「何よあれ…」
突如訪れた…平和とは程遠い光景に、ルイズは呻いた。
剣心は鋭い目線で正面の飛空艦隊を見る。気球で上空にいたため、いち早くこの艦隊様子を察知できた。
図らずも、気球本来の軍事利用である『上空の哨戒』に、役立った格好であった。
かつてアルビオンで見た…一際大きい『レキシントン』号をみながら…剣心はぽつりとつぶやいた。
「レコン・キスタか…」
「な、何で!!? 不可侵条約は結ばれたはずじゃ…!!」
ルイズは叫んだ。確かトリステインとゲルマニアが同盟を締結したことで、神聖アルビオンが不可侵条約を申し出てきたことは知っている。
それが、なぜタルブへ来たのだ?
一同の中に浮かぶ疑問、しかし次の瞬間、その答えがやってくる。
手紙を足にくくった鳥が、コルベールの肩に突如止まった。どうやらトリステイン学院で使っている連絡網のようだ。
コルベールは素早く手紙を受け取り開封する。手紙の主はオールド・オスマンだった。
そしてその内容を見て、顔を真っ青にした。
「…不可侵条約は…真っ赤な嘘…ですと!!?」
そこには、おそらく王宮の伝手で聞いたであろう報告が、簡潔にまとめられていた。
曰く、レコン・キスタの親善訪問は侵攻の隠れ蓑。
奴らは、それを利用しあろうことか武装してトリステイン空軍と接近。『礼砲で攻撃を受けたので反撃した』という名目で、撃滅をしかけてきたこと。
そして今、侵略の足掛かりとしてタルブを狙ったという事。課外授業を切り上げ、生徒達をすぐさまトリステインに戻すようにという旨の連絡が、書かれていた。
「そ、そんな…」
それを聞いて、誰よりも震えたのはシエスタだった。無理もない。突如自分の故郷が狙われたのだから…。
ルイズ達だってまだ、この状況を何か夢物語のように思っていた。しかし、彼女達を嘲笑うかのように、向こうは動き出す。
バッ! と、フネというフネから黒くて小さな影が躍り出す。「竜騎士よ!!」とキュルケは叫んだ。
「ああっ!! 下には家族が!!」
シエスタは真下を見た。家族たちも危険が迫っているのが分かったのか、慌てて逃げ出すが…龍の動きが速い。
隠れる場所のない、見通しの良い草原だというのが、ここにきて悪い方へと傾いた瞬間だった。
村人には、隠れる場所がないのである。
「逃げて!! 逃げてえええええええええ!!!」
シエスタはただ、悲痛な叫び声を上げるのみ。
「コルベール殿!! 気球を!!」
「分かっている!! 今下げている所だ!!」
ガスを抜いて、早く降りようとするが…当然ながら、すぐに地上へは着地できない。その間、竜たちが村へ侵略する様を、見ていなければならなかった。
「ケンシン…!!」
ルイズが、はらはらした様子で剣心を見ている。剣心は、怒りの表情で竜騎士たちを睨んでいたからだ。
ワルドの時と同じような、凄まじい形相。コルベールもまた、彼の『影』の一面を垣間見たようで少し気後れしてしまう。
やがて、地面がゆっくりと迫ってくる。幸いにも気球が襲われる様子は皆無だった。
しかし…――――。
「やああああああああ!!!」
気球で飛ぶまで、シエスタにしがみついていた幼い子供が、竜騎士に見つかった。
騎士は下卑た笑みを隠そうともせずに、竜の爪で切り裂こうと迫ってくる―――。
「やだ!! やだああああああああああああああ!!!」
シエスタが滂沱の涙を流しながら叫んだ。その瞬間、剣心は動いた。
「ちょ…ケンシ――――」
ルイズが呼びかけるよりも前に、剣心は吊り篭から身を乗り出し、そして跳躍する。
「タバサ殿!!! 風を!!」
ダァン!! と、まるで大砲を打ち放ったかのような衝撃で、剣心は気球から飛び降りシルフィードの元へと向かった。
乗り手のタバサは、剣心が何を言いたいのかを素早く察した。杖で唱え、此方へ向かう剣心と子供を襲わんとする竜騎士、その位置関係を素早く整理し『風』を作り出す。
「ラナ・デル・ウィンデ!!」
『エア・ハンマー』。風の鎚。
それを剣心の次なる跳躍地点に当てる。
