探偵王子と緋色咲くミステリー   作:ミカヅキ&もなか

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第二話「真夏日と喫茶店」(もなか)

 

 カラン、とコップの中に残った氷が音を立てて溶けていた。

 某所にある喫茶店でのことである。直斗は目の前に座った女性をまっすぐに見つめ、その話を聞いていた。

 「で、直斗君の推理としてはどこまで進んでるの?」

 綺麗に染まった茶髪を揺らし、彼女は少女めいた仕草で小首を傾げた。上目づかいにこちらを見つめ、ついでにサングラスの端をちょいと持ち上げる仕草は様になっている。

 「まず、現実的に疑うべきは被害者本人による失火です。しかしこれは論外。燃え方が限定的過ぎます。あれほどの火傷を負う状況なら、身に着けていた着物にももっと焦げ跡があるはずですし」

 「着物が燃えちゃって消化が間に合わなかった、ってセンは?」

 「まだ詳細な調査結果は出ていませんが、着物に使われている繊維は一般的には絹かポリエステル。どちらも可燃性です。燃え方は比較的ゆっくりで、仮に先に着物が燃えたのだとしても、ああなるまえに被害者本人が消火することが可能でしょう」

 もちろん、被害者がすぐに消火出来ない特殊な事情を抱えていたなら話は別だが。その点は、被害者から話を聞かねばどうにもなるまい。

 「じゃ、自然発火? よくあるじゃない、猫よけに置いたペットボトルが集光装置になっちゃって、とか」

 「もちろんそのセンも考えましたよ。でもそれじゃおかしいことがいくつもあるんです」

 女性は「それは?」と、表情だけで先を促した。

 「失火であろうと自然発火であろうと。首から上だけが燃えるなんて現象は『有り得ません』。一度なら奇跡的な偶然で済ませられても、奇跡は二度は起こりません」

 「なるほど、了解。久々に連絡来たからなんだろうって思ったんだけど、そういうことね。オッケー、協力しましょ」

 女性は人差し指と親指で丸を作ってみせると、サングラスを外して微笑んだ。

 十年前よりも大人びて、かつ少女を極めたその笑み。彼女のファンがここにいたなら、数人は卒倒しているかも知れない。

 「ありがとうございます、りせさん」

 「ふふっ。やっと名前呼び、慣れてくれたよね。長かったなぁ」

 女性……久慈川りせは心から嬉しそうに言って立ち上がる。

 「じゃ、善は急げだね。どっか目立たないところから『向こう』に行こう。『有り得ない』原因がシャドウや向こうの世界の何かだったら、手掛かりくらいは掴めるかも」

 「ええ、ありがとうございます」

 支払いを済ませて喫茶店を後にする。

 からんからん、と軽い音を立ててドアを閉めた先の世界は、まだ春先だというのに暑かった。

 思わず日差しを遮ろうと手をかざした直斗に、りせが興味深そうに寄り添ってくる。

 「なあに、その雑誌」

 「これですか? 被害者が持っていたものと同じムック本ですよ」

 着物に関する特集が組まれたものだ。さすがに現物を持ち歩くわけにはいかないので、同じものを探してチェックしているだけだが。

 「被害者の人、二人とも着物着てて火傷しちゃったんでしょ。で、そんな雑誌持ってるって。よっぽど着物、好きだったのかなあ」

 どうでしょうね、と直斗は考え込むように俯く。

 「着物になにかある可能性は捨てていません。その「なにか」が科学で証明できるものなのか、それとも「あちら」に由来するような「ありえない」何かなのか。それを調べる意味でも、関与の有無を知りたいですね」

 「まっかせなさい。この十年、芸能人だけやってたわけじゃないわよ?」

 不敵に笑うその表情は、アイドルというよりもう女優のそれだ。頼もしさに思わず笑みが零れた。


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