恋姫†袁紹♂伝   作:masa兄

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~前回までのあらすじ~

そんさっく「はえ~すっごい大きい(汜水関)」

しゅーゆ「(関係ないし)大丈夫でしよ」

えんしょー「オッスオッス」

しゅーゆ「帰れや!(良う来たな)」





シスコン「妹は天才、はっきりわかんだね!」

 
大体あってるかもしれない。



第32話

「合同軍儀用の天幕がもう完成したか、流石に仕事が早いな」

 

「あ、おかえりなさいませ麗覇様」

 

 妹の顔を見に行き、ついでに孫呉の者達にも挨拶を終えた袁紹は自陣に戻って来ていた。

 陣を離れる前に桂花に要請していた天幕に入り、作業をしている者達に労いの言葉をかける。

 

「辺りの地形を模した地図、模擬戦駒の準備も整っています」

 

「うむ、連合が揃い次第始める。頼むぞ桂花」

 

「はい! お任せ下さい!!」

 

 思わず返事を、それも人目に憚らず喜色を込めてしてしまい。桂花は顔を赤くする。

 周りで作業をしている者達はそれを見て微笑む、袁家の日常だ。

 

 一部、殴る壁を探しに天幕を飛び出した者も居るが――見慣れた光景である。

 

「失礼致します。公孫賛様とその軍が到着致しました」

 

「来たか! 到着したばかりでは陣を離れられまい。久方ぶりに名族の顔を見せに行くか」

 

「いえ、それが――」

 

「麗覇ーーーッ!!」

 

 知らせに来た兵士の声を待たず、駆け足で誰かが向かってくる。

 

「おぉ白蓮!」

 

 無論その姿には見覚えがあった。私塾来の盟友白蓮だ。

 最後に見た記憶よりも背は大きく、色々を含め身体的な成長を遂げている。

 

 (どこぞの娘とは――)

 

 

 

 

 

 

 ――くしゃり

 

「華琳様?! 今の文に何か不備が?」

 

「何も無いわ、看過出来ない何かを感じてつい力が入ったの。気にしないで頂戴」

 

「は、はぁ……」

 

 その後、終始薄く笑みを浮かべる曹孟徳の姿は、かの陣営でトラウマとなった。

 

 

 

 

 

 

「む! なんだこの悪寒(プレッシャー)は!?」

 

「? どうしたんだ?」

 

「いや……気のせいだ」

 

 身の危機を敏感に察知した袁紹だが、頭を少し傾けながら尋ねてくる盟友の可愛らしさに、ソレを上書きされる。

 

「ところで白蓮、到着早々に陣を離れても良いのか?」

 

「うっ……そ、そっちは信頼できる家臣達に任せてあるから」

 

「ほう、優秀な者を揃えた様だな」

 

「ま、まぁな!」

 

 袁紹の問いに目を泳がせながら返事をする。袁の軍旗が目に入った途端、我慢できず駆け出してきたなどとは、口が裂けてもいえない。

 

「フハハ! 何はともあれ良く来た白蓮。我はお前を歓迎する」

 

「うん、ありがとう! ……それで、その格好には何か意味でもあるのか?」

 

「歓迎と親愛の抱擁である! 華琳だけでは不公平であろう?」

 

「なッ!? ほ、ほうよう!?」

 

 華琳のときと同様に腕を広げる袁紹。白蓮に対してはからかい目的だ。

 

 真面目な白蓮は色恋沙汰には疎く、純情な乙女である。

 そんな彼女はこの事態に、顔を茹蛸のように赤く染め、慌てふためくだろう――と、袁紹は予想していたのだが。

 

「……えいっ!」

 

「む?!」

 

 なんと白蓮は、大胆にも袁紹の胸に飛び込んできた。

 

 奥手な彼女がこのような行動に出れたのは、袁紹の言葉が関係している。

 『華琳だけでは不公平であろう?』それを聞いた白蓮は、華琳も抱擁を受けたものだと考えたのだ。

 

「何時に無く大胆ではないか! 可愛らしいぞ白蓮」

 

「あぅ……」

 

 甘い言葉と共に抱き締められる。力が強く息苦しさを感じるが不快感などは一切無く、彼の体温も相まって不思議な心地よさを感じる。

 そこにこれまでの疲労が、目蓋を静かに閉じさせようとしたが――

 

「あ……」

 

 夢の世界に入る前に解放されてしまう。思わず残念そうに声を洩らし、白蓮はさらに顔を紅く染めた。

 

「すまんな白蓮、これ以上は命に関わるのだ……」

 

「命って……一体何を――」

 

 冷や汗を出しながら体を離した袁紹に問いかけようとして――止める。

 

