恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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~前回までのあらすじ~

アホ毛「やべぇよ……やべぇよ……。ものすごい、礫石降ってきたから……」

真名なし子さん「将なら、背負わにゃいかん時はどない辛くても背負わにゃいかんぞ!」

ちん〇ゅー「この辺にぃ、投石の屋台、来てるらしいっすよ」



天下無敵「カスが効かねぇんだよ!(巨石)」

イノシシ「じゃあアタイ、ギャラ貰って突撃するから」


大体あってる




第55話

「オラオラどきやがれ! 雑魚じゃアタイ達は止められねぇぜ!!」

 

『オオオオォォーーッッ』

 

 文醜隊、爆進。

 

「止めろ止めろ、これ以上進ませるな!」

 

「くそ、なんて奴らだ」

 

 大炎が有名になったことで影が薄れたが、袁紹が台頭した当時から主攻を担ってきたのは、言うまでもなく二枚看板の二人である。

 攻守優れた安定感のある武将が斗詩ならば、猪々子とその兵は何処までも攻撃特化だ。

 攻めこそが最大の戦術と言わんばかりに、将を先頭に騎突を仕掛ける。

 猪々子の桁違いな剣力に兵が続き、敵陣に切り込めばこむほど士気が向上していく。

 対する敵軍はその勢いに押され、士気が下がっていくのだ。

 破壊力は大炎に勝るとも劣らず。陽の大刀の名に恥じない部隊である。

 

「重装歩兵隊、前へ!」

 

『応』

 

 その進撃を止める為、魏軍の重装歩兵隊が躍り出る。

 彼らは文醜隊の進路上に横陣を敷き、左手に盾を、右手に槍を突き出した構えで密集した。

 装甲は大炎には及ばないが、錬度も相まって、魏軍の重装歩兵の防御力は大陸五指に入る。

 

 指揮は楽進。魏軍の出世株だ。

 

「来るぞ、備えろ!」

 

『オオォッッ!』

 

 文醜隊の勢いは想定以上だ。手塩にかけて育てた兵達に、多大な犠牲を強いるだろう。

 だがそれだけの価値はある。討つ必要はない、動きさえ止められれば良い。

 陣形の中に深く入り込み、動きを止めた騎馬など弓の的だ。

 

「……やっかいなのが出てきましたね」

 

「文醜様、ここは一旦兵を分けて側面に――」

 

「しゃらくせぇッ!」

 

「文醜様!?」

 

 騎馬が一騎飛び出して来る。文醜(猪々子)だ。

 重装歩兵の壁に向かって一騎駆け。舐められたものだと、楽進とその兵が歯噛みする。

 

「楽進様」

 

「ああ、厚くしろ」

 

 自信はあるが、過信はしない。

 堅実を絵に描いたような楽進と、彼女に訓練を施された兵達に油断は無かった。

 (イノシシ)の進路上にある重装歩兵の数を増やす。厚みは通常の三倍、騎突の衝撃でもびくともしないだろう。

 馬から跳んで、斬り込んでくるという奇襲にも対応できるように、(重兵)の内側に槍兵を配置。

 止まれば弓矢、跳べば串刺し。王手飛車取り、この布陣に隙はない。

 

 

 

 

「――ッ、たくよぉ」

 

 舌打ち。舐められたものだという感覚、それは猪々子にもあった。

 この戦からしてそうだ。魏軍の動きはどこまでも大炎を意識したもので、回りくどい策を使ってまで誘い出した。

 白馬一帯の要所、官渡や投石機すら犠牲にした。大炎に対する評価の高さが伺える。

 だが、目の前の重装歩兵はどうだ? 仮に大炎が向かってきているとすれば、彼らは同じように壁を作るだろうか? 否、別の手段を講じるだろう。

 

 猪々子は斬山刀を、肩に掛けるようにして構えなおす。

 目の前のソレ()は文醜隊を、それを率いる将の力量を馬鹿にしている!