風圧を足蹴に、剣心は竜騎士目掛けて今度は跳んだ。
「―――はっ!!?」
逆に驚いたのは騎士の方だった。
見せしめにしてやろうと子供を追いかけていたら、突如上空から男が殺到してきた。
そいつは腰にある剣を鞘ごと引き抜き。下突きのように構え迫ってくる―――。
-龍鎚閃・惨-
「ごぶうっ…!!?」
まるで大砲のように迫ったその男の攻撃に、なすすべなく…乗っている竜ごと地面へ叩きつけられた。
何の反応もできず、反撃も許されず…視界が暗転した。
「…ああっ…」
「大丈夫でござるか?」
風に乗り、竜ごと乗り手を叩きのめしながら着地した後、剣心はシエスタの弟らしき子供に駆け寄った。
叩き伏せた騎士は地面へ強かに打ち付けられ、竜と共に気絶していた。
「さあ早く!! 逃げるでござる!!」
剣心は迎えに来たシエスタの母と父に、子供を預けながらそう言った。
「でも…お姉ちゃんが…まだ…!!」
「シエスタ殿も必ず助ける。もうしばし辛抱してくれ!!」
それを聞いて、子供の手を引いたシエスタの父は、力強い目で剣心を見た。
「…娘を、よろしく頼むよ…」
「承知!」
それを聞いて、家族たちは森へと逃げ出した。剣心は上空を見る。まだ気球は地面に降り立っていないのであった。
だが、そこかしこから怒号が聞こえる。見れば、村の方面からまた別勢力の軍勢が来ていたのだ。
草原は一瞬にて、地獄となった。
タルブの村は炎で燃え上がった。
村人は悲鳴を上げながら、ただただ逃げ惑うのみ。
上空に突如現れた艦隊に抗するため、最初は近在の領主であるアストン伯率いる軍勢がはせ参じたが…相手は空に飛ばせばハルケギニア一と恐れられる白の国の竜騎士。
よく戦ったが、アストン伯の最後は戦死という形で終わった。領主の死に、タルブの軍勢はどんどん旗色が悪くなっていく。
その間、剣心はずっと草原で奮闘を繰り広げていた。
「貴様!!」
竜騎士の一騎が、上空からブレスを吐きかけながら剣心に迫っていく。
この剣士らしき男の周囲には、既に数十人の騎士たちが倒れ気絶している。皆向かっていく途中でやられてしまうのだ。
だから、距離を取って火炎吐息でこの男を燃やそうとした。
しかし、そこに既に剣心の姿はなく…。
「なあっ!!」
いったん上空へ飛んでやり過ごそうとした騎士は呻いた。剣心が竜の足を掴んで、一緒に上空へ飛んだからだ。
「離れろ!!」
竜を暴れさせて、剣心を振り落とす。
そのまま剣心は、重力に従い落ちて行く。
騎士はニヤリと笑った。これならもう自由には動けまい。確実にブレスを叩きこめると、そう思っていたのだ。
「喰らえ!!」
竜にブレスを命じる。特大の火球が殺到してくる。
剣心はそれを冷静に睨み据えながら腰の逆刃刀を手にかける…。
「オイ待て相棒!! 竜のブレスだったら俺でも吸収できる! やってくれ!!」
背中にかけたデルフが、そうやって喚いた。
仕方なしに、剣心はデルフを引き抜く。突如、ドゴン!! という爆発音が響いた。
「やったか!?」
騎士は握り拳を作って叫ぶ。間違いなく直撃した。相手はもう、煤と灰だけになった事だろう。
しかし、煙が晴れればそこにいたのは剣を掲げ依然無傷な剣心の姿。そして―――。
「はっ―――!!?」
落下していく剣心の真下から、フォローするかのようにシルフィードが現れ、タバサが風呪文を唱える。
「飛天御剣流! -龍翔閃-!!」
再び跳躍力を得た剣心は騎士目掛けて接近。そして剣を腹にしたデルフの一撃で、騎士の意識は刈り取られていった。
「竜騎士相手に無双…びっくりだわ…」
シルフィードに乗っていたキュルケは、この剣心の奮闘ぶりに感嘆のため息を漏らした。
一方のタバサは、落ちて行く騎士に『レビテーション』をかけて、地面と激突させないよう配慮していた。
剣心を弾丸のように飛ばし、細かい所をタバサとキュルケがフォローする。それだけで屈強な筈のアルビオン竜騎士達を、もう数十体近くは倒していた。勿論、死人は出さずに。
