そして案の定視点がコロコロ変わります。
目を覚ました一夏は飛び上がるように起きる。
たまたま近くで看病していた相川清香と谷本癒子が驚きを見せた。
「お、織斑君!?」
「お、おう」
清香から出た声に反応する一夏。
だがすぐに一夏は自分がするべきことを思い出して、弾かれるように出て行った。
「おい、今のは何の音だ―――一夏!?」
たまたま様子を見に来た箒は一夏と出会う。
一夏も箒の存在に気付き、足を止める。
「箒? ごめん、俺、行かないと行けないから」
「ど、何処にだ!? それにお前はさっきまで寝ていただろう! 寝ていろ!」
「い、いやでも……」
途端に一夏は走り出す。箒もそれに付いていき、止まらない一夏を止めようとした。
(何故だろう。今行かないとヤバイ気がする)
そう思った一夏は誰もいない海岸に走り出す。白式をすぐさま展開してそのまま飛び去った。
「一夏?! ああ、もう!」
箒もそれに習うかのように一夏の後を追っていく。
■■■
―――タンッ!
軽やかな動きで着地する悠夜。辺りに戦闘している様子はないのだが、先程見た密漁船がこの船の近くに漂っていたため、母艦と思われる大きな船の甲板に着地した。
悠夜は近くにあった入り口を開けようとすると、その中から次々と戦闘員が現れる。
「覚悟しろ、異端者!」
一人がそう言うと銃口を向け、悠夜に向けて弾丸を飛ばした。
だが悠夜はそれを避け、入り口の方へと向かう。
「逃すな! 撃て!」
彼女らにとって悠夜はただの虫けらに過ぎない。
女たちの行動に対して「何故平然と引き金を引けるのか」と疑問を感じた悠夜はすぐにそういう結論に達し、入り口へと飛ぶ。そしてそのまま落下していき、下から上っている女の一人をクッションにして廊下に着地。全員を無視して奥へと進んだ。
「待てッ!」
一人が呼び止めるがそれも無視し、先へ、先へと進んでいく。
(どこだ……何処にいる……)
女を次々と避け、次々と部屋を巡った。
悠夜が銃弾や猛攻を回避できるのには理由がある。
彼は俗名で「パルクール」や「フリーランニング」というような呼ばれ方をしている、道具無しで軽やかな動きを魅せる運動法を用いている。もっとも彼はそれを独学で手に入れた。
あれは悠夜がまだ小学生の時、鬼ごっこという遊びが流行っていた。しかもゾンビ鬼というもので、ゾンビに噛まれたら増えるというものを応用したようなもので、終盤になるに連れて人数が増えるタイプのものだ。それでいつも鬼になっていた悠夜は、最後まで生き残るためにはどうすればいいのかと考えた。
元々運動は人並みだったが、その時はまだチャレンジ精神というものがあった。
そして実践すると次々とくるゾンビたちを避け、最後まで残ることが多くなった。
もっとも悠夜の場合は受身なんてものは取っておらず、着地と同時にスタートを切って加速しているため、着地後の初速が速い。撃つ直前に速く跳ぶので回避できるわけだ。
それを何度も駆使し、回避する。そして最深部へと入り、牢屋を見つけた。
(普通だったら…ここが定石だな)
そう思いながら悠夜はドアを開ける。中には案の定本音と簪がいた。
(え? 簪も……? ああ、なるほど)
すぐに攫われた理由を悟った悠夜は鎌を展開して鍵を両断して開ける。
「二人とも、大丈夫か?」
「ゆ、ゆう………ッ!?」
悠夜が本音に触れると、本音の顔が急に赤くなって色っぽい声を出す。
そのことで困惑した悠夜だが、怪しんでもう一度本音の触れた。
「ッ?! だ…だめぇ……」
その症状をどう捉えたのか、悠夜は簪にも触れると同様の症状が見られた。
悠夜はポケットから小瓶を二つ取り出して二人にそれぞれ飲ませる。すると先程まで見られた様子は無く、赤かった顔も段々と普通の色に戻っていった。
そして拘束されている二人を解放しようとした時、
「そこまでだ」
迷彩服を着た一人の女性が現れた。
だが悠夜は構わず拘束に使われている鎖に触れる。すると簪を縛っていた鎖が光となり、それが悠夜の手元へと集まった。
「おい、何をしている。止めろ―――」
―――ドゴォッ!!
