突如編成された悠夜救出チームは何の成果も挙げられずに撤退を余儀なくされた。
IS学園の格納庫にある玉鋼にはシュヴェルトパッケージ換装されており、すぐにでも準備できる準備ができていた。
その作業を手伝っていた本音は少し休んでから着替え、荷物を外に出して周りにトイレと言って部屋から出ていく。
そして荷物を回収し、本音はすぐに行動を開始した。
(見つからないってことは、今も無事だってことだよね)
そう思った本音は普段や見た目からは考えられないほど早く移動し、海に到達するや否や更識の紋所が描かれたボートを展開して落ちたと思われる場所の島へと向かった。
■■■
本音が姿を消して少しした時、簪はそのことで十蔵に連絡していた。
『……なるほど。布仏本音君が…』
「おそらく、悠夜さんを探しに行ったのかと」
簪のその言葉に十蔵は「そうですか」と答え、さらに言葉を続けた。
『わかりました。彼女のことはこちらで処理しておきましょう』
「…ありがとう、ございます」
『いえ。彼女の存在はこちらとしてもメリットがありますし、なにより彼女の行動は桂木君を思っての行動です。むしろ彼女のように機動性が高い人間に動いてもらった方がこちらとしてもなにかと都合がいいんです』
「……それでも、助かります。では」
そう言って簪は電話を切り、後ろを向く。そこには誰もいないはずだが、
「そっちにいるのはわかってる。出てきて」
「あ~、やっぱり?」
鈴音は姿を現し、それに続いてセシリアとシャルロットも出てきた。
「……私はパス」
「これからアタシ達は―――って早すぎない?」
「それくらい読める」
そう答えると先に口を開いたのはセシリアだった。
「どうしてですの!? 福音に桂木さんも落とされているのですよ?!」
「そうだよ。だったら敵討ちに―――」
「どうせ、あの女も行くんでしょ?」
途端にセシリアとシャルロットは口を閉ざす。それほど簪から発せられた言葉が重かった。
―――明らかに憎んでいる
二人は今の簪の表情でどれだけあの二人に対して殺意を持っているか理解した。まるで同じ代表候補生という肩書きを持っていても一線を画しているような、明らかに異質な雰囲気を彼女は持っていた。
二人はこの時思い出した。一夏たちが乱入する前、そして乱入した後でも簪は常に攻めていた。
確かにあの作戦は結果的に失敗した。だが素人ながら箒は貢献したとはいえ常に接近していたので邪魔したのは事実であり、一夏にいたっては密漁船がいるのから庇って作戦を放棄。結果的に撃墜されたとは台無しにしたことは変わりない。
「それともあなたたちが、織斑一夏の代わりに福音諸共死んでくれる?」
今度は本人の口からはっきりと言われて、セシリアとシャルロットは萎縮した。
「交渉は決裂のようね。二人とも、行くわよ」
鈴音は二人を引き連れて後にする。そして、
『悪いわね。絶対に一緒に行くことはないとは言ったけどさっきの戦闘振りを見て必要だと思ったみたい』
『……のんきすぎる。まだ悠夜さんは見つかってないのに』
『まぁ、そっちは任せるわ。アタシはこいつらをセーブしておくから』
二人は通信を終了し、鈴音たちはそのまま一夏が寝ている部屋へと入って行った。
「簪!」
簪は修復が完了した武風を携え、いつでも出撃できるように準備しているとラウラが呼んだ。
「……何?」
「兄様が、兄様が見つかった!!」
簪はすぐにそこから走り、風花の間へと向かった。
■■■
気がつけば、俺はわけがわからない状態になっていた。
(………えっと、これってどういうこと?)
足は自由だが、手首を後ろ手に縛られている。一瞬脳裏に「人体実験」という言葉が脳裏に浮かんだが、それは違うだろうと否定した。
「あら、目を覚ましたの」
どうやら外らしい。親切な奴が助けてくれたのかと思ったが、そんな望みは一瞬で打ち砕かれた。
「何の用ですか? 俺はあなたに用なんてないのですが?」
「あなたにはなくてもこっちにはあるわよ、ゴミ」
話してすぐにゴミ、ね。
はっきり言って今後も会う予定なんてなかったし、会ってもスルーするつもりだったんだがなぁ。
「入学してから随分と暴れてくれたようね。せっかく訓練機があなたに渡るように仕向けてあげたんだから、それで大人しく自分の身を守っていれば良かったのに。そういうのが得意でしょ」
「ええ。俺はあなたたちと違って頭の回転が早いので。こっちとしては大人しくしておきたかったんですが、どこかの担任が余計なことをしてくれたおかげでこんな状態になったんですけどね」
すると義母は俺を睨む。
「織斑千冬は私たちの未来を担う者よ」
「女の未来、でしょ」
まぁ、最初は疑ったが彼女自身にはそのつもりはないことは明白だ。
だがそれを知らないのか、義母はあることないこと言い始める。
「当たり前じゃない。女はISに選ばれた優良種。だけどあなたたち男は違う。どうせあなたが動かせるのも私たちに与えられた生贄だからよ!」
「…………」
生贄、ね。
だとしたらとんでもないことをしてくれた。俺の幸せな人生設計をすべて狂わせやがって。
「だったら、織斑一夏はどうなるんですか?」
「そんなのは簡単。彼は一生私たちの種馬として生きることになるわ」
その言葉を聞いた俺は、思わず耳を疑った。
(………織斑が、種馬?)
