るろうに使い魔‐ハルケギニア剣客浪漫譚‐   作:お団子

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第十八幕『願望』

「お前達には、ここで死んでもらおう」

 男はそう言うと、素早く杖を向け、ルーンを唱え始める。刹那、轟音を上げうねりを持つ風が、辺りを包み込んだ。

 剣心とタバサは、咄嗟の反応でそれを躱した。その隙を突き男は背後を取った。

「もらった!!」

 杖を槍のように纏わせる『エア・ニードル』が、剣心の背中を貫こうとしたとき、それより早くタバサの魔法…風の槌『エア・ハンマー』が男に襲いかかった。

それを弾いた男は距離を取り、間を開ける。

「かたじけないでござる」

 剣心は、そう言ってタバサに礼をした。彼女は、頷く仕草でそれに応える。

 この男、出来る――剣心はそう思った。だが、同時にどこか疑問が覚えた。この動き、どこかで見たような…。

 タバサも、腑に落ちないような目で男を見やる。しかし、男のその表情は仮面に隠されているため全く分らない。

「――行くぞ」

 そう呟き、男は杖を構えた。

 

 

 

 

 

               第十八幕 『願望』

 

 

 

 

 

「『ウィンド・ブレイク』!!」

 再び、巨大な突風を作り出しそれを剣心達に向けて放った。

 しかし、同じ手は二度も食わない。剣心は風の発生を的確に見切ると、それを避け、一瞬で攻撃に転じた。

 男は、それに応えるように杖で受け止める。ガキィンと、金属音が響いた。

 束の間の鍔迫り合い。やがて男が先に杖を弾くと、そのままバックステップで距離を取る。

 今度は、男とタバサが同時に杖を向け、そして叫んだ。

「「『エア・ハンマー』!!!」」

 再び杖の先から生み出される風の塊が、正面から大きく衝突した。

 魔法による風の奔流は、暫く綯い交ぜになってせめぎ合っていると、バァンと相殺されるような音を出して掻き消えた。

 だが男の魔法の方がランクが高かったのか、タバサは風に煽られ、その小さな体を吹き飛ばされてしまう。

 男はすかさず杖を構えて、転がったタバサに狙いを定めようとして、ここで剣心がいないことに気付く。

(――――下か!?)

 男は、仮面の下で目を見張った。懐を見れば、屈んで刀を突き出すように構える剣心の姿があったからだ。咄嗟に杖を振るおうとしたが、もう遅い。

「飛天御剣流 ―龍翔閃―!!」

 水平に構えた刀の腹で、跳躍。突き上げるよう放った一撃は、男の仮面に命中し、そのまま宙に浮かせて吹っ飛ばす。

 仮面は粉々に砕け散り、素顔が晒されようとした瞬間、男の姿は急に消えた。

「成程…『あの方』の言うとおりだった…貴様は手強い…」

 何の比喩もない、文字通りの消失の中、声だけは不気味に漂う。

「間違いなく貴様は…我らが組織の…一番の障害…になるだろう…」

 この事態に驚いた剣心は、すかさず辺りを見回したが、声以外に人の気配は感じられなかった。

「このままでは済まさん…いずれ…必ず…」

 その言葉を最後に、声自体も聞こえなくなっていった。

「…今のは一体?」

 狐につままれた表情をしながら、剣心は忽然と消えた男を探していた。しかし、やはりどこにも姿はない。

「――――風の偏在(ユビキタス)」

 隣にいるタバサが、一連の光景を見てそう答える。

「偏在…?」

「風で作られた分身」

 偏在、それは風使いに許された魔法の一種で、ひとえに『風』が四系統最強と謳われる所以でもあった。

 風は偏在する――風の吹くところ何処となくさ迷い現れ、その距離は意思の力に比例すると言われている。

 剣心は、改めて気配を探った。しかしもう男も、それを操った術者の気配も感じることはなかった。

(一体何者…いや、今はそんな事を考えている暇はないな…)

