迷宮兄弟という中ボスと、バクラというラスボスとの制裁デュエルから数日が経っていた。あれから学園は、何の変りも無い。
強いて変わった事とすれば、十代がシンクロをドローソースに使う事が無くなったり(そもそもHERO主体のデッキなので、シンクロをドローエンジンにするのは色々と無理があった)翔もシンクロを使うようになったりした事ぐらいだろうか。
最も、翔はデュエル中はどういう訳か性格が変わり、その間の記憶が無く、そしてデュエルが終わるとエクストラデッキ(永理は未だに融合デッキと呼んでいる)から機械竜パワーツールが消え去っているという謎の怪奇現象が起きたぐらいだろうか。
とはいえデュエルモンスターズにそういった怪奇現象は付き物である。それこそ、屋台で買った焼きそばに紅ショウガが入ってる事ぐらい有り触れたものだ。
「キャラが薄い」
デュエルアカデミア食堂、とんかつ定食を食べながら永理が愚痴る。永理と共に飯を食べるのはオベリスクブルー、カイザーの異名を持つが実のところは機械フェチで機械に性欲を持て余す変態である丸藤亮と、永理が一方的にパルヴァライザーとあだ名を付けたラーイエローの物まねデュエリスト、神楽坂が向かい合うように座っていた。
亮の食べているのはカレーライス、ごろっと大きな肉がとても美味い。神楽坂は金を浮かせる為かカロリーメイトのチョコレート味を食べている。そこそこ味は良いのだが、口の中の水分がとにかく奪われるのが欠点だ。
「……薄いか?」
神楽坂が口の中のカロリーメイトを水で一気に流し込んでから、永理の愚痴に反応する。
ロマンデッキ、高攻撃力、そして変態で馬鹿。物まねの天才と自負している神楽坂でさえ、そのキャラクターを未だ掴みきれてないぐらい属性が多い。ひいき目に見てもキャラは薄くないだろう。
むしろかなり濃い。主人公の属性かと問われれば首を傾げるが、とにかく濃い部類に入るだろう。
「薄いぜ、かなり薄い。つーかヒロイン居ないってどういう事だよ! 俺欲しいよ、ツァンたんとか雪乃んとかボン・キュッ・ボンッな!」
「なら委員長とかどうなんだ?」
「委員長はレイプされる事によって映えるのだよ」
委員長とは、オベリスクブルーに在籍している女子生徒である。真面目で勤勉化だが、バーンデッキを使っているので滅多に対戦相手が居ないというある意味可哀想なお人である。胸は平坦である。
カイザーの問いに最低な答えを返す永理。実際こんな事を白昼堂々と言ってるからモテないのだが、永理はどういう訳かもう諦めているので何の問題もない。
そもそも永理の好みは十五歳以下で肌が白くて髪が長い、母性のある幼女という理想が天元突破しそうなくらい高いのだ。というか手を出したら犯罪になってしまう。
しかし、永理は手を出したいのだ。幼女に、つるぺた幼女に。唾液と唾液を相互循環したいのだ。というか可愛くて甘えさせてくれる女の子がいいのだ。
しかし白昼堂々、お昼時にする話ではない。しかもここは食堂、周りに生徒はかなりいる。しかもカイザーが居るので、注目の的だ。
「そんな事だからお前はモテないんだ。ショッギョ・ムッジョ、インガオホー」
亮はカレーを食べながらそんな事を言う。実際その通りである。白昼堂々、『○○はレイプされてこそ映える』とか言う奴がモテる筈がない。ただ女からヘイトを買うだけだ。
最も、それも永理の理想が高すぎるせい。要するにこの世界のせいである。全部法律が悪いのだ。
「相席、いいっすか?」
「おっす十代」
「ああ、いいぞ」
永理が十代の声に反応し、神楽坂が許可を出す。
永理の隣に十代が座る。手にはかつ丼とドローパンが一つ。下に敷いてあるキャベツの上には、ソースを混ぜ込んだ特性卵を乗せたかつがでぶんと乗っている。
永理はひたひたになるくらいとんかつにソースをかけ、白米の上で二度ほどバウンドさせてから、かつの端っこを齧り、即座にソースの色に侵された白米を口の中に掻き込む。豚の脂とソースが混じり合い、言い知れぬ幸福感を齎してくれる。
「所で何の話をしていた……んですか?」
「敬語でなくともいいぞ。俺達はデュエリスト、年齢に関係なく、誰もがライバル同士だ。俺は対等の立場で居たい。所でとんかつ一つくれ」
「嫌だ」
流れるようにカイザーからかつを催促されるが、十代は即座にそれを断る。十代とて育ちざかりな男の子、好きな肉をあげる気なぞ元より無い。
