チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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注意
今回は説教系成分や、アニメの流れと大きく異なる部分が出ています。
ご了承ください。


未来についてわかっている唯一のことは、今とは違うということだ

どうも、私を見ているであろう皆様。

最近はアイドル業や係長業務が忙しくてなかなか出来ていませんでしたが、本日は武内Pの補助にまわっています。

曲や衣装の調整が終わったので、シンデレラ・プロジェクトのメンバー達にデビュー第一弾の5人を発表するそうなのですが、不安で仕方ありません。

武内Pは超が何個もつくほどに真面目でアイドルのことを誰よりも考えていますが、いろいろと融通が利かなくて言葉足らずで、その外見と仏頂面も相俟って誤解されやすいのです。

一応私もアイドルとコミュニケーションを取るように勧めていますが、その効果は芳しくありません。

誰かがもっと話すように勧めただけで話せるようになるなら、この世にはコミュニケーション障害という言葉は生まれることはなかったでしょう。

こういった時のサポートこそちひろの出番なのでしょうが、今日は本社内のスタジオでソロ曲のMV(ミュージックビデオ)撮影日と重なってしまった為不在なのです。

最近、ちひろがこういった武内Pのイベントごと関係に絡むことが少ないようですが、何か祟られているのでしょうか。

それとも前世で何か業でも積み重ねていたのでしょうか。

考え出したところで何にもならないですからこのような不毛な考えは即刻破棄して、これから先のことでも考えましょう。

とりあえず、デビュー第一陣のメンバーを発表したらシンデレラ・プロジェクトに動揺が走り、多少荒れるのは間違いないでしょうね。

ここに揃った14人の少女達全員が、アイドルという輝けるお姫様に憧れてこの346プロへとやってきたのですから、誰だって早くデビューしたいに決まっているでしょう。

できることなら一気に全員をデビューさせてあげたいのですが、それは世知辛い大人の事情で認めるわけにはいきません。

アイドルユニット1つをデビューさせるにも曲や衣装の準備、デビューイベントを行う会場の選定、広告費やら様々な事でお金と人員を使います。

幸い346プロを内包する美城グループは業界でもトップクラスの大企業であり、並の中小プロダクションには不可能なシンデレラ・プロジェクト全員をデビューさせるだけの資金も人員も用意できるでしょう。

ですが、そんなことはしません。まだまだ社会経験のないシンデレラ・プロジェクトのメンバーにいってもあまり合点がいかないかもしれませんが、アイドルも立派な職業なのです。

自己満足で許される趣味の延長線であるネット投稿型アイドルとは違い、企業のアイドルには投資に見合うだけの利益の還元が求められます。

シンデレラ・プロジェクトを5~6のユニットで一気にデビューさせたと仮定しましょう。

全国に数万いるアイドルファンの中、新人アイドルに興味を持ってファンになってくれる可能性のある人間をだいたい100くらいとします。

一気にデビューをさせてしまうと、その100人をユニットで奪い合うような形になりかねません。

勿論、複数を掛け持ちしてくれる人間もいるでしょうが、それでも一般的な社会人の資金力には限界があるでしょうし、良くて3つでしょう。

それでも先行投資という形で使用した制作費や人件費、広告費を回収できるのならいいでしょうが、もしも赤字になるようであればそのユニットの将来は一気に暗いものとなります。

346プロはハイリスク・ローリターンな手段を選ばざるを得ないようなほどに困窮していませんので、ある程度の期間をおいてファン達の懐事情が多少回復したところで新ユニットを投入する。

第一陣の活躍次第では、そこで獲得したファンに加えて新しいファンの獲得も期待できると、一気にデビューさせた場合と比較すれば、どちらが効率的かは言うまでもないでしょう。

まあ、長々と語ってしまいましたが、世の中は夢や希望ばかりでは何もならないということです。

 

 

「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」

 

 

シンデレラ・プロジェクトのメンバーたちが一堂に会するプロジェクトルームは、様々な方向性を持つ美少女達によって普段の殺風景さが嘘のように華やかですね。

重大発表ということで集められたメンバー達は、何となくでしょうがその内容を予知しているのか緊張感で重苦しい雰囲気を漂わせています。

いつも明るく元気な赤城さんも周りの空気を察してか、大人しくソファに座って足をプラプラと揺らしていました。

 

 