 彼の背後からチラリと見える猫耳、そこから何ともいえない気配が漂っていた。

 離れるのがもう少し遅かったらどうなっていただろうか、想像すらできない。

 

「そ、そうだ! 桃香達も連れてきたんだ!」

 

 誤魔化すように話題を変える白蓮。この空気を変える為袁紹もそれに便乗し、天幕の隙間からどこか白い目で見ている劉備達を招き入れた。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです袁紹さん! 今回は劉備軍として、連合に力を貸すために来ました!!」

 

「以前は大変お世話になりました。ますますご清栄のこととお喜び申し上げます」

 

「お兄ちゃん、ひっさしぶりなのだーッ!」

 

「うむ、大食い大会以来であるな」

 

 返ってきた言葉に、劉備と関羽の二人は苦笑い。張飛は何故かキョトンとしていた。

 

「それにしても劉備軍とはな……兵はどうしたのだ。土から生えてきたわけではあるまい?」

 

「え、えっとそれは……」

 

「私の領民達だよ。あ、元領民か……」

 

 袁紹の疑問に答えたのは白蓮だ。

 

「……」

 

「誓って言うけど桃香達は一切勧誘とかしてないからな? 彼等はただ桃香達を案じて付いてきたんだ。だから――自分を責めるなよ麗覇」

 

「!?」

 

 白蓮は伊達に私塾で袁紹達と共に居たわけではない。袁紹の考えることなど丸解りだった。

 

 彼は多忙な白蓮の為を思って、精神的な未熟さは兎も角、能力的には有能な劉備達を幽州の地へと送り出した。

 結果的に領民を義勇軍として吸収される形になり、それをもたらしたのは自分だと袁紹は考えているのだろう。

 

「手が足りなくて難儀していたのは事実だし、桃香達が居なかったらあの黄巾の乱で手痛い犠牲を出していた。彼女達を送ってくれた麗覇に感謝こそしても、恨むようなことは一切無いよ」

 

「……白蓮」

 

「これだけ言ってもまだそんな顔するなら、華琳――と言うより春蘭直伝の実力行使にでるぞ! 本気だぞ!!」

 

 握りこぶしをと共に二カッと白い歯を見せる。

 誰が聞いても本心に聞こえるだろう。しかし白蓮と同じく袁紹もまた、彼女の心の奥底にしまっている感情を理解していた。

 

 元々は幽州の領民達だったのだ。本来なら白蓮の軍に組み込まれるべき人員である。

 真面目で責任感が強い白蓮は、笑顔の奥で親友に魅力負けした事を恥じ、悔やんでいた。

 

 そのような心境にも関わらず尚袁紹を気にかける。痛々しくも嬉しい心遣い。

 彼女にそこまで言わせて、しおらしい態度など続けられるはずも無い。

 

「まったく……相変わらず我が友は、器用なのか不器用なのかわからぬな」

 

「その台詞、お前にだけは言われたくないぞ!」

 

「あ、あのぉ~……」

 

「おお劉備、放っておいて悪かったな」

 

「いえ全然! えっとそれで……実は袁紹さんに紹介したい娘が二人いるんですよ」

 

「ほう、新たな仲間か? して、その者達は何処に――」

 

 袁紹の言葉に対し劉備は気まずそうに顔を伏せる。その様子から、紹介したい二人が既に天幕内に居るのだと察し。袁紹は懸命に視線を動かすがそれらしい者は見当たらない。

 

「……もっと下です」

 

「下? ……オォッ!?」

 

「うぅ……どうせ私達は」

 

「……小さいです」

 

 長身な袁紹の死角に可愛らしい娘が二人。気付かれなかった事がショックらしく、沈んだ空気を漂わせている。

 袁紹はしばらく、彼女達の機嫌直しに苦心するのだった。

 

 

 

 

 

 

「では改めて、私の新しい仲間! 諸葛亮ちゃんと鳳統ちゃんです!!」

 

 先程まで暗い表情の二人だったがそこは流石名族。袁家謝罪方100手の一つ『謝罪風車』にて事なきを得ていた。

 

「しょ、諸葛孔明です! 宜しくお願いしましゅ!!」

 

 劉備の紹介と共に声を上げたのは諸葛亮。緊張のためか言葉をかんでしまい、「はわわ……」と慌てる姿が大変愛らしい。 

 服装は制服を彷彿とさせる程整ったもので、合わせて被っている帽子が一層そう思わせる。

 容姿は言うまでも無く整っており、短めな金髪が優等生の空気を醸し出している。 

 

「鳳士元……です」

 

