探偵王子と緋色咲くミステリー   作:ミカヅキ&もなか

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第六話「白い世界と嘆きの少女」(もなか)

 誰かが声を殺して泣いている。

 少なくとも、悠の耳にはそういう風に聞こえた。硝子が割れるような音が響いた後、世界は真白に包まれて、のちのことである。

 耳を澄ませると、やはり誰かの泣き声だ。おそらく少女の。

 「誰かいるのか?」

 ただ真っ暗だった世界は照らされ白くなったものの、変化はそれだけだ。だが、不思議と恐ろしいとは思わなかった。ただ、何かを見つけなければならないような……そんな気がしている。

 悠の呼びかけは白い世界に吸い込まれて消えていき、しかしその木霊が消えるころ、少女の泣き声が止んだ。

 『誰も、わたしを見てくれない』

 それは問いに対し返るべき答えではなかったが、切実な響きを持っている。

 『新しいお洋服を買ったの』

 『お小遣いをためて、流行りのお店で、流行りのお洋服を買ったの』

 『だって、友達が、今時古臭い恰好をした子とは歩きたくないっていうんだもの』

 声は悠に答えを返すことなく、矢継ぎ早に語りだした。まるでラジオのように、一方的に。声は、少女の苦悩を語り続ける。

 『でもね、お父様とお母様には、子供がそんな恰好をするものではありませんって仰るの』

 『あなたにふさわしい恰好があるのだから、って。あなたはお勉強と、あなたのお着物のことだけ考えなさいって』

 『わたし、どっちのわたしになればいい? わたしは一人しかいないのに』

 もう嫌、と声は泣きすする。

 『わたし、頑張ったよ。いっぱい頑張ったよ。まだ頑張らなきゃいけないの?』

 それならもういっそ、壊れてしまえ。

 わたしを傷める世界なんて、崩れて壊れて消えてしまえ。

 「だめだ……」

 悠が囁くように、呟いた。

 そんな風に泣いてはだめだ。そんな風に、独りで泣いてはいけない。

 少女の声が語る苦悩は途切れ途切れで要領を得ない。けれど、深い悲しみと苦しみだけは理解できる。そんなものを独りで抱えてしまっては、いずれよくないことが起きてしまう。

 直感で、そう思った。

 「どこにいるんだ、姿を見せてくれ」

 無駄だと思いながらも、声のするほうに手を伸ばす。すると、意外なことにそこには質量をもった何かが存在していた。驚き自分の手元を辿ると、そこには黒髪の少女が蹲っている。

 年のころは十七くらいだろうか。丁度、今の菜々子と同じくらいの――日本人形のような美貌。

 「君は……」

 「………………」

 少女は驚きと怯えの混じった表情で、悠を見上げる。そして少女はかすれた声でつぶやいた。

 「お願い」

 わたしをとめて。

 

 

***

 

 

 「そりゃ、心配じゃないといえば嘘になるよ……」

 暁は、完全に酔っ払って立てなくなった夜美に水を手渡しながら、ため息交じりに呟いた。対する夜美は、なんとか睡魔から逃げ延びたものの、相変わらず赤い顔をしてそれを受け取る。

 「でも、本当によくわからないんだ。僕自身は和装とは全く縁のない分野で勉強してきたし、妹はもともと口数が少なくて……あの通り、大人しいし」

 「別に大したことじゃなくてもいいわ。最近なにか変わったことがあったとか、そういうのでいいのよ」

 「変わったこと、って言ってもなぁ……まあ、妹はあの年齢で成功したし、注目されて困ってたのは確かだよ。大人の目とか、同じ分野の専門家とか、急に美暁に良くも悪くも注目したし。忙しくもなったから、友達と遊ぶ姿も最近見てないな」

 ふうん、と夜美は相槌を打つ。うっかりするとまた夢の世界に旅立ってしまいそうだ。

 「同業者のやっかみと友達の奇異の目に悩んでたかもしれない、ってところ? ま、あなたが美暁ちゃんをそそのかして、なんて展開は期待してないわ。あなた、ヘタレだし。意外性はあって素敵だけれど」

 「……夜美さんは相変わらず手厳しいな……」

 この人にすると、面白いからの一言で犯人にされてしまう。もちろん、彼女の妄想の中でだが。

 ふと、夜美の鞄から電子音が響いた。携帯電話の着信メロディだ。夜美は暁を片手で制してから携帯電話を耳に当てる。

 「はい。……あら」

 電話の相手に、夜美は薄い微笑を浮かべる。

 この事件の真実が、ようやく顔を見せようとしているところだった。

 


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