「新田美波さん、アナスタシア・カリーニナさんの御二人‥‥そして島村卯月さん、渋谷凜さん、本田未央さんの三人には当プロジェクトのユニットとしてCDデビューしていただきます」

 

「「「「「CD‥‥デビュー‥‥?」」」」」

 

 

第一陣メンバーが発表された瞬間こそ静まり返っていましたが、言葉の意味を理解した途端に騒ぎ始めます。

特に本田さんなんて、テンションが上がりすぎて『うおおぉぉぉ』という雄叫びをあげて隣にいた島村さんに飛びつきそのまま押し倒しました。

気持ちはわからないでもないですが、突然人に飛び掛るのは怪我や事故の原因に繋がりやすいので後で注意しておきましょう。

折角、CD発売記念ミニライブも企画されているのですから、こんなところで怪我をしてしまって出られなくなってしまうのは可哀相です。

ようやく理解が追いついてきた島村さんも、感極まったような声と共に渋谷さんと本田さんを抱き寄せました。

仲良きことは美しき哉、心から喜んでいるのが伝わってくる島村さんの笑顔は思わず見蕩れてしまいそうな位に可愛らしく、輝いています。

ふと視線を横に向けると、その笑顔を見た武内Pの表情も少し柔らかくなっていました。

それなりに付き合いの長い人間しかわからないような僅かな変化でしたが、それでもこの企画は武内Pにも良い変化を促してくれるだろうと確信するには十分です。

 

 

「ずるぅ~~い!私は!私もCD出したい!!」

 

 

仲間のCDデビューは当然嬉しい事でありますし、お祝いしようという気持ちはあるでしょう。

ですが、今回選ばれなかったメンバー達も全員がアイドルデビューしたくて集まったもの達なのですから。

当然このような声がでるのは想定済みですし、確定ではないですが一定期間をおいての段階的ユニットデビューについては概ね通りそうな感じです。

例え通りそうに無くても私が無理に通してみせます。

無駄に上層部に対してツテを持つ昼行灯の力を借りれば、無理を通して道理を引っ込めさせる事も可能でしょう。

あの昼行灯に借りを作るとどんな無茶振りをされるかわからないので、それは最終手段にさせてもらいたい所ではありますが。

 

 

「プロデューサー‥‥みく達のデビューはどうなるにゃ?」

 

 

最後に合流した島村さん達が先にデビューしたことに若干動揺しているようですが、前川さんは努めて冷静に尋ねました。

プロ意識が高くも歳相応な部分もある前川さんなら、もっと感情的になったりする可能性もあると考えていたのですが、やはり1度舞台を踏むと何か変わるのでしょうか。

さて、ここで私が口を出してもいいのですが、飽くまでサポート役でしかない人間が出しゃばり過ぎるのもどうかと思いますので、武内Pの対応を静観させてもらいましょう。

 

 

「‥‥企画検討中です」

 

「てい」

 

 

あまりにも不器用すぎる対応に前言撤回して、即介入を決定しました。

武内Pは確定していない段階デビューについて話してしまい、曖昧な希望だけを与えてしまうことに抵抗があるので言わなかったのかもしれません。

ですが、それと同等位にいつデビューできるかわからない、先の見えない不安も辛いものがあるのです。

どちらが良いかはケース・バイ・ケースですが、不安そうなメンバーの表情を見ていれば今の選択は良くなかったのでしょう。

只でさえコミュニケーション不足が懸念されているのに、ここで更なる溝を作ってしまえば以前の二の舞になる可能性は高く、そうなれば今度こそこの不器用すぎる後輩は人間として壊れてしまうかもしれません。

そんな未来は、ハッピーエンド至上主義の私が許せるわけがありません。

ということで、私は事務的報告だけで済ませようとしている武内Pの腹部へ極限まで手加減をした拳を叩き込みます。

油断しきっていた武内Pは、私の拳を受けて顔を顰めてよろめきました。

 

 

「わ、渡さん!いったい何を!」

 

「アイドルを不安にさせてどうするんですか‥‥思いやることは大切ですが、時には言葉にしないと伝わりませんよ」

 

 

もう、どうして私がこう説教くさいことを言わねばならないのでしょうか。

チートによって技術関係は完璧超人ではありますが、私の内面はごく一般的な小市民ですから人様に偉そうに説教できるほど出来た人間ではありません。

私が行っている事が全て正しい、お前は間違っていると断言できるテンプレートな説教型オリ主だったり、自らの感情のままに振舞えた黒歴史時代だったりしたら、こんな思いをしなくて済むのでしょうが。