 次いで控えめに口を開いたのは鳳統。人見知りらしく、袁紹と目が合った瞬間「あわわ……」と顔を隠してしまった。

 諸葛亮とは色違いの服装なのだが、顔を覆い隠せるほど大きなトンガリ帽子を被っている。

 その帽子から青いツインテールがはみ出ており、時折こちらの様子を探ろうと恐る恐る帽子を上げる様子は、非常に庇護欲――否、保護欲を掻き立てられ――

 

「はぅーっっお持ち帰りぃ〜☆」

 

「いかん! 主殿のご乱心だ、者共取り押さえよ!!」

 

『オオッ!』

 

 このあと滅茶苦茶乱心した。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乱心した迷族が取り押さえられた数刻後、合同軍議の天幕内で各諸侯たちが集っていた。

 その軍議の提案者たる袁紹は準備中(治療)の為、始められず重々しい空気が流れている。

 

 (それにしても、本当に面白いことを考えるわね……麗覇)

 

 そんな中華琳を始め、諸侯の好奇の視線に晒されている者が一人、劉備である。

 正確には劉備自身ではなく、彼女が座している席に関心を寄せていた。

 

 天幕内に設置された円卓で入り口から最も離れた席、所謂上座である。

 本来であれば陣営の長たる袁紹、もしくは連合を呼びかけた袁術が座る席。

 

 華琳が面白いと言ったのは、その席が袁紹側から劉備に用意されていた事だ。

 普段はのほほんとしている劉備だが、社会常識は当然弁えている。

 上座に座るように言われたときも何度も断ったのだ。最終的には押し切られ腰を落としたが。

 そして他の者達は序列通りの席に腰を置いている。そうすると必然的に空く席が一つ。

 

 入り口から最も近い席、下座である。

 

 袁紹が未だ姿を現さず他に空いている場所が無い事から、彼はそこに座る心算なのだろう。

 

 (分かりやすい意思表示ね……でも、嫌いじゃないわ)

 

 華琳は口角を上げながら賞賛する。

 

 この席順に袁紹が込めた意味。それは――『連合に序列は関係なく、皆平等』というもの。

 あえて上座に序列的に最下位の劉備を座らせ、それとは逆の下座に袁紹が収まることで、これを示した。

 

 各地から集っただけに殆どの者が理解したが、一部の者達の間では『袁紹池沼説』が唱えられた。

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな(蛇)」

 

 そんな新説など露とも知らず、渦中の袁紹が無駄ないい声(イケボ)と共に姿を現すと、さも当然のように下座に腰を下ろした。

 

「さて、これより合同軍議を―――と、言いたい所だが我から一つ提案がある」

 

 袁紹の提案、それは連合の総大将について。本来であれば連合を呼びかけた袁術が盟主としてそれを務める所だが、幼い彼女にはまだ荷が重い。

 そこで他の者に総大将として動いて貰おうと言うもの。

 

「立候補者が居ないのであれば我が引き受けようと思うのだが……かまわぬな?」

 

 提案者である袁紹自身が名乗りを上げる。まるで出来レースのソレだが文句などあるはずもない。

 軍事力、家柄、どれをとってもこの場に袁紹の右に出る者は無く。そんな袁紹を差し置いて総大将に名乗りを上げる者など居るはずも無い。

 

「ちょっといいかしら?」

 

「……構わぬ」

 

 順当に袁紹が総大将に着任すると誰もが思った中、待ったを掛けるものが一人。

 袁紹の言葉を数瞬詰まらせる彼女は、何を隠そう華琳である。

 

 とはいえ、彼女自身袁紹が総大将となることに不満がある訳ではない。ただ、面白くないのだ。

 提案を口にしてから自信満々な名族の顔を見て、何故か軍儀前に自陣の天幕内で感じた『何か』を思い出し。反射的に声を上げてしまった。

 

 華琳を見て袁紹は体を僅かに強張らせる。彼女が――あの笑みを浮かべているのだ!

 

「この席順、皆も理解している通り袁紹殿は連合は平等だと主張しているわよね?」

 

「うむ、この連合に上下関係は無粋である」

 

 華琳の言葉を聞いた諸侯達も頷く、袁紹の意図を解していなかった一部の者達が合点がいく表情をしていた。

 まるで彼らの誤解を解くための言葉に聞こえるが、華琳にその気は無い。

 ただこの先の言葉の為、皆に理解させる必要があっただけである。

 

「その平等を主張した袁紹殿が、自分を総大将にと名乗り上げたのは――ここにいる誰よりも自分が上だと判断したからかしら?」

 

『!?』

 

 その言葉に諸侯はハッとした表情になる。華琳の指摘通り、平等を訴えたはずの袁紹が、自身を総大将に据えようとするのはどこか矛盾している。

 

 ―――とはいえ、彼女の発言は屁理屈に近い。総大将としての器なら華琳も決して見劣りしないが、袁家よりも格下の家柄では角が立つ。袁紹の他に適任者が居ないのだから、たとえ彼が名乗り出なかったとしても、誰かしら袁紹を推薦していただろう。

 

 しかし、いかに屁理屈に近い言葉であっても、矛盾点を突かれたことに変わりは無い。

 返答を誤れば、皆の袁紹に対する評価が下がる可能性が高かった。

 

 (華琳め、我に何か恨みでもあるのか?)

