るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第六幕『伝説の剣?』

「ケンシン。今日はあんたに『剣』を買ってあげるわ」

 ある日の朝、剣心に起こされたルイズが出し抜けにそう言った。流石の剣心もまた、この突拍子もない言葉に若干ポカンとする。

「……おろ?」

 ここに召喚されてからもう、それなりの数日が経っていた。

 使い魔の仕事にも大体慣れ、安定した時間を過ごしていた剣心は、これを聞いて今日はそうはいかないだろうなぁ、と心中そう思った。

 別にルイズが突飛なことを言うのは珍しいことじゃない。言ってることがコロコロ変わったり、論破されると真っ赤になって怒ったりと、それに比べればまだ優しい方だ。

 しかし、街に行くのはいいとして、何故武器を? そう思った剣心は自分の腰の逆刃刀を手に当ててルイズに見せた。

「拙者にはこれがある、無理して買ってもらう程、困ってはござらんよ」

「前から思ってたけどさ、あんたこんなナマクラのどこがいいのよ?」

 ルイズは勝手に剣心から刀を引っこ抜くと、それをまじまじと見つめた。

 実は過去に一度、ルイズにも逆刃刀を見せてあげた時、峰と刃が逆についた刀を眺めてシエスタと同じような疑問をルイズもしていた。

 その時剣心は、シエスタと同様の答えを返したのだが、シエスタと違い貴族出身でお嬢様気質のルイズからしてみれば、「彼が貧乏人だからこんなモノしか持っていない」と変な方向へと解釈していたのだ。

「斬れるかどうかも分らない武器なんか持ってるより、わたしがもっと良いものを買ってあげるわよ」

 感謝しなさいよね、と付け足しながらルイズはエヘンと平坦な胸を張る。無論というか、これにはちゃんとワケ…というか狙いがあった。

 ルイズはキュルケと剣心との、あの夜の邂逅があって以降、ちゃんと自分がご主人様であることをどうやって示せばいいかずっと考えていた。どういう理由があろうと、宿敵であるツェルプストー家に自分の使い魔を取られたとあっては、ただでさえヴァリエール家に塗りたくっている泥を、さらに上塗りしてしまう。

 これ以上生き恥は晒せない。そこでどうやって剣心に関心を持ってもらうか、結局行き着いたのは「何かを買い与える」という手段だった。

 しかし、剣心は何を欲しがっているのかさっぱり分らない。聞き出すのも面倒だ。そんな矢先に逆刃刀の話に流れ込んだため、じゃあ剣にしようという風になったのだ。

「買ってもらっても、使わないでござるよ? それでもいいで――」

「ホラ、ちゃっちゃと仕度しなさい、早く行くわよ」

 せっかくの反論も聞く耳持たず、ルイズはさっさと部屋を出ていってしまった。

 はぁ…。とため息をつきながら、どう言ったら聞き入ってもらえるのかと思案しながらルイズの後を追った。

 

 

 

 

 

              第六幕 『伝説の剣?』

 

 

 

 

 

 そんなルイズ達から所変わって。

 今日は虚無の曜日ということで、皆が遊びで街に繰り出したり、楽しいひと時を過ごしたりなど、自由な休日を味わっていた。

 自室で本を読む少女、タバサもその一人。

 いつもいる騒がしい友人が、この日は来ないため、ひょっとしたら…とか思いながら静かにページをめくると――

 ドタドタドタ、と走ってこちらに向かって来る音が聞こえてきた。

 タバサはその音を聞くなり、隣に置いてある身の丈以上もある杖を手に取り『サイレント』の呪文を唱えた。

 それに遅れて、キュルケが慌てた様子でタバサの目の前までやって来る。

 キュルケは、しばらく何事か自分に向かって話しかけていたが、やがて声が聞こえていないのがわかると、困ったような様子で肩を思い切り揺さぶり始めた。

 流石にこれでは読書どころではない。仕方なく『サイレント』を解くと、キュルケの大きな声が耳元で響いてきた。

「タバサ、今から出かけるわよ! 早く支度してちょうだい!」

「……虚無の曜日」

 鬱屈そうな様子を隠そうもせずタバサはそう言うと、再び本に視線を落とした。

 キュルケは、そんなタバサから本を取り上げると、頼んでもいないのに事の顛末を話し始めた。

 簡単に纏めると、また新たに恋をした男が、今度はミス・ヴァリエールの使い魔らしい。

 それで、どうやって自分の情熱をアピールしようかと考えてた矢先、彼は主人と共に外出したという。追いかけようにも、馬に乗っている以上、徒歩では追い付かない。そこでタバサの使い魔でもある風竜・シルフィードを借りたいということだった。