だったら、介入しなければ良いのにとも思いますが、それは出来ません。我ながら面倒くさい事この上ない性格をしていると思います。

 

 

「ですが‥‥確定していない事を伝えてしまって、期待させてしまうのは正しい事なのでしょうか」

 

「さあ、わかりません」

 

「わかりませんというのは、無責任ではないでしょうか」

 

 

どうやら、私の返答に武内Pは怒っているのか語気が多少荒くなっています。

 

 

「それを決めるのは、きっと私ではなくここに居るメンバー皆だと思いますよ」

 

「「「「「‥‥」」」」」

 

 

十人十色、人間は誰一人として全く同じ存在が居ないのですから、その選択が正しいと思うかどうかは本人の心次第でしょう。

武内Pは不確かな情報で曖昧な希望を与えるのは正しくないと判断し、私はメンバーの表情から微かでも灯る希望の光を与えるのが正しいと判断した。

結局、何が正しいか問うのを決めるのは答えの見えない禅問答と同じで、自己満足のぶつけ合いにしかなりません。

 

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

「この私がサポートするんですよ‥‥シンデレラ・プロジェクトには全員トップアイドルになってもらいます」

 

 

ちょっと格好を付けすぎている気がしますが、これくらい強く背中を押してあげなければ、自分を無口な車輪と思い込んでいる魔法使いは一歩踏み出せないでしょう。

 

 

「ねぇ、プロデューサー‥‥みく達は、ちゃんとデビューできるの?」

 

 

先程まで不安そうだった前川さん達の表情に明るさが取り戻されます。

卑怯かもしれませんが、このような状況を作ってしまえば武内Pは段階的デビューのことを言わざるを得ないでしょう。

この選択が100%正しいとは言いません、私はただシンデレラ・プロジェクトのメンバーに笑っていて欲しくて、コミュニケーション不足による武内Pと不和を生じさせたくないだけだったのですから。

私もここまでしたのですから、相応の責任は果たすつもりです。

とりあえず、後日でも武内Pにユニット構成の具体案と方向性を聞いて、それを元に上層部を納得させられるだけの戦略を色々と纏めておきましょうか。

 

 

「‥‥はい。まだ確定しているわけではありませんが、新田さん達や島村さん達を第一弾とし、そこから第二弾、第三弾と段階的にユニットデビューしていただく予定です」

 

「安心してください。武内Pが頑張ってくれていますから、ほぼ8割方纏まっています」

 

 

本当に自分の功績を語ろうとしないので、私からばらしていきます。

ちゃんとデビューさせるのはプロデューサーとして当然の事と考えていて、新人アイドルの企画をここまで持ってきた自身の手腕について評価が低すぎて困りますね。

貴方の同期には、シンデレラ・プロジェクトの半分以下の新人をデビューさせるのにも苦労している人だって居るんですよ。

恐らく、その原因はあの1件が深く関わっているのでしょう。

 

 

「‥‥もう、それなら早く言ってよぉ」

 

「良かったですね、ミク」

 

「うん!」

 

 

自分たちがちゃんとデビューできることを知って、前川さんは安堵したその場に座り込みました。

いつの間にか隣に来ていたカリーニナさんも自分のことのように嬉しそうな笑顔で、前川さんの肩に手を置きます。

 

 

「もう、そういうことはちゃんと言ってよぉ!心配したんだよ?」

 

「隠し事はよくないって、ママも言ってたよ?」

 

「すみません」

 

 

城ヶ崎妹さんと赤城さんにそう言われて深々と頭を下げる姿は、実直さが良く現れているとは思いますが、娘のご機嫌をとろうとする父親にしか見えません。

将来ちひろか楓か、それとも別の誰かと結婚して子供ができても今のように不器用なままなのでしょうね。

 

 

「うげ、じゃあ杏もデビューするのか‥‥」

 

「ええ、私を超える位のアイドルになってもらいますよ」

 

「そんな無理ゲーには、挑戦したくないなぁ‥‥」

 

 

