半ば追い出されるように春野邸から出てきた直斗。
その表情は疑問符に満ちている。
駅へとつながる道を歩みかけたところで、携帯のバイブレーションがポケットを揺らす。
細い路地に入って携帯電話を確認する直斗。
それは、夜美からのメッセージだった。
「彼女から目を離さないよーに!」
メッセージを見て、ふと路地から顔を出す直斗。
と、春野邸から和服姿の女性が出てくる。
季節外れのショールを首に纏って顔を隠してはいるが、あれは明らかに美暁だ。
軽く周囲を見渡した後、美暁がそそくさと歩き出す。
それを見た直斗は、カバンから帽子を取り出して被り、キュッとそのツバをつまんで気合いを入れる。
研究所員・白鐘から、探偵・直斗にモード・チェンジした瞬間だ。
バスに乗り、十ほど停留所を通り過ぎたところで美暁が降りる。
周囲に人影はない。
閑散とした状況で、直斗は慎重に間を取って尾行を続ける。
幸い、美暁が気付いている様子はない。
そして、目的地が近付いたのか美暁が若干足早になる。
長い塀。
そして静かな入口。
美暁が入っていった場所に、直斗は思わず目を丸めた。
「こ……、ここは……」
* * * * *
同時刻、鳴上悠は真っ暗な空間にその身を置いていた。
いつからここにいるのだろう?
何故ここに来たんだろう?
そうした疑問はもう何度も頭の中を駆け巡った。
しかし、答えが出るはずもない。
悠がゆっくりと頭上に右手を上げる。
頭に浮かぶのは懐かしい仲間の姿、家族、そして……。
と、ガシャン!と大きな音が響き渡り、光が周囲を照らしていく……。
* * * * *
「ねぇ、どう思う?」
とあるバーのカウンター。
夜美が甘えた声で隣の男に上目遣いで問う。
「その……、僕に聞かれても困ります」
男の名は春野暁(はるの・あきら)。
夜美の婚約者であり、都内の大学病院で外科医としてそこそこ名が知れている。
「へぇ~、困るの。……何が困るの? あなたの妹さんのことよ? 妹さんが事件に関係あるかもしれないってことよ?」
「……いや、妹は妹だし、もう子供じゃないんだし、僕とは関係ないって言うか……」
「あら冷たいのねー。もし直接関連があったりしたら、妹さんは犯罪者かもしれないのよ? それでもいいって言うの?」
「いいってことはないけど、何か事情があってのことかもしれないし……、軽率には判断できないってことさ」
「……ふふん、お利口さん!」
そう言って、夜美は暁の鼻をピンとはじく。
「や……夜美さん……!」
そしてカウンターに突っ伏し、ニヤニヤしながら目を瞑る夜美。
その夜美を呆れるように見遣り、暁がそっと呟く。
「夜美さんこそ平気なんですかあ? 警察に協力している機関に勤めている人の関係者が犯罪者だったりしたら、体裁悪いことこの上ないはずですがねぇ」
暁の言葉に夜美はパッと目を見開き、ググッと暁の頬に顔を近付かせて断言する。
「私の使命は真実を突き止めること。それ以上でもそれ以下でもありません」
そう言ったかと思うと、夜美はそのまま暁の腕の中に沈んでいく。
いつものこととは言え、この後の苦労を考えると「飲まなきゃ良かった」と真剣に後悔する暁であった……。
(続)