「ワルドを事も無げにボコったことといい、ダーリンの強さって、ほんと天井知らずね…」
「…同意」
こういったやり取りを、かれこれ数十分続けている。あたりは伸びている騎士たちで埋まり始めていた。
しかし…こんなことを続けても、相手はかなりの数を、村にまだ向かわせている。完全に撃滅させることは、難しそうだ。
だが、剣心としても別にすべてを倒せるとは思っていない。シエスタたち村人が逃げ出せる時間を、稼げればいいと思っていたのだ。
「ケンシン!!」
「ケンシンさん!!」
ようやく気球から完全に降り立ったルイズとシエスタが、此方へ向かってくる。
タバサの『レビテーション』を受け静かに着地した剣心は、とりあえずルイズ達の無事を確認し安堵した。
「二人とも無事でござるか…。良かった…」
「ケンシンさんこそ、ありがとうございます!! わたしの弟を助けて頂いて…」
震える声で、感謝の意を述べるシエスタ。剣心は笑顔で返しながら、ふと目線を上空へやった。
「…竜騎士の動きに、統率が出てきたでござるな…」
先ほど平原へ来た連中は恐らく嗜虐を楽しむだけの遊兵なのだろう。先ほどまで埋め尽くさんばかりに覆っていた竜騎士の影が、編隊を組むような動きに変わっていた。
「さっきまた学院から連絡が来てね。どうやら王宮が、腰を上げたとのことだ」
遅れてコルベールが、そう伝えてきた。
最初はこの異常事態にどうするかかなり会議で揉めたとのことだが、最終的には憂いたアンリエッタが、軍を出し自ら迎え撃つことにしたのだという。
そのため、今はアルビオン軍とトリステイン軍のにらみ合いが発生し、編隊を組むようになったのだろう。
「姫さまが自ら!!?」
アンリエッタが軍を率いてラ・ロシェールに構えている。そう聞いた時、ルイズは目を見開いて驚いた。
アンリエッタすら勇んで出陣しているのに、自分は一体何をやっているのだろう…。
懐にしまった『始祖の祈祷書』を握り締めながら、ルイズはそう考えていた。
そんな彼女を見やってか、コルベールは静かに告げる。
「バカな考えをしちゃいけないよ。ミス・ヴァリエール。きみはまだ子供なんだ。ここは軍に任せて、早く逃げなさい」
「で、でも…!!?」
「コルベール殿の言う通りでござる」
ルイズが何か言おうとしたのを、やってきた剣心が遮った。
「流石の拙者も、あれはどうにもできそうもない。ここはシエスタ殿たちと共に森へ隠れるか、もしくはシルフィードに乗って学院へ帰るでござるよ」
「ケンシン…」
それを聞いたルイズは顔を俯かせる。反論しようとしても、それをさせない気迫が今の剣心には立ち上っていた。
「タバサ殿、ルイズ殿を頼めるでござるか?」
「うん、いい」
シルフィードに乗ったまま着地したタバサは、剣心の問いに素早く頷く。
「ちょっと待ってください、ケンシンさんはどうするおつもりですか!?」
シエスタが慌てたようにそう言うと、今度は、
「拙者は逃げ遅れた者がいないか、確かめる。シエスタ殿は家族と合流を。コルベール殿は…」
「ああ、キキュウの事なら任せてくれたまえ。命に代えてもアレを失うような真似はさせんよ」
気球を指さしたコルベールはそう言い、そして剣心の目を見た。
先ほど、あれこと…『レキシントン』の事を何度も目線にやっているが、コルベールはすぐにピンときた。彼が何を考えているのか。
彼は…あの『レキシントン』の乗組員を全部倒し、乗っ取るつもりなのだ。少なくとも行ける手段さえ確立できれば、迷わずその択を取るのであろう。そう確信させる眼であった。
しかし、かの化け物艦隊の旗艦の周囲には、竜騎士がひっきりなしに蠢いている。シルフィードで行っても、撃ち落とされるだけだろう。
だが、隙あれば乗り込もうという考えを巡らせている事だけは、理解してしまった。
そしてそれは、主人であるルイズも分かってしまった。
「なっ…あんた! わたしだけ逃げろっていうの!? そんなことできるわけないじゃない!!」