アイドルデビューできるとみんなが騒ぐ中、1人だけ微妙な表情を浮かべていた双葉さんに私は自身の望みを伝えます。

私を越えるトップアイドルになるのを端から無理ゲーと諦めるのはいただけませんね。

双葉さんは普段こそやる気のない風を装っていますが、秘められたポテンシャルはかなり高くシンデレラ・プロジェクト内でもトップ争いが出来る逸材です。

いわゆる天才型という奴なのでしょうが、磨きをかければ更なる高みを目指せるのですから、自分のペースでもいいので頑張ってもらいたいですね。

それと、PR動画の撮影時に仕事をサボろうとした件で、ちょっとオハナシしましょうか。

まあ、それはさて置き、今はシンデレラ・プロジェクトのこれからに明るく平和な未来があることを切に願いましょう。

 

 

 

 

 

デビュー騒動は悪い方向には転ばず、みんなの笑顔も守れたのでより良い(ベター)な選択ができたのではないかと思います。

しかし、少女達に夢を見せた責任は取らないといけないので、シンデレラ・プロジェクト全員がデビューできるまで色々と頑張りましょうか。

という強い決意を胸に抱きながらも、私が現在いるのは屋上にある庭園内の喫煙所近くのベンチでした。

お昼前のこの時間帯は庭園を訪れる人も少なく、またアイドル等未成年者の出入りが多い為喫煙所は少し外れた位置にあるので人目がつかない穴場となっています。

お酒はそれなりに飲みますが、タバコは一切吸わないので本当にのんびりと青い空を眺め続けます。

今日中に処理しなければならない案件は終わらせてありますし、本当に緊急性の高いものが舞い込んできたなら部下達から連絡があるでしょうから、もう少しここでのんびりさせてもらいましょう。

ただ何となく、今日はそんな気分なのです。

 

 

「隣、いいかな?」

 

「ご自由に」

 

 

最近肩身が狭くなっている喫煙者の1人が、社内に残された数少ないオアシスを求め私の隣へとやってきました。

 

 

「吸ってもいいかい?」

 

「それも、ご自由に」

 

 

ここは喫煙所なのですから別に断りを入れなくても構わないのですが、律儀に断りを入れてくれるのは私の喉等を慮ってのことなのでしょう。

私が了承すると、どこか忙しなさを感じる動作でタバコを取り出して咥え、火をつけると深呼吸をするようにゆっくりと吸い込み、満ち足りた表情で紫煙を吐き出します。

 

 

「いやぁ‥‥のんびりとしながらの一服は堪らないね」

 

「再び増税の兆しがあるそうですから、これを機に禁煙してみたらどうですか」

 

「馬鹿言っちゃいけないよ。人間、楽しみを無くしてしまったら生きていけないさ」

 

 

紫煙がそよ風に揺られ私のほうへと漂ってきます。

副流煙の方が健康を害する可能性が高いと言われていますが、分煙が進んでいる昨今ではそこまで頻繁に吸う機会はないでしょうから、特別過敏になることはないでしょう。

タバコ独特の香りは、好き好んで嗅ぎたいとは思いませんが、こうして偶になら悪くないとも思えてしまいます。

 

 

「で、こんな所で油を売っていて良いんですか。今西部長?」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。渡係長?」

 

 

特に何かが面白かったわけではないですが、私と昼行灯はしばらくの間静かに笑いました。

どうせ、この昼行灯のことですから文句がつけられない程度に仕事を進めていて、残りの面倒くさそうな部分を適任者に投げてきたのでしょう。

質の悪いことに投げられた相手はそのことにも気がつかず、自分の仕事としてそれを処理するのです。

まあ、完全な押し付けではなくその投げられた相手にも関わる事であり、色々なスキルアップになったり、理解を深める切欠になったりするので、本当に腹立たしいですね。

私が個人技の頂点なら、昼行灯は人使いの達人でしょう。

 

 

「やるべきことは殆ど終わらせていますよ」

 

「流石は渡君だ。実に優秀だね。

無理を通して君を彼の補助につけた私の采配は間違っていなかったようだ」

 

「それは、どうも」

 

 

優秀だとほめられるのは素直に嬉しいのですが、この昼行灯相手に油断しているとどのような無理難題を押し付けられるかわかったものではありません。

その言葉の裏に秘められた真意を見抜かなければ、また変な仕事を回されるに違いありませんから。

 

 

「シンデレラ・プロジェクトに生まれかけていた不和を上手く処理したみたいだね」

 

「耳の早いことで」

 

 

デビュー云々の一件があってからまだ2時間も経っていないというのに、いったいどういった情報網を持っているのでしょうか。

 

 