「……まあいい、どうせ永理が半分ぐらいでかつを残すに決まっているからな」
「半分ぐらい無くなってるぞ、既に」
神楽坂が茶々を入れる。永理はとにかく濃い味が好きなのだ。とにかく濃く、濃く、濃く。身体に悪いと理性で解っていたとしても、本能がどうしても求めてしまう。これはもはや自然の摂理、一度知ってしまっては歳を取るまで戻ることが出来ない魔性の味。
カイザーはもう諦めたようにスプーンを進ませる。カレーは何も乗せずに食べても美味いのだ。
「そういや十代、かつ丼にソースはかけないのか?」
「いや、普通かけないだろ」
「少量をちょいとかけたら結構美味いぞ。どぱどぱかけるのは邪道だけどな」
そう言いながら永理は、茶碗の中に残っているかつを全部口の中に入れてから、米を掻き込む。ソースで味を消すのは論外だが、ちょいとしたアクセントとしてソースをかけると割と美味いのだ。
神楽坂はカロリーメイトを全て食べ終え口持無沙汰になってしまっている。満腹感はあるのだが、満たされたという感じはしない。しかし、こういう所で食費を浮かしておかなければ欲しいカードが買えないのだ。
何せ強い者は強いカードを使う。強いカードというのは自然と高額になってしまう。
「所でさっき、何の話ししてたんだ?」
「俺のキャラが薄いって話」
「いや、薄くないだろ」
十代の冷ややかなツッコみ、神楽坂と亮がうんうんと頷く。
しかし永理は、先ほど言ったヒロインが居ない事に対する不満を重大にぶちまける。それをかつ丼を食べながら聞いていた十代は、ごくんと飲み込んでから言った。
「でもさ、俺顔だって痩せすぎって感じだけど、ぎすってはないしさー……しかも俺より顔面偏差値低い奴に限って彼女とか居たりするし。こんなの絶対おかしいよ!」
「まずそんなのを大声で言ってる時点でモテないって事に気付け」
十代の指摘に初めて気づいたようにハッ、という感じの顔になる永理。十代は溜息をつく。
しかし永理は、それはそれ、これはこれと置いといて更に言葉を続けた。
「俺ってさ、一応強い部類に入ってるじゃん?」
「そこに戻るのか……まあ、そうだな」
永理の言葉に、取りあえずカイザーは同意しておく。永理のデッキは爆発力こそ無いが、それを補って余りあるほどのロマンを秘めている。そんなデッキを使っていて、勝率はそれほど悪くは無い。普通の人が使えば即座に負けるようなデッキコンセプトだというのに。
カードに愛されており、デッキ構築技術も悪くは無い。一応強い部類に入るだろう。
「なのにさ、神楽坂俺のコピーデッキ作らないじゃん。やっぱキャラが薄いからかコンニャロー」
そう、その点を気にしていたのだ。神楽坂の使うデッキはコピーデッキ、しかしそのデュエルタクティクスはオリジナルより少し下という、決して馬鹿には出来ない腕前を持つ。
なのに、だというのに神楽坂は、永理のデッキをコピーしない。認めた相手だというのに。
「いや、だってさ……お前のデッキ、ブラックボックスってレベルなんだもん。訳わかんないんだもん」
「普通のデッキだろ、どっからどう見ても」
「普通のデッキは死霊伯爵とかグレート・モスとか入れないぞ、永理」
十代の冷ややかなツッコみ。そう、昔ならばいざ知らず今の環境は強力な効果を持ったモンスターが沢山ある。そのご時世に、何も出しにくい事で有名なカードや、たった2000打点のモンスターを入れたデッキなんぞは、そうそう作らないものだ。それこそ、出しても大したメリットも無いモンスターならば特に。
永理のデッキは運の要素もかなり高い。しかし、運だけで勝てるというデッキではない。運とプレイング、そしてデッキに対する愛情を持って初めて完璧に操る事が出来るのだ。
「普通痛み分けとか入れないだろ、地割れか地砕き入れるだろ」
「あれさ、割と高いんだよな」
そう、この世界ではカード原価がかなり高いのだ。地割れや地砕きなんかはノーコストで相手モンスターを確実に破壊する事が出来る為、千円や二千円程度の値段は平気で付く。ライトニング・ボルテックスとなればその値段はもううなぎ上りである。
そりゃあもう、安いPSゲームであれば二本や三本ぐらい余裕で買えるぐらい。
「……パックで一枚や二枚当たるだろ」
「それは持ってる者の言葉だよカイザー君」