「村を見てくるだけでござるよ。拙者も危なくなったらすぐに逃げる。だからルイズ殿は先に…」
「いやよ!! わたしも―――」
刹那、上空から一頭の竜騎士が殺到する。レコン・キスタの兵だ。性懲りもなく、ルイズ達子供組を狙いに来たようだった。
「また来たか…!」
剣心は素早く腰の刀に手をかける。コルベールも一瞬、凄まじい殺気で杖を振り構えた。
ルイズやキュルケは気付かなかったが、歴戦たる姿をこの教師に見たタバサは、一瞬怯んでしまう。
しかし次の瞬間、竜騎士の上をさらに別の竜の影が覆った。
「おお、派手にドンパチやってるなあ。ヘルプが必要かい?」
白くて猛々しい竜の上に乗った人影が、そう問いかける。
ルイズは見上げて、そして叫んだ。
「ジュリオ!?」
「やあ、ルイズ。それに麗しいお嬢様方。こんな戦場で出会うことになるとは…もしかしたらきみたちは戦乙女の化身なのかもしれないねえ」
相変わらず気障たらしい語句を並べながら、ジュリオはにこやかな笑みを浮かべた。
「何だ!? きさ―――」
さて、襲いに来たレコン・キスタの兵は面食らった。
子供たちを見つけ血祭りにあげてやろうかと考えていた刹那、更なる上空に所属未確認の竜が現れたのだから。
白竜…アズーロは騎士を足のかぎ爪で掴み上げると、乱暴気味に投げ飛ばし地面に強打させる。
「ぐぅえっ…!」と、カエルが潰れたような声をたてながら、騎士は気絶。
残った竜はいそいそと上空へ逃げ去ってしまった。
「さてと―――」
アズーロを着地させながら、ジュリオは剣心に向かって問う。
「トリステインは大ピンチみたいだね。さっきラ・ロシェールの方を見てきたんだけどね…正直、かなり押されている。あれじゃあ…勝つのは難しいかな」
淡々と、そう報告する。
敵は空からの絶大な支援を受けた三千。対してトリステインは、上空からの砲撃で崩壊しつつある二千。
正直、勝ち目は、ない。
剣心もそれは何と無しに分かっていた。なぜなら、先程から砲撃の音しか聞こえてこないから。
あんな上空で撃ち込まれたら、地上の民は成すすべもない。それはトリステインも同じ気持ちのようだった。
「で、きみ…ケンシンといったね?」
「何でござるか? ジュリオ殿」
ここでジュリオは、稚児のような笑みで、こう告げる。
「もし『レキシントン』に乗れさえすれば…って考えているみたいだけど、どう? 乗ってみるかい?」
「―――なっ!!?」
「ぼくの竜の腕前だったら、きみをあの船の上空に、一瞬だけなら着けるのは訳ない」
いきなりの提案に、剣心はおろか周囲も驚いた。
確かに願ったり叶ったりな考えである。だが、疑問もたくさんある。
「何故、そこまで拙者に協力するのでござるか?」
まず最初に、そんなことを聞いてみる。
対するジュリオはその質問にどう答えようか…と思案している様子で、やがてこう言った。
「まあ、きみが『選ばれた人間だから』と、今は言っておくよ」
「…どういう意味よそれ?」
今度はルイズがそう聞いたが、ジュリオはただ被りを振るだけ。
「駄弁っている暇はないんじゃないかい? で、どうする? 決めるのはきみだ。ケンシン」
刹那、背後でさらなる砲撃音が響いた。だんだん近くなっている。それは敵船がどんどん、ラ・ロシェール方面へ向かっていることに他ならない。
悩んでいる時間もなさそうだ。
「…頼んでも、いいでござるか?」
「ケンシン!!?」
「勿論、いいよ。ただ、船上までフォローはできないから、そこは自力でお願いするよ」
「問題ないでござるよ」
「よし。乗りたまえ」
アズーロはゆっくりと翼を向け、ジュリオの後ろに乗るよう仕草をする。
剣心は素早く風竜の背に乗った。
「待ってよケンシン!! 行くならわたしも―――」
「駄目だ!! 来るな!!」
剣心の叫びに、ルイズはビクッとなった。使い魔の本気の怒号。拒絶されたのだと思ったのだろう。顔がくしゃっと歪んだ。
剣心も一瞬、怒鳴りこむような剣幕で行ったのを反省しながらも、静かに告げる。