 しばらく考え込んだ後、タバサは抑揚のない声で言った。

「…分った」

「えっ、本当に!?」

 キュルケほどではないが、実はタバサも剣心には興味を持ったクチだ。

 この前起こったギーシュとの決闘――終盤のワルキューレの集団戦を、隙だらけとはいえ彼は何の苦もなく回避していた。

 そしてあの高々と跳んだ後に放った剣閃と、最後の一瞬の動き。

 注意深く目を凝らしていたのに、刹那にして視界から消え失せ、ギーシュの杖をもぎ取ったあの動作は、驚きの歓声があがるまで自分でも全然分らなかったのだ。

 恐らく彼も、自分と同じか…否それ以上に、幾度も死線を乗り越えてきた猛者なのだろう。それに――――。

(何か…どことなくあの人に似ている気がする。雰囲気とか…)

 まあそういった意味では、未だ隠している彼の実力について、タバサにとっては大いに関心があったのだが、だからといって自分から特段どうこうするつもりはない。いつか彼の本当の力が見れたらいいなと思う程度だ。

 まあ、そう考えれば彼の動向を探るのにいい理由が出来たし、読書だって飛行中でも充分読める。それに拒否すればキュルケが隣でずっと騒がしくしているだろうし、そう考えればこっちの方がずっと有意義か。――そうタバサは結論づけた。

「ありがとね、タバサ! やっぱり持つべきものは友人よね!」

 嬉々としてはしゃぐキュルケをよそに、タバサは窓を開けて口笛を吹いた。すると窓の外から、タバサの使い魔、風竜の幼生シルフィードが顔を出し、二人をその背中に乗っけるとバサバサと翼をはためかせ、空へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 一方、ルイズと剣心はトリステインの城下町に到着し、その街並みを練り歩いている最中だった。白い石を基調に造られたこの街は、行き交う人々や商人の声が常に聞こえ、活気のある雰囲気を作り出している。