  

 平静を保ちながら華琳を睨みつけるが、彼女は微笑んでいた。

 袁紹の反応を楽しんでいるのだ。友のドSっぷりに頬を引き攣らせながらも、袁紹は彼女の問いに答える。

 

「その言にも一理ある、しかし我は思うのだ。たかが『軍議を取り仕切る者』の人選のために、軍議を始めるのは時間の無駄だと」

 

 各地の諸侯が連合の下に集ってはいるが、決して一枚岩ではない。

 大まかな策、各々の役割は軍儀で決めることになるものの、開戦すれば指揮は各軍に委ねられる。

 その中において総大将など飾りに過ぎない。精々やることといえば袁紹の言葉通り、軍議の進行役くらいのものだ。

 

 誰が総大将となっても役割は変わらない。ならば一番角が立たない袁紹がそれをこなし、迅速に軍儀を進める方が有意義である――と、袁紹は口にする。

 

「……確かに時間の無駄ね。軍議の妨げになったこと、深くお詫びするわ」

 

 僅かに強張った袁紹の姿を見れたことで華琳は満足したため、追求を止める。

 

「この程度であれば問題は無い。さて、他の者は何かあるか?」

 

「私達からは何も無いわ」

 

「袁紹さんで問題ないと思います!」

 

「まぁ、形式上でも麗覇が誰かの下に付くとは思えないしな」

 

 他の諸侯たちも口々に肯定する。それを確認した袁紹は、予定通り軍議を進行させるため口を開いた。

 

「では、これより合同軍議を開始する。桂花!」

 

「ハッ! 袁紹軍軍師荀文若。僭越ながら汜水関攻略の概要を説明させて頂きます」

 

 円卓の上には辺りを模した地図が置いてある。

 

「我ら連合軍が洛陽攻略の為に避けて通れない難所、それが目の前の汜水関と、それを越えた先にある虎牢関の二つです」

 

 桂花は地図上に明記されている汜水関に『華』と書かれた小さな旗を立てた。

 

「皆様も確認した通り汜水関の軍旗の文字から、そこを守るは董卓軍の将の一人、華雄です。

 もう一人の将である張遼は、虎牢関にいると思われます」

 

 次いで汜水関の前に模擬駒を置いていく、それらの駒には各諸侯を現す一文字が彫られていた。

 

「これを見ても解る通り、戦力差は我らが圧倒しています。正面からの力押しでも勝利することが出来るでしょう」

 

『おおっ』

 

 解りきったことではあるものの、それを改めて言葉にしたのは袁紹軍が誇る軍師荀彧。

 諸侯は益々状況を楽観視し始め、彼女の逸話がそれに拍車を掛けた。

 

「ですが――」

 

 そんな緩んだ空気を桂花は良しとしない、戦に絶対はないのだ。

 

「地の利は断然敵方に有り。又、汜水関を守るのはあの猛将華雄将軍。単純な攻勢を仕掛ければ手痛い被害を受けるでしょう。後の虎牢関攻略の事を考えれば、犠牲の多い力押しは愚策です。

 故に、此処に居る皆様方で話し合い。汜水関を攻略する上策が求められます――以上です」

 

 先程とは一転して、ピンと張り詰めた空気が流れる。

 

 追い詰められた敵ほど手強いものは無い。(董卓軍)らの背後には洛陽がある。

 敬愛する主、愛する家族や友がいる。

 最も、連合軍は大儀を掲げているだけあって非道を犯す心算は無い。

 仮に暴走した軍が居たとしても、袁紹や華琳を始めとした者達に制圧されるだろう。

 しかしそれはあくまで連合内の認識であり、董卓軍と洛陽の人々から見れば侵略同然。

 彼等からしてみれば背水の陣である。

 

 可愛らしい容姿からは想像もできない緊張感溢れる言葉は、諸侯達の気を引き締めた。

 

「うむ! 実にわかり易い説明、流石は桂花である!!」

 

「ありがとうございます」

 

