るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第二十四幕『癒えぬ傷心』

 ルイズは部屋のベットで目を覚ました。

 見慣れた部屋…トリステイン学院の、女子寮の一室。

 横を見れば、既に起きていた剣心が、今まさにルイズを起こそうとしている所だった。

「おはようでござる、ルイズ殿」

「…うん…おはよう…」

 急に目が覚めたものだから、どこか頭の回転がボンヤリだったのかもしれない。ルイズは、どこか寝ぼけたようにそう言うと、剣心が予め畳んでくれた制服に手をやった。

 そして着替えようとして…ハッとするように叫んだ。

「ちょ…見ないでよ!!! どっか行ってて!!!」

「お、おろろ!!?」

 その声に、慌てて剣心は部屋を出る。どうせまた着替えを手伝わされると準備をしていたため、少しびっくりしたのだ。

 余りの出来事に驚きを隠せない剣心であったが…。

「ルイズ殿も、ようやく女子としての恥じらいを持ってくれたのでござるな」

 とまあ、こんな風に解釈していた。

 

 

 

第二十四幕『癒えぬ傷心』

 

 

 

 しかし、アルビオンからの旅が終わってからというもの、ルイズはかなり変わった。

 前みたいに、剣心に負担を強いるようなことは、しなくなったのである。

 身の回りに関しては、大体給仕か自分で片付けるようになった。

 食事についても剣心が、ちゃんとテーブルにつけるようにルイズは取り計らった。

 寝床についても、ルイズは剣心を思ってか、「隣で寝ていい」と言ったこともあった。無論そこは断ったが。

「今更、大丈夫でござる」

「でも…」

「それに、ベッドはどうにも寝付けないのでござるよ」

 そこまで言われると、ルイズも納得せざるを得ず、ただ「そう…」と呟いて、少し寂しそうにベットに潜り込んでいった。

 

 これらについては、剣心も思うところがあった。

 アルビオンでの、最後の戦い。そこで、良かれとして移した行動が、結果的に大事な人の死に繋がってしまった。そして、最も敬愛する姫の、悲しみを招いてしまった。

 それは、ルイズの中では決して消えないだろう傷跡でもあった。

 

 

 

「ねえ、あんた達一体全体どこ行ってたワケ?」

 いつも通りの、授業を受ける教室の光景。そこでモンモランシーが、まくし立てるようにギーシュ達に詰問していた。

「ああ、いや! 何でもないさ。ハハ…」

「へ~え、そうなの。私には言えないんだ」

 ルイズ達がお忍びでどこかへ行っていたというのは、結構知れ渡っていたらしい。

 タバサやキュルケは、黙して語らない。ギーシュは、時々浮ついたように口を開きかけるが、慌てて自制心を利かせることで、それを防いでいる。

 そんなわけで、次にモンモランシーは、ルイズのとこまでやって来た。

「そんで、何してたの?」

「別に、なんでもないわよ」

 巻き毛を揺らして聞くモンモランシーに対し、ルイズはそっぽ向くように返す。

「ま、どうせ大したことじゃないんでしょ? ゼロのルイズに何か出来るとは思えないし、むしろ足しか引っ張って無かったんじゃ……」

 そこまで言いかけて、ギーシュは泡を食ってモンモランシーの口をふさいだ。

「ちょ…ちょっと待ってくれ、モンモランシー。それ以上は駄目だ!!」

「ぷはっ…!! 何がどう駄目なのよ…!」

 ギーシュの手をどけて、訝しげに睨んだモンモランシーは、そこで初めて異変に気づく。

 ルイズが、肩を震わせて俯いていることに。そこから不気味なオーラを漂わせていることに。

 

「これって…ヤバい…かな」

 もはや手遅れ…。そう悟ったギーシュは、剣心の方に向き直った。

 キュルケは、いそいそと机を盾にし始め、タバサは何時でも大丈夫なように杖を構える。

 剣心はそれでも、なおも食い止めようと、今や何時爆発してもおかしくない、不発弾状態のルイズに近付いた。

「あ、あの…ルイズ殿…?」

…そして気付いた。彼女が、誰にも分からぬ所で、涙を零していた事に……。

(ルイズ殿…)

