チートを持って転生したけど、同僚馬鹿ップルが面倒くさい~2X歳から始めるアイドル活動!?~   作:被る幸

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今回から、しばらくアニメ3話のライブまでの日々が続くと思われます。
なので、フライドチキンまではしばらくお待ちください。


アイドルを信じよ。しかし、その百倍も自らを信じよ。

どうも、私を見ているであろう皆様。

人間讃歌を謳いたい魔王という新たな黒歴史を人生に刻み、麗さんの悪意としか思えない演技力資料という名目でそれを親しいメンバーに公開されてしまいました。

麗さんは上層部からの圧力を受けたと言っていましたが、その上層部の人間と思われる昼行灯は成敗しておきましたので、これ以上の拡散は無いでしょう。

心優しい島村さんは『カッコイイです』といってくれましたが、瑞樹達なんかは大爆笑してくれやがりましたので、全員痛めない程度で関節技(サブミッション)を極めておきました。

そんなことがあった数日ではありますが、現在シンデレラ・プロジェクトではある問題が起きています。

遅れてやってきたはずの島村さん達の3人が、いきなりバックダンサーとしてライブに出るのは納得できないというもので、その中心となっているのは前川さんです。

アイドルというものは水物で、波が来たら一気に進むことが多く、今回のバックダンサーを足掛かりに3人のデビューが決まる可能性もあるでしょう。

それがわかっているからこそ、1ヶ月近く前から346プロで訓練を積んできて3人よりも実力があるという自負があるからこそ、認めることができないのだと思います。

私やちひろのようにアイドルデビューをしたのが社会人になってからであれば、このようなことは一度くらい経験したことあるでしょうから割り切れるのですが、同様の諦めに似た割り切りをアイドルに夢を見る少女達に求めるのは酷な事でしょう。

私が積極介入して事態を収めるのも可能かもしれませんが、それではシンデレラ・プロジェクトや武内Pの為になりませんから最悪の事態一歩手前になるまで静観する事にします。

ぶつかり合う事でお互いを理解できる事もありますし、只仲が良いだけが仲間ではありません。

前川さんも人、島村さん達も人、故対等であり、平等です。そして、互いに異なる思考を持ち合わせているからこそ、面と向かって言葉を交わしあう必要があるのです。

喧嘩になるかもしれない、空気が悪くなるかもしれない、そんなことに怯えて表面上だけを取り繕ったアイドルグループに何の意味があると言うのでしょう。

その覚悟を持って進んだ先にこそ、白紙だった切符に輝ける舞台へという未来が刻まれるのです。

ちょっと熱くなり過ぎてしまったみたいですね。

冷えたお茶でも飲んで落ち着くとしましょう。

 

 

「さて、そろそろ時間ですね」

 

 

時計を確認し、自分の仕事スペースから雑誌の取材等も可能なように個室化してある簡易応接室へと移動します。

部下にお茶とお茶菓子の用意を頼む事も忘れません。

私が自分でしてもいいのですが、湯飲み等が納められている茶器棚は部下達が死守しており、触らせて貰えないのです。

それくらい自分でやるといったこともあるのですが『これくらいの雑事は任せてください』という意見に押し切られてしまい。

現在では、私の仕事場において唯一私が把握できていない未開拓領域、または部下達の聖域と化しています。

一応仕事においては優秀な子達ですから、仕事の失敗等を隠したりしてはいないと信頼していますから、今後も茶器棚に触れることは無いでしょう。

仕事の資料を確認しながらそんなことを考えていると応接室の扉がノックされました。

時間は予定時刻の3分前、社会人であればもう少し余裕をもった行動を心掛けて欲しく思いますが、アイドルの仕事は不安定なので、時間前に到着しただけ良しとしましょう。

 

 

「どうぞ」

 

「「し、失礼します」」

 

 

入室を促すと、呼んでいた2人が緊張した面持ちで入ってきました。

普段は明るく、元気一杯な彼女達なのですが、私ってそんなに威圧感を出してしまっているのでしょうか。

とりあえず話を進めるためにもソファに座ってもらって寛いでもらう事にしましょう。ガチガチに堅くなった状態では建設的な話もできませんし。

部下が持ってきたお茶とお茶菓子で一息ついてから、仕事の話に入ります。

 

 

「よく来てくれました。姫川さん、輿水さん」

 

「は、はい!あっ、でも紗枝ちゃんの方は仕事で」

 

