それでここが静かなのか」

 声が一つ、耳を打った。聞きなれた太い声だ。正面に視線を戻すと、そこには店を出た時と同じで、やたらとでかい荷物を担いだバズさんが居た。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 道に足を向けると、常にある喧騒が無かった。

 そこは商店区画である。いつもなら耳を塞ぎたいほどのざわめきが在るのだが、今日に限ってそれが綺麗さっぱりないのだ。

 バズは鍛冶屋の老人に一時預け、今また自身の手元に戻ってきたそれを抱えたまま、道を進んでいく。

 道行く人々をなんとはなしに眺めていると、ある事に彼は気付いた。

 

 ――全員、同じ方向に向いて、間抜け面してやがるな。

 

 ならばそれを見るのも一興だ、と彼は足を進め……そして視界にそれを拾った。拾った瞬間、あぁ、と納得した。であれば、こうなるだろうと。

 彼は歩を少しばかり早め、この静寂の元凶の傍へと寄っていく。厳密には元凶の横に居る、ひ弱そうな男の方に、だ。

 そして陽を仰ぎ見ている男に、バズは声を掛けた。

 

「あぁ、なるほど……それでここが静かなのか」

「……バズさん?」

「おう」

 バズは鷹揚に頷くと、次いで、にやりと笑った。常通りの男臭い笑みだ。つい先程、鍛冶屋の老人に見せた困惑の相とは似ても似つかない物である。

 

「なんだ、店をタリサとミレットに任せて、坊主、ウィルナと逢引か?」

 小指を立てて楽しげに笑うバズに、男は頭を抱えて項垂れた。

「いや、違いますし……っていうか、なんでジェスチャーまで共通なんだよ……」

「なんだ、違うのか。楽しげに手を繋いでるから、俺はてっきり」

 バズのその言葉に、男は瞼をしぱたかせた。それから、ゆっくりと自身の手に視線を落として、十秒ほど固まり、肩を落としてゆっくりと手を離した。

 手を離されたウィルナは、暫くの間自身の手のひらと、離された男の手のひらをじっと見つめ、手を前で組んで、いつも通り男の背後に佇む。影を踏まぬよう、少しばかり離れた所に立ったウィルナを見て、バズは、

 

 ――こいつらのこう言う所が、よく分からん。

 と胸の中だけで呟いた。

 バズ自身、若い頃はそれなりに女性との関係があった。今は完全にフリーだが、その気になれば引く手数多だ。何せ彼は元一流の冒険者で、一応の店持ちである。結婚を前提として付き合うとしても、悪い物件ではない。

 この年頃であれば、触れたのなんだのでまだ騒げる頃だ。プラトニックに行くにしても、貪欲に行くにしても、もっと色々あるとバズは自身の経験から思うのだが、この男はどうも無関心な部分がある。

 高い算術を持つ自分自身の価値や、女性に対しての態度が、酷く淡白ではないか。

 バズは一旦担いでいた荷物を地面に置き、男の肩に手を置いた。そのまま、ウィルナに来るな、と目で訴え少しはなれたところに男を引っ張り込んだ。

 

「止めてください、マッチョは趣味じゃないんです」

「このまま首絞めるぞお前」

 なにやら本気でそう言ってくる男にバズは割りと本気で脅し、随分と馴染んだもんだ、と思いながら一つ溜息を零して小さな声で呟いた。

 

「お前はあれか……その、男の部分が不能なのか?」

「いきなり直球ですかそうですか」

「いやお前……タリサと一緒の部屋で寝てても、あれなんだろう?」

「手出したら大変な目にあうって脅しましたよねバズさん?」

 確かにそうだ。もっとも、そんな事を仕出かせばバズが殴り飛ばすより先に、タリサが男の急所を握りつぶしてしまうだろう。

 が、若い男のあれは理性と別の場所にある物だ。感情さえ飲み込んでしまう事もある厄介な物であるというのに、いったいぜんたい、この男はどうなっているのかとバズは不安を覚える。

 

 だが、それはバズから見れば、だ。

 帰る事を諦めていない男からすれば、ここに多くを残すつもりは最初から無い。理不尽に、気付けば男はここに居た。名前さえ奪われて。根っこが無い時点で人として不完全な上に、残るつもりなどさらさら無いのだから、残していく物を多く作るつもりは男に無い。今はまだ、帰る術が無いだけだ。今は。

 それだけの事だ。

 事情を知らぬバズからすれば、男のこれは酷く奇異だろう。だが、両者の視点で見ていれば然程に奇異な物ではない。

 