「彼が直接報告しに来てくれたからね」

 

「なるほど」

 

 

一応昼行灯はシンデレラ・プロジェクトの最高責任者を務めていますから、当事者本人から報告を受けていてもおかしくありませんね。

なんだか深読みし過ぎて自滅したような感じです。

こういった単純な事や私でも計り知れない奇策等を上手く使い分けるから、謀略関係では敵う気がしません。

 

 

「ですが、処理したわけではありませんよ。先延ばしにしただけです」

 

 

何も見えない暗闇に微かな希望の光を灯しただけで、それに行動が伴わなければその光は容易く消え去ってしまうでしょう。

それまでにメンバー達と良好な関係を作り、デビュー態勢を整えなければ、何かしらの形で爆発してしまうに違いありません。

そうならないように最大限努力するつもりですが、難しいお年頃の少女達相手ではこちらが良かれと思った行為が悪い結果に繋がってしまうことも多々ありますから、慢心はできないでしょう。

一度、メンバー全員と武内Pを1対1で面談させて、なかなか言い出しにくい心情を全て吐露させてみたらいいかもしれませんね。

ですが、それでは緒方さんのような気の弱い娘は更に負担になる可能性もありますし、何より武内Pが上手くコミュニケーションを取っている光景が思い浮かびません。

これは保留にしておきましょう。

 

 

「それでもさ。君の稼いだ猶予で何かが変わるかもしれないよ」

 

「そうでしょうか」

 

「まあ、こればっかりは起きてみなければわからないけどね」

 

 

それには同意します。

未来視のようなチートがあれば違いますが、生憎現実世界にはそのような便利なスキルを習得している人はいませんので、私も持っていません。

持っていたとしても使う気はありませんけどね。

確定した未来を知り、最適解を選べるのは優越感に浸れるかもしれませんが、次第にそれは作業と同じになり苦痛でしかなくなるに違いないでしょうから。

未来なんてものは、必死に模索するくらいが丁度いいのです。

 

 

「で、本題は何でしょうか」

 

 

この昼行灯が、こんな綺麗な感じで物事を終わらせるはずがありません。

きっとギャグマンガみたいに全てを台無しにしてしまうような落ちを用意しているのでしょう。

 

 

「おやおや、心外だねぇ」

 

「御託はいいです」

 

「まったく‥‥察しが良くて助かるような、面白みがないような」

 

 

そう言って昼行灯は持っていた茶封筒を渡してきました。

嫌な予感を覚えながら茶封筒を開き、中に入っていた書類の内容を確認します。

どうやら基地祭後に、何故か再検討の為に先延ばしにされていた私のMVについての資料のようですね。

最初は『哀愁帯びた和風もの』というコンセプトが、何処をどう再検討したら『仮想戦国演武』という虚刀流を前面に押し出した内容に変更されるのでしょうか。

 

 

「どうだい、気に入ってくれたかい?」

 

 

いたずらが成功したような笑顔を浮かべる昼行灯は、腹立たしい事この上ないですね。

これは私に対する明確なる宣戦布告行為と見做して構いませんよね。よろしい、ならば戦争(クリーク)だ。

一段落つく、従容自若、先制攻撃

こいよ、昼行灯。平和なんか捨てて掛かってこい。

 

 

 

 

 

 

時には新しい店にでもと思わないでもないですが、悩んでいるうちにやっぱりいつも通りに落ち着いてしまう。

私達の心の拠り所である妖精社は、今日も密かに繁盛しています。

さて、いつもであれば暢気に美酒美食を心行くまでに楽しむところなのですが、今回はそうできそうにありません。

本日私の前には、なにやら思いつめたような表情をした新田さんがいます。

昼行灯を懲らしめ、部下達の余っていた業務を手伝ったりして、久しぶりに定時上がりで飲みに行こうと思っていたら、深刻そうな表情をした新田さんが現れて『御相談があるんですが、お時間よろしいでしょうか』と言われ今に至ります。

ここならば人目も少ないですし、他の客も秘密を厳守できるような口の堅い人が多いので最適でしょう。

かなり真面目そうな相談なので、流石にお酒を飲みながらとはいかないので温かいお茶で我慢します。

頼んでいた料理も粗方来たようですし、そろそろ人類の到達点による相談室を始めましょうか。

 

 

「さて、料理もきましたし。早速相談とやらを聞かせてもらえますか?」

 

 