「勿論把握しています」

 

 

輿水ちゃんと姫川さんは、小早川さんを含めた三人で『KBYD(カワイイボクと野球どすえ)』という、ひょっとしてそれはギャグで言っているのかと突っ込みを入れたくなる名前のユニットを組んで最近デビューしました。

いつでも自信満々で素晴らしいリアクションをしてくれる輿水ちゃんにハイテンションで元気一杯なムードメーカーの姫川さん、2人とは少し違う位置から絶妙なコメントをしてくれる小早川さんと名前の割にはバランスが良く、既にそれなりの知名度が出始めています。

特にバラエティ系の番組におけるその爆発力は非常に高く、現在でもいくつかの番組から出演依頼の打診が来ています。

今日は小早川さんに呉服メーカーのポスター撮影の仕事が入っているので、この場に来ることはできませんでした。

 

 

「友紀さん、こういった時は苗字で呼び捨てが基本ですって!」

 

「あっ、しまった!すみません!」

 

 

姫川さんはもう未成年ではないのですから、年下の輿水ちゃんからその点について指摘されるのはどうかと思うのですが、小姑のように口喧しく言うつもりはありません。

他社からクレームが出てきた場合は検討する必要があるかもしれませんが、そうでなければ無理に修正させる必要はないでしょう。

特に私に対しては、もっとフランクな感じで接してくれて構いません。寧ろ、推奨します。

 

 

「いえ、御気になさらず。他社の人の前ならいざ知らず、同じプロダクションに所属する人間ですので砕けた感じでも構いませんよ」

 

「ありがとう!いやぁ、堅苦っしい喋り方って苦手でさあ」

 

「友紀さん!いくらなんでも砕け過ぎです!」

 

「構いません」

 

 

今回は仕事の話もメインですが、それと同じ位私には重要なミッションがあります。

それは、輿水ちゃんとの間にできてしまった距離を限り無く近づけるということです。

人間関係は複雑ですから最初から元通りにできるという幻想は抱いていませんので、今後の会話の切欠となるくらいのもので構いません。

切欠が0と1では、できることが大きく変わってきますから。

職権乱用と思われてしまうかもしれませんが、輿水ちゃんたちは仕事が回ってきて、私は関係修復に努める事ができるという、まさにwin-winな関係といえるでしょう。

それに今回回そうと思っていた仕事は、私よりも姫川さん向きだと思いますから適材適所といえます。

 

 

「とりあえず、今回の仕事の資料です。まずは、目を通してください」

 

「「はい」」

 

 

2人に資料を渡して読んでもらいます。

輿水ちゃんは14歳ですし、いろいろとわからないことも多いでしょうから、わかりやすく纏めておくという配慮も忘れません。

姫川さんはこういったものを読むのが苦手なのか最初は嫌そうな顔をしていましたが、書いてある内容を理解するともの凄い速さで資料の隅々まで読み込みだしました。

その様子を見て、この仕事を姫川さんに回そうと思ってよかったと思えます。

 

 

「こ、これ、本当ですか!?」

 

「はい」

 

「やらせてください!お願いします!」

 

 

ソファから立ち上がった姫川さんはそのまま土下座でもしてしまうのではないかという勢いで頭を下げてきました。

輿水ちゃんはそんな姫川さんを見て『良かったですね』と優しい笑顔を浮かべています。

何だか少し見ない内に輿水ちゃんが成長しているみたいで、ちょっと寂しいですがそれを上回るくらいの嬉しさがあります。

これが子供の成長に気が付いたときの親の心境なのでしょうね。

 

 

「気に入ってくれて何よりですが、落ち着きましょう。受けてくれるということで、構いませんね?」

 

 

断られることは無いとわかっていますが、輿水ちゃんもいますから一応最終確認をしておきます。

 

 

「「はい!」」

 

「では、この5月にある『キャッツ対ライガース』の試合の始球式についてはKBYDに回しますので、その後の動きはプロデューサーを通して確認してください」

 

「ありがとうございます!」

 

 

感極まったのか、姫川さんは私の手を取り激しく上下に振り出しました。

下手をすればやられるほうの関節を痛めてしまいかねない激しい上下運動ですが、私の体にダメージを与えられるほどのものではありませんし、彼女なりの感謝の気持ちの表現なのでしょうからされるがままにしておきます。