 

「アタイを止めるには、()の桁が違うだろうがァァーーッッ」

 

 一閃

 

「――ッ、出鱈目な!?」

 

 楽進が叫んだ。無理もない。猪々子より放たれた斬撃は重兵の装甲を、構えた鋼鉄の盾ごと切り裂き、一撃で十数人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「続け、おめぇら!」

 

『オオオオォォーーッッ』

 

 猪々子によって壁に空いた穴に、彼女の兵たちが雪崩れ込んでいく。

 重兵は正面の防御に優れる一方で、側面と背後に弱い。

 魏兵が穴を埋めようと殺到するが。猪々子が次々に穴を構築、広げていく。

 

「うっし、こんなもんか。次は――」

 

 攻め場を作り、次の行動を決めようとしたその時である。

 猪々子に向かって“何か”が飛んできた。正体はわからないが、本能から危機感を感じ取り回避する。しかし、馬上で無理な体勢をとったため落馬。受け身に失敗し「ぐえっ」と、乙女らしからぬ声を上げた。

 

 先程までの雄姿が台無しである。彼女をよく知る者たちからすれば、愛嬌の一つだが……。

 相対する楽進は少し呆けてしまった。

 

「いってぇ、よくも……あー!? ネェチャン確か――そう、楽ちゃん!」

 

 ずるり、と楽進の構えが崩れる。

 

「……敵同士ではありますが、覚えていて頂けた事は光栄です」

 

「そりゃ忘れようがねぇよ。ほらその傷――」

 

 楽進の顔が歪む。彼女の全身にある傷は、武人の誉であると同時に乙女として汚点でもある。

 年頃である楽進にとっては後者に近い。そんな乙女にとって気にしている所を……。

 彼女(猪々子)の辞書に、気遣いという文字はないのだろうか? 

 

「――スッゲェカッコいいじゃん!」

 

 ずるり、ドサッ。今度は耐えきれずに倒れてしまった。

 

 傷の話題に触れない者。鍛錬の証として誉める者。

 様々な言葉を投げかけられてきたが、目を光らせて羨む反応は初めてだ。

 それも戦の真っ最中、両軍の矢が頭上を行き来する場での言葉である。

 

「!」

 

 楽進は慌てて飛び起き、構え直す。

 相手の術中に嵌まってはいけない。これはきっと、こちらの戦意を削ぐための策略だ!

 

「お?」

 

 楽進の闘志を感じ取り、猪々子も体勢を整えた。

 大刀を肩に担ぎ、口元には不敵な笑みを浮かべている。

 あるのは強者としての余裕。いや、慢心か。

 だがそれだけの実力差はあるだろう。三羽鳥の中で一番、武を磨いてきた楽進だからこそ、嫌というほど理解できる。

 

「よせよせ、そういうのって確か“漫遊”っていうんだぜ」

 

「……?」

 

 蛮勇、だろうか。尚も戦意を削ごうとするとは、念の入ったことだ。

 

「確かに、私では敵いそうにありません。ですが――」

 

「二人ならどうなの!」

 

 ――殺気。猪々子は己が防衛本能に従い、右に飛び退く。

 次の瞬間、彼女が立っていた地点を二つの刃が通り過ぎた。

 三羽鳥の一人、于禁の双剣だ。躱されると思わなかったのか、勢い余って楽進の傍に倒れた。

 

「ば、バカ! 声を上げながら奇襲を仕掛けるな!!」

 

「あたた。つい……なの」

 

「にしても折角の好機をお前は――」

 

「えーでも。沙和が声を出す前にあの人反応してたの」

 

「……だから?」

 

「どのみち避けられてたの!」

 

 どや顔ウィンク&横ピース。

 

「――ッ 胸を張って言うなァーッ」

 

「いったーーッ。同士討ちは軍法会議ものなの!」

 

 戦場のど真ん中でいい度胸してんなぁ。などと、猪々子は自分を棚に上げて思う。

 于禁が合流したが、余裕が崩れない。負けるイメージが思い浮かばないのだ。

 

「あのよぉ、漫才し続けるならアタイ行くけど」

 

「ま、漫才なんてしていません!」

 

「じゃあ、戦るんだな?」

 

 ゾクリと、楽進と于禁の肩が跳ねる。

 濃密な闘気。先程までの弛緩した空気が、嘘のようだ。

 楽進が息を吸い込む、右手を引き、密かに力を込めていく。

 于禁は震えを誤魔化すように、得物を強く握った。武者震いではない、恐怖からくる震え。

 それでも彼女に、逃げという選択肢はなかった。心ならずも倒れた親友(李典)と、強大な相手に向かっていく親友(楽進)の為に。背を向ける訳にはいかないのだ。

 

「合わせろ、沙和!」

 

「合点承知なの!」

 

 楽進の突き出された右手から、淡い光を放つ何かが飛んでくる。気弾だ。

 弛まぬ鍛錬の果てに会得した奥義。先程、猪々子を落馬させたものもそれだろう。

 猪々子は大刀を盾にして気弾を受けた。思ったより衝撃が少ない。

 これは、囮だ!

