気づいたら体が勝手に動いていました。
私は自分の体を貫いている異物を見る。
帝具―――万物両断『エクスタス』。
文字通り全てを叩き切る事ができるそのハサミの様な帝具は、私の鳩尾から片刃が「こんにちは!」していた。
すっごいショッキングな光景ですね。
幸いな事に痛みはありません。
そんなものがあったら、こんな冷静に考えることはできませんからね。
まぁ、それはそれでどうかと思いますが無いものは無いのでしょうがないです。
とりあえずそのままでいると上半身と下半身がさようならしそうなので―――そうなる前にシェーレちゃんを蹴り飛ばします。
「ぐっ!?」
「シェーレ!! このっ死にぞこない!!」
シェーレちゃんを回転蹴りして吹き飛ばせたのは良いですが、マインちゃんが私に向かって二発撃ってきました。
焦っていたのか、単調な弾道で飛んできたビームを避けるのは今の私でも楽勝です―――が、『エクスタス』が刺さったままなので一発目は何とか避けれましたが、もう一発は髪の毛をかすりました。
ばさりと髪の毛が下に落ちる感覚。
見れば、ビームが髪留めに当たったようで私の自慢のツインテールはサイドテールになっていた。
まだだ!まだもう片方残ってる!!
―――ってそんなふざけたこと言ってる場合でもありませんね。
ごぼり――紅い液体が口から再度漏れて地面と服を紅く染める。
鳩尾を貫かれ、髪を落とされ泥だらけ―――戦闘の継続は不可能どころか戦闘不能一歩手前といったところでしょうか。
ちらりとシェーレちゃんとマインちゃんの様子を見れば、二人は油断なく私を見ています。
どうやら私の傷を見て力尽きるかその寸前になるまで待っているのでしょう。
チラリとこの場にいるもう一人、オーガさんの方を見ると―――私の元に一目散に駆けてきた。
(オーガさん元気そうでよかった…………えっ!? なになになにっ?! なにするのっ!?!?)
オーガさんはそのまま私に刺さっていた帝具『エクスタス』を引き抜いた。
「エリア様にぃいいいい!!! 死ねぇえええええ!!!!」
吠えるオーガさん。
そしてそのまま力一杯『エクスタス』をぶん投げた。
全身を使った全力の投擲によって『エクスタス』はシェーレちゃん目掛けて一直線に飛んでいき―――シェーレちゃんに普通にキャッチされた。
デ、デスヨネー!! そりゃ、シェーレちゃんの帝具だもんね!! ある意味相棒ともいえる帝具の扱いはぴか一ですもんね!! 流石です。
勢いを殺すようにその場で回転して『エクスタス』を受け止めたシェーレちゃんは、少しだけズレた眼鏡を直して私たちを冷たい目で見る。
「次は確実に仕留めます」
シェーレちゃんさらっと怖いこと言いますね。
まぁ、仲間には優しいお姉さんなシェーレちゃんですが、私たちは彼女たちの敵ですからね。
当たり前か……悲しい。
「エリア様!! 傷が!!」
オーガさんが私のお腹に空いてる刺傷を見て動揺する。
いや、貴方がエクスタスを引っこ抜いたからこうなったんですからね? そこ忘れないでもらえます?
いい感じに止まってたのにまた流れ出ちゃったじゃないですか!!
流れ出た血を止めるように鳩尾に手を当てますが、勿論そんなことじゃ止まりません。
「あぁ、エリア様!? そ、そんな……っぐ?!」
とりあえず、色々と集中できないのでオーガさんには眠っててもらいましょう。
私はオーガさんの首に手刀をして気絶させる。
上手くいった―――あの時練習しといてよかったです。
気絶させたオーガさんをお姫様抱っこで近くの時計台の下に運んだ私は、シェーレちゃん&マインちゃんと対峙する。
「あんた…………」
『なに』
マインちゃんが私に何か言おうと口を開きましたが、そのまま黙る。
そして、ごもごもと口を開けたり閉じたりしています。
不思議に思って私は彼女が何を言うのか待っていましたが、彼女はブルブルと首を横に激しく動かすと――
「何でもないわっ」
そう言って帝具『浪漫砲台パンプキン』を構えた。
マインちゃんに触発されるように帝具『万物両断エクスタス』を構えたシェーレちゃん。
先程と変わらない構図。
いえ、違いますね。
私はエクスタスによって鳩尾を貫かれ、パンプキンによって髪の毛を落とされました。
状態としては私の方が圧倒的に不利……さて、この状況どうすれば……
「いたぞ! あそこだ!」
「交戦してる……エリア様!? いそげ!!」
どうしようか迷っていると、予想外の声が聞こえた。
私とマインちゃんたちは反射的に声が聞こえた方を振り向く。
そこには、帝都警備隊の隊員六名がこちらに向かってきていた。
原作でも彼らはセリューちゃんの援軍として登場しますが、今は最悪なタイミングです。
それは彼らが弱いという事と、ナイトレイド組がまだピンピンしているからです。
(どうしよう。どうしましょう!?)