 どうしたものか…と考える内に、教師のコルベールが入ってきたので、この騒ぎも終わった。

 

 

 

「はい、それでは皆さんに、今回は『火』について、別の視点で授業を見てもらいたいと思います!!」

 そう言って、コルベールは、生徒達には見慣れない装置を取り出して、自慢気な顔をした。

「見てください、この仕掛け!」

 熱を上げた声で、コルベールは『ふいご』を踏んで、円筒に発火の呪文を唱える。

 すると、円筒のクランクが動き出し、箱の扉が開いてヘビの人形がぴょこぴょこ表れ出した。

「どうです、この完成度!! この愉快なヘビくん。すごく面白いでしょう!!」

 しかし、剣心以外の生徒たちはそう思わなかったのか、冷えきった目でコルベールを見ていた。

 中でも、特に興味なさそうに見るキュルケは、気だるさを隠そうともせずに尋ねる。

「それが、どう凄いのですか?」

「これを使えば、馬を使わずとも車輪を動かすことも、帆もなく船を動かすとこも可能だと、私は確信しているのですぞ!!」

「そんなの、魔法を使えばいいじゃないですか」

 一人の生徒の言葉に、そうだそうだと言わんばかりの視線を、コルベールに送る。

 う~~ん、あまり反応は良くなかったようだ。コルベールは頬を掻いた。

(ならばこれはどうだね!!)

 と、まるでとっておきのような顔と仕草で、机の下からあるものを取り出した。

 ガラス張りの四角い小箱で、中に複雑そうな機械が入っている。

「…それはなんです?」

 生徒の一人が、またつまらないものを出してきたな…といった目線で質問する。

 コルベールは、

「実は密かにこつこつ開発してきたのですよ! まだ命名はしてませんが…なんとこのボタンを押すと!!」

 そう言ってコルベールは手のひらサイズのレバーを入れる。すると…。

 

「光るんです!!」

 

 コルベールは世紀の発見の如く叫んだ。

「いいですか? これはこの小さなレバー一つで明かりを付けられるのです! しかもほら、この小箱から伸びる細い管! これに諸々の発行材を混ぜて、遠隔で明るくさせるということもできるのですよ!! 魔法を使わずに! これは世紀の発見と言ってもいいでしょう!!」

 なるほど、ガラス張りの小箱の中は光が明滅している。しかし、当然ながら生徒の大多数が「だから何?」といった目線をやった。

「光なんて『ライト』があればできるじゃないですか」

「そんな大仰なこと言ってもなぁ…」

「はっきり言って『火』の無駄遣いもいい所ですわ」

 キュルケが髪を掻き上げながら、心底つまらなさそうにそう言った。

 それを聞いて、コルベールもしゅんとする。どう説明したら分かってもらえるだろうか…そんなことを考えていた時だ。

 

 

「驚いたでござるな…それは『瓦斯燈(ガスライト)』でござるか?」

 剣心が立ち上がり、興味深げな目線でコルベールに尋ねた。

 東京や、横浜で見てきたから良く知っている。これは文明開化の新たな灯りをもたらす道具…その試作品なのだと。

 これが導入されたのは、剣心の時代…明治の中ではかなり最新と言っても良かった。それを、こんな中世の時代で作り上げるとは―――。

 そう言えば、ここには技術や利器が、あまり発達していないことに気付く。

 魔法という便利な代物が発達したこの時代では、そういった科学が進歩していないのだろう。

 さきほどの『愉快なヘビくん』といい、もしかしたらコルベールは研究者としてかなり進んでいる人間なのかもしれない。剣心は思った。

「これは凄いでござるな。コルベール殿。大発見でござるよ」

「そうだろうそうだろう!! きみだけさ、そう言ってくれたのは!!」

 自分の研究を素直に評価してくれたのがよほど嬉しかったのだろう。コルベールは嬉々として叫んだ。

「…そんなに凄いものなの? あたしにはそんな風には見えないけど…」

 それでもキュルケを始め、未だに納得いかなさそうに首をかしげる者もいるが、剣心は力強い目で言った。

「これは、『火』という魔法を、どう人に活かそうと考えた結果、生まれたものでござろう? 拙者も、ただ破壊に火を使うよりも、そういった使い道の方が有意義だと思うでござるよ」

