探偵王子と緋色咲くミステリー   作:ミカヅキ&もなか

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第八話「とりかえっこしよう」(もなか)

 「…………悠センパイ!」

 その声に、悠ははっとなって顔を上げた。目の前には呆然と立ち尽くすりせの姿がある。

 「りせ? どうしてここ……」

 「センパイはそんな人じゃないと思ってたのに! サイテー!」

 「えっ……うわ!?」

 現れるなり怒り出したりせを見て、反射的に後ずさる。そして、今の状況を思い直して「しまった」とよぎった。確かにこんな状況をうら若い女性が目撃したら、勘違いされることは間違いない。

 「ま、待ってくれ、りせ! これにはわけが」

 「聞こえない! 『ヒミコ』!」

 りせの声が、かつての自らの仮面を呼んだ。カンゼオンがまばゆい光に包まれたかと思うと、その姿が一回り小さく、そしてすらりとした「手足」を持つヒミコへと変化する。

 かつて彼女が「戦う仲間たちを助けたい」という気持ちから生み出した、ヒミコの戦闘形態である。

 「セクハラ絶対反対!!!」

 しかし今は、「道を踏み外したセンパイを殴り倒したい」という願いしか見えていないようだ。

 そして悠の説得も空しく、ヒミコのアンテナから放たれた光弾が辺りをなめ、それに目を眩ませた間に、りせの鋭いビンタが襲う。

 「………………」

 そして張り倒される悠を、くだんの少女は呆然と眺めていたのだった。

 

***

 

 そして数分後。りせは土下座する勢いで、悠と少女の前で項垂れていた。

 「ほんとーに、早とちりでごめんなさいでした」

 「いや……確かに、あの光景をいきなり見たら、そう勘違いするのもしょうがない」

 落ち着いてくれてよかった、と悠はため息を漏らした。

 その隣には、りせから上着を借りて縮こまっている少女が立っている。

 「あの……久慈川さま。上着を……ありがとうございます」

 「そんなのいいよ! 命には代えられないし。あ、それにその「さま」っていうの、くすぐったいから「りせ」でいいよ」

 「は、はい。りせ、さん……」

 恥ずかしげにうつむいていう少女は、本当に絵に描いたような真相の令嬢めいている。

 

 春野美暁。現在「所在不明」となっている着物作家である。

 「もーびっくりだよ。直斗君から連絡あって、美暁ちゃんの名前は聞いてたけど。会ってくるって言ったそばから追い返されたっていうし、かと思ったら第三の被害者だって」

 頭こんがらがっちゃう。と、りせは頭痛に耐える仕草をしてみせた。悠は頷いた。

 「直斗が会った『彼女』も、別人というわけじゃない。でも、『本物』はこの子だ」

 悠が美暁を見やると、美暁は苦しげな表情でこくりと頷いた。その、現実離れした金色が悲しみに沈んでいる。

 「わたしの……わたしのせいなんです。わたしが、逃げ出したから。まさか、わたしの『影』が、あんな恐ろしいことをするだなんて、思っていなくて……!」

 言って、彼女は大きな瞳から涙を零しはじめる。りせは気づかわしげにその背中をさすっていた。

 

 マヨナカテレビ、という噂があった。曰く、雨の日の午前0時に消えたテレビを見ていると、運命の相手が映る……というものだ。

 しかしそこに映るのは運命の相手などではなく、「大衆が見たいと願うもの」に過ぎない。

 そして今回は、この春野美暁だったというわけだ。

 平和になったはずのテレビの世界が、どうして今になって動き始めたのかはわからない。しかし事実として、彼女は数日前の雨の日、マヨナカテレビに映る自分自身を見たのだという。

 『ねえ、苦しいね』

 『もう、終わりにしたいね』

 自らに瓜二つの『影』は、テレビ越しに彼女にそう囁いたという。

 『代わってあげようか?』と。

 『わたしなら、あなたの苦しみをわかってあげられる。終わらせてあげられる。ねえ、だから、こっちに来ない?』

 するりとテレビの中から這い出たその手を、呆然と見つめていた。そして、まるで魅入られるようにその手を取ったのだという。

 「信じられませんでした。でも、わたし以外は知らないようなことも「あの子」は全部知っていて……信じるしかなかった。この子はわたしなんだって。そう思って……わたし、本当に、少しだけって気持ちで……」

 入れ替わった途端、彼女の「影」の凶行が始まった。それを止めようとするものの、テレビの中からでは何もできない。

 『じゃあ死んじゃう? あなたが死ねばわたしも死ぬよ? やってみる?』

 弱虫なわたしには出来ないよね、と影はせせら笑ったという。

 

***

 

 「……わかりました。それで、彼女は死のうとしていたんですね」

 電話越しに、直斗の深いため息が漏れた。

 『ああ。『自分』のせいで亡くなった人と同じ死に方でな』

 「止めてくださって、ありがとうございます。先輩」

 『いや、俺は偶然居合わせただけだ。今は落ち着いているようだし、問題ない』

 後は任せた。そういった悠に、直斗は小さく「はい」と答えて顔を上げた。

 


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