 周りに敵意がないことを確認した剣心は、改めてタバサに尋ねた。

「余計な時間を喰ってしまったけど、大丈夫でござるか?」

「大丈夫、問題無い」

 タバサは上空を指差す。そこには風竜と思しき影がこちらに向かってやってきた。

 やがて、風竜のシルフィードが優雅に着地すると、タバサは二言三言、何やら命令して背中に乗った。シルフィードも分かったように頷いて、遠くに見える船の影の方を向いた。

 剣心も背中に乗ろうとしたとき、ボゴボゴと地面から音がするのが聞こえた。何だと思って見やると、段々地面が盛り上がっていく。

 剣心達が警戒する中、地面から出てきたのは―――――。

「…これは?」

「確か、ギーシュの…使い魔?」

 それは出発前に見せてもらった、ギーシュのモグラ、ウェルダンデだった。恐らく主人の後を密かに追ってきたのだろう。

 ウェルダンデはキョロキョロと辺りを見回して、主人が居ないのを確認して少しうなだれた様子だったが、次いでシルフィードを見つけると、口先をもぐもぐさせて話すような仕草をしだした。

 しばらく使い魔同士話し合っていると、今度はタバサに伝え、意味が分かったタバサが剣心に伝える。

「この子も一緒に行くらしい、いい?」

「まあ、拙者は構わないでござるが…」

 大丈夫だろうか? と思いながら嬉しそうに手を上げるウェルダンデを見る。どことなく気障っぽく見える当たり、流石ギーシュの使い魔だ。

 シルフィードは、ウェルダンデを口にくわえ、(少し嫌そうだったが、我慢したようだ)剣心とタバサが乗ったことを確認すると、翼を広げて大空へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 澄み渡る夜空の中、ふとタバサが気付いたように、後ろにいる剣心に手を差し出した。

「貸して」

 一言、そう言ってタバサは目線を逆刃刀へと向ける。何だろう、と思いながらも剣心は鞘ごと逆刃刀を取り出して手渡した。

 タバサは、鞘を抜いて逆刃刀の刀身を晒した。月の光の影響を受けて、普段より輝かしく写り出す。

「――業物」

 タバサも、思わずそう漏らしてしまう程、逆刃刀の美しさに魅了されていた。この刀の前では、世に蔓延る名剣全てが、等しく鉄屑に見えてしまう。それほど刀匠の『魂』が、この刀には打ち込まれていた。