 

(……………)

 その剣心の答えに、コルベールは嬉しく思いながらも、しかし、彼の言葉の裏を、それとなくだが気付いた。

 何でだろう…彼とはシンパシーを感じるのだ。同じ地獄を知った眼。それに苦しんできた眼。そして、その末に答えを見つけてきた眼。

 だからこそ、馬鹿にしかされない自分の研究を、彼は素直に評価してくれているのかもしれない。

 彼も私と、同じ境遇なのだろう…そう思って、しかしコルベールは余計なことを言わずにお礼だけを言った。

「ありがとう、素直な感想をしてくれたのは君だけさ。君は確か…」

「剣心でござる。ああ、えっと…『東方』の出でござるよ」

 ルイズが言うには異世界から来た…と、言うと周囲から怪訝な目で見られるからと、今は『東方(ロバ・アル・カリイエ)』出身を名乗ることにしていた。

 コルベールも、それを聞いて納得したようだった。そして更に目をキラキラ輝かせて続ける。

「成程、通りで私の技術も分かってくれるわけだ。なあきみ、後でその『ガスライト』について詳しく教えてはくれぬかい?」

「構わないでござるよ。拙者の知っている範囲でいいのなら、喜んで」

 何故か異様に意気投合を始めた二人だったが…ここでようやく授業中だということに気付き、コルベールはコホンと咳をした。

 試作品の瓦斯灯を机の下に戻し、再び『愉快なヘビくん』を取り出す。

「それでは、これを誰か体験してくれる人はおらんかね? 誰かこの装置を動かしてみないかね? 簡単ですぞ! 円筒に開いたこの穴に、杖を差し込んで『発火』を唱えるだけです。…ミス・ヴァリエール、どうかね?」

 ここで、コルベールはさっきから俯いたままのルイズを指名した。

 剣心はギョッとした。まさかいきなり地雷を踏むとは思わなかったのだ。

「あ、あ~~、ルイズ殿?」

 しかし、それとは裏腹に、周りの生徒たちはここぞとばかりに囃し立てた。

「やってごらんなさいよ。ルイズ」

 モンモランシーの言葉に、とうとうルイズは立ち上がった。

 顔を覗かせず、つかつかと教壇の上まで行くと、『発火』の呪文を唱え始める。

その瞬間、教室に爆発の音が轟いた。

 

 

 

「………」

 装置ごと吹き飛ばされたコルベールは、地雷を踏んだことを軽く後悔しながらも…いつもの様に黒こげに立つルイズに優しく言った。

「ま、まあミス・ヴァリエール…こんな事もあるさ、もしかしたら、装置の不具合もあったかも知れない。だから気に病むことは―――」

 言いかけて、気付いた。いつものルイズなら、どんなに悔しくてもそれを他人に見せまいとするために、強がりの一つや二つ言ったものだ。でも、今回は違う。

「…何で………」

 杖を持つ手を震わせて…ルイズは泣いていたのだ。

 

「何でわたしは失敗ばかりなのよ!!!」

 

 今まで見せなかった、ルイズの悲痛の叫びが、さっきの爆発以上に、教室に響きわたった。

 一瞬、教室はシーンと静まり返った。ルイズの本音に誰もが圧倒されていたからだ。

 そのまま人目をはばからず、泣き出してしまったルイズに手を差し伸べたのは、やはり剣心だった。

「コルベール殿、今日はちょっと、いいでござるか?」

「ああ、構わないさ。学院長には私から言っておくよ」

 コルベールからの許可を貰った剣心は、ルイズと一緒にそそくさと教室を去った。その間、生徒たちは何も言うことができなかった。

 

 

 