「…済まぬ。だが空戦は拙者も未知の領域故、ルイズ殿を安心して守り切れる自信がござらぬ」
「でも…」
「ここは使い魔たる拙者の力を、信じて欲しいでござるよ」
使い魔、そう聞いて一瞬、ジュリオは「やはりか」といったような顔つきをした。
「まあ、人には適材適所ってものがあるだけさ。いずれきみも分かる。だからそこで見ていてくれたまえよ」
ジュリオはにこやかにルイズにそう言うと、剣心を乗せて翼をはためかせた。
「じゃあ行くよ。超特急でね」
「ああ、頼むでござる」
「よし、行くか!!」
ジュリオの掛け声にアズーロは力強く鳴くと、そのままグングンと高度を上げ、『レキシントン』へと向かっていった。
「…ケンシン」
ルイズもまた、ただ寂しそうな表情で空を見ていた。
自分は、無力だ…。
それをこんなにも強く実感したことはなかった。
しょんぼりと項垂れるルイズを見かねたコルベールは、優しく彼女の肩に手を置く。
「同じメイジとして、気持ちは分かるよミス・ヴァリエール。だがこれは戦なのだ…。騎士の決闘とはわけが違うんだ」
見るに、彼は『ああいう事』に慣れているみたいだね。とコルベールはさらに続ける。
「だから役に立てないことを恥じることはない。さあ、きみたちも早く学院に戻りなさい」
と、コルベールは、今度はタバサとキュルケの方を振り向いて言った。
「はあ? ダーリンが前線で戦っているのよ! あたしたちだってここを死守するくらいならできるわよ!!」
「いい加減にしないか。きみたちは子供だ。本当の戦いはどれだけ凄惨なものか、知らないだろう!!」
「ならミスタは知っているという事ですの? ケンシンが戦っているのに何故あなたは戦わないのよ!!」
「それはっ…」
そんな教師と生徒のやり取りが背景で行われているが、それでもルイズの心は全く動かないのであった。
ただ、剣心と自分の事ばかり考えてしまう。
本当なら、自分も彼のように一緒に戦いたいと思っているのに、それすらできやしない。
なんというか…本当に入り込める余地がないということを、まざまざと見せつけられたようで、悔しさで泣きそうになっていた。
「やっぱり…わたしはゼロなのかな…一緒に…戦えないのかな…」
そんな自虐めいた考えが頭をもたげていた…その時だった。
「…うん…?」
何となく嵌めていた『水のルビー』が、急に光り始めた。それと同時に、懐に入れてた『始祖の祈祷書』も、共鳴するように輝き始める。
一体何…? そう思って、ルイズは祈祷書の一ページをめくり、そして驚きに目を見開いた。
以前見たときには、何も書かれていないはずだった紙の空白に、確かにそれは記されていた。
ルイズは、読み続ける内に鼓動が高鳴っていくのを感じた。自分の中に秘めている、『何か』が開放されそうで…。
それは間違いなく、始祖ブリミルが遺した文章。そして最後には、呪文と共にこう書かれていた。
「……ねえ、タバサ…」
「何?」
ルイズは、肩を震わせながら、シルフィードに乗っているタバサに聞いた。
「シルフィード…貸してくれない……?」
「何故?」
「ねえルイズ、あんたまさか…」
ルイズの様子に気付いたキュルケもまた、彼女の方を見やる。だが、ルイズはもう止まらなかった。
「お願い!! 今知りたいの、わたしの力は、一体何のためにあるのか!!」
杖を振ると、必ずと言っていいほど爆発する。
思うように魔法を使えなかったので、いつしかそれを『失敗』と呼ぶようになった。そのせいで、今まで何故爆発が起こるのか、深く考えたことはなかった。
でも…それは、もしかして伝説の力の片鱗なのかもしれないと。
存在すら疑わしいような話、『虚無』の力は、最初から自分の中に眠っているだけなのかも知れないと。
そして、今この時をキッカケに、それが目覚め始めているのではないのかと。
最初は、ルイズのこの剣幕に、少し困惑気味のタバサだったが、彼女の眼には強い意志が宿り始めているのを見て、共感するように頷いた。
「分かった。乗って」