私が無表情で悩んでいる内に、警備隊六名が私を守る様にマインちゃんたちと対峙する。
あかん。この状況はあかんです!!
「エリア様とオーガ隊長を守れっ」
私が止める間もなくシェーレちゃんとマインちゃんに攻撃を仕掛ける帝都警備隊の皆さん。
大剣と長剣を持った二名の隊員がシェーレちゃんに斬りかかり、三名の隊員がマインちゃんに向けて銃を発砲する。
何やってるのこの人たち?! 幾ら人数で勝ってても相手は凄腕の暗殺者集団ですよ!?
勝てるわけないじゃないですか!!
『てったいしろ。めいれい』
今は、漢字で書く時間すら惜しい。
私は急いで書いた紙を近くにいた警備隊の人に渡すが、何故か拒まれた。
「自分たちの事はお気になさらず。今は貴女様とオーガ隊長の命が優先です。さぁ、早く撤退を」
私には、その隊員の言っていることが理解できなかった。
いえ、理解はできます――理解したくなかった。
そうしてる間にも、隊員が一人頭を撃ち抜かれて死んだ。
隊員たちの命より私とオーガさんの命の方が大事……オーガさんの命が大事なのはわかります。隊員たちに好かれていましたからね。隊長ですし。
でも私は、私は誰かの命より重いなんてありえない……死にたくはない。でも、だからと言って彼らが私のために犠牲になる必要は―――。
また一人エクスタスによって真っ二つにされて死んだ。
この状況を作ったのは私のせいだ。
オーガさんを生かし、原作組と中途半端に戦い―――見逃した私のミスだ。
だから彼らが命を張って私を逃がす必要はない。
全部自業自得だから、己で蒔いた種だから。
隊員がまた一人死んだ。
「っく!? エリア様たちが撤退する時間を稼げ!!」
「「うぉおお」」と己を奮起し、勇ましく吠えた隊員たちがシェーレちゃんたちに斬りかかる。
でも、駄目だった。
一瞬で隊員たちの命は刈り取られ、地面に亡骸が転がった。
―――あぁ、嫌だ。なんでこうなるの。何で私の知ってる展開にならないの。
私という異物が入ったから? オーガさんを助けたから? 真面目に戦わなかったから?
違う。違う……違う!!
私が、この世界をしっかり見て――生きていないからだ。
所詮物語だと浮かれ、何処か他人事でいたからだ。
原作だとかストーリー通りだとか関係ない。
この世界が物語だろうと私が異物だろうと関係ない。
私はこの世界で生きてるんだ。
それはたった今死んだ彼らも同じだった。
この世界で生きて、死んだ。私のせいで死んでしまった。
夢も希望も、家族もいたに違いない。
民の為国の為に必死に働いていた彼らを、私の愚かな行動で殺してしまった。
私の自分勝手な行動のせいで……違うっ!! 今は悔やんでる場合じゃない。
一刻も早く生き残ってる人たちをこの場から撤退させるべきだ。
『影飛び』
一瞬で生き残っていた隊員とオーガさんをこの場から強制的に移動させた私は、深く深呼吸をして立ち上がる。
シェーレちゃんとマインちゃんが驚いていますね。
「まさかその傷でまだ立ち上がれるなんて……」
『褒めてくれてありがと』
「褒めてないわよっ!! 驚いたの!!」
『そう』
「それで、瀕死のあんただけ残ってどうすんの? まさかまだ私たちとやり合おうってわけじゃないわよね?」
『そのまさか』
「あんた馬鹿でしょ……ま、いいわ。悪いけど仕留めさせて貰うから」
シェーレちゃんと目配せして頷いたマインちゃんは、再び帝具を構える。
流石ナイトレイドですね。油断も隙もありません。
でも、私も負けません―――絶対に負けられない。
だからこそ、私はここで死力を尽くす。
【奥の手。発動】
☆ ☆ ☆
「な、なに!? 何が起きてるの!!」
「わかりません。ですが、この感じ……嫌な予感がします」
瀕死の重傷を負ったエリアが、何か技を発動させた。
その瞬間、言いようのない悪寒が二人を襲う。体の芯から震え、直感が早く逃げろと警笛を鳴らす。
だが、エリアに変化はない。
貫かれた鳩尾から血を流し、無表情にマインたちを見つめている。
死人のような瞳。泥と血で汚れた鎧を着ているため、見た目は完全に死体だ。
「ッ!?」