プロフィールの備考欄にキャッツが大好きだと野球愛を書いていましたので喜んでくれるとは思っていましたが、これ程とは思いませんでした。

ですが、ここまで喜んでもらえると悪くないどころかこちらまで嬉しくなってきますね。

 

 

「よぉ~~し、さっちん!今日から特訓だぁーーッ!!」

 

「えっ、それはボクもですか!?」

 

「さっちん握力とか殆ど無いじゃん!この機会に、あたしが鍛えてあげる!」

 

「大きなお世話です!かわいいボクにこれ以上力は要らないんです!」

 

 

346プロでは各アイドルの身体能力を把握する為に、凡そ3ヶ月に1回くらいの周期で学校でやるような体力測定を実施します。

輿水ちゃんも最近それをやったらしいのですが、握力が両方ギリギリ2桁に到達する数値だったのでいろいろとネタにされているそうです。

ちなみに私は各種目での346プロの新記録をそれまでの1位を大きく離して更新した記録保持者(レコードホルダー)ですよ。握力も3桁ありますし。

 

 

「ええぇ~~~!いいじゃん、あたしとバッテリー組もうよ!」

 

「い~や~です。友紀さんの球なんて受けたら、ボクのかわいい手が腫れますから!」

 

「手加減!手加減するから!」

 

 

ここが応接室である事を忘れて楽しそうにしている姿は、見ていて和みます。

シンデレラ・プロジェクトのメンバー達も見ていて和むのですが、それはそれ、これはこれで良さが違います。

子犬とかが無邪気にじゃれあっているみたいで、思わず笑みがこぼれてしまいますね。

 

 

「あっ‥‥」

 

 

私が笑ったのがそんなに驚くべき事だったのか、輿水ちゃんは姫川さんとの会話をやめ、何か考え始めました。

笑ったことが気に触ったのでしょうか。本来であったらこれから距離を詰める為、食事にでもと誘う予定だったのですが、諦めなければならないかもしれません。

せっかく作った仲直りのための道筋を自分自身で台無しにしてしまう、迂闊さを殴りつけたくなります。

仕方ありませんが、今回は諦めましょう。

幸い、私達はアイドル同士ですから、今後仕事で競演することがあるかもしれませんし。

諦めにも近い思い感情に支配されていると、輿水ちゃんが何か覚悟を決めた表情で私を見てきました。

 

 

「もう、わた‥‥‥‥七実さんは、何を見ているんですか。かわいいボクがピンチなんですよ、助けてくれないと困ります」

 

「‥‥えっ」

 

 

これは夢じゃないですよね。何処かにドッキリのプラカードを持ったスタッフとか居ませんよね。

もし居たら、魔王降臨も已む無しですが。

反響定位や聴勁で周囲に潜む人間が居ないか確認しますが、返ってくる反応は白ばかりです。

ということは、この輿水ちゃんの対応はやらせ等ではなく、輿水ちゃん自身の意志によるものという事と考えてもいいのでしょうか。

 

 

「そうだ、友紀さん。そんなに練習したいなら七実さんと一緒にすればいいですよ!何せ、人類の到達点ですしね!」

 

「そりゃ、名案だよさっちん!人類の到達点が居たら、あたしのチームは最強になるよ!」

 

「‥‥いやいや、私は参加するとは一言も」

 

「かわいいボクのお願いですよ‥‥聞いてくれないんですか?」

 

 

その上目遣いは卑怯。本当に卑怯でしょう。

輿水ちゃんとの関係修復を図りたいと思っていた私に、この申し出を断れるわけがありません。

何だか心がとてもあたたかく、満ち足りています。

今なら、人類最速ピッチャーのチャップマンの記録を上回る剛速球すら投げられるでしょう。

 

 

「わかりました。仕事の合間で時間が有るときだけですよ」

 

「よっしゃあッ!ナイスさっちん!」

 

「当然です。かわいいボクに不可能はありません!どんな困難でもすぐに乗り越えられるんですから!」

 

 

そういって、いつものようにドヤ顔を浮かべる輿水ちゃんは、何かを乗り越えたような自身に溢れていて可愛らしさの中に、確かな強さを秘めていました。

きっと輿水ちゃんは平和のために天から使わされた天使に違いありません。

 

 

 

 

 

 

輿水ちゃんたちと満ち足りた昼食を終えた後、私は溢れ出る嬉しさを心のうちに押さえ込むことに苦労しながらシンデレラ・プロジェクトのメンバー達がいるレッスンルームへとやってきました。