 袁紹の賞賛に冷静に返す桂花。表面上は平静を保っているが、彼女の猫耳が物理法則を無視してピクピク動いている。尻尾が付いていたらピーンと立っていただろう。

 そして袁紹は鼻高々に諸侯の顔を見渡していた。彼の心情を言葉にするならば『どうだ我が軍の軍師は! 凄いであろう!!』といった感じだ。

 

「ではさっそく、皆で汜水関攻略の策を――「お待ちを」」

 

「なっ!?」

 

 気を取り直して軍儀を再開させようとした矢先、彼の言葉を遮る者が一人。

 周瑜だ。それも、仮にも総大将である袁紹の言葉を遮ぎっての発言。余りに無礼なその行いに桂花は溜まらず憤慨し、袁紹がそれを手で制した。

 

「……何かあるのか? 周瑜」

 

「ご無礼をお詫びします。汜水関攻略の軍儀前にご報告が一つ、よろしいですか?」

 

「構わぬ」

 

「感謝を。では穏、頼む」

 

「承りました~」

 

 袁紹の許可を得て、孫呉の席から一人立ち上がる。

 

「孫策軍軍師の一人、陸伯言と申します。お見知りおきを~」

 

 のんびりとした口調で自己紹介したのは孫呉の将の一人、陸遜だ。

 小さな眼鏡が知性を感じさせ、軍師という肩書きにも関わらず武人の気を纏っている。

 

 (只者じゃない……見た目に騙されると痛い目を見そうね)

 

 華琳を始めとして白蓮、劉備といった英傑達が陸遜の器を量ろうと観察する中、男共は別の場所を観察し、目で量っていた。

 

「な、なんと豊かな」

「事が済んだら勧誘じゃ」

「抜け駆けは許しませんぞ!」

「ええい、孫策軍の脅威(胸囲)は化け物か!」

 

 救いようの無い愚か者達である。迷族の声は――きっと気のせいだろう。

 

「……報告しますね。実は何と! 私たち孫呉が汜水関と虎牢関を避けて洛陽に辿り着く迂回路を発見したんですよ~」

 

『!?』

 

 その報告には皆が驚き、目を見開いた。

 

 彼女の話が本当ならまたとない好機である。

 汜水関に布陣している華雄、そして虎牢関を守っているとされる張遼を避けることが出来れば、この戦は直ぐに片が付く。

 人的被害を最小限に抑えられる上、浮いた経費で莫大な余財が生まれるだろう。

 

「事実ならすごい事ですぞ!」

「左様、汜水関と虎牢関を避けられれば洛陽は目前」

「す、直ぐに部隊を編成し向かわせましょう!」

「うわわ……凄いね白蓮ちゃん」

「ああ、流石張角を討ち取っただけある。大した諜報力だ」

 

 やはりと言うべきか。諸侯たちは劉備や白蓮をも交え、迂回路に対する意見を口々に言葉にしだした。

 

「……」

「……」

  

 その中において静観を決め込む袁紹と華琳。そこまで都合の良い迂回路などあるはずがない。何かしら問題を抱えていると見るべきだろう。又、董卓軍の軍師賈駆が其処を放置しているとは思えない。

 袁紹は見た目に反し慎重な性格から、華琳は持ち前の鋭さから、陸遜の報告には続きがあると確信していた。

 

「それがですね~、そう良い話しばかりでは無いのですよ」

 

 卓上の地図を指差し、迂回路の場所を皆に教える。

 陸遜が指したそこは、道の無い山岳地帯だった。

 

「険しい山岳地帯で移動幅が狭く、騎馬は二騎以上並んで進めませんので、大軍での突破には向きませんね~。

 そして見通しが悪いです。伏兵や罠の事を考えますと、抜けるのは大分難しいです~」

 

 実際、私なら大量の伏兵を配置しますね~と報告を締めくくると、今度は水を打ったような静けさが流れた。

 

「……」

 

 迂回路の危険性を確認し、口を噤んだ諸侯を。

 華琳はつまらない者を見るような目で一瞥した。

 

 彼らの心境は単純でわかり易い。

 そもそも連合に参加した彼らの動機は、董卓が相国となる事を良しとしない者、又は勝ち馬に乗りに来ただけだ。

 これほどの規模を誇る連合軍、負ける可能性は限りなく低い。

 彼らの目標は、『どうやって勝つか』では無く『どう上手に勝ち馬に乗るか』である。

 

 最小限の損害で勝利し自軍の名を、あわよくば手柄をあげて武名を手に入れようという算段。

 ノーリスクでハイリターンを望む者達。

 

