いきなり誘われた夜のキャッチボール。水と財布を持ってきたのはエッチなことを考えたわけではないし、そもそもそういう方向に対しては興味対象外だ。
俺たちは軽くボールを投げあう。お互い投げる回数が10回ぐらいしたところで織斑先生は話しかけてきた。
「
投げられたボールをキャッチし、投げ返す。
「…ああ。確か試験管ベイビーというやつだよな?」
「そうだ」
キャッチしたはずの織斑先生は返さなかった。
「ラウラの過去を見たんだよ。どうやったのかは知らないが、胎児の時のラウラと対面したというか、なんていうか………」
ほとんど忘れていたが、なんとか記憶の端に残っている風景を説明する。
「……おそらくそれは
「…確かそれって、操縦者同士の波長が合って起こる現象ですよね?」
「そうだ」
俺は今までラウラと波長を合わせられたことがない。ほとんどラウラがボディガードとなっていることが多く、俺はラウラの行動一つ一つに萌えていることが多い。
だからそんなことはないと言いたいが、たぶんあの時は合っていたんだろう。
(………でも、つくづくISって不思議だよな)
何でそんなものが存在しているのかは俺も知らない。黒鋼は俺のロマンだから使っているが、本音を言わせてもらえば実はまだ少し怖い。
軟式のボールが返されたので受け取り、縫い目(?)に指をかける。
(俺がもっとマシな家に生まれていたら、野球もできたのか?)
俺はいつからか忘れたが、習い事の一切を禁じられていた。曰く「男なんかに習い事をさせるなんて金が勿体無い」らしい。
だから小学生の頃、周りが野球の話をしていたのが少し羨ましかった。
「………やるなら、やっぱりピッチャーだな」
「何を言っている?」
体をキャッチャーに向けた状態で腹部あたりでボールを持つ右手をグローブに隠す。そして両腕を上げて体を捻ると同時に左足を上げる。そして左足を前に出し、左手にあるグローブを引きつつ、右腕を下げてから上げ、右足を蹴り出すと同時に右腕を振り下ろす。
―――ズバーーーンッ!!!
グローブでボールをキャッチした時の音が鳴り響く。気がつけば俺は自分の世界に入り込んでいたらしく、織斑先生が信じられない目で俺を見ていた。
「……すみません。俺、帰ります」
そう言ってグローブを返し、俺は一足先に部屋に戻った。
■■■
(………時々、わからなくなるな)
織斑千冬にとって桂木悠夜という男は入学した当初は「つまらない」という印象を持っていた。それは人としてつまらないとかではなく、まるで何もかもを「わかりきっている」という顔をした、達観している瞳をしていたからである。それもそのはず、悠夜は今の世の渡り方をある程度心得ていた。クラス代表を決める戦いには以前千冬が挙げた理由もそうだが、なによりも一夏と悠夜がどう動くかを見てみたかったというのもあった。
結局千冬の予想を大きく超えるということはなかったが、それでも努力していることは小テストからはよくわかった。なにより、小テストをさせたら問題の量にもよるがすぐに寝るのだ。一度はカンニングを疑ったこともあるが、時折寝言を言うことから本気で寝ているのを知った。起こそうとした時に殴られそうになったことがあるため、放置することに決めた。それでも(あの女に比べればずいぶんと)普通だと思っていたが、一瞬で千冬の中で「異質」と印象を持った事件がとうとう起こった。そう、ラウラのことである。
ラウラを利用してドイツが悠夜との関係性を持とうとしていたことは千冬にはすぐにわかった。だから止めたかったが、あの時悠夜はそれを拒否した。
そして操作方法を聞かれたので教えた後、悠夜は記入したのはたった二文だったが日本語とドイツ語を書いていたため半分以上は消費していた。それでも中々送らなかったのは何故かと思ったが、まさか隠し文字を使うなど思っていなかった。それに相手は目上だ。普通の心境だったらまずできない。
そこまで思い出した千冬はまだ近くにいた悠夜に声をかけた。
「待て桂木。最後に聞きたいことがある」
「……なんですか?」
「…どうしてラウラを引き取ろうと思った。お前なら、あの時あの男が何を企んでいたのか気が付いていただろう」
千冬がそう問いかけると、悠夜はなんてことはないと言いたげにこう言った。
「確かにあのおっさんが企んでいることはすぐにわかりましたよ。でも相手が舐めていること自体はよく気付いていましたから、あの手段で陥れたんです。それに―――」
一瞬で悠夜の雰囲気が変わったことを千冬はわかった。
「―――俺にとってあなたのような「女=強い」としか思っていない女とああやって「ガキなんて大人の駒」だとしか思っていない大人は同列でクズだとしか思っていませんし、単純にラウラのような「萌え要素」が一杯な美少女を見捨てるなんて勿体無いじゃないですか」
その時、千冬の脳裏にあることが思い浮かぶ。
ラウラが拳銃で自殺しようとした時、悠夜は自分よりも早くラウラの拳銃を蹴り飛ばした。千冬も反応はしていて、飛び出す寸前だった。
ラウラの眼球を通して悠夜の顔を見ていたが、あの時の悠夜の顔は怒りに満ちていた。それは自分の道具が勝手に壊れようとしていたからではなく、
「………まさか、そんなことで」
千冬の中で、ますます悠夜の存在がわからなくなっていった。
■■■
「これより各班ごと振り分けられたISの装備試験を行うように、専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員迅速に行え」