黒歴史時代の所為でそれなりに波乱万丈な人生を過ごしてきましたから、人生経験は豊富ですし、そこそこ力にはなれると思います。

武内Pは異性ですし何かと相談しにくい事もあるでしょうから、そういった所を埋めるのも私とちひろといったサポート役の仕事でしょうね。

何を悩んでいるのかは、凡その当たりはついていますから答え合わせを待ちましょう。

 

 

「‥‥どうして、私が選ばれたんでしょうか?」

 

 

やっぱり、そこでしたか。

予想通りの相談に、私はどう対応したものかと頭を悩ませます。

相談内容の予測は出来ていても、こういった相談事の正答は性格や悩みの焦点によって違いますし、完璧な対応を事前に準備しておくのは中々難しいでしょう。

実力やユニットのバランスを総合的に判断した結果ですと答えても新田さんは納得してはくれないでしょうし、どうしましょうか。

 

 

「新田さんは、自分が選ばれるのは予想外でしたか」

 

「はい‥‥特に、アーニャちゃんはみくちゃん達と組むと思ってましたから」

 

 

新田さんの予想通りに前川さんとカリーニナさんのユニットを考えていた私には、否定の言葉を口にすることはできませんでした。

そんな私の無言をどう思ったかは知りませんが、新田さんは言葉を続けます。

 

 

「それに、今回の5人の中で私だけが舞台経験がありませんし」

 

「自信がありませんか」

 

「そうですね‥‥そうなのかもしれません。アーニャちゃん達にあるものが、私にはない。

何にもないから不安になるのかもしれませんね」

 

 

たった一回の経験と未経験の差は、あまりないようで思っている以上に大きいですからね。

今回選抜された5人のうち自分以外の4人が既に舞台を経験済みで、自分1人だけ未経験なのは不安でしょうし、相談もしにくいでしょう。

何もないから不安になる。それはチートによって他人の強さを纏っている私には、痛いほどにわかります。

今の立場は全て見稽古という人の枠に収まりきらぬ強力過ぎる能力によって築かれたものですから、それがなければ私にはきっと何も残りません。

私には、何にもない。誰かの強さを纏っていなければ、存在すら出来ないくらいに何もないのです。

 

 

「仕方ありませんよ、新人アイドルが初舞台に不安を感じるのは当然のことです。私だって、そうでしたし」

 

「え‥‥」

 

 

俯き気味だった新田さんが驚いたように顔をあげました。

 

 

「意外ですか、私が不安を感じるのは?」

 

「え‥‥えと‥‥はい、七実さんはそういったものを感じたことないだろうなって思っていました」

 

「誰に言っても信じてもらえませんが、私は思ったよりも小心者ですよ。ただ、人よりそれらを隠す術に長けているだけです」

 

 

自身がそうであると何人にも正直に話したことはありますが、信じてもらえたことはありません。

動揺を表情に出さないようにチートで押さえ込んだりしているので動じていないように思えますが、意外と内面はてんやわんやしていたりします。

意図的にそうしているので、そう思われないことは仕方ないと理解していますが、周りの人間から私がどう見えているのかが偶に気になります。

 

 

「‥‥七実さんは、その不安をどうしているんですか?」

 

「私にはちひろがいます。頼もしいものですよ、隣に誰かがいるというのは」

 

 

初舞台の時は繋がれた手から勇気をもらいました。

あの時のちひろの手のぬくもりは今でも覚えていますし、恐らく生涯、また転生したとしても忘れることはないでしょう。

 

 

「それに‥‥」

 

「それに?」

 

「見てみたくありませんか。自分が今までに見たことのない全く新しい世界の景色を。

冒険して、不安を乗り越えた先に見える世界は、癖になるほど刺激的ですよ」

 

 

舞台裏から画面を通して見る客席と実際に舞台に立って見る客席の様子は、次元が違うと思えるくらいの差がありました。

2X歳という遅すぎるデビューという冒険をした先にあったステージから見えた新世界は、どうしようもないくらいに私を魅了し虜にしてくれました。

でなければ、私はこれ程熱心にアイドル活動をしていないでしょう。

 

 

「私にも、見ることが出来るんでしょうか」

 

 

言葉だけでそう簡単に人の不安は払えたりしないでしょうから、最後の一押しといきましょう。

私は立ち上がってテーブルの反対、つまりは新田さんの横に移動します。

 

 

「七実さん?」

 

 