 そんな彼らが、万が一にでも自軍の全滅や己の命に危険がある迂回路を使おうと思うだろうか。

 答えは否、その証拠に誰も口を開かず静観している。迂回路の話が出たときにはあれほど息巻いていたというのに――

 

「迂回路を利用する上での危険性はわかった――が、それだけの要所を捨て置くのは惜しいな。

 なぁ、各々方?」

 

「む、無論です」

「じゃあわしの軍で行きますよ」

「いやいやここは私が」

「え、じゃあ俺――」

『どうぞどうぞ』

「!?」

 

 他侯の目の前で臆した態度をするわけにもいかず。ついには漫才と共に押し付け合いを始めだした。

 

「そのことで、私から提案があります」

 

「周瑜か、聞こう」

 

「いかに危険があるとはいえこれほどの要所、当然誰もが攻略したいと考えるでしょう。

 そこで――我らが総大将に迂回路の担当を決めていただくのは如何でしょうか?」

 

「む…我に?」

 

「おおっ、それは名案!」

「袁紹殿の決定ならわしらに異論はないわい」

「左様、あの方の目に狂いは無い」

 

「……」

 

 ここぞとばかりに袁紹を捲くし立てる。ご機嫌取りも含まれているが、彼等が期待しているのは袁紹の慧眼である。

 用は迂回路攻略の任から外れる大義名分が欲しいのだ。

 

 (周瑜め、何を企んでいる?)

 

 この流れで断るわけにも行かず、此方を見やりながら得意げに笑みを浮かべている周瑜を尻目に、袁紹はどの軍に迂回路を任せるか思案する。

 

「……」

 

 ほんの少しの間、目を閉じた袁紹は眉間に皺を寄せていた。

 それを確認した周瑜の笑みが深まる。

 

 (気が付いたようだな袁紹。そう、お前は私の掌の上に居る)

 

 やがて、静かに眼を開いた袁紹は答えた。

 

「迂回路攻略の任、我としては孫呉の軍に任せたい。受けてくれるな?」

 

「もちろん! 必ず吉報を持ち帰るわ!!」

 

「袁紹殿の御指名とあらば、それに恥じない働きを約束致しましょう」

 

 ――良く言う。

 

 彼女達の返答に、袁紹は苦笑いを浮かべる。

 

 そもそも彼には選択肢が用意されていなかった。

 袁紹が迂回路をどの軍に任せるか思案する前に、『任せれない軍』を選択肢から外す必要がある。

 そして消去法により残った軍の中で、もっとも適した者達に任せる――はずだった。

 

 迂回路の危険性に尻込みしている者達や美羽は論外。すると候補となるのは、華琳、白蓮、劉備、そして孫策達孫呉である。

 この中において一番軍事力を有する華琳。彼女であれば迂回路の突破も難しくないだろう。

 しかし彼女の軍は、袁紹に次ぐ規模の大軍だ。その持ち味を生かしきれない迂回路に当てるのは、宝の持ち腐れ。

 何より、華琳自身も迂回路には興味が無い様で、袁紹に幾度となく目で自軍を候補から外すように語り掛けていた。

 

 次に白蓮。軍の規模としては一見適任にも思えるが、彼女の軍には有能な将が少なすぎる。

 よくも悪くも平均的な能力では突破は難しいだろう。それに、その迂回路を守るのが万が一張遼であった場合……。

 よって白蓮も候補から外すことにした。この判断には袁紹の私情も含まれる。

 

 三人目の候補者は劉備だ。小規模な軍勢、武力、知力共に有能な将を従えている。

 一見すると迂回路に適役にも思えるが、彼女たちの兵はあくまで義勇軍。農民に毛が生えた程度の者達である。

 それでもあの二人――諸葛亮と鳳統が居る。どちらも三国志を代表する大軍師だ。

 彼女達ならばたとえ兵の力が物足りなくても、知でそれをカバーできるだろう。

 しかし――忘れてはならない候補者が居る。

 

 孫呉だ。兵は少数精鋭、将は言うまでもなく英傑揃い。加えて彼女達は、この迂回路を発見した者達だ。この場に居るどの軍よりも地の利に明るく、伏兵や罠の場所を察知しやすい。

 これ以上ないほどに適役である。周瑜は、袁紹がこの答えに辿り着くとわかっていたからこそ、彼に選択を委ねたのだ。

 それを前提に今頃は、隠密に長けている甘寧、周泰の両名が斥候として動いているのだろう。

 

 始めから答えは一つ、選択肢など無かったのだ。

 それは奇しくも以前の袁紹と周瑜の状況に、立場を変え酷似していた。

 