織斑先生とキャッチボールをした翌日。本音を思いっきりぶちまけたことにより恐怖なんてものはなくなった。
(しかし何を考えていたんだ、あの女は)
もしかして俺がラウラをただの性処理道具だとしか思っていないと思っていたのだろうか。だとしたら心外だ。ただ可愛がりたいから引き取っただけだ。
「どうしました、兄様」
こんな美少女をただの性処理道具としか見れない男なんて全員俺が殺す。
「に、兄様、落ち着いてください。殺気が漏れています」
「そ、そうか。スマン」
ちなみに今日は丸一日ISを動かしまくり、ラウラも俺たちの補佐になったらしい。つくづく用意周到というか、轡木さんは空気を読めるというか、土下座して称えたいぐらいだ。
俺は轡木研究所製の簡易カタパルト前で黒鋼を展開し、脚部装甲を接続する。
「桂木悠夜、黒鋼、発進する」
SRsで言い慣れすぎた常套句を言って飛び立つ。すでにほとんどの武装がインストールされているのですぐにでもテスト可能だ。
早速俺は黒鋼の新機能をテストするためにあるシステムを探す。
「アヴィエイションモード」
途端に機体が変化して飛行形態へと変貌。コクピットがコクピットになって操縦桿が現れた。
それを握って操作し、現環境に慣れておく。全員がそれに目を奪われているようで注目を浴びていた。
「……ん?」
試験場に高速でこっちに移動してくる物体を感知する。ハイパーセンサーでその物体……というより人を見ると、ずいぶんと奇妙な格好をしていた。
(まぁいいか)
他人がどんな服装をしていようが俺には関係ないことだし、実のところあまり興味もないので詮索しないことにした。
「ラウラ、頼む」
『了解した』
テスト用のシャドウドローンが三体展開される。どの動きも洗練されており、すべてがエース級なのが理解できた。
三体にビット《燕》を展開する。ドローンA、Bがそれを回避すると同時にいつの間にか側面に移動していたCが俺に対してビームライフルを撃ってきた。
それを回避してCのランダムの行動を読み、一発で撃ち落とす。
同時に後ろからミサイルが放たれるのを感じた俺はアポジモーターで無理やり機体を回転させ、先端に付いているライフルでうまく撃ち落とした。
『兄様、今のは無茶が過ぎます。体を壊してしまいます』
「だ、大丈夫大丈夫……」
ホログラムが表示されているのでデータは回収されないようになっている。まぁ、轡木さん曰く「回収しても操れる人間がいるわけがない」と言っているが、操縦者の問題だろうか。
さらに変形し、ヒューマンモードになると操縦桿はなくなり、通常のIS形態となった。
その状態で着地すると、ラウラがマジマジと俺を見る。
「何故黒鋼に飛行形態なんて搭載したのでしょうか、あの男は」
あの男とはおそらく轡木さんのことだろう。そういえばラウラは知らないことだったな。
「いや、もともと黒鋼には飛行形態はあったんだよ」
「? 黒鋼はISでしょう?」
「実はSRsの大会用に考えたプラモデルなんだよ」
そこから逆輸入してみたけど、ISには可変機能なんてものはいらないも同然だから今まで開発されていなかったようだが、最近そのプログラムを誰かが開発したようだ。一度その女の子をデート(だよな?)に誘いたい。お礼をしたいが、形式的にはデートになるんだろうなぁ。ただし女の子に限るが。
デート云々を除いて説明すると、ラウラはひとまず納得してくれたようだ。
「というかさっきから向こうが騒がしくないか?」
「どうやら誰か来ているようです。今、篠ノ之がその誰かを殴りました」
おいおい。いくら侵入禁止とはいえ殴るのはまずいだろう。
本音と簪もいないのでそっちの方に行ったと思い、俺たちも向かう。
「織斑先生、これは一体何の騒ぎですか?」
「ああ。少しばかり問題が発生してな……しかしお前たち二人はずいぶんと仲が良いな?」
「今更返せとか言われても返しませんよ?」
そう言いながらラウラを抱きしめると周りがヒソヒソと話す。ラウラの顔は見る見るうちに顔を赤くするが気にしないことにした。
「ところで、その問題って何ですか?」
「……これだ」
そう言って織斑先生はとある物体を顎で指す。というかアンタ、いつの間にその女をアイアンクローなんかで頭を潰そうとしていたんだ。
「ちょっ、ちーちゃん! いい加減離してくれる嬉しいんだけど!? それに今日は箒ちゃんにお届け物があってだね―――」
「お前がそれを届けるだけで終わるとは思えないから―――な!!」
「いたたたたたたた」
流石に痛そうに思えたというところで、俺はあることに気づいた。
今織斑先生にアイアンクロー(ガチ)をされているその女をどこかで見たことがある。だが、どこでだっけ? というか誰かに似ている。
(そういえば、「箒ちゃん」って言ってたな)
IS学園にそんな奇特な名前を持っている奴なんて学園だけでなく世界中に一人しかいないのだろう。
「もしかしてそれ、篠ノ之の知り合いですか」
「姉だ」
「………ああ、納得」
道理でどこか恋愛に向いていない感じがするわけだ。
「じゃあ、俺たちは少し離れた場所でやってますんで、終わったら勝手に帰りますね」
「そうだな。それと更識のサポートにも入ってやれ」
「わかりました」
ラウラの手を引いて、俺はまず簪と本音を探すことにした。
ということで一度ここまで。
続きは近日中に作成して投稿したいですね。