対立については介入しませんが、島村さん達の本番までの時間は決して長いとはいえないので少し梃入れは必要でしょう。

城ヶ崎姉さんのソロ曲である『TOKIMEKIエスカレート』は見稽古済みなので、少しくらいアドバイスはできます。

いきなりの大舞台でアイドルに絶望してもらいたくありませんし、私は結構な完璧主義者ですからサポートする以上は及第点レベルでは困ります。向上心の無いアイドルに未来はありません。

ロッカーでウェアに着替え、レッスンルームの扉を空けます。

 

 

「私の選択は、こっちです!」

 

「にゃああぁぁ~~~~!!」

 

「しまむーの勝ちだね、みくにゃん!」

 

 

私の目に飛び込んできたのは、床に座り込んでばば抜きに興じているメンバー達の姿でした。

全員が揃っているわけではなく、赤城さん、城ヶ崎妹さん、双葉さん、諸星さんの4人の姿はありません。

ライブ参加が決まった3人以外は毎日レッスンしているわけではありませんから、今日はオフとなっています。

同じようにオフになっている前川さんやカリーニナさんが来ているのは、やはりバックダンサーの件があるからでしょう。

前川さんは断固として認めていない派ですが、カリーニナさんはどちらかと面白そうだから参加しているだけのような気がします。

しかし、何故ばば抜きをしているのでしょう。まだ休憩中ですから、息抜きか何かでしょうか。

 

 

「あっ、七実さま!見てください、私勝ちました!」

 

 

トランプを手に持ったまま、勝利を喜ぶ島村さんの姿は子供らしくて見ていて和みます。後で、頭を撫でてもいいでしょうか。

それとは対照的にジョーカーを握り締めたまま床に突っ伏した前川さんは哀愁溢れていて慰めてあげたくなります。

 

 

「これで1対1、引き分けですね」

 

「くっ、まさからんらんがスピードであんなに強いなんて‥‥」

 

「その呼び名はやめよ!(その呼び方はやめてください!)

我が瞳は漆黒と深紅の切り札の全てを見通す。瞳を持たぬものには負けぬ!(私、トランプとか得意なんです。だから、負けませんよ!)」

 

「ねぇ、まだ続けるの」

 

 

前川さん、カリーニナさん、神崎さん対島村さん、渋谷さん、本田さんの3人チームで戦っているらしく、現在は1対1の引き分け状態であり、これから最後の決戦が行われるようです。

観客の緒方さん、新田さん、三村さん、多田さんの4人はその様子を楽しそうに眺めながら三村さん作と思われるチョコケーキを食べていました。

 

 

「アーニャちゃん、頑張って!」

 

「あの‥‥渋谷さんも、頑張ってくだ‥‥さい‥‥」

 

「カードで運命を決める。なかなかロックじゃん!」

 

「もう、李衣菜ちゃん。こぼしてるわよ」

 

 

 

さて、この事態をどう収めたものでしょうか。

結構本気でこのまま回れ右をして仕事場に戻ってしまおうかとも考えています。

しかし、このまま投げ出して逃げてしまうのはサポート役としてはどうかと思われますから、何とかするしかないでしょう。

 

 

「これは、いったい何事です」

 

 

とりあえず、現状の把握が先決ですからこの中で一番落ち着いて状況を説明してくれそうな新田さんに話を聞きます。

 

 

「みくちゃんが『ライブの出演をかけて勝負にゃ』って言い出して、何故かトランプで勝負する事になったんです。

そしたら、アーニャちゃんや蘭子ちゃんも混ざりだして」

 

 

 

チョコで汚れてしまった多田さんの口元を拭いてあげながら、笑顔で答えてくれました。

どうやら、新田さんは私と同じように人の世話を焼くのが好きなタイプの人みたいですね。

それはさて置き、何故それをトランプなどで決めようと勝負したのでしょうか。

アイドルなら純粋な能力、今回であればダンス力で勝負をすればよいのではないかと思うのですが。

まあ、そうしたら先にレッスンを受けていた分だけ前川さん達のほうが有利ですし、それで勝ったとしても既に決まって衣装の発注も済ませているため変更されることはありませんけど。

 

 

「リン、カードの交換は何枚ですか?」

 

「私は、このままでいいかな。悪くない手だし」

 

素晴らしい(ハラショー)

 

 