 その日、ルイズは自室のベッドで、ずっと泣いていた。

 今でも思う。あの時のこと。

 力もないのに…動こうとして…ウェールズを死なせてしまった。あの時のことを…。

 自分に、もっと魔法の力があったなら、誰も悲しまずに済んだかもしれないと。

 今でも頭から離れない。ウェールズの安らかな死に顔。アンリエッタの悲しい表情。

「わたしを、守ったせいで……」

そんな風に泣いていた時、不意にドアをノックする音が聞こえた。

 ルイズは、気だるそうにドアの方を見た。剣心だろうか? と思ったが、それならノックせずに普通に入ってくるだろう。

「誰…?」

 と思いながら、ルイズはドアを開けた。そこにいたのは、学院長のオールド・オスマンだった。

「おお、急な訪問に、スマンの」

 ここで、ルイズはハッとした。泣いていたせいで制服にかなりシワが寄っていたため、人に会える格好ではなかったのだ。

 しかし、オスマンは、特に気にせずに続ける。

「話は聞いておるよ。ミス・ヴァリエール。お主にはかなり辛いものだったであろう。しかし、少なくともこれで同盟は無事に相成り、トリステインの危機は去ったのじゃ。それだけでも充分な働きじゃよ」

 オスマンなりの慰め言葉だったが、ルイズは静かに首を振った。

「それを成したのは、わたしの使い魔と、他の人達で、わたしではありません…その…」

「旅に、役に立たぬ人などおらぬよ。お主はお主で、これが正しいと決めてきた筈じゃ。ただ、それをお主が気付いておらぬだけじゃよ」

 オスマンの言葉に、ルイズは顔を上げた。そこには一切の茶化すような感じはない、学院長の真剣な顔つきがあった。

「それで…わたしに一体何用で…」

「おおう、それじゃそれじゃ」

 オスマンは、いつもの茶目っ気たっぷりの笑みをすると、懐から一冊の本を取り出した。

 特に何も書かれていない。ボロボロで色褪せた古本だ。

「これは『始祖の祈祷書』じゃ。きみも名前くらいは、知っておろう」

 それを聞いて、ルイズは改めてその本を、まじまじと見つめた。

『始祖の祈祷書』といえば、かの始祖ブリミルが、祈りを捧げたときに使われたと言われる、由緒ある伝説の品だ。

勿論『本物』であればだが……。

 有名であるためにいくつもの模造品が出回っており、しかも『これこそが本物だ』と言い張る国や貴族は少なくない。

 そして今オスマンが持っているものも、そういった偽者の可能性は否定できない。何せ呪文どころか文字の一つも書かれていないのだから…。

「まあ、この際紛い物かはどうでもいいわい。頼みというのはな、きみに王女と皇帝の結婚式で、読み上げる詔を考えて欲しいのじゃ」

「ええっ!?」

 突然の重要な指名に、ルイズは驚きの声を上げた。

「で、でもわたしに…そんな大役…」

「もちろん、草案は向こうが考えるそうじゃが、この指名は姫直々のものじゃ。これは大変な名誉じゃぞ」

 姫さまが…そう聞いて、ルイズはアンリエッタの事を思い出した。

 ウェールズが死んだ。それを聞いた時の彼女の表情。現実を受け入れられず、只ショックで何も言えなくなったあの表情は、今でもルイズの胸を痛ませていた。

(わたしが…詔を…?)

 正直にいえば、自分は巫女なんて器じゃないと思っている。

 でも、アンリエッタが直接自分を指名してくれたのであれば、少なくともそれには応えてあげなくてはならない。

 暫くルイズは悩んで…そして決めた。

「……かしこまりました。謹んで拝命いたします」

 ルイズは、そう言って『始祖の祈祷書』を受け取った。

 

 