突然隣に移動してきた私に困惑する新田さんの頭を優しく撫でてあげます。

シンデレラ・プロジェクトにおいては最年長ですから、あまり他のメンバーに弱いところを見せることができなくて色々溜め込みそうですね。

無理をしすぎてしまわないようにこうして甘やかしてあげて、誰かに頼ってもいいのだと教えてあげなければ、気負いすぎていつか倒れてしまいそうです。

新田さんが私のように一般的な無理が無理の範疇に入らないようなチートボディを持っているのなら話は別ですが、サークル活動でラクロスをしているだけの普通の女の子なので、無理はそのまま負担となるでしょう。

見た目通りのサラサラとした指通りのいいやわらかい髪質をしていて、しっかりと手入れがされているのが良くわかります。

 

 

「え?ええ?七実さん!?なんで、急に私の頭を撫でるんですか!?」

 

「大丈夫です。心配しなくても、きっと新田さんにも見えますよ」

 

「‥‥ありがとうございます」

 

 

今回の相談だけで不安を全て解消できたとは思えませんから、これから注意しておきましょう。

告げ口をするみたいであまり気は進みませんが、一応武内Pにも報告しておかなければならないでしょうね。

私も自身の業務やアイドル業がありますから、こうしていつもサポートに回れるわけではありませんし、シンデレラ・プロジェクトを統括しているのは武内Pなのでメンバーの状態把握は重要でしょう。

 

 

「それに、大人に甘えられるのは子供の特権ですから。もっと頼っていいですよ」

 

「‥‥私、もう子供じゃないですよ」

 

 

そういった台詞が口に出る時点で、まだまだ子供ですよ。

それにまだ人生の甘いも酸いも禄に経験した事のない学生のうちは十分に子供の範疇でしょう。

新田さんの誕生日は7月でしたね。その時になったら、またここにこうして連れてきてお酒の嗜み方でも教えてあげましょうか。

飲み方を知らずに飲み会に参加してしまうと、よからぬことを考える輩に酔い潰されてお持ち帰りされる可能性もありますから。

もし、そんなことになったら、そのよからぬ行動を起こした人間は私が存在するこの世に生まれたことを未来永劫後悔させてあげますけど。

 

 

「さて、食べましょうか。このままでは冷めてしまいます」

 

「はい」

 

 

真剣に相談には乗っていましたが、やはりどうしても健啖家である私は冷めゆく料理の方も気になって仕方がなかったのです。

あたたかさは美味しさを構成する重要な要素の1つであり、出来立てのあたたかさは調味料にも勝る最高の味付けですから。

ということで、早速食事を開始しましょうか。

今回私が注文したのは焼き鮭です。見るからに食欲をそそる美しい焼き色が付いた皮目は、私を誘っているかのようですね。

箸を入れると簡単に裂ける完璧な焼き加減の身の部分は、ご飯の上に載せることで純白と薄紅色による紅白のコントラストが実に美しいです。

そして、それを口に含んで噛んでいくとご飯の甘味と少しきつめに利かせてある鮭の塩気と口のなかで溶け出してくる脂が混ざり、もう天上の味ともいえる味わいでした。

お米と魚が美味しい島国、日本に生まれてよかったと心底思います。

同じ島国でも、メシマズ世界一として知られる某国に生まれでもしていたら、私は色々と絶望していたかもしれません。

次に焦げ目の付いた皮を一口、余計な水分が飛んでぱりぱりとした食感は口に楽しく、身とはまた違った鮭の魅力を伝えてくれます。

焼き鮭でしばらくご飯を食べ進め、それぞれ半分ほど食べ進めたところで自家製味噌の素朴な味わいの味噌汁を啜れば、十分すぎる御馳走ですね。

新田さんも最初はとてもゆっくりでしたが、妖精社自慢の料理を食べる度に笑顔が取り戻され、今は食に没頭しているようです。

人間どんなに悩んでいても、美味しいご飯を食べれば少しは元気が出ますから。

さて、ある程度元気を取り戻した新田さんにとある未来学者(フューチャリスト)と呼ばれたこともある、ユダヤ系オーストリア人の経営学者の名言を送るなら。

『未来についてわかっている唯一のことは、今とは違うということだ』

 

 

 

 

 

 

 

翌日、武内Pに新田さんの件を報告するついでに、虚刀流を前面に押し出したMVについて変更を嘆願して却下されるのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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