どうやら、最終決戦はポーカーとなったようで、カリーニナさんと渋谷さんが真剣な表情で互いの様子を窺っています。

普段は表情豊かなカリーニナさんではありますが、ポーカーフェイスという言葉が似合う一流の勝負師の顔をしていました。

コマンドサンボの事もありますが、彼女の引き出しはいったいいくつあるのでしょう。

観戦していたメンバー達も、その静かに燃え上がる熱い勝負に引き込まれているようですね。

私はそんな様子に微笑ましさを感じながら、盛り上がりをみせる勝負から視線を少し外します。

 

 

「2人共、降りは1回だけ可能だけどどうするにゃ?」

 

「勝負するよ」『勝負です』

 

 

さっきまではあまり乗り気ではなかったはずの渋谷さんもカリーニナさんの気に中てられたのか、かなり真剣な表情で勝負に臨んでいました。

何故か私と同じ黒歴史を刻み、認めたくは無いですが少しだけ現在進行形な同類の臭いがします。

確認したわけではないので本当かどうかはわからないですが、事実なら神崎さんとのユニットかも視野に入れてもいいかもしれません。

厨二病のことは厨二病だったもののほうが理解力も違いますし。

 

 

「私は、K(キング)のスリーカードです」

 

 

公開されたカリーニナさんの手はなかなかに強力なものでしたが、渋谷さんはそれに動揺して顔色を変えることなく自分の手を広げました。

 

 

「残念だったね、アーニャ。私はQ(クイーン)と9のフルハウス」

 

「なんと!」

 

「私の勝ちかな。まあ、悪くない勝負だったよ」

 

 

言い回し的には近いものを感じますが、神崎さんのような邪気眼系ではなく正統派厨二病なくちでしょうか。

今後の言動にも要注意ですね。

三村さんから貰ったチョコケーキを食べながら、頭のメモ帳にそう記載しておきます。

このチョコケーキ、カロリーを恐れずチョコ等をふんだんに使用しているためか風味もよく、ぱさぱさではなくしっとりとした食感がいいですね。

甘さとチョコの苦味のバランスも良く、ついつい次の一切れへと手を伸ばしてしまいそうな魔性の魅力を持っています。

 

 

「これで、2対1。私達の勝ちだね!」

 

「くっ、今日の所はこれくらいで勘弁してやるにゃ‥‥」

 

 

本田さんの勝利宣言に前川さんは小悪党のような捨て台詞を吐きます。

しかし、そんな捨て台詞をいった割にはその表情は悔しさよりも、どこか安堵したように見えました。

 

 

「次は負けませんよ、リン」

 

「いいよ。いつでも相手になってあげる」

 

「人間讃歌の響きを感じる(とてもワクワクしました!)」

 

「はい、人間讃歌です!」

 

 

どうやら、今回の勝負を通して互いに認め合い、切磋琢磨しあえるような良い関係が生まれたようですね。

これなら私が積極介入しなくても武内Pに任せておいても、何事もなく解決することができるでしょう。

後、神崎さんと島村さんはお願いですから『人間讃歌』という単語を連発しないでください。

悪意があって言っているのではないというのは理解しているのですが、その単語を聞くたびに否が応でもあの黒歴史を思い出すことになるのです。

今も床を転げまわりたくなる衝動を何とか押さえ込んでいるの位なのですから。

時計を確認すると休憩時間は過ぎていましたが、それだけの価値がある時間の使い方をしていたので、私は眼を瞑るとしましょう。

 

 

「もうこんな時間にゃ!急いで片付けるにゃ!」

 

「やばいじゃん、トレーナーさんに見つかったらきっと怒られるよね」

 

 

私と同じように時計を確認した前川さん達は慌ててトランプを片付け始めます。

確かに聖さんに見つかったら、大目玉を食らうことになるのでしょう。

ですが、それは杞憂です。何故なら

 

 

「ほう、よくわかっているじゃないか。本田」

 

 

聖さんはポーカーの終盤あたりから、もう居たのですから。

時間通りにレッスンルーム到着し、勝負を中断させようとしたので私がアイコンタクトで止めておいたのです。

今のうちに何かしらの形でぶつかり合っておく必要があると理解してくれ、最後まで見守ってくれたのには感謝していますから今度何か差し入れしておきましょう。

 

 

「と、トレーナーさん‥‥いい、いつから其処に?」

 

「さあ、何時からだろうな。私が入ってきたことにも気が付かないくらい、勝負に集中していたようだな」

 

 