 

「もらった」

 

「なの!」

 

「――ッ」

 

 猪々子は、二人の狙いに気が付くと同時に、術中に嵌まっていた。

 気弾で意識を逸らしたところで、接近して猛攻を仕掛ける。超近距離戦。

 斬山刀は刃渡りも大きい長刀だ。切れ味を最大限発揮させるには、相応の間合いを必要とする。

 大きく振る必要があるのだ。

 

 それに対して、二人の得物は近距離戦に向いている。

 楽進の得物を己の体、四肢を活かした徒手空拳。

 于禁の双剣も小回りが利く。なにより、巧い。

 背後に回り込み、楽進の猛攻から逃れられないように牽制してくる。

 

 避ける、避ける、受け、避ける。

 前の拳を体術、背後の刃を大刀で弾き、いずれ来る好機を待つ。

 

 仕掛ける二人はそんな彼女に舌を巻いていた。不得手とされる間合いで、二人の攻撃に対処できるとは……。

 猪々子の武才は、周りの想像を遥かに超えている。

 

「――ちぃッッ」

 

 顔の横に拳が通る。猪々子の頬に掠り、血が流れた。

 ここにきて楽進が猪々子を捉え始める。というより、猪々子が避け損なった。

 楽進の攻撃パターンが変わったのだ。只でさえ多彩な拳法にフェイント、于禁もそれに合わせて来た。

 猪々子の身体を、次々と掠めていく。フェイントを織り交ぜられては、避け続けるのは不可能だ。

 

 勝てる。

 強者を挟んで猛攻を仕掛けていた二人に、希望が湧いた。

 相手が本来の力を発揮できていれば、勝機は無かったはずだ。それほどに実力が離れている。

 二度と通用しないであろう、気弾による奇襲が生んだ好機。必ずものにして見せる……!

 

 そんな二人の気概を感じ取ってか。はたまた、攻め続けられたことによる苛立ちか。

 猪々子の額に血管が浮き上がる。図に乗るな。この程度、窮地ですら無い!

 

「なっ――ッ!?」

 

 猪々子による頭突き。突然受けた衝撃に楽進が立ち眩む。

 

 楽進と于禁の連携は巧い。いや、上手過ぎる。

 だからこそ生じる隙があった。二人のフェイントが重なった時だ。

 

「オ、ラアアァァッッッ」

 

 一閃

 

「きゃあ!?」

 

 于禁は脇に迫った凶刃に、辛うじて双剣を滑り込ませて受け止めた。

 だが、受けきれない。強すぎる衝撃に彼女の身体が浮き上がり、猪々子は構わず于禁ごと大刀を回転させて、楽進めがけ振りぬいた。

 

「ぐッ!」

 

 楽進も于禁同様、両の手甲を交差させ防御する。

 そして于禁と同じく浮き上がり、二人して大きく弾き飛ばされた。

 地面を転がり、楽進は即座に立ち上がった――が。

 

「沙和、無事か!?」

 

 于禁が気を失っている。額から血を流している所を見ると、受け身に失敗して頭を打ったようだ。楽進は自分達の勝率が、顕著に下がったことを自覚した。

 不幸中の幸いは、先程の一振りが全力で無かった事だろう。

 猪々子の間合いで腰の入った一振りなら、二人の胴ごと両断されていた。

 斬撃というより、鈍器に近い一撃。目的は距離を離す為だろう。

 

「勝負あり――ってか。ここらで降伏したらどうだい?」

 

 猪々子個人としては、二人を殺めたくない。

 強者と認めたこともあり、是非とも肩を並べて戦場に立ちたい。

 陽が魏を打ち破り吸収すれば、それも叶うだろう。

 そして何より、見知った者の死を悲しむ(袁紹 斗詩 曹操)を、見たくないと思った。

 