 この世界だけで生きるバズに、それを分かれというのは酷な事だろう。この世界以外、もう一つ世界を見て行動しろなどと、常識で見れば狂人の言い分だ。

 が、それはそれとして、バズにはもう一つ言いたい事が在る。

 

「お前、マッチョが嫌いなんだな?」

「はい」

「……じゃあ、なんでエリィが好きなんだ?」

 狭い店だ。そこそこの時間を共に過ごすだけでも、情報と言うのは耳に入ってくる。当然、男の言動もだ。

 バズの目から見れば、エリィは確かにそれなりの物だが、例えば同じ宿にいるジュディアや、更に言えば今バズと男をじっと見つめる赤い瞳のメイド――ウィルナと、その妹であるミレットと比べられるだけの美貌は持ち得ていない。

 

 バズの問いに、男は特に迷うことも無く、あっさりと応えた。

「いや、綺麗でしょ?」

「……好きじゃなく?」

「綺麗でしょ?」

「お前……」

 バズは男の肩から手を離して地に置いた荷物へと近づき、それを拾い上げ担ぎなおした。バズの中で一つの、もしや、という思いが生まれる。だから彼は、担いだ荷物、それを巻く布を片手で器用に剥ぎ取り、男に見せようとして――

 

 悲鳴にならぬ悲鳴を聞いた。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 ここだ。ここだ。

 ここだ。これだ。

 

 暗い石畳は前と後ろの足があれ程痛かったのに、ここは違うとそれは喜んだ。

 全力で駆け、明るい世界がある事にそれは喜んだ。

 それは得た。得たのだ。ならば次は、この空腹だ。

 自身について来る仲間達に唸りながら命令を下し、それは餌を求めて――商店区画へと入った。

 

  ○      ○      ○

 

 

 その狭い道に居た人々が、我先にと逃げ惑い、残されたのは数人だけだ。

 踏み荒らされた地面から立ち上る土煙の向こう、バズの目に飛び込むは疾走する獣達だ。彼が現役時代蹴散らしたモンスターとの類似点が多々散見される獣だ。

 大型犬よりも遥かに大きく、虎や獅子ほどの体躯を持つとなれば、ただの獣だと黙って見ていられる訳が無い。太陽の下を駆けるなら、その存在は害獣だ。モンスター退治のエキスパートである冒険者、いや、元冒険者の出番ではない。しかし、だがしかし。

 

「お前らは、何と言うか……不運だな、おい」

 バズのその言葉を待っていたわけでは無いだろう。だが、残っていた数人のうち、何人かはその言葉と共に踏み出した。腰に帯びた得物を抜き払い、獣達に向かっていくのは、偶然ここに居た冒険者達だ。彼らの初撃を見届けてから、バズはゆっくりと男の居た方向へと目だけ動かした。どうせ腰を抜かしているのだろう、と思ったが、

 

「……ウィルナ」

 男は震える体を自身の両手で抱きしめて、どうにか立っていた。青い顔をしたまま、いつの間にか自身の傍に佇むウィルナを真っ直ぐに、その瞳だけは震わせず見つめ、彼女の名を口にしていた。

 名を呼ばれたウィルナが無言のまま頷き、軽く両の手を振った時――バズは見てしまった。赤の奔流を、朱の瀑布を。一瞬だけバズの網膜を焼いた、その破滅の煌きを。

 バズが驚きに瞬きした瞬間、それは消えて黒く巨大な二つの盾と化しウィルナの手に在った。なるほどと彼は唾を飲み込んだ。ジュディア達は正しかったのだろう。

 だが、とバズは思う。巨大な黒い盾と言うが、ただの黒か、と。

 その盾には、亀裂の様な模様が幾つも走っている。人の動脈が如く、太く、細く、短く、長く、だ。その亀裂は紅で、時折金に紅にと明滅しているのだから、ただの巨大で黒い盾である訳が無い。

 

 魔法を付与された武具を、彼は多く知っている。見ている。触れさえした。だが、あれほどに、あぁも禍々しい物を、バズは見た事が無い。すでに終えた冒険者時代を通じて、聞いた事すらない。

 ウィルナの盾から目を離さぬバズの視界に、男へと牙を剥いて走ってゆく獣が二匹、入った。この場に置いて一番弱い者を的確に見抜いたのだ。所詮、所詮は盾だ。それは守る物で、いかに禍々しかろうと得物ではない。青い顔の男は怯えた顔のまま、それでも逃げ出さずその場に立つだけだ。いや、逃げるという選択肢すら恐怖が奪ったのか。布を剥ぎ取った自身の得物を掴みなおし、バズが男へと駆け寄るよりも先に――