そう、パックで中々当たらないのだ。完成済みデッキでたまに収録されているのだが、それの値段は永理の元居た世界とは比べ物にならないくらい高い。PS3のゲームソフト一つ買えるぐらい高いのだ。
「箱買いすりゃ割と当たるぞ」
「神楽坂は知能指数が高いからな」
「繋げるな! それ繋げるなお前! ガンスリンガーじゃねえか! 怪盗とかにならないから! つか死にたくないし別に親恨んでも無い!」
思い切り死亡するニンジャの台詞を繋げられたので、それを必死で否定する。別に神楽坂は、親を殺そうとも思ってないし怪盗になるつもりもない。
「箱買いなー、どうしても飯の方にな……」
「DP使えよ」
「……飯の方にな」
DP、デュエルポイントとはデュエルで徐々に溜まっていく、デュエルアカデミアとそういったイベントでしか使えない仮想通貨である。十デュエルポイントで一円ほどだが、負けても貰えるし勝てば更に貰える。一見学校にメリットが無いように見えるが、月一デュエルをYouTubeの広告収入で、ちょっとは得しているのだ。
とはいえそのような事実は、知らずとも構わない事実。要は無料で、カードや日用品、食料を買う事が出来る通貨なのである。ちなみに嗜好品であるガンプラやゲームの購入、フォアグラやキャビアなど高級すぎる食材には未対応である。何故かデュエルモンスターズのフィギュア購入なら問題ないが、特典としてカードが付いてくるからだろう。
なお、卒業する際換金する事が可能ではあるが、それは卒業式直前にバラされる事である。なので今この学園に居る生徒は、誰もそれを知る術は無い。なので皆湯水のようにバンバン使っているのだ。
永理も同じだが、どうしても飯の方につぎ込んでしまう。小食なのに食いしん坊なのだ。とはいえそれも、オシリスレッドの料理の味がちょっと酷く、まだ食堂や総菜パンを買った方が良いのである。要するにオシリスレッドのせいだ。
「つーか十代、お前ラーイエローに上って俺に飯提供してくれりゃよかったじゃん」
「基本俺か神楽坂の部屋で寝泊まりしてるけどな、こいつ」
てへぺろ、と永理は舌を出し頭を軽く小突く。正直可愛くない。別に永理には男の娘属性も、本当は女だった属性も無いのだ。いたって普通の、馬鹿な男子高校生である。
十代は半ば呆れながら、かつ丼を食べる。既に七割がた食べ終えている。ここで永理の言っていたソースがけというのを試してみようと思った。
ソースをちょっと、少し染みるくらいをかけて、かつを食べてみる。
「……割と合うな、これ。所で永理、何か言われたりしないのかお前」
「亮の部屋で隠れてるからな、あとは持ってきてくれた飯をただただ喰うだけ。ラーイエローは普通に入ってても問題ないからベイビーサブミッションだぜ」
グッ、と永理は親指を立てる。要するに亮に寄生虫紛いな事をして飯を貰っているのだ。何という人脈の無駄遣い。
しかし……と、十代は気になる。カイザーと持て囃される亮が、タッパーを持って食事を詰め込むのに違和感を覚えないのだろうか。と。
「一年の頃は、食事を溜めこみまくって休日には部屋から出ずゲームをずっとするというのを繰り返してたからな。怪しまれる事は無い」
フッ、とクールに笑いながら亮は、割とかっこわるい事を言う。
ゲームをやっていると、飯を食う時間、トイレに行く時間、風呂に入る時間がおっくうになってしまう事がある。それの対策としては、食事を取っておいて冷凍しておく。オムツを履く。除菌作用のあるウェットティッシュを常備するなどで何とかなるのだ。勿論亮も永理も、流石にそこまでではない。前者はともかくとして後ろ二つはやった事が無い。
それに、どうせ食事が終わったら捨てるものだ。持って帰っても何も言われないし、「朝食に食べるんだ」と言っておけば誰にも怪しまれない。それに永理は割と小食だ。ちょっとずつつまめばすぐに腹いっぱいになる。とんかつ定食程度なら完食できるが、オベリスクブルーの食事は質・量共に馬鹿に出来ない。永理は決して食べきる事が出来ない。なのでこれまで、怪しまれた事は一度も無いのだ。
「それに……朝に食べるピザというのも、中々のものだぞ」
「朝からそれはキツいぜ……流石に」