「こう……ふく?」

 

 両の腕に激痛が走る。チラリと目を向けると、手甲が砕けていた。

 痛みは、骨に異常をきたしたのだろう。

 

 絶体絶命。そんな言葉が浮かんだ自分を、楽進は嘲笑した。

 まだだ、自分には出来ることがある。

 

「――そうか」

 

 楽進が全身の気を練り上げているのを確認して、猪々子が呟く。

 討ちたくないだけで、討てないわけではない。

 最早、是非に及ばず。これ以上の言葉は互いの、武人としての魂に傷をつけるだけだ。

 

 楽進を中心に、波紋のように静寂が広がった。

 

 決死。

 

 相方が倒れ、手甲が砕け、身体が満足に動かせず、相対するは格上の強者。

 猪々子が強者と認めた武人が、人生の終焉に牙を立てようとしている。

 彼女は敬意を言葉にせず、獅子博兎であることでソレを伝える。

 

 大刀一閃。

 

 十数人の重装歩兵すら撫で斬りにする、猪々子がもつ最強の斬撃。

 ソレが来ると、楽進は悟った。

 右手を引き、腰を落とす。奇しくもソレは、猪々子に奇襲を仕掛けた時と同じ構えになった。

 

「いっっくぜぇぇぇーーッッ」

 

 瞬時に間合いを詰める大刀。楽進に焦りはない。

 後は、尽くすだけだ。

 

「ウオオオオォォーーーッッ」

 

 全身に満ちていた気が、突き出した右手に収束していく。

 目がくらむ程の眩い光と共に、全力の気弾が放たれた。

 先程放った気弾の比ではない。猪々子を丸ごと包み込むような大きさ。

 破壊力も言わずもがな、巨石すら砕くだろう。

 

 猪々子はそれを正面から――

 

「オラァッ!」

 

 ――斬った!

 

「!?」

 

 目を見開いた楽進がその場にへたり込む。絶望したのではない、出し尽くして脱力したのだ。

 頭上を大刀が通り過ぎる。偶然だが、避ける形になった。

 だが、それで止まる大刀ではない。猪々子は振りぬいた得物を切り返し、再び楽進を捉えた。

 刃を引くことは簡単だ。楽進達の命を惜しむなら、終いにして捕縛すればいい。

 だが、それでは楽進の武人としての魂が死んでしまう。

 降伏を受け入れず全力で牙を突き立て、相手の裁量で生き延びる。

 冗談ではない。生き恥だ。

 猪々子は武人としての楽進を救うため、個に向けて斬撃を繰り出した。

 

 そんな不器用な気遣いを感じてか、楽進が苦笑する。

 悔いはない。全力を出し尽くして敗れたのだ。武人としての本懐といった所だろう。

 そう“武人”としては。

 

 目を瞑る楽進の脳裏に、魏の面々が浮かぶ。

 村を救われ、軍人として取りててもらい、変わり者で知られる幼馴染達を重宝してくれた。

 全身の傷にも嫌悪感を見せず。武人として高みを目指す事まで、手助けしてもらった。

 

 だからこそ個人(楽進)として無念だ。恩を、返しきれなかった。

 

「……?」

 

 妙だ。目を瞑ってから暫く経つが、来るはずの斬撃が無い。

 恐る恐る目を見開いていく。

 

 大刀が、自分の首元で止まっている。

 寸止めだろうか。いや、ありえない。最後に見た斬り返しは振りぬく勢いだった。

 では、幻を見ているのだろうか。嗚呼、幻だ。でなければ、眼前の背に説明がつかない。

 

「なんとか、間に合ったな……!」

 

「春蘭様!?」

 

 幻ではなかった! 二度と見ることは叶わないはずの、頼もしい背が目の前にある。

 視線を動かすと、寸での所で七星餓狼が大刀を止めている。

 

「よぉ、遅かったじゃんか」

 

「こう見えても忙しくてな。なぁに心配はいらん、埋め合わせは――するさッ!」

 

 大剣と大刀。戦場に大きな金属音が響き渡った。

 

 

 

 




「武力、容姿、人気、忠誠度、主の器。
 結局のところ、勝つのは私では?」

「なんだァ? てめェ……」

 



 猪々子、キレたッ!

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