 しかしここで一つ疑問が出来る。何故周瑜がわざわざ袁紹に、自分達を任命させるようと仕向けたかだ。

 それも、少数精鋭こそが迂回路に相応しいと陸遜に言わせるという、保険を掛けててまで――

 

 その理由はこの場の面子にあった。各地の代表が集うこの場所は、軍議の場であると共に高度な政治の場でもある。

 

 どこの者達と友好関係を築こうか。

 どうこの中で自分の発言力を高めるか。

 将来的に敵対する可能性が高い相手の軍の規模は如何程か。

 

 其処に集まる者達は互いを牽制し合い、腹の探りあいをしていた。

 そんな中、自軍の力を示すまたとない好機、迂回路が現れた。欲に駆られ我先にと挑もうとするも、危険が高いとわかると一変、保守的な態度に出始めた。

 そんな中、勇猛果敢に『我が軍が担当しよう』などと言えば、彼等は何を思うだろうか。

 それも、序列的に下から数えたほうが早い孫呉の者達が。

 きっと彼等は快く思わないだろう。『下っ端が出しゃばりおって』などと理不尽に考えたかもしれない。

 独立後に孫呉が孤立する危険性、それを回避するために周瑜は袁紹を利用した。

 総大将からの任命であれば角が立たず、たとえ短気を起こす者がいたとしても、その感情は任命した袁紹に向く、まさに一石二鳥、それどころか以前してやられた鬱憤も晴らせ、一石三鳥である。

 

「フハハ! 期待しているぞ!」

 

「……」

 

 しかし、苦虫を噛み潰したような表情を期待していた周瑜を待ち受けていたのは。

 陽光にも例えられる袁家自慢の満面の笑みだった。

 

 袁紹は特に悔しい思いはしていない。初めは誰かの掌の上で踊らされることに不快感を抱いたものの、彼の目標は最初から戦の早期決着である。

 その中で誰かに利用されたなどは所詮小事。むしろそれが勝利のためになるのであれば、袁紹は喜んで手を貸すだろう。仮に周瑜から彼女の考えを聞かされていれば、袁紹は喜々として一芝居していた。

 

「……」

 

 自身が過去に感じた屈辱、袁紹がそれを歯牙にもかけない事を彼の表情から悟り、周瑜が苦虫を噛み潰したような表情になる。ここまで綺麗に返されれば、立つ瀬が無いというものだ。

 周瑜の小さな復讐は目的を達し、目標を逃した。

 

 

 

 

 

「さて、迂回路の件も片付いた所で、いよいよ目の前の難所について話し合おうではないか」

 

 殆どの軍が、迂回路を回避出来たことにホッと一息つく中、袁紹は改めて本題を語る。

 

「まずは目の前に聳え立つ汜水関か、皆に策を求めたい所だが――聞いてばかりでは名族として示しがつかぬ。ここは一つ、我が軍の策を語ろうではないか!」

 

『!?』

 

 袁紹の言葉に、天幕内に今までにない緊張感が走る。

 連合軍の総大将にして最大勢力、袁紹軍が用意した汜水関攻略の策だ、無理も無い。

 皆が一様に、武力、知力、兵力、財力最高峰と謳われる軍の長、袁紹の言葉に耳を澄ませたが――

 

「華麗に! 雄雄しく! 進・軍であるッッ!!」

 

 ――我が軍の策に、一片の迷い無し

 

 右腕を天に向かって高々と振り上げ、堂々と宣言する。

 

「……それだけなの?」

 

「うむ! それだけゾ!!」

 

「……」

 

 皆が唖然とする中、一足早く意識を戻した華琳が袁紹に確認するが、彼の答えは変わらず。

 何故か何かを成し遂げたような、無駄なまでに爽やかな笑顔で返事をした。

 

 それを聞いて諸侯達は溜息を洩らす。正直失望である。

 

 袁紹の狙いはまさにそこにあった。上記でも語ったとおり此処は高度な政治の場でもある。

 そんな中袁紹が策を出し、何処かの軍がそれを上回る上策を持っていた場合何が起こるだろうか、遠慮だ。

 

 そうでなくとも周りの者達が袁紹を持ち上げている中、彼の顔に泥を塗るような行為は出来ない。

 袁紹自身が気に掛けなくても、他の者達に目を付けられる可能性が高く、それによって主に迷惑が掛かると考えるだろう。又、そこまで考えが至らなければ上策など考えられない。

 

 袁紹はそんな彼らを発言し易くするため、あえて道化を演じて見せたのだ。

 袁紹にとって救いなのは、少なからず自分の考えを理解しているものがいる事だろう。

 もっもと、彼は『一生に一度はやってみたい事集 著・袁本初』に記された一つ、『一片の○○無し』を行えた事に満足していた。

 

