「では、彼らの処分を発表します」
IS学園の職員室。そこでは先程起こった私闘の件でどういった処分が適切なのかという話合いが生徒会も交えて行われていた。
ほとんどが悠夜を批判するようなことで、中には「退学処分にして実験動物として渡すべき」などという声が教員の中から出てきたが、学園長の轡木菊代は一切それを拒否した。
「桂木悠夜。彼は一週間と五日の独房入りを命じます」
「ちょっと待ってください! それはあまりにも温すぎます!」
一人の教員がそう声を荒げる。周りにいた教員が頷いた。
「何故ですか?」
「何故? 決まっているじゃないですか。彼は織斑先生を狙って撃ったんですよ!」
「それならばラウラ・ボーデヴィッヒさんが提出した報告書でそれを否定される文がありました。彼女によれば彼が放った弾丸はボーデヴィッヒさんの頭部に向かって撃たれたと」
「ですが、生身の人間が近くにいるのに彼は発砲した。これは殺人未遂として取り上げるべきで―――」
その瞬間、その教員は沈黙した。
二方向から常人が発するものとは思えないほどの殺気が飛び、その内のひとつは的確にその教員のみを狙っていた。その教員もそうだが、迷惑にいるのは織斑千冬の周辺にいる教員たちと学園長の近くにいる生徒会の面々だろう。
「赤塚先生、私が彼らのことを―――特に桂木のことを甘く見た結果招いた出来事です」
「それに殺人未遂というのならば、この学園にいる操縦科の面々、そしてISに搭乗経験がある全員がそれに当たると思いますが? 私たち女性がしているISバトルは世間的にはスポーツとして見られていますが、ISは現状では兵器でしかありませんが」
菊代も伊達に十蔵の妻をしているわけではない。彼女もそれなりの実力者であり、本気で闘えばその辺りにいる教員を秒殺できるくらいはある。
そんな彼女が「赤塚」と呼ばれた教員とその周囲に殺気を飛ばすという人間離れの技をやってのけるのは、近くにいた楯無たちがなによりも驚いていた。
「そ、それは……。で、でも彼は織斑先生に対して罵倒も―――」
「その件に関してはなかったことにしていただきたい。現に私は、あなたたちが思っているほどちゃんと仕事をしているわけではない」
それを聞いて一番驚いたのは、隣に座っていた山田真耶だった。
「そのことですが、桂木君自身から反省文に混じってその辺りの書状も渡されましたが」
「後で弁解します。それで、桂木の処分に反対するものは?」
すると先程と違って誰も反論しなかった。千冬の影響が大きい証拠でもあるのだろう、彼女に対しての反論は全くと言っていいほどなかった。
「そして次にラウラ・ボーデヴィッヒさんの処分ですが―――」
結局その後特に意見はなく、ラウラ・ボーデヴィッヒは五日の独房入りと学年別トーナメント二日前までの専用機没収。織斑一夏はシールドバリアを破壊した件で反省文10枚が言い渡された。
■■■
その会議の同時期、更識簪は一人で用務員室へ来ていた。
「これはこれは……珍しいお客様ですね」
「………あ、あの…」
簪が十蔵と一人で会うのは初めてだが、二人が全く面識がないわけではない。祖父の友人ということで何度か会ったことがある。
「どうしたんですか?」
「……お願いがあるんです」
「お願い?」
これは珍しい―――十蔵は思い、話を聞くことにした。
「…はい。私のコアを……倉持技研から離してもらいたくて……」
「…何故でしょうか?」
「桂木くんが、うらやましくて……」
それを聞いた十蔵は思わず笑ってしまった。
「………おかしいってわかっています。でも…私は彼に勝ちたい」
「わかりました。って言っても既に手続きは終わっているんですけどね」
「え?」
「お二人の関係は既に知っていました。彼用に黒鋼を開発していた時から、いつか言ってくるのではないかと考えていた―――というよりも願っていたというのが近いでしょう」
そう言って十蔵はある書類を取り出し、それを簪の前に出す。
「彼にはISの内面に関しての知識がなかったのでこのような処置は取りませんでしたが、あなたは別でしょう?」
その紙には『休学届』と書かれていた。
「ただ一つ、お願いがありまして」
「…お、お願い……?」
「はい。桂木君のところへ行って「第二世代型の新型IS」を作ってもらうよう頼んでくれませんか? 黒鋼のようなときで構わないと」
「……わかりました」
休学届にサインした簪はすぐに出て行った。
■■■
「というわけで、悠夜君にはしばらくこの牢屋に入ることになるけど………」
楯無がそう言って部屋を見回す。そして最後に俺を見て、
「随分と快適そうね」
「ああ。これからあんな意味がわからない女たちと距離を置けると考えると嬉しくて仕方がない」
女尊男卑の影響かトイレと洗面所、そしてシャワーは用意されていて、さらに俺は大量のプラモとその道具、さらには勉強道具すら持ち込んでいた。パソコンまで持ち込めたのは正直驚いている。
どうやらこれは轡木さんが動いてくれたらしいけど、いくらなんでもやりすぎな気がしなくもない。
「そういえば、更識簪の様子はどうだった?」
「………あのコ、休学届を出したの」
「!?」
どうやら打鉄弐式を破壊されたダメージは大きかったようだ。
「何をしている楯無。今すぐ奴の部屋に言って話ぐらい聞いてやれ。それが兄・姉の役目だ」
「……でも」
「でももクソもない。とっとと行け」
「わかったわ」
ちょっと悲しいけど本当はそっちの方が気になっていたようで、楯無はあっさりと出て行った。
そして俺は―――
「……何で俺、あんなことを言ったんだろ」
昨日本人の前で言ったのはともかく。その後に言ったのは流石にあれだ。挑発するにももう少しマシな選択肢はあっただろうに。
昨日のことを鮮明に覚えているからこそ、恥ずかしくなってつい悶えてしまう。というか俺、更識簪を名前で呼び捨てで呼んじゃったよね? 何しているんだ俺は!!