 こういった喧騒は、どこへ行っても変わらないなと、剣心は色々な店や商品を眺めて思いながら、武器屋を探すルイズの後を追った。

 しばらくすると、人気も少なく段々と狭くなる路地裏へと入っていった。

 その中の一つに武器屋があるのをルイズは確認すると、扉を開けて店の中へ入った。

 成程、確かに如何わしい感じが辺りを漂っているが、並んでいる剣や甲冑は武器屋というだけあって見事なものだ。

 その店の奥にいる、店主と思しき親父が胡散臭いような目でこちらを見ていたが、ルイズが貴族だと分ると、急に畏まった調子を取った。

「貴族のお嬢様、ウチはまっとうな商売をしてまさあ、お上に目をつけられることなんか、これっぽっちも――」

「客よ」

 店主の言葉を遮って、ルイズはそれだけ伝えると、剣心の方を指差した。

「剣をお使いになるのはこの方で? けど見た所立派な武器を腰に差しているじゃないですか」

「いいのよ、とにかく適当に見繕って頂戴」

「まあ、若奥さまがそう言うなら、ウチは構いませんが……」

 そう言いながらも、店主はニヤリと口元を歪ませた。世間知らずの嬢ちゃんめ、せいぜい高く売りつけてやる。そういった雰囲気を漂わせていた。

 その間、剣心はというと何故か辺りをキョロキョロと見回していた。

「何やってんのよ、ケンシ――」

 見とがめたルイズが、そう言いかけて気づいた。さっきまでのほほんとした表情だった剣心の眼が、今は鋭くつり上がっていることに。ギーシュの時に見せた、あの眼だ。

 それは、興味や探究といった感じで見回していないのは明白だ。もっと別の、何かを警戒しているような……。

「……そこの者、隠れてないで出てきたらどうだ?」

 空気の中に混じる、微妙に小さい音を聞きいて「誰かがこっちを見張っている」と確信した剣心は、腰を落として指で刀の鍔を弾いた。

 キンッ、という金属音が微量ながらも響きわたり、その下からは鈍く光る刀身が顔を出す。暫くして、店内から店主のものではない、けたたましい声が鳴り響いた。

「へえ、まさかここで俺の存在に気がつくたぁね」

 その音を頼りに、剣心はゆっくりと歩を進める。

 しかし、声が聞こえてきた場所には乱雑に置かれた剣の束が置いてあるのみで、人影らしきものは見つからない。警戒を解かず、慎重にその一つの剣に手を伸ばしてみると、急にその剣が鍔をカチカチ鳴らしながら声を発した。

「今度のは、ちったあマシな奴が現れたじゃねえか」

「――――おろっ!!?」

 剣が喋った……!? 剣心は急に目を丸くした。ここにきて色々と不思議なことを体験した剣心だったが、流石に言葉を話せる剣がいたことに対して驚きを隠せない。

「珍しい。それってインテリジェンスソード?」

 ルイズも、不思議そうな顔をして店主に訪ねた。

 意思を持つ魔剣、インテリジェンスソード。噂に聞く程度だったが、実物を見たのはルイズも初めてだ。

「そうでさ。しかしこいつは口は悪いわ、客にケンカを売るわでほとほと困っているわけでしてね」

「ヘッ、事実を言っているまでだ!! どいつもこいつも見栄えだけ気にして、一丁前なことだけ抜かしやがるヘナチョコ相手に、本当の事言って何が悪いってんだ!?」

 一瞬、ルイズもムッとした表情になった。まさに今、その剣の言う通りな事を考えていただけに、この言葉はとても鼻についたのだ。

 しかし剣心は、そんな彼女をよそにさっきとは一変、興味深そうな感じで喋る剣を手にとった。身の丈は剣心と同じくらいだが、それでも中々な長さに丁度良く反った片刃の剣で、刀身は磨かれていないのか、ボロボロに錆び付いていた。

「……おでれーた、てめ『使い手』か? …いや、それ以前に相当な剣の使い手だなこりゃ。こんな奴は初めてだ」

「おろ?」

 急に神妙な口調で剣がそう言うと、何の事だか分らない剣心を無視して、何事かブツブツ言い始めた。

「それだったら、さっきの反応も納得だな――よし、てめ、俺を買え」

「おろろ?」

 いきなりの勧誘にまたも剣心は驚いた。

 しかし買うといっても使う予定はない。何度も言うが自分には逆刃刀があるし、それ以外の剣を使う気はこれっぽっちもないからだ。

「拙者、剣を使う気も買う気もないでござる。それではこれで」

 そう言って、デルフを丁重に仕舞い店を出ようとする。慌ててデルフが叫んだ。

「ちょいちょい待って!! 取り敢えず買っておくれよ!! 出番がなくなっちまう!!」

 意味不明な事を叫ぶデルフに対し、剣心はきっぱりと告げる。

「いや、拙者にはもう刀があるし、これ以外を使う気などないでござるよ」

「まあそう言わずに、お願いだからさ、損はさせないからよぉ!!」

 悲痛な叫びを上げてデルフは剣心を引きとめようとする。こうなると流石に少し可哀想になってきた。仕方なく剣心は顎に手をやって考える。

 改めて見るとデルフの見た目は、かなり年季の入ったものだというのは理解できる。ということは長い年月を生きてきたはずだ。

 使うかどうかは置いといて、もしかしたらこの剣の言う通り元の世界への情報や秘密…まあ何かしらの情報を握っているかもしれない。その可能性はある。

 それなら、持っていても損はないだろう――そう思い直し、剣心は決めた。

「仕方ないでござるな」

「イイィィィィィィィヤッホォォォォォォ!! ありがとよ相棒!!」

 すごく喜ぶデルフを見て、引くに引けなくなった剣心は、今度はチラリとルイズを見る。

「どうでござる? ルイズ殿」

「えぇ~、そんなのがいいの?」

 明らかに嫌そうな声を隠そうともせず、ルイズは不機嫌な顔をした。

 しかし他の豪勢な剣や得物をパッと見るあたり、別の、それも豪勢なものとなると、金貨でも千や二千は下らないものばかりだ。今の手持ちが、新金貨で百程度だということを踏まえて考えると、やはりこんなボロ剣しか買えないのが相場らしい。