 

 獣が二匹、宙へと浮いた。

 

 応戦する冒険者達が、そしてバズが、牙を剥き、爪を立てる獣達さえもが、それを見てしまった。左手の巨大な盾を突き出したウィルナが、音も無く飛び上がり。

 そして、右手の盾を音も無く一瞬で突き出して、宙に浮いていた獣達を肉片へと変えた。殴って浮かし、飛び上がりもう一度殴った。振り回すのも困難だろう、巨大な盾二つで。

 それを為した褐色のメイドは、巨大な盾を二つ持っていると言うのに、なんら動作に異常なく悠然と地に降り、返り血一つ滴らぬ美貌になんの相も浮かべず、男の傍で周囲を見るだけだ。次は誰だ、と。

 そんな物を見て、バズは身を震わせた。

 

 馬鹿馬鹿しい。幾らなんでも限度がある。大概にしろ。完璧にも程がある。

 怒鳴りだしたい筈の感情は、しかし全く違った感情で口から出た。

 

「は……ッ! はははは――ははははははははははッ!!」

 今しがた獣を肉片へと変えたばかりの場にそぐわぬ、野太い笑い声だ。残った冒険者達が防具もまとわず、得物だけを手に戦う一種の戦場だ。

 その中で、バズは大きな声で笑い、笑い続けて――それを振った。

 

 肉の潰れる音と共に文字通り散った仲間の死に理解が追いつかず、呆然としていた獣が二匹、吹き飛んだ。

 ウィルナ程ではない。それは人外の力ではない。それでも、一際輝いた力だった。

 振ったそれを再び肩に担ぎなおし、バズは叫んだ。

「よぉーし! 残った馬鹿共! 全員突撃だ!! メイドのお嬢ちゃんに負けるんじゃねぇぞ!!」

 バズの声に冒険者達が力強く頷き、手に持っていた得物を振り上げた。

 その姿を見ながら、男はウィルナに頷いた。ウィルナは一礼してから、腕をゆっくりと振り、盾を跡形も無く消した。

 そうだ、ここからは彼らの時間だ。彼らの戦場だ。そこが狭い道だろうと、戦うべき相手が本来の者で無いとしても、ここから先は部外者が汚すべき場所ではない。

 

 そして獣達は。

 獣達は、何故、どうして、自分達はここにきたのだろうか、と考えながら。確実に潰されていった。

 外はこんなに明るいのに、あそことは違って、確かに生き易いと思ったのに、何故だろうと思いながら。

 遠くで、母と父があの暗いじめじめとした場所で遠吠えしているような、そんな錯覚を感じ、自身も吼えねばと頭を上げ――モンスターになれなかった混血の混血は、振り下ろされた巨大な鉄槌によって地面にこびり付いた。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 遠い昔、いや、さほど昔ではないかもしれない。兎に角昔だ。ある男が、迷宮で一つに武器に出会った。馬鹿みたいに大きい、馬鹿みたいに重い鉄槌だった。迷宮であれば珍しい物ではない。人に適さぬ大きさならば、それは死したモンスターの得物がそこに転がっているだけのことだ。だが、男はそこに見てしまった。薄暗い世界を、カンテラで照らし、見てしまった。

 鉄槌には、言葉が一つ彫り込まれていた。

 

『いくたりがふれようか』

 

 馬鹿にするなと、男は憤った。馬鹿にするなと、男は叫んだ。その日から、男はそれを振る毎日だった。碌に振れた物ではない得物だ。巨大すぎるが故に目測を誤り、仲間を殺しそうになった。一度振るたびに均衡を崩し、転がりそうになった。持って歩くだけで、息が切れた。

 それでも男は――バズは振り続けた。自身についた名は『鉄槌』。

 ならばこれこそ振るべきだと言い聞かせて、振り続けた。振れると信じ続けた。いい加減諦めろという競争相手や、仲間を無視して彼は振り続けて、そして――

 

 彼は誰からも『鉄槌』と呼ばれる男になった。

 

 

  ○      ○      ○

 

 

 血に塗れ、肉片がこびり付いた巨大な鉄槌を手に、バズは笑った。もはや周囲に生きた獣はなく、全てが処理された後だ。

 獣達が迷い込み、それを冒険者達が退治した商店区画の一画は狭いと思えた路であったが、人々の少なくなった今、それなりに広く見える。普段、いかに多くの人が屯しているか、という事だ。そして、周囲にある多くの店は――破壊されていた。