とても綺麗な笑顔を浮かべる聖さんの背後には揺らめく炎が見えました。

その様子にシンデレラ・プロジェクトのみんなは冷や汗を流して、素早く行動し態勢を整えます。

 

 

「さて、いろいろあって開始が遅れてしまったが‥‥しっかり休んだお前達なら、少しくらいハードなレッスンをしても大丈夫だろう?」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

さながら軍隊の下士官と新兵のやりとりみたいではありますが、聖さんは本気で怒っているわけでなく、全く仕方のない奴らだくらいしか思っていないでしょう。

付き合いの短い、シンデレラ・プロジェクトのみんなはわかっていないようですが。

乾坤一擲、雌雄を決する、虎渓三笑

今日のレッスンは、平和とは行かないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

 

いつものビール特大ジョッキではなく、スパークリングワインの注がれたお洒落なグラスを軽く打ち合わせます。

ビールのジョッキとは厚みが違う為鈍く重厚なものではなく、軽やかで澄んでおり、音ですらお洒落に聞こえますね。

飲み物や肴を変えただけで、いつもちひろたちと飲み騒いでいる部屋の様子も変わって見えるのですから、人間の思い込みというものは侮れません。

宝石などと例える事すら憚れる深い色合いに、香りすらも高貴さを感じいつも飲んでいる銘柄もわからないお酒とは立つステージが違います。

味もすっきりとしているのに、確かな力強さがありより爽やかさが際立ちます。

 

 

「美味しいですね」

 

「はい。渡さんが満足されたのなら、幸いです」

 

 

本日は渋谷さんの件のお礼という事で、あのやらかした一件以来に武内さんと2人きりで飲みにきていました。

美味しいものを奢ってくださいとはいいましたが、これほどいいワインを飲ませてくれるとは思いませんでしたよ。

新規プロジェクトのプロデューサーをしているとはいえ、この業界はいろいろと入用になることが多いですから給料が有り余っているわけでもないでしょうに。

しかし、ここで私もお金を出すといってしまえば武内さんの男の矜持を傷つけかねませんので、ここは大人しく奢ってもらう事にします。

男にカッコつけさせるのも、いい女の役目と母も言っていましたし。

 

 

「どうですか、アイドル達との関係は」

 

「やはり、難しいですね。今回の件でも、1次メンバーと2次メンバーの間に溝ができかねませんし」

 

 

武内さんは、首に手を回して困ったように吐き出しました。

その点に関しては、もうあまり気にし過ぎないでも大丈夫だと思うのですが、武内さんはまだ確認していないようです。

島村さん達の出演が決まってからは、衣装の発注やライブの打ち合わせで忙しい上に、今後のデビューに向けてのユニット編成やその順番決めなどやることが格段に増えましたから、なかなかレッスンルームに顔を出せていないのでしょう。

一応雑務の一部は私とちひろで受け持っているのですが、私達が現役アイドルであることを気にしてかあまり仕事を頼もうとしないのです。

私に任せてくれたら負担量を半分以下にしてみせるというのに、本当に不器用すぎて心配になります。

もう少し楽をするやり方を覚えてみてもいいと思います。まあ、それで昼行灯のようになってしまっては困りますが。

 

 

「なんだかんだぶつかり合ってるみたいですが、険悪にはなってないみたいですよ」

 

「そうですか」

 

「ぶつかり合う事を恐れてはいけませんよ」

 

「‥‥」

 

 

私の言葉に安心した表情を見せた武内さんに忠告しておきます。

過去のことがあるので慎重になりすぎているのは理解しますが、踏み出す一歩を恐れてしまったら何処にも行けなくなってしまいます。

立ち止まってしまうことは決して悪い事ではありませんが、世界はその間にも動き続けているのですから留まり続けることはできません。

どれだけ苦しくても進まなければならない時が来ます。しかし、その時になってようやく動き出したのでは進める方向は限られたものしかないでしょう。

ですから、まだたくさんの道が示されているうちに動き出す勇気を持つ必要があるのです。

 

 

「武内さんは、もう少しアイドルの娘達と話すべきです」

 

「それは‥‥理解しているのですが‥‥」

 

「別に今すぐとはいいませんよ。只覚えておいてください」

 

「‥‥はい」

 

 

