探偵王子と緋色咲くミステリー   作:ミカヅキ&もなか

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第十話「ひとまず終幕」(もなか)

 

 

 夜美はにやり、と一つ笑みを浮かべる。高揚感がこみ上げる。自分は今から真実を暴くのだ。

 「念のため確認ね。暁さん、双子の弟やお兄様は?」

 問われた暁は、ひとこと「いない」と答える。夜美は頷いた。

 「宜しい。興ざめな展開じゃなくてほっとしたわ。双子の入れ替わりトリックなんて、かのヴァンダイン卿がお許しにならないものね。じゃ、目の前のこの方はどなたかしら?」

 暁は答えない。その問いに答えたのは、ガラス越しに座る男性の方だった。

 「……叔父ですよ、その子の。春野雅人。暁の父親の弟です」

 暁の表情が、目に見えてこわばった。あえてそちらには気付かないふりをする。その辺には詳しく突っ込んではいないが、確か暁の父とその弟の仲は険悪だったはずだ。父を尊敬する暁にとっても、この「叔父」は心安らかでいられる相手ではないだろう。

 「お若いのね?」

 「ありがとう。他人の空似……ならぬ、親類の空似というやつでね。我が家は血が濃いから」

 夜美が、こんどこそ暁をちらりと見る。暁はやや言葉を濁しながら説明しだした。

 「……なんというか、昔から親類同士の結婚が多いんだ。従兄弟同士とかの……」

 「血の濃さを一種のステイタスとする風習ね。興味深いわ」

 「僕は違うよ!」

 「わかってるわよ。あなたの「従姉妹のお姉さん」になった覚えはないから」

 きっぱりはっきりと言われ、暁は押し黙った。

 「ところで、なぜ僕はこんなところへ来る羽目になったのだろう?」

 硝子越しに、雅人がいかにも自然な笑みを浮かべてそう言った。

 盗人猛々しい、ならぬ、人殺し猛々しい。

 「ご自分でおわかりにならない?」

 「ああ、全く身に覚えがないね」

 その反応を見て、夜美は鞄から一枚の報告書を取り出す。

 「……あなたの家から、今回の事件で凶器として使用されたと思われるリュート物質を含む繊維が発見されたわ。あなたは着物の事業に関して企画販売を担当していたらしいわね。もちろん、サイト通販に関しても」

 雅人がにこやかに、おっしゃる通りです、と応じる。

 「美暁に反物を渡したのも、サイトを管理していたのも私です。しかしね、夜美さん」

 

 

*** 

 

 

 「わたしは反物を受け取ったわ。それを使うかどうか、決めたのは「わたし」よ」

 少女の口元には邪悪で無邪気な笑みが浮かんでいた。

 春野邸、美暁の自室である。本来の主が異世界へ閉じ込められた今、そこに堂々と鎮座しているのは、その影であった。

 「あなたが……」

 美雪が、表情を強張らせて呟いた。

 「そう、『わたし』。我は影。真なる我。わたしはあのこ。あのこはわたし。わたしのやりたいことは、あの子が本当に望んだこと」

 着物を翻し、椅子から立ち上がる少女は、顔立ちは変わらなくとももう「日本人形」ではなかった。

 「いろんなものを押し付けて、『わたし』を壊そうとする人たちなんて消えればいい。わたしを縛る着物も、家も、全部。あの子はね、確かにそう思ったのよ。一番早いのは、わたしに一番期待されているものを壊してあげること。わたしに一番期待している人たちごと壊すことだった。……あれを使えば、それが一度にできるって思いついたの」

 素敵な遊びを思いついたの。そういうように、美暁の影は言う。直斗の表情は変わらない。

 「あなたは、それが人を殺しうるものだと確信して、黙っていたということですね」

 それが凶器になることを確信して。

 それが拳銃の形をしていなくても。それがナイフの形をしていなくても。人を殺める力を持ったものは「凶器」だ。

 だが、凶器だけでは事件は起きない。使おうとするものがいない限り。

 「先にわたしを壊したのはあの人たちだもの」

 少女は無邪気に笑っていた。

 ……被害者の二人は、美暁の熱狂的なファンだった。それも、彼女が有名になるずいぶん以前からのだ。そして美暁が有名になったきっかけは、彼女ら二人によるメディアへの投書だったのだという。

 「叔父様が、全部教えてくれたわ」

 

 

***

 

 

 「僕は結果的に「凶器」になり得るものを彼女の元へと渡してしまいました。そしてもしかしたら、知らないうちに彼女の「動機」となる情報も渡したかもしれません……しかし、それが罪になりますか? 今にも自殺しそうになっている人物に、通りがかった人間が拳銃を預けることは罪ですか? 殺しあいそうなほど言い合っている二人にナイフを一本手渡したら? ……いかがです」