タバサは頷いた。
勿論、コルベールは慌てて止めた。
「ま、待ちたまえきみたち!! 一体何をする気だね!!?」
急にルイズの様子が変わったことに戸惑いを隠せない様子でそう叫ぶ。
しかし、同時に『ガンダールヴ』について調べていたコルベールは内心察しかけていた。
剣心を召喚したのは彼女。唱えると必ず爆発する魔法。
もしや…と。
「待ちなさいよ!! あたしも行くわ!!」
同じく困惑気味だが、キュルケもまた一緒にシルフィードに搭乗する。
「駄目だ! 危険だ! いいから大人しく―――!」
「ではミスタは、タルブの村が焼き払われるのを黙って見てろっていうの!!?」
キュルケの剣幕に、コルベールは押されてしまう。
そしてそうする間にタバサはシルフィードに飛行を命じた。
ルイズ、キュルケ、タバサの三人は、そのまま『レキシントン』の船へと飛んでいく。
それを、ただただ悲しそうな顔でコルベールは見送っていた……。
タルブの村上空に鎮座する、『レキシントン』号。それを遠目で見据えながら、剣心とジュリオは風竜に乗り向かっていった。
最初は、たかが一騎ということで、アルビオン軍は舐めてかかっていた。
しかし、このロマリアの神官の駆る竜は、他の竜とは段違いの機動性を誇っていた。
「何だあの竜は!?」
「一体どこの所属だ!!?」
空を駆けるアルビオンの騎士たちは驚きの声を上げた。
ハルケギニアで一番強い竜騎士兵は? と問われれば十人が十人、アルビオン所属と答えるだろう。それぐらいの練度を誇っているのである。
しかし、あの風竜の乗り手は巧みに竜を動かし、操り、そして詰めていく。
そして吐くブレスは、火竜の如く高火力なものを放つ。突如現れたことも相まって、騎士隊の対応が後手後手になってしまった。
そのせいで、レキシントン号を守る包囲網に大きな穴ができてしまったのである。
その隙を、風竜…アズーロが突っ込んでいく。
タルブ上空で、未だに鎮座している、『レキシントン』号。
村から離れた森の中で、シエスタは弟達を匿って隠れていた。
(ケンシン…さん…)
子供の前で不安にさせたくない手前、なんとか堪えてはいたが、内心泣きたい感情で一
杯だったシエスタは、祈るように彼の名前を口にした。その時だった。
シエスタ達の上空を何かが駆けていった。ほとんど一瞬のような出来事だったが、確かに見た。
機敏な動きと速さで、数々の竜騎士たちを翻弄していく白竜の姿を、その上に乗る緋色の髪を。確かに見た。
「ケンシンさん!!」
祈りが通じた、シエスタは喜びと安堵で嬉し涙を流しながら叫んだ。
アンリエッタも見た。ニューカッスル前で布陣を敷いている時、確かにこの眼で。
「あれは…一体…?」
「さあ…わたしも、あの様な動きをする竜は初めて見ます…」
隣で補佐するマザリーニ枢機卿も、呆然とした様子で答えた。だが、あれが何にせよ、
自分たちの味方というのだけは分かった。
先陣を切って、数々の竜騎士を打倒し、そして単騎で『レキシントン』号まで一気に飛
んでいく。
そして、それを追うかのように、再び一匹の風竜が、空を駆けていった。アンリエッタはそれを見て、ふと彼女の顔が思い浮かんだ。
「ルイズ…?」
どこか期待を込めるかのような声で、アンリエッタは小さく呟いた。
「…すごい腕前でござるな」
「なあに、これぐらいは朝飯前さ」
その竜の上で、剣心は感嘆するような様子で呟いていた。
「そろそろ着くけど、準備は良いかい?」
今、アズーロの下にはレキシントンの船上が見えていた。船に乗っている軍人たちが、泡を食った様子で此方を指さしている。
「………」
「色々聞きたいことがあるって顔だね」
「まあ、そうでござるな」
正直、何故彼がこんなことをしてくれるのか、不思議で仕方がない。
選ばれた人間とは何なのか、なぜタルブへ来たのか、探し物とは何なのか。
ただ、今聞くことではないのも事実。だから一言。
「ここまで運んでもらって忝い」
それだけ告げて、剣心は飛び降りた。