一体あの男に何の価値があるのだろうか。顔はいいのはそうだが、参考書を捨てるは勝手に決闘騒ぎに巻き込むわであまりいい評価だとは思えない。自画自賛だが、まだ俺のほうがフットワークは軽いだろう。………まさか?
「……単純で、馬鹿だから?」
「よくわかっているじゃない。伊達にクラスメイトをしていないわね」
………まぁ、ああいう馬鹿ほど扱いやすい奴はいない。それが何人も生産されるとなれば、さぞ世界を征服しやすいだろう。
「そう。あなたとは違って彼には利用価値があるの。あなたとは違って―――ね!!」
いきなり義母は俺の顔面を蹴る。そして連続で俺の顔を何度も蹴り、今度は胴へと移動した。
「どう? 至高の存在に蹴られるなんて、ご褒美しかないでしょ」
「アンタが飛び切りの美少女だったら少しはそう思うかもしれなかったが、生憎ブスとそういうプレイをする気はないんだよ。失せろ」
敬語が外れ、普通に話すと再び蹴りを入れる。
「聡明なのに理解していないのね。私があなたを慈悲で生かせているというのに」
「汚い足を退けろって言ってんだろ、ババア」
だが義母はそれを無視し、俺の眼球を抉ろうとつま先で俺の目を狙って攻撃する―――が、それは届かなかった。
「総帥!」
義母は言葉に反応するが、その前に迷彩服を着た何かが蹴り飛ばす。
「大丈夫、ゆうやん!」
「え……」
驚いて見直す。今頃旅館で待機しているはずの本音が何故かそこにいた。
本音は俺の後ろに気付き、拳銃を抜いて何発か撃つ。イヤーマフがないから物凄くうるさく感じた。自由になった俺は手錠を捨てて戦闘体勢を取ろうとすると、本音が言った。
「逃げてゆうやん。ここは私がなんとかするから」
「な、なんとかって何を―――」
義母が立ったのに気付いた俺は本音と義母の間に割って入り、蹴りを受け止める。
(……お、重い…)
想像よりも蹴りの威力が高く、たった一発で俺はふら付いてしまった。
「ゆうやん!」
「余所見をしてんじゃないわよ!」
茂みの中からも女たちが現れる。どうやら近くに隠れていたらしい。
(………この人数を相手にするのかよ)
考えてざっと10人。正直に言うとこういうので「余裕」なんて口走る人間なんて何かが飛びぬけているのだろう。俺も一応逃走はその部類に入るが、今ので確実に足が遅くなった。
「ねぇ、ゆうやん」
こんな時に本音は俺に声をかける。どうやってこの状況を切り抜けようかと考えていたところだったのに思考を中断させられた。
本音は俺が何かを言おうとする前に俺をこっちに向かせ―――
―――キスをした。
しかも、それは簪がしたように頬にするようなものではなく、唇と唇を重ねさせるアレである。
そして、
―――トン
俺がいた場所はさほど崖から離れていなかった。それに本音は見た目に反して力が強い。
そこまで理解した俺は、足場をなくしてそのまま下に落ちていった。
■■■
「あらぁ? まさかここで裏切るなんてねぇ。さっきのキスはそのつもりのものかしらぁ?」
「裏切ったつもりはないよ。キスはそのつもりだけど」
そう言った本音はすぐに雑木林へ入り、郁江や近くにいた戦闘員たちも追って行った。瞬間、一人の工作員の肩が撃ち抜かれた。
「朱美! このガキ!」
「子供と言えど油断するな! あの女は暗部だ!」
戦闘員たちはボウガンやショットガンを出した。本音はすぐに爆竹を出し、ぶら下げている鉄板で火をつけてそれを彼女らの前に投げた。
「それらはしまいなさい」
郁江はそう指示すると、戦闘員たちは不満そうな声を上げた。
「しかし!」
「しかしもクソもないわ。これは命令よ。なんとしても、彼女は無傷で捕らえなさい」
―――そうじゃないと最高なショーが楽しめないじゃない
なんとかその言葉を出さなかった郁江。
だが痺れを切らしたのか、郁江が本音の前に出た。
「さぁ、遊びましょうか」
だが本音は躊躇いなく郁江の足を撃つが跳弾し、本音の頬を掠めた。
「残念ね。今の私に通常の兵器なんて効かないわ」
本音が次のアクションを起こそうとするが、それよりも早く郁江が本音を蹴りで吹き飛ばし、木にぶつけて気絶させた。幸い死んだということはないようだった。
「これでようやく楽しめるわね。どうせこの子が突き落としたのだから悠夜は生きているのだし」
そう言って郁江は本音の髪を掴み、拾い上げる。それはまるで面白いおもちゃを見つけたかのように。
桂木郁江。彼女が女権団としての頂点に立てるのはその才だけではない。そのリーダーになるためのカリスマ性―――そしてなにより男に舐められないように実力が付いている強さを持っていた。
ということで今回は桂木郁江の実力が垣間見えました。
実際のところ、どれだけ強い集団が存在しても武力で押さえ込まれればそれまで。
だけど郁江みたいにその手の才を持っていて、何より戦いにおいてもかなりの実力を発揮できるタイプは幹部クラスにはいそうですよね。