題名のない迷宮会   作:カツカレーカツカレーライス抜き

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第11話

「だ か ら ぁ!! 嘘じゃないんだってば!!」

 アルコール臭い息を撒き散らしながらジュディアが叫んだ。ジュディアの隣に座る仲間達は一同、合わせたように頷くけど、バズさんを始め、俺でさえ怪訝な顔だ。或いは、

 

「いや、ジュディア、そりゃな、俺だって何もかも否定してる訳じゃない。……ただ、無理が在るって自分でも分かるだろう?」

 困った顔で諭すヒュームさんみたいな人や、

 

「ははははは! 愉快じゃないか! そりゃあすげぇや!!」

 ディスタさんみたいに、出来上がって面白がる人と、色々だ。

 

 そんな、『魔王の翼』亭に居る全員に向かって、ジュディアはお気に入りらしい果実酒を片手に、顔を真っ赤にしてさっきよりも勢い良く――そう、まさに気炎を吐くって感じで、

 

「うるさいこの酔っ払い共! 私達は嘘なんて言ってないのよ! バズさんも! こう、なんか言ってよ!!」

 話を振られたバズさんはなんとも言えぬ、と顔に書いたまま腕を組んで、首を横に振る。

「お前も酔っ払いだろうが」

 

 事実だ。ジュディアの顔が真っ赤なのは、勢い込んだだけのモンじゃなくて、アルコールによる所が大きい。ジュディア達のいつも座る指定席、カウンター席のテーブルには、食べ物なんて殆どない。最初に鶏肉のから揚げを頼んでから、一切追加はない。飲んで、ああも叫び続ければアルコールの回り方だって普通じゃすまない。

 ジュディアの体格はその辺の街娘とそう差はないから、あれだけ勢い良くやって居れば、そのまま倒れてしまうんじゃないかと心配になるが、誰も止める気配はない。

 祝いの席なんだから、もう少し、こう……と思う俺がおかしいんだろうか?

 

「なによなによなによぅ! あんたらねぇ! 私達の迷宮踏破記念とか言いながら、馬鹿にすんじゃないわよー!」

 腕を振り回し、いつのまにか空になっていたコップを感情のままに任せて、テーブルに叩きつけるように置いたジュディアは、カウンターに突っ伏して、今度は一転、ぶつぶつと呻き始めた。すぐ前に居る俺や、バズさん、それから隣に座る仲間達にしか聞こえないような声だ。

 

「見たのよー……確かに見たのよー……」

 空になったコップを恨めしげに見て、それを俺に弱々しく突きつけ、続ける。

 

「見たのよ、最下層で、メイドを二人……見たのよぅ」

 これがつまり、皆を怪訝に、困らせ、馬鹿笑いさせる原因だった。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

「旦那様に会う前に、手荒い歓迎でございますか。どうしますか、姉さん?」

「……」

 自身達を置いて、その美しい容姿に適した美声で語るメイド姿の女性二人に、ジュディアは場所も、状況も忘れて呆然とした。彼女は、ジュディアは誰もが認める美少女だ。その容姿は天が与えたと言っても過言ではない。歳相応の完成を前にした美ではあるが、だからこそそれがまた美しいのだと人に称えられ、また自身もそう思い、自負してきた。

 だが、これはどうだ。

 身にまとった服はただのメイド服だ。手首から先、首から上しか見せない在り来たりのメイド服でしかない。いや、だからこそ弥が上にも目を惹く。

 

 波さえ立たぬ湖面を思わせる淡い蒼の髪が、黄昏の沈む太陽を思わせる赤い髪が、地下世界を照らすカンテラの灯りだけで宝石の様に煌き。霊峰につもる雪の如き白い肌は清艶に、紅玉を星として浮かべる夜空の如き褐色の肌は艶然と輝き。細く鋭い輪郭の中に全てが名工、いや、神々の中でも一流と称される細工師達がそれぞれに魂を込めて創り上げたような唇が、鼻が、眉がある。

 何よりも瞳だ。全てを焼き尽くさんと、火焔竜が咆哮と共に吐き出した創生破壊の炎が、瞳に宿ったかの如く紅に染まったそれは、もう宝玉そのものだ。

 

 美しいとは、つまりこれなのだ、とジュディアは理解させられた。

 自身などただの美少女でしかない。しかし、それ以上にジュディア達を呆然とさせたのが、二人のその顔だ。全く同じ、違うところなどどう見ても見当たらないのだ。肌の色が違う以上、双子という事はないだろう。そんな双子を、彼女達は聞いた事も、まして見た事もない。しかし、どう見ても同じである。