好みの食事はまるっきりデブ特有のものだというのに、何故か太らない永理。人体の神秘である。まあただ単に量を取ってないだけなのだが、それでも食事内容だけを伝えたら驚かれるのだ。そして同じ量を取っている筈なのに太ってきている女子に妬まれているが、そんなのは永理の知った事では無い。それに女子小学生に負ける筋力なのだ、そのデメリットに比べれば少し太りやすい程度のデメリットなんて、微々たるものだろう。
「そういや永理、お前なんでレッド寮に戻ってこないんだ?」
そう、あの時──永理がタイタンに連れ去られ、精霊が見えるようになってから一度しか永理は、自分の部屋に戻っていないのだ。
ちなみに明日香も連れ去られていたのだが、永理も十代も、翔もそれに関しては全く気付かなかったのだ。隼人は気付いていたのだが、言い出すタイミングが無かったのだ。不憫である。
永理は言いずらそうに視線をずらしながら、口をもごもごとさせる。そんな事をしても全く持って可愛くないのだが、そんな事は永理が一番よく知っている。
「そのね、怖いの……が」
「えっ、なんて?」
十代が聞き返す。よく聞こえなかったのだ。永理が肝心なところを誤魔化すのだ。
永理は若干顔を赤くさせながら言った。
「怖いの! 幽霊が怖いの!」
「……幽霊?」
永理の言葉に、十代と神楽坂はぽかーんとする。亮は何処か納得した表情だ。
幽霊。デュエルモンスターズのカードに精霊が宿るという話はよく聞くし、十代も永理も精霊を見る事が出来る。しかし、十代にとって幽霊は非現実的なものなのだ。
神楽坂の場合はそれも信じていないが、別に永理の考えを否定するつもりはない。考えは人それぞれだ。
「あいつらいつもね! 俺に殺意の眼を向けてきてね! しかも呪詛言いまくってね! 怖いの!」
「死霊伯爵を精霊に持っているお前が何を言うか」
ちなみに今永理の側に死霊伯爵は居ない。グレート・モスと一緒に亮の部屋でお留守番中だ。
死霊伯爵もかなり怖い顔をしている。最もキャラクターはただのカッコつけなのだが、それを知らない人が見たらかなり怖がるのは確実だ。グレート・モスは、小さくなってるのでマスコット的な存在である。虫がマスコットというのも変な話ではあるが、とにかくマスコットなのだ。
十代の隣でハネクリボーが若干困惑顔で同意している。中身を知っているので、少し十代の言葉を認めるのに罪悪感があるのだろう。
「……一応聞いておくが、永理のところに出る幽霊ってどんなのだ?」
亮が永理に、出てくる幽霊が知ってるような口ぶりで尋ねる。亮には心当たりがあるのだ、永理の部屋に出てくる幽霊というものに。
「姿はラルクとライナ、まんまだよまんま。死にアベックめ、畜生……俺の平穏を。ACVDを……うぅっ」
「……なるほどな、大体解った」
後半の永理の愚痴を軽く無視し、亮は頷く。何か思いついたのか、と永理は期待を寄せる。が、その解決方法はごく単純なものだった。
「森の奥に枯れ井戸があった筈だ。そこに捨てればいいのではないか?」
森の奥の枯れ井戸には、生徒が使えないと判断したカードが捨てられているという。とはいっても、そこに捨てられているカードのパワーは貧弱。攻撃力だけで判断する傾向のあるこの世界では、永理の元居た世界では考えられない高額の値段を付けられていたカードが、考えられないくらい安い値段で、もしくはほぼ無料で手に入れられたりする。最も、グレート・モス等のような出し辛いカードも稀に捨てられているのだが。
サイバー流後継者という立場である亮としては、そこに捨てるのは反対しなければならない。だがこの状況では話が別だ。家主が家に戻れないというのは、デュエル以前の、カードに対するリスペクト以前の問題である。
「……近づくのも怖い」
「こりゃ重症だな……仕方ない、俺が代わりに行ってやる」
神楽坂がやれやれ、といった風に溜息を吐きながら言う。永理は突然、ぱあっと現金にも明るくなった。「貸し一つな」という言葉を聞き若干面倒くさそうな表情になるが。現金な奴め」と神楽坂がその表情に返す。
多少の小言はこの際抜きだ。永理としても、自分の部屋に戻れないというのはとても辛い。何せゲームが出来ないのだから。
まあとにかく、これで解決はした。永理は久しぶりに部屋に戻れるので、うきうき気分で最後のかつを口の中に放り込んだ。今までは亮の部屋でずっとやっていたのだ。やっと、自分の戦場に戻る事が出来る。
永理の悩みが解決すると同時に、予鈴のチャイムが鳴った。
ちょいと更新頻度を見てみたら……なんつうハイペースや、これ。おいたんびっくりだよ。