一瞬、一瞬だった。
その女性―――花坂雫がいる隣の壁がへこみ、その場には悠夜が立っている。
「……ふーん。アンタは少し違うみたいだね」
悠夜は元の場所に戻る。
「………何が言いたい」
「今まで俺を撃ってきた奴らは全員はほとんど怨念みたいなのばっかりだったけど、アンタは違うなぁって思っただけだよ。だが―――」
本音、そして簪は思わず悠夜を見る。それほど彼から放たれている殺気は強大だった。
「俺の邪魔をするのならば……潰す」
瞬間移動をしたかのごとく、雫の目の前に現れて彼女を壁にたたきつけた。
その一瞬で意識を奪われた花坂雫は悠夜に捨てられる。瞬間、騒音が響いて悠夜は倒れた。
■■■
その頃、女権団が使っている母艦の近くでは一隻の船が近づいていた。
その船の中には「更」の字の紋が入った黒い戦闘服を着た男たちと少女が乗っており、全員が布仏虚と本音の父「
「ということで、簪様と娘の本音が捕まっているのは最深部の牢屋だと思われる。以上だ。何か質問はあるか?」
すると一人が挙手し、当てられたので立って質問をする。
「現在、二人目の男性操縦者がいる地点はわからないのですか?」
「おおよその範囲は推測されるが、今は二人の救出を最優先とする」
「なぁに。あの馬鹿孫はちょっとやそっと海中に沈んでいても問題ないわい」
清太郎の言葉をフォローするように船内に唯一存在する女こと桂木陽子がそう言った。
「し、しかしですね……」
「なんじゃお主。ゲイか?」
「謹んで二人の救助命令を拝命いたします」
そう言って男が一人着席する。
その様子を見ていた清太郎はため息を吐くが、二人は付き合いが長い故か半分諦めていた。
すると陽子は座っている椅子を倒してしまうほど勢い良く立ち上がり、女権団の船があるところを見る。
「どうしましたか、陽子様」
「………直ちに救助活動は中止じゃ」
ポツリと漏らし、ため息を吐く陽子。
「―――どこかの馬鹿がまだ軽度じゃが悠夜を怒らせてしまったようじゃの」
■■■
「まったく。てこずらせてくれるわね」
―――カンッ カンッ
階段を降りて本音と簪の二人の前に現れたのは郁江だった。
郁江はため息を吐きショットガンを二人に向ける。
「大人しくしなさい。騒ぐなら撃つわよ」
何か言おうとした本音は郁江を睨みながらも開けた口を閉じる。
「余計なことをしてくれちゃって」
そう言いつつ倒れている悠夜を見る郁江。だが郁江の視線の先には悠夜はおろか、雫の姿もなかった。
嫌な予感がしてISを展開したのと、郁江が壁に叩きつけられたのは同時だった。いや、僅差でISが展開されたのが早かっただろう。背部から襲う衝撃をこらえながら、郁江は前を見る。
そこには気絶している雫を壁際に置いて立ち上がる悠夜の姿があった。
「ゆ、ゆうやん………」
「悠夜さん……」
二人が恐る恐る悠夜に声をかける。だが悠夜は答えず、ただ前髪を上げたことで顕わになった綺麗であると同時に空虚な瞳を郁江に向けるだけだった。そして、今の郁江の惨状を見て笑みを溢す。
その笑みは、不気味だった。
「……あなた…どうして………」
信じられないという様子で尋ねる郁江。
「さぁ、何故でしょう?」
聞き返す悠夜。だが郁江は答えの変わりにショットガンを撃つ。
そこから吐き出されるスラッグ弾が悠夜にぶつかった瞬間、スラッグ弾がひしゃげ、圧縮された。
「これでわかっただろう。俺とアンタらじゃ力の差がありすぎる。大人しく逃してくれよ」
「お断りよ」
「そうかい―――なら」
途端に悠夜と郁江の間に魔方陣が現れ、そこから悠夜の前に現れた柄を悠夜は握り締めた。その全貌が顕わになった時、周囲が薄暗くなる。
(………あの剣)
高校生でも細身な方に入る悠夜には扱うのが難しいと思われるほどデカイ大剣を見た簪。彼女にはその剣に見覚えがあった。
その剣を上へと振るうと、剣戟が飛んで天を裂く。瞬間、簪と本音を鎖で引き寄せ、そして倒れている雫を鎖で掴んだ悠夜はルシフェリオンを展開して上に飛んだ。
その素早さ故に呆然としてしまった郁江。気がついたころには彼女以外の姿はなく、船は崩壊を始めていた。
「二人とも、大丈夫か」
悠夜は抱きかかえている二人に声をかけると二人は頷く。
「お願い、悠夜さん。すぐに私を船の上に降ろして」
「はぁ?!」
彼にとって予想斜め上を行く言葉だったため、思わず大声を出してしまう。だが簪は構わずに続ける。
「あそこには武風がある。だから、それを取りにいく」
「馬鹿が。そんなことよりも先に自分の安否だろうが!」
悠夜にとってそこまで強く言ったわけではないが、それでも簪が驚くには十分な声量だった。
簪の顔を見て「やってしまった」と思う悠夜。その顔を本音は突く。
「そんなことよりも、下の女の人をどうするの~?」
「………あ~」
今もなお鎖で繋がれてプラプラと浮いている雫のことを本音が言うと、今思い出したかと言わんばかりの反応をする悠夜。
そしてどこか着陸できる場所を探し始めると、ルシフェリオンに通信が入る。
『おいそこの悪魔! 今すぐ近くを走っており船の上に来い!』
悠夜だけではなく簪と本音にも聞き覚えがあり、つい返してしまった。
「ロリババア!?」「師匠?!」「おししょ~」
それぞれが違った反応をするとお互い顔を見合う。すぐに悠夜はその船を捜すと、一隻だけ崩壊を始める女権団の船とは別に移動する船を見つける。
そこに一直線に飛ぶと、光線が横を通った。
「逃さないぞ……異端者」
悠夜の視線の先には黒鋼を纏い、自分の愛銃とも言える《バイル・ゲヴェール》を構えた幸那の姿があった。
(簪と本音の救助が優先……って言いたいけどな)
黒鋼の性能はセシリア・オルコットのブルー・ティアーズや、ラウラ・ボーデヴィッヒがかつて使用していたシュヴァルツェア・レーゲンなどのIS分類は同じ第三世代型だが性能は黒鋼の方が圧倒的に高い。完成度や性能で言えば紅椿に次ぐ高性能機だろう。ちなみに武風も黒鋼と同レベルだ。
『悠夜、その二人と連れてきたもう一人を投げるのじゃ!』
通信システムから陽子の声が出る。
悠夜は幸那を見る不利をして、ディスプレイに表示されている船と自分の位置を確認する。
その確認が終わると、悠夜は躊躇いなく三人を落とした。
瞬間、三人に向かって光線が飛ぶ。だがその前に悠夜が間に割って入り、左腕に付いているバックルを盾に使う。その盾が開き、光線を吸収した。
そして話は終盤へ