 ならばこれはそう、この二人は自身達の常識から大きく外れた何かなのだと、得心した。得心する以外ない。現実は、目の前にあるのだ。

 

 その二人が、やはりジュディア達、そしてフロアの前で宙に浮き回転を続ける球体型ゴーレムにさして関心を持たず会話を続けていた。だが、果たしてこれを会話とは言って良い物なのだろうか。

 

「……そうですか、姉さんは優しい方です。では、そう致しましょうか」

「……」

 白い肌の女はその美しい声をつむぐが、褐色の肌の女は無言で佇むだけだ。その水に濡れた様な唇は僅かたりとも動いてはいない。

 彼女達は現れたとき同様、悠然と足を進めた。その歩き方まで"らしい"物であったから、ジュディアは唇を強くかみ締める。何もかもが及ばない。嫉妬、羨望。それらの渦巻く自身の心情そのままの鋭い双眸で、彼女達の歩みを追い、背を追い――やがてジュディアは我に返った。

 

「ば、ばか!!」

 エリィが、エリザヴェータが、少女がその言葉に肩を震わせた。今がどういった事態か思い出したのだ。いや、幾らなんでも我を忘れたという事実に、大きな失態がある。

 自身達の力では及ばぬ敵に相対したからといって、これは余りに無様だ。いち早く我を取り戻したジュディアが叫び、半歩足を動かした所で、事態は動いた。

 

 巨大な何かが迫りくるという幻覚をジュディア達は見た。その、褐色の肌の女の背の向こう、夕焼けを思わせる髪の向こうだ。女達二人は、そこまで進んでいたのだ。ジュディア達が呆然としている、その間に。潰される。挽き肉になる。終わる。だと言うのに。

 

 ――走馬灯なんて、ないじゃない。

 

 場違いにも、ジュディアはそう思った。冒険者の最後に良くある事として耳にしていたそれは彼女には起こらなかった。ただ、これはいったいなんなのだ、という困惑がある。

 一瞬の思考としては、相当余裕のある、また異常なほど引き伸ばされた時間である。それを理解した時、ジュディアは鼓膜を破るような音と。全てを焼き尽くす熱と。

 そして迷宮を紅に染める炎を見た。

 

 全ては一瞬。そう、ただの一瞬だった。全ては幻覚に等しく、実在を確かめる術など無い以上、幻と言うより他ない、ただの幻覚だった。

 だが、そこに在る光景は、ただの現実だ。

 

 誰が、その光景を肯定できるのだろうか。誰が、その光景を予想できただろうか。誰が、それを。

 

「……」

 止められると、思っただろうか。

 

 巨大な球体型のゴーレムが、褐色の女の前で、止まっている。ぎゅるぎゅると、ぎゅるぎゅると回転を続けたまま、石造りの床から煙と火花を散らしながら、止まっている。

 

「――は?」

 この間抜けな声は誰の物だ、とジュディアは周囲に目を走らせ、そしてそれが自身の声であったと気付いた。目を瞬き、眼前に在るこれはなんだ、と彼女は飲み込もうとし、あぁ、と声を漏らした。

 

 褐色の女とゴーレムの間に、大きな壁が二つある。目を凝らして良く見れば、それはタワーシールドと呼ばれる物に良く似た、真っ黒な物であった。

 

 ――あぁ、なるほど。

 などと一瞬頷きかけた彼女は、慌てて首を横に振った。理屈は分かる。止めたのだから、止まるのだろう。しかしそれは、止められる物ではない。

 巨大な球体のゴーレムが繰り出す体当たりを、人間が、女が、美しい女が、メイド服の下に在るだろう細腕で、タワーシールドクラスの物を、それも二つも、どこからとも無く取り出し、腰も落とさず棒立ちの姿勢を美しく垂直に保ったままに止めていい物ではない。

 ジュディアは目の前の光景に、皹が入ったような錯覚を感じた。現実なのだろうが、現実としては余りに荒唐無稽だ。いっそこのままバラバラに散らばれば理解できるのに、とさえ思った。そうなれば、自身の死は覆らないと、分かっていながら。

 

 だが、そのおかしな光景はジュディアの、ジュディア達の意に反してまだ続く。キャノンボールの体当たりを二つの盾で受け止めた褐色の女は、右手で持った盾を僅かばかり斜めにずらし――キャノンボールを掬い上げ、浮かせたのだ。

