さて。とにかく、くだんの着物作家に会ってみないことには話が始まらない。なんとかしてアポイントメントを取る必要があるが、警察を通じてそれを行うと、必要以上に警戒させてしまうだろう。
どうしたものか、と悩んでいると、直斗の携帯が再び鳴った。相手は……先ほど通話を終えたばかりの夏野姉妹からだ。
『白鐘くーん。たびたび失礼、妹の方だよー。もしかして、くだんの着物作家さんに会いに行きたかったりしない?』
「夜美さん。……もしかしなくてもその通りですが……」
その答えに、夜美の声が弾む。
『その着物作家、私、実は個人的なコネがあるんだ。アポなら任せて。急いでるよね? 今日これからって行ける?』
お願いしますと言った手前、何が来ても驚かない自信はあったが、さすがにこれには驚いた。相手は多忙な身だ。それを速攻とは、いったいどんなコネだというのか。
『その作家さんねー。私のイモウトなの』
繰り返すが、たいていのことでは驚かない覚悟はしていた。しかし、やはりあまりのことに、直斗は「は?」と、探偵らしからぬ答えを返すしかなかったのである。
***
着物作家、春野美暁。
こう書いて、「みあか」と読む。十代でありながら天才と呼ばれる着物作家であり、すでに知る人ぞ知る有名人になりつつある。
彼女がそこまで騒がれる理由は大きく二つ。一つは言うまでもなく、その着物作家としての実力である。十代ながらに大人顔負けの技術力と発想力で、様々な逸品を世に送り出している。
そしてもう一つは、その美貌だった。日本人形さながらの整った顔立ちに、濡れたような黒髪。海外の人が「大和撫子」と言えばまさにこうだというようなその姿が、評判を呼んだのだ。
直斗の手元にあるその雑誌は、彼女が初めて顔出しを行ったものだった。
謎の美少女着物作家、と、捻りもへったくれもない見出しで、彼女が大々的に紹介されている。確かに写真は日本人形も恥じて逃げ出すほどの美少女だった。
しかし……
「…………………」
目の前で伏し目がちにソファに腰かける少女は、控えめに言ってその倍は美しかった。
直斗の姿は今、まさかの春野邸、客間にある。こんなにトントン拍子に面会が出来た理由は、やはり夜美の「個人的なコネ」のおかげであった。
思い出されるのはつい先ほどの通話内容である。
『実は、美暁「ちゃん」は私の婚約者の妹さんでね』
さらり、と、夜美はその短い言葉の中にいろんな爆弾を込めてきた。あまりのことに、軽いめまいを感じる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 夜美さん、こ、婚約者がいらっしゃるんですか!?」
『いやー、そこに驚くのやめてくんないかなぁ。いるものはいるんだから、そこはさらっと流してよ、白鐘くん。夏野姉妹にもいろいろあるんだよ。……じゃなくて、重要なのは、その婚約者の妹がくだんの着物作家、春野美暁さんだってこと。会いたいなら、未来の義理の姉として紹介するよって話だよ』
確かにコネが「義理の姉」としてのものなら効果は絶大だ。いくつもの段階をすっ飛ばし、いきなり本人に面会の段取りが組まれるほどに。
しかし、あまりに性急過ぎてどうしたものか。
「…………あの」
と考えていたところ、意外なことに先方が先に口を開いた。
「失礼ながら……探偵王子、の……白鐘直斗さま……なのですか。ほんとうに?」
じっ、と、黒硝子のような瞳が直斗を見つめる。
「そう呼ばれることもあります。探偵の、白鐘直斗と申します」
「その、白鐘さまが……わたしに、なにか」
見つめ返されて恥ずかしげに俯き、目を伏せる姿はまさに深窓の令嬢である。
「いえ、同僚の夏野から、春野さんのことを伺いまして。少しお話を伺いたかったんです。着物作家でいらっしゃるんですよね。最近、受け持った事件で和装に関する知識が必要なものがありまして。何か参考になることがあるかも知れないと」
慎重に言葉を選んで直斗は説明する。
「最近、雑誌取材をお受けになりましたね。その際に紹介されている着物についてなんですが……」
しかし、その話題になった途端、美暁はさっと顔色を変え、目を見開いた。
「わかりません」
消え入るような声が、そう拒絶した。直斗がすっと目を細める。美暁は直斗のそんな様子に気付いているのかいないのか、緊張した面持ちで、膝に置いた手をぎゅっと握りしめている。
「わたし、なんて……白鐘さまのお役には、とても……お力になれるとは、思えません……」
お帰り下さい、とさらに拒絶の言葉が続いたのは、もはや必然だった。