そんなエリアが、マインたちにゆっくりと近づく。
一歩踏み出すごとに鳩尾から血が零れ、地面を紅く染める。
もはや彼女のドレスアーマーは血を吸収しすぎて紅く染まりきっていた。
ゆっくり―――ゆっくりと着実に近づいてくる死人。
「こっちに来るんじゃないわよっ!!」
恐怖に耐えかねたマインが、エリアの頭部目掛けてビームを放つ。
避けることも防ぐこともせずエリアはマインを見つめ――そのままエリアの頭部をビームが貫いた。
「うそ……でしょ」
「ありえません!!」
しかし、エリアは倒れなかった。
ビームが貫通した右目はぽっかりと穴が開き、後ろの景色がその穴から見えている。
誰がどう見ても即死の傷だ。だが彼女は無表情のまま何事もなかったかのように向かってくる。
そして、エリアの傷はいつの間にか治っていた。
エクスタスで貫かれた傷も、パンプキンで開けられた穴もきれいさっぱりなくなっている。
しかし、アルカドールの服だけは彼女の血で紅く染まったままであった。
傷が一瞬で治る人間なんているはずがない。そんな超常的な能力など―――。
そこまで考えた二人は、一つの結論にたどり着いた。
互いに目配せをすると、先程と同じようにシェーレが前衛、マインが後衛になる。
そして、マインがエリアの正体の答え合わせをした。
「あんた、生物型の帝具でしょ」
『正解』
瞬間。エリアの姿が闇に―――いや、陰に溶ける。
マインたちの反応は早かった。
互いの死角をカバーするように、背中合わせに周囲を見渡す。上下左右何処からの攻撃が来ても反応できるように、彼女たちは全神経を集中させた。
一秒―――二秒―――三秒。
静まり返る帝都。マインたちの息遣いだけが、静かに聞こえる。
四秒―――五秒―――六秒。
襲ってくる気配がない。
逃げたのか? そんな思いがマインの中に芽生える。
「シェーレ……あいつ、逃げたんじゃないの?」
周囲を油断なく警戒しながら、マインは背中越しに相棒であるシェーレに声をかける。
しかし、彼女からの返事はない。
「ねぇシェーレ、聞こえてた?」
マインは静かに彼女の返答を待つ。
周囲に動きはない。背中越しではあるが、シェーレの微かな動きが背中に伝わる。
どうしたのだろうか?
マインがもう一度彼女に声をかけようとしたその時―――。
「マインッ!!」
自分を呼ぶ、聞きなれた声がした。
反射的にそちらを―――自分の正面を見るマイン。
「……え?」
信じられないことに、彼女の前方からボロボロの状態のシェーレが、エクスタスを支えにしながらこちらに歩いて来ていた。
「シェーレ!? どうして―――」
「後ろですッ!!!!マインッ!!!」
普段は見せない彼女の必死の形相。
こちらに手が届くことは無いのに、マインに向かって必死に手を伸ばすシェーレ。
そうだ。シェーレは自分の後ろにいるはずなのに、どうして前にいるのか?
背中越しに感じるこの感触は―――。
そこまで考えた所で、マインは気づいた。背中越しから伝わる死人のような冷たさに。
「ッ!?」
振り向いた瞬間―――エリアが居た。すぐそばに、拳一つ分もない距離にいた。唇と唇がほんの少しでも動けばくっついてしまいそうだった。
彼女の濁った瞳が、ぎょろりとマインに向けられた。
「貰うね」
「えっ……?」
エリアの口が、確かにそう動いた。
何を貰うと言うのか。
マインは一瞬思考の海に沈み―――激痛で引き戻された。
「あっ……があっああああ!?」
「マインッ!!」
鮮血が舞う。
立つことすらままならず、マインはその場にうずくまる様に片膝を着いた。
「はぁはぁ……くぅっ!?」
激痛のする右腕を抑えようとして―――左手が空を切る。
どういうことだろう?
一瞬、痛みも忘れてマインは自身の右側を見ると、そこにはあるはずの右手がなかった。
えっ……え?
右手がない。血が溢れている……誰の?止血しないと……あれ? 私の右手は?
『ここだよ』
マインの心情を読み取ったエリアが、彼女に一枚の紙を見せて現実に引き戻す。
「あっ……あぁぁあぁぁぁ!?!?」
マインの悲痛にまみれた叫び声が、帝都に響いた。