 少し、ではない。それはまるで鞠のように、ぽん、とでも軽やかな音と共に上がるように、浮いたのだ。

 

 誰も語らず、もはや声もなく目を見開いて食い入るように見守るだけの迷宮に、声が一つ。

「お見事……では今度は私が」

 

 その声と共に、ジュディアの見開かれた視界に白と黒のメイド服が、湖面の様に美しい蒼い髪を靡かせて映りこんだ。

 飛翔とは、つまりこれだ。優雅に、舞うように、枷も無く。それは飛んだからただ飛んだと主張するように軽やかに飛翔した。ならばそれは鳥なのだろう。実際、そのメイドの女に羽が在った。

 巨大な、いや、長大な羽だ。その羽が、宙に浮かぶキャノンボールを音も無く薙ぎ。飛翔した白い肌の女は、何事もなかったかのように、飛んだという事実さえ無かったかの様に着地し、手にした黒く長大な剣を二振り、両の手に携えたまま淡く佇む。

 時間にして僅か五秒ばかり、肌の白い女と褐色の女は同時に目を閉じ、軽く手を振る。と、どうした事なのか。彼女達の両の手に在った、巨大な二つの黒い盾と、長大な二つの黒い剣は影も形も無く消え失せた。

 

 そして、彼女の手からそれが消えたと同時に、迷宮が揺れた。黒いメイドによって鞠が如く浮かされ、白いメイドによって薙がれたキャノンボールが、八つに分かれて落ちて来たのだ。

 響き渡る八つの巨大な石の落下音と、その重さを伝える揺れの中で、ジュディアはこれがキャノンボールの断末魔なのだと、理解した。ただ、これを目の前のメイド二人がやったのだと言う事だけが、どうしても理解できなかった。

 

 ――理解したら、おかしくなる……。

 

 故に、だ。

 

 その理解できないモノ二人が、ジュディア達の前までやって来る。身構えようとしたが、ジュディアはそれが無駄だと分かり肩から力を抜いた。ここまでやった相手が敵になれば、どうしてみた所で無理だ。

 キャノンボール相手ならば、ゴーレム対人間の括りで絶望できるが、このメイド二人相手では、竜対虫でしかない。絶望するほどの余裕も無いのだ。

 

「申し訳ありませんが、暫時ここを離れて頂けませんか」

「は?」

 肌の白い――白いメイドの言葉に、ジュディアはまたも間抜けな声を出した。恥じたジュディアは少しばかり俯き、肌を三度ほど軽く叩いて、口を開く。

 

「離れろって……なんでよ……あぁ、じゃなくて。なんでですか?」

 目上、なのだろうし、今のところ恩人である。彼女は相応の言葉で問うたが、白いメイドは相に何も浮かべぬままで

「いつもの言葉で結構でございます。メイドたる者、人の在り方を歪める事など、在ってはなりませんので」

「あー……そ、そう?」

「はい」

 意外と話せる方なのだろうか、とジュディアは白いメイドを見た後、その隣に佇む黒いメイドを見た。こちらはジュディア達を、やはり相に何も浮かべぬまま見つめるだけで一切口を開かない。

 おかしな二人だ、と思わないでもなかった。

 

「姉が申しますには、先程の球体型ゴーレム――キャノンボールですが、本来ならこの迷宮で転がっている物ではないとか」

「え、えぇ、ここじゃまず見ないわね」

 居たら大問題だ。ホープキラーのミノタウロスどころではない。完全に虐殺領域の出来上がりだ。一流の冒険者達を数グループ呼んで事に当たらなければならない。本来なら、だ。

 ジュディアの言葉に白いメイドは頷き、その艶やかな唇を動かす。

 

「どうやらこちらの手違いで、開くべきではないモノまで開けてしまった様です。申し訳ありません。責任を取って確りと戸締りして行きますので、暫時ここから離れて頂ければ、と」

 まったく動かぬ目の前の女の相にジュディアは目を走らせてから、浅く息を吐いて頷いた。

 

「よく分からないけれど、分かったって言えばいいのね?」

「賢明でございます。きっと長生きできる事で御座いましょう」

「ありがとう」

 頬をひくつかせながらジュディアはそう返して、今まで一切口を開いていないエリィ達に振り返り、

「じゃあ、帰るわよ」

 フロアの、入ってきた路を指差した。色々と聞きたい事はあるが、肉体的にはともかく、精神はもうピークだ。これ以上は御免だ、と声を大にしてジュディアは叫びたかった。

 