「あいよ。頑張ってくれよ『ガンダールヴ』」
ジュリオはにこやかな笑みを浮かべて、落下していく剣心を見送った。
「所属不明の敵一騎! レキシントンの上空へと接近!! 竜騎士の展開、間に合いません!!」
「ふむ…」
その頃、アルビオンの兵たちは、この事態に一時の恐慌状態へと陥っていた。
謎の風竜が、次々と軍を蹴散らしていく。その報告が来たときには、噂の竜の姿が船上でも視認できる距離にまで近づいてきていた。
「謎の風竜…ねえ」
「シシオ様、どうなさいますか?」
隣のワルドが、伺うように志々雄に聞いた。何時でも出撃は出来る。後は彼の命令だけだ。
しかし、志々雄は上空へと飛び回る風竜を一瞥して、何の気もなくこう答えた。
「まあ待て。暫く様子を見てみようじゃないか」
「? …と、言いますと…」
「まあ、お前も風竜の準備はしておけ。これは俺の勘だが、恐らくあれは…」
志々雄がそう言いかけた、その次の瞬間だった。
おもむろに白竜から何かが飛び降りた。それは、急速に接近し、どんどん大きくなっていく。
やがて、ドン!! と大きな落下音と共に、兵士たちは驚きで目を見張った。
そこには、高いところから着地した剣心の姿があったからだ。
その様子を遠巻きに見ていた兵士たちは、ハッとした様に武器を、杖を剣心に構えた。
「なっ何奴!!?」
「貴様…何者だ!!!」
剣心も、それに応えるように逆刃刀に手をかけた、その時だった。
(……この感じは―――!?)
その声は、剣心の上から聞こえてきた。
聞き覚えのある声。それに剣心は弾けたように、上の方を見やった。
「なっ!!?」
そして驚きで目を見張る。
「馬鹿な…何故お前が…こんなところに…」
「さあね。だがまあ、一つだけ言えることがある」
全身くまなく包帯でまかれ、優雅に煙管を吸っているその男。
かつて、『人斬り』の後継者であり、日本の未来を懸けて全力で勝負した剣客。
身の内から焼き尽くす業火。それに焼かれ、確かに地獄へと落ちていった筈なのに…。
「俺とあんたは今、間違いなくこの『世界』に存在するということだけだ」
「―――志々雄真実…」
剣心はそう呟いて、かつての仇敵に目を向けた。
ルイズ達は、シルフィードに跨りながら、レキシントン号へと直行している最中だった。今、視界の先にはタルブの上空に構える巨大な軍艦の姿が見えている。
「敵兵がもっといると思ったのに…案外さっぱりね」
キュルケが、辺りを見回しながらそう言った。もう交戦区域に入っている筈なのに、竜騎士の姿は影も形もなかった。
「多分、ケンシンたちが倒していったんだと思うわ」
ルイズは、大事そうに『始祖の祈祷書』を抱えていた。それを見かねたキュルケが、不思議そうに聞く。
「ねえ、あんた一体どうしたの? 何かへんよ?」
「確かに…ヘンよねわたし。というよりヘンだわ」
キュルケの言を肯定するかのように、ルイズは頷いた。これが変でなくて何だろう? 常識で考えれば、こんな事、ありえない筈だってのは分かっている。
仮に自分が『虚無』の担い手だとして、それをキュルケ達に話しても、「頭がおかしくなったの?」と言われることだろう。
でも、今のルイズには『可能性』が満ち溢れていた。あの祈祷書の中身を見たとき、そして呪文の一文を見たとき、今まで失っていた歯車が、ガッチリと噛み合ったかのような感覚が身を包んだのだ。
今なら、何かが起こせる気がする。それは理屈ではないのかも知れなかった。
「この戦の黒幕は、やはりお前か?」
志々雄を見上げながら、鋭い目で剣心は聞いた。
「だから、『君』位つけろよ。何だか暫く見ないうちに、随分ふてぶてしさが上がったな。先輩」
対する志々雄も、剣心を見下ろしながら、ニヤリと口元を歪ませた。
「お前も、その不遜な性格はどうやら直っていないようだな」
皮肉たっぷりに返しながら、剣心は遠くに映るタルブの村を見る。
「……何故この村を襲った?」