 惜しむらくは、この刀が人を斬るに不向きというぐらいか。

 それにしても良かった。そうタバサは思う。この名刀がただの『錬金』でボロ屑になってしまっては、余りにももったいない。

 その後ろではデルフが「はいはいどうせ俺は錆びものですよ」と拗ねたような口を開いた。

「ちょっと待ってて」

 そう言うと、タバサはルーンを紡ぎ出した。慣れない系統を扱うためか、慎重に呪文を唱える。

 そうした後に、コツコツと逆刃刀の刀身を杖にあて、ついでに鞘の方にもあてる。そして刀身を鞘に戻して、再び剣心に返した。

「『固定化』の呪文をかけた」

 返ってきた逆刃刀を受取りながら、剣心はタバサの説明を聞いた。

 簡単に言えば、『錬金』対策だそうだ。

 これから先、メイジと戦うにあたって、フーケのような策に出る輩がいないとも限らない。その負担を減らすための借用処置とのことらしい。

 タバサは、実力的にいえばトライアングルクラスのメイジ。つまり、彼女以上の使い手でなければ『錬金』の呪文くらいは簡単に弾くだろう。

 だがタバサは本来風使いのメイジであり、『固定化』は土系統。

 反応を見るに一応成功はしたようだが、土系統相手にどこまで通用するかは分からない為、あくまで借用措置に過ぎない。

 だがそれでも、ずっと裸身を晒している今の状態よりかは、遥かにマシになったため、剣心は素直にありがたかった。

「重ね重ね、かたじけない」

 剣心はお礼を述べながら思った。気付けば、彼女には結構借りを作っている。何か返せるものは無いかな…と考えていると、それに感づいたのか、タバサがこっちを見つめた。

「別にいい、そのかわり…一つ」

 何物も映さないような無機質な瞳を、一瞬だけ期待で輝かせながら、上目遣いで剣心を見る。

「わたしに飛天御剣流を教えて欲しい」

「…何故?」

 ギーシュの時みたく、きっぱりと拒否するのではなく、やんわりといった感じで剣心は尋ねる。彼女の目には、ギーシュのとは違う…明確な意思と強さを秘めていたからだ。

「もっと、強くなりたい」

 この一言に、全てを集約させるようにタバサが言った。

 迷いなく、ただ強さを求めるような瞳。だけど同時に、どこか道を踏み外しそうな危うさを持っている、儚い眼でもあった。

「……誰かの仇討ちでござるか?」

「――――!?」

 剣心のその言葉を聞いて、タバサの表情が、ほんの一瞬だけ素に戻った。心なしか使い魔のシルフィードも緊張した様子だ。

 剣心だって、タバサの見た目の年齢に合わない実力を持っているのを見て、相当の苦労をしていることが分かっていた。

 しかし…だからこそやはりというか、きっぱりと言わなくてはならない。

「飛天御剣流は、その理を守る剣であって、復讐のために使うことは出来ないでござるよ」

「……詭弁」

 あんなに強いのに…タバサは納得できなかった。

「そうでござるな…けど、拙者には命を賭けるに足る詭弁でござるよ―――だから」

 そう言って、剣心はニッコリと微笑んでタバサに向き直った。

「もし困ったことがあったら、拙者を頼って欲しい。御剣流は教えられないけれども、力にはなってあげられるでござるよ」

 それを聞いて、タバサは少し悲しそうな嬉しそうな、複雑な表情をしていたが、やがていつもの無表情に戻ると、「分かった」と小さく呟いた。

 そんな風に会話しながら夜空を進んでいると、急に突然、剣心の目に不可思議な映像が見え出した。

『…よ…な……で!…』

 そして耳にも、変なノイズが聞こえ始める。剣心は慌てて片目を手で覆ったが、それとは逆にどんどん映像が写し出されていく。

(これは…ルイズ殿の…視点…?)

 今、剣心の目の前には盗賊らしき者たちによって、囲まれていた。隣にはワルドやキュルケ、ギーシュらしき姿も見える。

『下がりな…さい…下郎!』

『驚いた…下郎と…来たもんだ…!』

 次第に声もはっきりと聞こえ始め、まるで自分もその場にいるような一体感を、剣心は感じ始めた。この様子を見たタバサが、不思議そうに尋ねる。

「どうしたの?」

「いや…何か…ルイズ殿の視界が見え――」

 とここで、剣心はハッとした。そう言えば、前にルイズが言っていたことを思い出す。

『使い魔にはね…主人の目となり耳となる能力が与えられるのよ』

 そうか…ルイズ達がピンチに陥って今、この能力が発現したのか。剣心はルイズの視点を見てそう思った。

 だが、状況を見る限りどうやら芳しくはないらしい。賊に襲われているようだった。

 ルイズ達は杖を取り上げられ、どこかの牢に閉じ込められた所を確認したとき、剣心の視界は元に戻った。

「あれ」

 そんな時、ふとタバサが指をさした。剣心は、多分今まで見てきたもの以上に、それに驚いた。

 ―――本当に大陸が、浮いている。

 自分達や船が、蟻か何かと見違えるほどに巨大なその大陸は、成程『白の国』と呼ぶにふさわしい、下半分が雲のような霧によって覆われている、壮大さと華麗さとを併せ持っていた。