 ぞろぞろと、いや、くたくたと来た道へと戻っていくジュディアは、最後尾に居るという事もあって、最後に一度竜の彫像が置かれた最下層の一室へと振り返った。そこにはもう、二人のメイドは居なかった。

 

 どうして、などとは思わない。むしろ、あぁやっぱり、と彼女は納得した。同じ様に仲間達も振り返ったのだろう。

「ど、どういう事だよ!? い、いないぞさっきの人達!?」

「……人の世界は、色々あるものだねぇ」

「……もしかして、夢?」

 口々に叫ぶ仲間達に、ジュディアは目を吊り上げて叫んだ。

 

「っていうかあんたら! 私がこのメンバーの交渉役っていってもね、これ限度あるでしょ!? 口が動くならさっき動かしなさいよ!!」

「いやー……あれはなんていうか……なぁ?」

「うん、無理だ」

「ご、ごめんなさい……無理です……」

「あぁもう! あぁもう! あんたら、奢りなさいよ!? 絶対今日奢りなさいよ!? ぱーっとやるからね!!」

 皆が皆、それぞれに悲鳴を上げる。それは生きている証だ。死を前にして、分からないままながらもそれを乗り越え、彼女達は迷宮を踏破した。今はそれで良い、とジュディアは小さく呟く。

 誰にも聞かれなかったその呟きを、胸の中で続け、

 

 ――早く帰って、果実酒を思いっきり呷りたい。

 

 天井を仰ぎ見た。そこには常の石で組まれた無骨な物が在った。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 とは言え。

「なんでみんなしんじないのよー……わたし、うそいってないもん……ないんだからー……」

 帰ってきて、酒を飲めば色々と噴出する。あんな強烈な物を四人だけで抱え込めというのが土台無理な話だ。

 

「しかしなぁ……メイド服で、えらいデカイ盾を腕に一個ずつ、もう一人がエリィの両手剣よりでかいのを、これも両手に一本ずつ……ってのは、無理があるだろ」

 バズの言葉に、ジュディアは頬を膨らませて、むすっとしたまま男に目をやる。

 

「ねぇ、あんたー、きいてんのー」

「聞いてるから、離せよ」

 カウンターの向こうで、困った、と言った相を隠そうともしない男の袖を引っ張り、ジュディアは潤んだ目で男を見上げた。どうみても男殺しのその嘆貌は、しかし男にはどうした事か届かない。

 素っ気無く、離せ、とは何事かとジュディアは眉を危険な角度に吊り上げた。

 

「あんたねぇ、私、美少女よ! びしょうじょよ! その態度なに! あれか、あんたあれか! あれか!!」

 ジュディアは明言を避け、と言うよりは言葉が追いついてない様子で、男を見たままバズを何度も指差しながら唾を飛ばす。

 

「言いたい事は分かるけども、不名誉な方向に俺の性癖を持っていくつもりなら断固拒否するぞ」

「わかんない! 分かりやすいことばで!!」

「次言ったら水ぶっかける」

「わかった!」

 

 そう言って、ジュディアはけらけら笑う。袖を掴んだままで、だ。完全に出来上がった状態である。明日はどうするのか、など彼女は考えていない。考えられない。とりあえず、なんとももやもやするこの胸のうちをアルコールで吐き出したいだけの事だ。

 物理的に吐き出すのは乙女としてどうかと思うが、こうなると思うだけだ。やるときはやるだろう。乙女などといっても、所詮人間だ。出す、吐く、と言った行為は仕方ない。

 

「はぁ……どうすんだよ、これ」

「どうと言われてもね……いや、申し訳なくは思うけれど」

 男の言葉に、エリザヴェータが酒を舐めるように飲みながら返す。ジュディアはそのエリザヴェータの肩を掴んで揺すぶった。

 

「そんなちびちびのむなよぅー。もっとがばーっていけよー」

「君は私達の奢りで飲むからいいんだろうけれどね……それと、がばーと行かせたその結果が、今君の隣に居るわけなんだ」

「んー……?」

 ジュディアは座った目で自身の隣、エリザヴェータとは逆の方を見た。そこにはエリィが青い顔で突っ伏している。

「むり……もう、やめて……むり……」

 一応意識はあるらしい。

 が、魂の抜けかけた顔で呟くその様は、一種悲壮感さえ漂わせている。とは言え、そんな物酔っ払いには関係ないことである。ジュディアはエリィの背中を容赦なく何度も叩いた。