 当然だ。人と獣が得物を手にして戦ったのだ。戦場と化したそこが、形も変わらず残るわけが無い。店の主達は己が店の惨状に立ち竦み、或いは肩を震わせて嘆くかもしれないが、自身は無事だったのだから、それで良しと思うより他ない。獣を退治した冒険者達やバズには、殲滅した功こそあれ、責められる謂れは無い。

 その中心部で得物を手にして立つバズの笑みは。

 凄惨に見えてもおかしくないその相は、どこか子供の様な無垢な彩がある。

 腕を上げ、残っていた冒険者達が互いの手を打ち鳴らし、背を叩く。そんな中、バズに近づく人影が二つあった。

 男と、ウィルナだ。

 男はバズ、と言うよりは、バズの手に在る鉄槌だけをじっと見つめて、足を進めていた。その姿に、バズはやっぱりか、と頷いた。だとしたら、バズにはある程度理解できる。その思考は除外して、だが。

 バズは近づいてくる男に、

 

「お前は、まっとうな冒険者ってのが綺麗に見えるんだな?」

「……」

 男はそれに応えない。だが、それは一つの応えだ。

 

 思えば、男がエリィ達を別とすれば一早く馴染んだヒューム達は、その手の人間達だ。他にも、ジュディアに対して特に興味を抱かないのは、彼女が冒険者であるよりも、美貌を維持しようとして冒険者の枠から外れているからだ。そして最後に……エリィは典型的な、迷宮を行くまっとうな冒険者だ。鎧も、武器も、妥協しない。見栄えなんて後で、性能重視だ。その結果、細くは在れど、年頃の少女らしからぬ鍛えられた体を得る事になってしまったが、それはさぞ、男にとって価値在る物に見えた事だろう。

 

 男の目には、迷宮と冒険者、それらがバズとはまた違った見え方をしているのかもしれない。

 その思考回路がどの様にしてそれらの区別を行っているのか、バズにはさっぱり分からないが、それだけは理解できた。

 名前が無い事が原因のだろうか。それとも、それ以外だろうか。

 バズには分からない。そして、これはバズが出しただけの答えだ。理解したと勘違いしているだけの可能性もある。

 結局は、そうなのだ。

 バズは男から自身の得物へと視線を移し、目を伏せて小さく笑った。

 振るしかない。思えば、それさえ勘違いだ。いくたりがふれようか、などと彫られていても、それはまた別の意味であったかもしれないのに、バズは振り続けた。

 

 触れなければ、分からない。触れ続けて、やっと見える何かが在る。得物も、人も。

 

 バズは得物を担ぎ、足を自身の店へと向けた。振り返らず、

「さて、帰るか」

「あー……いや、バズさん」

 バズのその言葉に、未だ顔色の悪い男は首を小さく横に振った。その手には、メモが在る。

 

「買い物、まだ全然で」

「……しまらねぇな」

 バズの言葉に、ウィルナが一礼した。

 

 

 ■ おまけ

 

 

 そして、買い物を終えた男達を待っていたのは、場末の酒場的なバズの店であり、その従業員である何やら疲れた顔のタリサと、淡い相のミレットと――

 

「今朝方見せましたテーブルセット、試作としてテーブルの一つに施して御座います」

「……」

「……」

「……」

 上品な花柄のテーブルクロスをまとい、洒落たティーカップ等が置かれた一つのテーブルだった。言うまでも無いだろうが、他のテーブルはいつも通りである。

 ウィルナは兎も角、男もバズも無言である。

 

「ここに座った方には、メイド的なサービスも思案中で御座いますが。ちなみに今回はツンデレ喫茶風にやらかしてみたいと思っております」

「いや、誰得なんだ」

「ミレットさん! 俺そこに座るよ!! つんでれとか分かんないけど、座るよッ!!」

「ブレイストさんェ……」

「ごめんな……うちの仲間が、ほんとごめんな……」

 謝りたおす涙目のヒュームの姿が、そこにあった。




商店区画は犠牲になったのだ。

それはそうと、実は今回はじめての予約投稿でした。

と、"いくたりがふれよう"かはこの世界の、解釈が変われば違った意味になる言葉、だと思っていただければ。英語とかにもそんなのありましたっけかね?
古代中国の詩文で、そんなのは目にした覚えはあるんですが……英語圏はさっぱりです。日本語圏もさっぱりですが。えぇ、生まれも育ちも日本ですがなにか?

次の章は、少し時間が空くかもしれません。
飽く迄、かも、ですが。

追記
書いてた筈の文章が抜けてたんで、追加。戦った後の店の惨状等。

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