 そしてそこには、先程まで追っていた船とは別の、もう一回り大きな軍艦があった。

 しばらくの間、二つの船はくっつくように止まっていたが、やがておもむろに動き出し、軍艦の方はアルビオンの方へと進み出した。

 だがこれはチャンスでもあった。暫く停船してくれたおかげで、距離を縮めることができたのだから。

 タバサはシルフィードに命じて、全速力で飛ばすと、一気に軍艦まで近付いた。

 どうやら突撃した余韻で、まだ周囲に偵察員と思しき連中はいない。シルフィードは上空へと一旦上がり、空の闇を利用してゆっくり近づいていった。

 程よい距離まで到着すると、風竜の背中から影が二つ、ひっそりと飛び降りた。

「ん……?」

「何だ―――」

 見張り達の言葉は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

「大使としての扱いを要求するわ!!」

 場所は変わり、軍艦の船長室。

 空賊に囲まれ、絶体絶命の中でも、ルイズの毅然とした声が響いた。その目の前には、テーブルを挟んで船長と思しき男がいた。

 周りは皆反乱軍の一派らしかったが、それでも気丈に王党派と言い切ったため、嘲りの声の中でもルイズは頑張っていた。

「王党派と言ったな、一体何しに行くんだい? あいつらなんて明日にでも消えてしまうよ」

「どうしてそんな事言えるのよ!! まだ決まったわけじゃないじゃないの!!」

「ル、ルイズ…お願いだからもう少しだな…」

 ギーシュが冷や汗を流しながら、懇願するようにルイズに頼み込むが、それでもルイズは譲らない。

 でも、本音を言えば怖かった。なぜなら、いつも頼りにしていたあの使い魔が、今は居ない。今になって、こんなにも彼に依存していたことにルイズは気付いた。

 体を強ばらせ、手を震わせながらも、それを敵に悟られないように必死で耐えた。

「だから…っ! 私は…」

 しかし、声が段々か細くなっていく。心は不安で満たされていく。

 こんな時に何やってんのよ、早く来なさいよ、主人が危ないのよ。

 そんな、助けを求めるかのように頭の中で、彼の事を思い浮かべていた、その時である。

「せ…船長!!」

 バタンと、賊の一人が慌ただしく扉を開けて入ってきた。船長の男は不思議そうに目を向けたが、特段動揺したりはしていない様子。

「何だ、騒々しいなあ」

「し、しかし――――」

 声はそこで消えて、賊は後ろから吹っ飛ばされていった。代わりに扉に立っている人物を見て、ルイズは思わず喜色の表情を浮かべた。

「――ケンシン!!」

「な…何者だ貴様!!」

「見張りたちは何をしている!!」

「出会え、出会え!!」

 辺りが騒ぎ立てる中、剣心の声がシンと響いた。

「呼んでも来ぬよ、どうしても入れてくれぬのでな、失礼ながら眠ってもらった」

 そう伝える剣心の後ろから、ひょっこりとタバサも現れる。

 キュルケやギーシュが安堵の笑みを浮かべる中、剣心だけは冷静に船長の男を見据えていた。

「ほう…中々やるな、君も王党派の一味かい?」

「拙者は流浪人――と言いたいところでござるが、今はルイズ殿の使い魔をやらせてもらっている。今は急ぎの用なのでな、ルイズ殿達は返してもらおう」

 使い魔…? と聞いて、男はルイズを見やり、再び視線を剣心に戻すと、どこか可笑しそうにしながら立ち上がり、そして剣心と向かい合った。

「そう言われて、はい返します。と僕が言うとでも?」

「ならば力づくでも返してもらおう」

 剣心の瞳が鋭く光り、男を睨みつける。しかし、そんな状況にも関わらず男は不敵の笑みを浮かべていた。

 時間にして約数秒、しばらくそうして佇んでいると……。おもむろに一瞬、男が杖を抜いて――――。

「……っ!!!」

 距離数メイルの間合いを一気に詰めた剣心の逆刃刀が首筋に、男の杖が数サント剣心の額に、それぞれ突きつけられていた。

 反応できなかった周囲が唖然として、二人を見守っていると、急に男は笑いながら質問をぶつけた。

「何故振り切らなかったんだい、君の速さなら間に合った筈だろう?」

「ならばお主こそ。敵意がまるで感じられなかったでござるよ」

 それを聞いて、面白そうな笑みを崩さずに男は杖をしまうと、改めてルイズ達に向き直った。

「いやあ、試すようなことをして悪かった。何せこっちも必死だったもんでね」

 そう言って、男は懐から指輪のようなものを取り出し、それをルイズ達に見せるように向けた。

 それは、アルビオンの王家のみが着用を許される、『風のルビー』。それをルイズがアンリエッタから貰った『水のルビー』に近付けると、共鳴するように光りあい、虹の橋をかけた。

 偽物の類では無い、見間違える事の無い本物に、ルイズ達は驚きで目を見張る。

「あ…貴方は一体…」

「失礼、貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」

 そう言うと、男は改めて姿勢を正して挨拶する。それは野蛮な空賊には決してできない、貴族を思わせるような凛とした振る舞いだった。

「アルビオン皇太子、ウェールズ・テューダーだ」

 


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