 その頃、アルビオンでは、今やすっかり『レコン・キスタ』の軍勢が幅を利かせていた。

その中で『表向きの新皇帝』オリヴァー・クロムウェルは、ロサイスの港町にて巨大戦艦『レキシントン』号を見上げていた。

「何とも雄大な船ではないかね、艤装主任」

「そうですな、この『ロイヤル・ソヴリン』に敵う船は、世界中どこを探しても見当たりませぬ」

 艤装主任、サー・ヘンリ・ボーウッドは、わざと名前を間違え進言した。彼は、略奪同然に王政を奪い取ったこの男に対し、快い感情など持ってなかったのだ。

 しかし、クロムウェルはそれをあっさりと聞き流す。

「ミスタ・ボーウッド。アルビオンにはもう『王権(ロイヤル・ソヴリン)』は存在しないのだよ」

「…それより、何故結婚式に大砲を、それも新型を積み込む必要が?」

「おお、そう言えば君には『親善訪問』の意味を説明してなかったね」

 クロムウェルが来る前に、その命を受けていた時から嫌な予感がしていたボーウッドだったが…今クロムウェルの話を改めて聞いて、その予感は的中したのだと悟った。

「馬鹿な!! そのような破廉恥な行為が、許されるとでも!?」

 激高するボーウッドに対し、クロムウェルはどこまでも飄々としていた。

「許されないなら、どうするとでも? 言っとくが、これは盟主直々の命令だぞ」

 盟主? それを聞いたボーウッドは、ここで何者かがこちらへと向かってくるのを感じた。

 振り向けば、そこには志々雄と…死んだとされたウェールズがそこにはいた。

「やあ、ボーウッド、久しぶりだね」

 この言葉、この態度、間違いない、ウェールズ殿下そのものだった。ボーウッドは、慌てて膝をついて、忠臣の態度をとった。

(何故…殿下がこんなところに…?)

ボーウッドの頭の中は、激しく混乱していた。

 その隣で、志々雄は『レキシントン』号を眺めていた。その後ろには、義手をつけたワルドが従いている。

 

「ほう、中々にでけえ船だな」

「『レキシントン』号…このハルケギニアでこれに勝る船はいないと聞き及びます」

 ボーウッドは、ここで改めて志々雄の方を向いた。

ウェールズがいたために今まで忘れていたが、軍人としての本能が、この男はクロルウェルなんかより余程危険だということを知らせていた。

「どうでございましょう、シシオ様。これなら派手に宣戦布告ができるというもの」

 このクロムウェルの態度からして、この男こそが、真の黒幕なのだろうとボーウッドは思った。

 あの男は、一体…。見かけからしてメイジではなさそうだが、纏う雰囲気は、ここの人間達にはとても出せないようなものを醸し出していた。正直、自分もこの男の雰囲気に呑まれかかっていた。

 およそ常人には理解し得ない功名心、支配欲、野心。それを一手に抱えているような目。

「あの…彼は一体…?」

「ああ、君にはまだ言ってはいなかったね」

 そう言うと、クロムウェルは畏まった仕草を取りながら、志々雄に向かってこう説明した。

「彼がこの『革命軍』本当の盟主、シシオ・マコト様だ。シシオ様、彼が名うての指揮官、ヘンリ・ボーウッドです」

 では、この男が…此度の反乱の原因か。

しかし、ボーウッドは志々雄への視線を無意識にそらしていた。

 何ていうか…恐ろしかったのだ。目を合わせたら、地獄に引き込まれそうな引力が、その目にはあった。

「そうかい。ま、よろしく頼むぜ」

そんなボーウッドに対して、志々雄は軽くそう言うと、ワルドとクロムウェルを連れて悠々と船に乗った。

 

 

「今度はこっちから人斬りの先輩様に、ご挨拶に行くとするか。俺も先輩思いだな」

 そんな事を平然と言い放ちながら、志々雄は口元を笑いで歪めた。それを受けてクロムウェルが口を開く。

「それよりシシオ様、予ての件ですが…」

「ああ、『始祖の祈祷書』とやらか?」

 クロムウェルが確認するように聞き、志々雄は思い返すように呟く。

「ええ。もしかしたら本物の『虚無』の使い手が、現れるとも限りませぬ。手は早めに打ったほうが……」

 自身も『虚無』の使い手であるにも拘らず、どこか怯えた様子で進言するクロムウェルだったが、志々雄は、ただ愉しそうに口元を歪ませるだけだった。

「いいじゃねえか、現れたら現れたで。俺もその伝説の虚無の使い手とやらを、この手でぶった斬ってみてえもんさ」

「しかし…」

「まあ、指揮はお前に任せるから好きにしな。だが忘れるな、俺はどっちに転んでも楽しめるんだぜ」

 志々雄は、ここぞとばかりに狂気に満ちた笑みをワルド達に見せながら、大声で高笑いをした。

 彼は楽しんでいるのだ。国盗りと、あの男との決着をつけられる機会を、もう一度与えられたのだから。

(やはり…この御方は計り知れない…)

 心底愉快そうに笑う志々雄を見ながら、ワルドとクロムウェルは同時に、そんな感想を抱いた。

 


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