 

「ねんなー! ねんなー! 私をおいてさきにねるとかあんた! なにさまだ!!」

「おまえがなにさまだ……ころすぞ……てめぇ」

 呪詛じみた言葉が転がってきた。そんな彼女達の姿に、バズは頭を横に振る。

 

「お前らの迷宮踏破記念で、全員でやったってのになぁ……まぁ、これもまた良し、と言えなくもねぇが」

「むずかしいこというなー! もっとわかりやすくー!」

 ジュディアのその言葉に、周囲に居る冒険者達はげらげらと笑い、或いは心配そうな相を見せ、男とバズとタリサは、この後の片づけが大変だと思い。そして、誰かが呟いた。

 

「あ」

 

 誰の呟きであったのか、判然としない。いや、誰であるかなど、どうでもいい事だ。皆がその呟きを聞いた半瞬後、扉の開く音が響いた。ほぼ同時であるが、それは決定的な差であった。

 

 その時、扉から入ってきた二人を思えば、それは確かに決定的な差であった。

 

 店を覆っていた喧騒は失せ、冒険者達は皆一様に黙り込み、唾を飲み込んだ。嚥下の音が響くほど、となれば相当の静寂だ。

 ジュディアの目の前で、バズがまずその異変に気付き、静寂の中心に目を運び――目と口を大きく開いた。その相にタリサが驚き、バズの視線の先へと目を動かし、唖然と口と目を開いた。親族である。その表情はなんとなく似通った物が在った。

 そして、エリザヴェータが、少女が、死に体であったエリィまでもが目を動かし、固まっていく。なんなんだ、とジュディアはコップを振り回した。

 

「なによ、なによー……なんかうしろであん……の――ッ」

 座ったままの目で、後ろに椅子ごと振り返り、彼女は手に持っていたコップを床に落とした。誰もが、言葉を失い、誰もが同じ相で同じ場所を見た。ジュディアも、それに逆らえなかった。『魔王の翼』亭の、その出入り口。簡素な木作りの扉の、その前。

 そこに

 

「おや、これは中々片付け甲斐のある佇まいで御座いますね」

「……」

 恐ろしいほどに美しい、白と黒のメイド達が立っていた。

 

 彼女達は静寂の中、自身達に向けられる視線に物怖じせず、ジュディア達の前まで楚々と進み、そこで立ち止まり、片膝をついて頭を垂れた。王に忠誠を誓う騎士の如く。

 ジュディアの頭は真っ白になった。何故、と、どうして、がぐるぐると頭の中で駆けずり回り、混乱が混乱を呼んだ。その癖、言葉にも音にも声にもならない。全ては外へと出ていかない。

 

「お呼びにより、私ミレット、姉ウィルナの二名、まかり越しまして御座います。どうぞ一生、お傍に置いてお使い下さいませ」

 そう言ってから、二人は頭を上げ、ジュディアの――ジュディアの先に居る、袖を引かれたまま、目を顰める男だけを見つめ、

 

「旦那様」

 そう言った。

 

 誰もが息さえ忘れたその中で、ジュディアははっきりと見た。見てしまった。男が面倒くさそうに、

 

「気持ち悪いな、お前ら」

 そうはっきりと言ったその時の相を。

 

 ――キている。

 

 エリザヴェータの言は正しい。確かにそうだ。

 この男は完全にキている。

 気持ち悪いと言った時の男の相は、本心からのものだった。虫を見るような、そんな相だった。美しい、ジュディアすらも嫉妬を抱く女達に向ける相ではない。

 

 この男にとって、綺麗なモノとはなんなのだろうか。ジュディアは、誰もが微動だにせぬ静寂の中でそんな事を思った。明日になればどうせ忘れるのに、とも思った。

 

 

 ○      ○      ○

 

 

 どうでもいい事だろうが。本当にどうでもいい事だろうが。

 

 男にそう言われた時、二人のメイドは、男に虫を見るような目で見られた時、二人のメイドは。嬉しそうに微笑んだのだ。

 心底、と華の様に微笑んだのだ。

 

 どうでもいい事だろうが。




これにて一章終了。

次は日常編に戻ります。
ダンジョンのタグ、これタグ詐欺じゃねぇかと思わなくも無いこの拙作、お暇でしたらまた見に来て下さいませ。

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