「どうだ? 何処もなければ我が軍の策で行くが……」

 

「は、ハイ!」

 

「おお諸葛亮! 元気が良いな結構結構、何か策があるのか?」

 

「はい、私に秘策有り――です!」

 

「む、聞かせてはくれぬのか?」

 

「申し訳ございません。何分機密性が重要ですので、全容は説明できませんが――狙うは敵将華雄です!」

 

 諸葛亮の宣言に『おおっ』と声が上がる。劉備軍の規模は殆どの者が確認しており、そんな軍が汜水関攻略どころか、敵将の頸を狙うというのだから当然だろう。

 

 (……挑発か)

 

 僅かなやり取りだったが、袁紹を含め、その場に居た才覚ある者達は諸葛亮の策を見抜いた。

 

 諸葛亮が情報の機密を重視すること、寡兵に近い規模で敵将を狙うとすれば、とれる行動は限られてくる。

 その中で一番濃厚なのが『挑発』による敵将の誘き出しだった。

 劉備軍の将、関羽と張飛の武力があり、加えて華雄は気性が荒く、己の武に高い誇りを持っていると聞く。

 だとすれば、劉備軍が最も華雄を狙える策は『挑発』、簡単な消去法だ。

 

「面白い。他者達から意見が無い以上、初日はお主達に任せよう!」

 

「あ、ありがとうござりましゅ!」

 

 華琳は他陣営の力を図るべく静観している。恐らく彼女なりに策は用意してあるのだろう。

 

「そ、それであの……大切なお願いがあります!」

 

「聞こう」

 

「感謝しましゅ! ……ご存知の通り我が軍は兵力が乏しく、仮に策が成ったとしても、その後の汜水関へと続けません」

 

「……」

 

「そ、そこで! 大陸一と名高い袁紹様の兵を――」

 

「断る」

 

「ふぇっ!?」

 

 言葉を最後まで言い切らぬ内に一蹴される。諸葛亮自身、この要請がすんなり通るとは思っていない。

 だからこそ説き伏せる為の言葉を幾つも用意し、理論付けで説明しようとしたのに――こうもあっさり断られては何もいえない。

 もはや彼女に出来ることは、涙を溜めた瞳で袁紹を見つめるくらいしか――

 

「む! ま、まて泣くな。これにはちゃんと理由があるのだ!!」

 

 いたいけな少女を泣かせた名族の図回避のため、袁紹は慌てながら言葉を続ける。

 

「我が兵は各将の下でのみ実力を発揮できる。故に兵だけでは貸せぬのだ」

 

「!? で、では!」

 

「うむ、我が軍の将、趙雲とその兵を貸し与えよう」

 

 その言葉に劉備と諸葛亮の二人が歓喜の声を上げ。周りの諸侯達が袁紹の太っ腹ぶりに感心しつつも呆れていた。

 これで策が成せると喜ぶ諸葛亮。笑顔に戻った彼女に『あれ』を言うのは心苦しいが――袁紹は心を鬼にする。

 

「一つ聞いてもらいたい。趙雲を貸すが、其方の指示に従うかどうかは彼女に委ねる」

 

「!?」

 

 その一言で諸葛亮から再び笑顔が消える。

 

 諸葛亮の企み。それは敵将華雄を討ち劉備軍の名を広めると共に、今ある兵力の被害を最小限に抑えようと言うもの。

 華雄を討ち果たした後、激昂した華雄軍と戦いになる可能性が高い。精鋭と名高い彼女の軍と、自分達が率いる義勇軍では分が悪すぎる。多大な被害、あるいは全滅の憂き目にあうだろう。

 そこで袁紹軍だ。彼を使い自軍の被害を抑えようとしたが――

 

 ――我が兵はお主等の盾では無い

 

 袁紹の言葉にはその意思が強く宿っていた。指揮権は劉備達にあるものの、最終的に従うかどうかの判断は趙雲に委ねられる。

 つまり、趙雲とその兵を盾に使えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? どうしたの朱里ちゃん」

 

「いえ、何でもないです……」

 

 今の劉備に諸葛亮の心情はわからない。彼女は単純に将を貸してくれる袁紹に感謝していた。

 

 このどこか抜けている主の為、自分がしっかりしなくてはならない。

 袁紹の怒気に近い気にあてられ、肩の震えがまだ止まらないが、今は策を練り直さなければ。

 諸葛亮は自分に言い聞かせ、親友と共にこういう事態に対していくつか考えていた対応策。それらをさらに詰める作業を、夜が更ける頃まで行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして明朝、汜水関で待ち構える華雄の前に。孫呉を除く全ての連合軍が布陣した。


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