 「人の道に外れている、とだけ言わせてもらうわ」

 殺人教唆……は、実行犯に対し、明確に「殺せ」と指示した場合に適用される罪だ。この場合はあまりにその要素は薄い。

 「だから不思議なんですよ、なぜ僕がこんなところにいるのか。何かの間違いじゃないのかと思ってね」

 雅人は「たまたま」リュート物質で織り上げた反物を作り、美暁に渡した。それを使って罪を犯したのはあくまで美暁……しかも、その影だ。

 こんな犯罪は、現実で取り扱う域を超えている。

 「残念だけど、間違いじゃないわ」

 しかし夜美は不敵に笑って、もう一枚の書類を取り出す。書類の下には、桐条財閥の会長のサインが入っていた。

 「この案件は『シャドウ案件』よ。警察も『彼女』も、あなたのようなクズが法の網目をくぐるのを、いつまでも見過ごしているほど馬鹿じゃないわ」

 シャドウ案件。その言葉に雅人の顔色が目に見えて変わった。

 「あなたは裁きを受けるのよ。……美暁ちゃんも。無罪ってのは難しいでしょうね……残念だけど」

 魔を刺した人間がいかに非道でも、魔を刺された人間が無罪になるわけではない。

 罪を犯せば贖いが必要だ。それが人が自ら作った「法」というものの役割だ。

 「そんな、馬鹿な……「あの世界」の出来事が現実で裁かれることはないと!」

 「誰から聞いたのかしら? おたくにそう吹き込んだやつがいるということね」

 まあいいわ、と一蹴し、夜美はため息を漏らしたのだった。

 

 

 ***

 

 

 「あなたの本体は……後悔していました。あなたの提案を自ら実行しかけるほど」

 こんなはずじゃなかった、と。直斗の言葉に、影は微かに笑ったようだった。

 「「わたし」、弱虫だものね……でも、死ななかったの。ちょっと意外だな」

 不意に、彼女の姿がゆらりとかすれた。まるで蜃気楼のように揺らいでいる。

 「おしまいか。当然ね、叔父様も捕まったみたいだし。あーあ」

 短い自由だったなぁ、と、影が落胆の声を落とした。

 「じゃあね、探偵さん。「わたし」によろしく」

 瞳が徐々に色を失い、金色を取り戻す。そのころには、ほとんどその姿は消え失せていた。

 「一つだけ」

 その姿を見送りながら、直斗は口を挟む。

 「この事件、まだ、完全に終わったわけではありませんね」

 「そう思うのね。なら、それが正解よ。……あの世界を利用しようとするやつなんていくらでもいるわ」

 じゃ、おやすみなさい。

 少女の影は、そう最後の言葉を残して消えた。

 まるで白昼夢の後のような記憶を思い返しながら、美雪はつぶやく。

 「おやすみなさい、か」

 「美暁さんの「心の海」へ帰った、ということなんでしょう。……この現象、氷山の一角でしかないようですが」

 言って、直斗はまた難しい顔に戻ってしまった。

 と、その時、美雪の携帯が着信を告げる。

 「はいもしも……は? な、直斗君? ちょ、ちょっとまちなさい、替わるから」

 慌てて携帯電話を耳から離した美雪に、直斗が不思議そうな顔をしてみせると、

 「夜美よ。あなたに替われって」

 なんだか最近こういうパターンが多いわね、と苦笑しながら、美雪に携帯電話を渡される。

 「はい、もしもし」

 『お疲れ、直斗君! そっちはどお? 片付いた? こっちも終わったわー。やっぱり裏に何かありそうだから、ちょーきつい取り調べフルコースで手配しちゃった! あとは結果を待つばかりね!』

 ……確か、彼女は婚約者と共に「真犯人」の方を取り調べていたはずである。それがどうして、そんな物騒な話になったのだろう。

 『ところで、フルコースの結果が出るまで、私等は本物のフルコースにでも行かない?』

 「は……?」

 『ほらほらー、友達のりせちゃん? と悠くん? も呼んでいいからさー、ぱーっと行きましょうよ! 私の頼もしい婚約者がおごってくれるって!』

 調子のいい誘い文句だが、後ろの方から『ちょ、夜美さん!』と慌てる声がする辺り彼女らしい。

 思わず浮かんだ笑みのおかげで、少しだけ胸のわだかまりは溶けていった。

 

 

 これにて、今回の事件はひとまず終幕。

 


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