(でも昨日、更識簪がここに来たよな)
何故か息を切らして喜びに満ちた顔で轡木さんの頼み事を伝えた後、どこかに消えていった。
(何だろう。考えるだけで嫌な予感がしてきた)
現在俺の手元には黒鋼がなく、何の力も持たない高校生となっている俺。救助したくてもまず出れないのでその辺りは楯無に任せておこう。
そして俺は轡木さんに任されたらしい「第二世代の新型IS」のモデルとやらを作り始める。課題とか昨日のうちに終わらせていた。
(というか、どうしようか)
そもそもそういうのはその人が何を求めているかを聞いてから製作に入るものだ。だから考えが纏まらないしどうしようかと考えていると、外から声がして段々と近づいてくる。
「こんにちは、桂木君」
「く、轡木さん」
暴走中でもはっきりと覚えていた。
連続で斬られ、シールドエネルギーが消失する最中に邪悪の笑みを浮かべた轡木さんの姿を。
そのせいか少し警戒し始めていたんだが、
「えっと、それって何ですか?」
「あなたはそれを知っているでしょう」
見たことがある作業員兼研究員が数人大きな箱を押してきて、結構広めの俺の牢屋の前に止める。
そして轡木さんが何かを捜査したかと思ったら、鉄柵が段々と上昇していく。
(………はい?)
何のための牢屋なんだろうと思った瞬間である。
作業員の人たちがそれを移動させ、何のために延長コードを持ってきていたのかそれを出して接続した。
そして中を少しいじると、
「所長。終わりました」
「はい。では所定の作業をお願いします」
「「わかりました」」
轡木さん以外は全員帰っていく。というかどうして彼はまだここにいるのだろうか?
「どうやらまだ、完成はしていないようですね」
「…更識簪から聞きました。でも、どうして第二世代を?」
率直に質問する。
轡木さんはいつものと変わらない雰囲気で俺に接した。
「あなたは第三世代型ISをどう思いますか?」
「どう、とは?」
「私はね、ISの開発傾向を変えようと思うのです。第三世代型のようにエースパイロットが使うようなものではなく、第二世代のように誰にでも扱いやすいものに。実際、あなたの黒鋼やオルコット君のブルー・ティアーズには適性というものが存在しますが、本当にそれがいるのでしょうか?」
………言われてみれば。
俺は思わず自分の欲望に走ってしまっているが、実際のところ本気で国防云々を考えるなら第三世代の方を開発するのではなく、第二世代の状態でスペックを上げる努力をするべきだ、と彼は言いたいのだろう。
「別に難しいことを考えなくいいのです。ただ、あなたが思うように作ってください」
俺の思うように、か。なんだかプラモ製作の初心に帰ったようだ。
「それはともかく、これって一体なんですか? アーケード用のSRsに見えるんですが」
「ええ。そうですよ。轡木研究所が総力を持って分析と開発を行わせてもらいました。もちろんですが、その中にはあなたの黒鋼の初期データも入っています」
それを聞いた俺は絶句した。
俺が元々考えていた黒鋼は、換装と変形の両立を可能としているタイプだ。標準をデフォルトと呼称するならば、機動型のロンディーネ、砲撃型のディザスター、近接型のシュヴェルトの三つのパッケージを使用しての運用を可能としている。
特にディザスター使用中に変形した場合、宇宙戦艦ヤ○トに搭乗する戦艦みたいな動きで高威力の砲撃ができるという、テンションがハイになってもおかしくない状態になるのだ。
「ただ、その使用キーは私が持っていて」
「つまり即刻完成させろ、と仰りたいのですね」
おそらく俺の目は輝いているだろう。
「はい」
「わかりました。三日……いえ、二日で終わらせます」
要は原案とモデルを作製すればいいだけだ。そして俺はそれに慣れている。
俺は一刻も早くやるために脳をフル回転させ―――その二日後に燃え尽きた状態で突っ伏していた姿が発見されたらしい。後から考えたらとても迷惑な話だろう。
だがそれは大変人気だったとかなんとか。
■■■
地下室から出てきた楯無は悠夜の様子が回復しているのを見て安堵していた。
(昨日なんて特に酷かったし)
目を覚ました後、あのことを覚えていたようで体育座りで振るえ、悶え、転がり、頭をぶつけるなどをしていていつか大怪我をするのではないかと冷や冷やしていた楯無だが、翌朝来たらそうでもない様子を見て嬉しかったようである。
クスリ、と笑いながら楯無は簪が行きそうなところを探し始めた。
みなさんが望んだような処分になったのか心配なreizenです。
とりあえずこのような形ですが……大丈夫ですかね?