私の一言でトラウマが払拭できるなら武内さんも困ってはいないでしょう。

ですから、命令ではなく記憶の片隅程度にでも覚えておいて欲しい年上からのアドバイスとでも思ってくれたらいいです。

ちょっと重い話になってしまいましたから、海老のアヒージョでも食べて和やかな空気でも取り戻しましょう。

ぐつぐつと煮立ったオリーブオイルの中に沈む大ぶりな海老は、フォークで刺す前からわかるほどのハリがあり食べるのが楽しみです。

海老を突き刺しオリーブオイルの海から引き上げると熱い油を纏い、照明の光で輝いていました。

そのまま口に入れるとやけどは必死なので、見苦しくないように注意を払いながら息を吹きかけて冷まします。

異性の中ではかなり仲のいい範疇に入る武内さんですが、それでも女として異性の前でみっともない真似はできません。

この間のスペアリブのようなことは、絶対にできないですね。

程好く冷めたところで一口。外側はある程度冷めていても中はそうではなく、やはりまだ相当な熱量を秘めていましたが、それすらも美味しさの一要素です。

ぷりぷりとした海老の旨味とにんにくとオリーブオイル香り、ほんのりとついたシェリー酒の風味、ちょっと濃いかなと思える味にすっきりとした辛口のスパークリングワインが良く合います。

付け合せについているバゲットの上に載せて食べると、また違う味わいがありいくらでも食べれそうですね。

 

 

「ほら、武内さんも食べましょう」

 

「‥‥はい」

 

 

私の言葉について悩んでいたためか、一切食が進んでいなかった武内さんにも食べるように促します。

おいしいものは皆で食べていたほうがいいですし、それに美味しいものを食べている時は煩わしい悩みとかからも開放されますから。

 

 

「美味しいです」

 

「でしょう。今日は、もう悩むのは無しにして食を楽しみましょう」

 

「いいのでしょうか。それでは、問題を先送りしているだけでは‥‥」

 

 

本当に真面目ちゃんですね。

そんな沈んだ表情では、この海老のアヒージョの美味しさも十分わかっていないでしょうに。

私は溜息をつきながら、海老を乗せた新しいバゲットを少し身を乗り出してまだ何か喋ろうとしている武内さんの口にねじ込みます。

突然の出来事と熱い油でひたひたになったバゲットと海老に目を白黒させますが、沈み込んだ人間の目を覚まさせるにはこれくらいの荒療治は必要でしょう。

 

 

「‥‥わ、渡さん!いったい何を!」

 

「食を楽しみましょうって言ったじゃないですか。目の前で、そんな沈んだ顔をされると舌が鈍るんですよ」

 

「ですが、これは私にとって重要なことです」

 

「笑顔を忘れて、考え続けても良い事なんて1つも浮かびませんよ」

 

 

その点、美味しいものを食べて笑顔になれば、意外と心が落ち着いていい考え生まれてくるかもしれません。

笑顔には、科学では解明しきれない不思議で無限大な力を秘めているのです。

 

 

「ほら、こんな綺麗で頼りがいのあるお姉さんと美味しい料理とお酒を戴いてるんですから、もうちょっと笑顔になったらどうですか」

 

「‥‥そうですね。そうでなければ、お美しい渡さんや料理とお酒に失礼ですね」

 

「いや、私の部分は冗談だったのですが」

 

「そんなことはありません。渡さんは素敵な女性ですよ」

 

 

これって、わかっていない人が聞いたら口説いているようにしか見えませんよね。

武内さん的には一応担当アイドルである私を美しくないとか否定できないから、お世辞でそう言っているだけでしょう。

全く、私相手でも無自覚で口説くような台詞がでるなんて油断できませんね。

そんなのは、ちひろか楓相手にして馬鹿ップル空間を形成するときだけで良いんですよ。

 

 

「渡さんのお蔭で、少し思い出せたような気がします」

 

「何をですか」

 

「私の笑顔です」

 

 

そう言った時の表情は、まだまだ不器用なところはありますが武内さんの根の優しさが少しだけ見えて、とても心が暖かくなるような笑顔でした。

そんな大切なものを思い出した武内さんに、ある日本の漫画の神様の名言を改変して送らせてもらうなら。

『アイドルを信じよ。しかし、その百倍も自らを信じよ』

 

 

 

 

 

後日、どの情報経路から漏れたか知りませんが武内さんと2人で妖精社に行ったことがちひろ達にバレて、何故か渋谷さんにも強く睨まれたり。

ちひろのみに振っていたはずのグラビア系の仕事が、いつの間にかサンドリヨンのものになっていたりするのですが、それはまた別の話です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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