「まあ、この国を乗っ取るための拠点兼、あんたへの挨拶もかねてだ。村の一つや二つ燃やせば、あんたは間違いなく飛んでくるとフンでたからな」
その言葉に、剣心はその目に怒りの炎を燃やした。
「また…お前自身の勝手な正義のために…この国を、この村を…利用しようというのか?」
それを聞いて、志々雄はフッと笑った。
「相変わらず、そういう頑固さだけは変わらねえな、先輩。あの時言ったはずだぜ…」
志々雄は、目の前で握り拳を作り、『あの時』のように語り始める。
「俺の国盗りは、俺の中での摂理だと。貴族だから何だのと、弱者が喚くような腐った世界は要らねえ。『聖地』を奪い返したいのなら、俺がそれを叶えさせてやる。そして覇権を握りとってやる。それが、俺がこの世界を手に入れる正義であり、そして全てだと!!!」
「その時、拙者も言ったな…お前の願いを叶えるのに犠牲になるのは…下にあるタルブと同じ、今を平和に生きていた人々だと」
剣心は、シエスタや家族、そして平穏に暮らしていたであろうタルブの人々を思い起こしていた。
一瞬、左手のルーンが赤く光り輝くが、それを剣心はもう片方の手で抑える。
しかし志々雄は、相変わらずの不遜な笑みをしたまま言った。
「『所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ』。これぐらいで死ぬようなら、ハナからそいつには生きる資格がねぇ、てなだけだ」
「その資格を決めるのは、お前ではない!!」
叫びと共に、剣心は抜刀。兵士の誰もが見切れぬ速さで、志々雄の元まで斬り込もうとする。しかし、その間を割って入るように、ワルドを乗せた風竜が立ちはだかった。
「むっ!」
風竜のブレスと共に、剣心は一度大きく距離をとる。反応が出来なかった兵士たちは、そのまま叩き付けられ、吹き飛ばされていった。
「会いたかったぞ抜刀斎!! まさかこの腕の借りをすぐに返せる時が来るとはな!!」
「…何だ、またお前か」
歓喜の声を上げるワルドに対し、剣心は冷ややかな視線を送る。
「その様子だと、未だに懲りていないようだな」
「ほざけ、シシオ様に刃を向けたくば、まずこのおれを倒してみろ!!!」
ワルドの殺気に反応するかのように、風竜も大声で剣心に威嚇した。
そんな事態が起こっているレキシントン号に、ルイズ達を乗せたシルフィードもゆっくりとやって来ていた。
「はあっ!!!」
ワルドの叫びに応えるかのように、風竜は動いた。
一旦空へと上がった風竜は、そこから一方的にブレスを放つことで剣心の反撃の手段を潰していくつもりのようだった。
「どうだ抜刀斎!! 手も足も出なかろう!!」
しかし、巨大戦艦とはいえ、船の上で戦う訳なのだから、ただブレスを放てば良いという問題でもなかった。
乗組員や重大な機関に傷を付けでもしたら、戦力はガタ落ち、それこそ剣心の思惑通りになってしまう事には、ワルドも十分注意しなければならなかった。
(だが、この布陣に対して俺の勝利は動くまい!!)
「………」
対する剣心は、風竜のブレスを的確に回避しながら、同時に人を巻き込まないよう気を配りながら、どうやってワルドを叩き落とすかを検討していた。志々雄からの視線を感じながら…。
先程まで冷笑浮かべて豪胆に自分の野望を語っていた彼だったが、闘いが始まった途端にあの表情。
はたしてこの世界に来てから、『何が変わったのか?』それを見極めんとする目。
(相変わらず油断も隙もないな…)
無論剣心も、その視線には気付いていた。だから回避を入れながら、いかに『ガンダールヴ』を使わずに相手を倒すかを思案している最中…。
「ん? 何だ…?」
おもむろに志々雄の方は、興味を剣心から別のものに変えたようだった。
それが気になった剣心も、一瞬だけそちらの方へ視線を移しそうとして、そして驚いた。
急に、片目の視界がまたルイズの視点へと変わったのだ。
(ルイズ殿…!)
彼女たちは今、ここレキシントン号を目指している。それを知ってしまったからこその驚愕だった。