 仕方なく、といった感じでルイズは尋ねた。

「あれ、おいくら?」

「あれなら、百で結構でさ」

 店主は適当な様子で手をヒラヒラと振った。厄介払いができて清々する、というのが正直な本音だろう。ルイズもそれを聞いて後に引けなくなり、結局のところ百の新金貨を支払って、このボロ剣を購入することにした。

「まったく感謝しなさいよね、ケンシン! ボロ剣!」

「誰がボロ剣だ! 俺にはデルフリンガーっちゅう立派な名前があるんだぜ!!」

「まあまあ、それでは改めてよろしくでござるよ。デルフリンガー」

「おうよ相棒! 何なら縮めてデルフでもいいぜ!!」

 ボロ剣、もといデルフはそのまま鞘に収められ、それを剣心が背負う形で肩にかけた。流石に剣心の身長ほどもある大剣を、腰に差すわけにはいかないので最終的にそうなったのだ。取り敢えず、当初の目的を果たす事が出来たルイズは、これでもうキュルケなんかに目がいかないでしょ。とか思いながら、そのまま剣心と帰路についた。

 

 

 

 

 

 その夜、ある貴族の館で事件が起こっていた。二つの月が照らし、皆安らかに寝静まる夜の世界。

 館の主、モット伯は恐ろしさと怖さで、ただただ体を震わせているしか無かった。

 足元には、配下の警備兵達『だった』モノが、あちらこちらで血の池を作っている。中には杖を持った連中もいたが、皆関係なしに死体と成り果てていた。

 そして目の前には、刀に赤い血を滴らせる男が一人。

 今までモット伯が見たこともない、その異様な格好は、この状況では更に恐怖心を演出していた。

 役立たずめ、と死んだ兵士に毒づきながらも、モット伯は後悔していた。何故、あの手紙の意味を、もっと深く読み取ろうとしなかったのかと。

 

 

 ふと届いた一通の手紙。差出人不明で出所もナシ。そしてその外見は、黒々とした封筒に包まれていた。

 封を開けてみれば、そこには異国の文字とも取れるような落書きと、ここだけは分かる日付と時刻が書かれた奇妙なメッセージだけ。

「貴族の私に向かって、悪戯とは何ともいい度胸ではないか…!!」

 そう激昂したモット伯は、その手紙の主を詳しくあたって見たが、結局分からずじまい。そしてその中で、平民にしておくには惜しい程の可愛いメイドを見つけ、是非自分の物にしようと企む内に、結局手紙のことはすっかり忘れていた。

 

 

 

 その結果が、今のこの状況を生み出した。

 モット伯は足がすくんで動けなかった。戦う気力なんてない。その悉くを奪い去る程、その戦闘は悲惨なものだったからだ。只、震える声で命乞いをするばかり。

「た…頼む……命だけは…」

「うふふ。貴族様も、維新志士様と大した違いはないようだねえ。どいつもこいつも手前勝手な豚共ばかりだ」

 男は笑うようにそう言うと、ゆっくり刀をモット伯に向ける。助ける気は皆無のようだった。モット伯は、悲鳴を上げて必死に逃げようとして―――

(なっ……!?)

 ――急に、体が動かなくなった。

 この事態に、半ばパニックに陥る。声すらあげられないため、魔法も使えない。ただただ、ゆっくりとやって来る男の凶悪な笑みを、見ていることしかできなかった。

「うふふ、死ーね」

 白刃が降り下ろされるのと同時に、モット伯の心の底から出た最後の悲鳴が、館中に響き渡った。

 


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