そこはどこかにあるとある移動型研究所。そこには空中投影型のディスプレイが所狭しと並んでいた。その中でも二つだけは大きく映し出されており、左には一夏と鈴音が、そして右には悠夜がプロフィールと共に表示されている。
それは今交戦しているのは彼女の関係者か同義の何かの証拠でもあるが、生憎そこを撮影している人間はいなかった。
それを見ている女性はブルーのワンピースの上に白いエプロンを付け、そして頭には白ウサギのカチューシャをしていた。そのカチューシャは機械でできており、時折彼女の感情と同期して動いている。
「うーん、やっぱり邪魔だなぁ」
一夏は二人で戦っている自分が作った作品を、悠夜の方はシールドとブレードを駆使して防御、回避と繰り返していた。総ダメージでは一夏たちが勝っているが、シールドエネルギーの残量は作品の前に戦っていない悠夜の方が残っていた。
本来動かす男は一夏一人のはずで、桂木悠夜という男が動かすなんてありえるわけがなかった。今もどうして動かしている理由も検討が付かない状態だからこそ、この事件を影で起こしているのだ。
「まぁいいや。それよりもいっくんだね」
ディスプレイが一つ消失し、一夏と鈴音が映し出される。
そこには順調に育つ彼の姿が映し出されており、その女性―――
現在IS学園の通信以外は彼女が掌握しており、観客席にいる生徒が閉じ込められているのは彼女の目論見の一つだった。
今の世界は女尊男卑という女優位の世界になっている。今も学園内にそんな考えを持つ生徒や教師はもちろんいるが、その中で一夏が活躍すればどうなるか、彼女には予想が着いていた。
もっとも一夏にもこれをぶつけたのは一つ理由がある。
「あ、箒ちゃん」
管制室から出てくる自分の妹の姿を見つけた束は「予想通り」といわんばかりに笑い、投影されたキーボードを操作した。
■■■
クラス対抗戦が行われている第二アリーナへの侵入。それはIS学園以来起こらなかったことであり、初めての経験とも言えるだろう。
なんとか通信が繋がって簡単なやり取りは済み、三年のシステム関係に明るい精鋭たちまで持ちこたえるように指示している。
現在はそのシステムクラック中だ。だが、
(いくら何でも時間がかかりすぎる)
侵入されてから既に五分が経つ。中にいる二人は戦闘中だったこともあり消耗した状態からの継続戦闘なのでそろそろ限界だろう。
できるだけ壊さないように動くべきだろうと思う千冬だが、背に腹は変えられないと思い外から観客席と各ピットに通じる扉を壊すように指示を飛ばそうとすると、画面には更識楯無が映し出された。
『先生。私の班の代表を別の人に代えてください』
「…こんな時に何を言っている」
『第二アリーナの外で桂木君が所属不明の敵と交戦しています。おそらく、中で戦っている機体と同型機かと』
その言葉を聞いた千冬に「納得」と「疑問」が芽生える。
―――やはりか。だが何故未だにその報告が来ない?
学園内には現在一人を悠夜の確保または離脱援護を任せた教員からその報告が来ていないのだ。
とはいえ楯無を出すのを千冬は躊躇った。
『先生、私に―――』
「許可は出せない」
『どうしてです!?』
信じられないと言わんばかりの反応をする楯無。だが、
「お前はその突撃部隊の隊長だろう」
『でも―――』
さらに言い争いが続くかと思った瞬間、画面上に普段ならかかわることがないはずの人の姿が映し出される。
『おやおや、まだそこにいたんですか』
その言葉に千冬と楯無は戦慄した。
「お、織斑先生……?」
様子がおかしいと思ったのか、試合が始まる前から同席していたセシリアが千冬に声をかける。
だがセシリアの心配は杞憂に終わり、千冬はその画面にいる
「轡木さん。どうしてあなたが―――」
『なに、可愛い生徒がピンチだと言うのに一向にヒーローが登場しないことにおかしいと思っただけですよ。織斑先生』
笑みを浮かべながらそう答えるその老人―――
『更識君。今すぐ悠夜さんを助けに行きなさい。もうそろそろ彼も限界のようですから』
『……わかりました』
怪しみながらも楯無は別の教員に代わりを頼み、その場から移動する。
「……まさか意外でした。あなたはこのような状況に未介入だと思っていたのですが」
『私も本当はそのつもりでしたがね。こちらにも事情があるんですよ』
そう言って十蔵は通信を切る。管制室にはこの状況をどうにかしようとクラック中の生徒以外は呆然としていた。
そこで先に我に帰ったセシリアが辺りを見回すと、そこにはいるはずの箒の姿が無かった。
そのことを報告しようとする彼女にとある人物から通信が入ったのはほとんど同時だった。
■■■
凰鈴音は既に織斑一夏に対して恋愛感情というものはなくなっていた。それもそのはず、いくら一夏が思わず言ってしまったことだとしても鈴音にとっては一番言われたくないことであり、あの状況ではかなり気にしていたことでもあったからだ。
それでもまだ一夏と戦っているのは、ISという力を持つ者の責任感からだろう。
「なぁ鈴、なんかおかしくないか?」
「さっきからアタシたちがこうして話している時にはまったく攻撃してこないこと? それともあのISが無人機の可能性があるとでも言いたいの?」
「え、あ、そうだ。って、何でわかったんだ?」
純粋に疑問をぶつける一夏。それに対して鈴音はあっさりと答えた。
「そりゃあ悠夜と一緒にいたからよ」
「そうなのか? 羨ましいな。俺なんてまともに口を利いてくれないんだぜ」
それに関して鈴音は一つの仮説を持っていたが、それを説明する気はなかった。言ったところで正解だとは思わないし、何より一夏がそれを理解するとは思っていなかったからだ。
「でも普通に考えたら無人機だということはありえないわ。ISは人が乗らなければ絶対に動かないんだし」
それは教科書には記載されているもので、最初のほうに書いてあることなので一夏も目を通していた。
「仮にだ。無人機だったらどうさ?」
「なによ。無人機なら勝てるっていうの?」
「ああ。人が乗っていないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だからな」
確信を持っているかのようにそう返す一夏。鈴音は今まで当てなかったが、昔からこういう時は何かするのでそれにかけてみた。
そして鈴音は作戦を聞き、龍砲をチャージする。その時だった。
『一夏ぁっ!』
アリーナ内に二人が聞いたことがある声が響く。一夏は驚き、鈴音もそうだったがすぐに状況を把握する。声の主が中継室にいることを確認したが、そこには普通ではありえない光景があった。
『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』
侵入者はその声の主に興味を持ったのか、砲口を持つ腕を中継室に向けていた。
「鈴、やれ!」
「わ、わかったわよ!」
龍砲を最大出力で発射する為か、龍砲に付属されている力場展開翼が後部に広がった。
その時一夏は射線上に現れる。
「ちょっとアンタ! 何してんのよ!?」
「いいから撃て!」
「…ああ、もう!!」
撃ち出されたエネルギーが白式の背中に当たると同時に瞬時加速を行う為のエネルギーとして取り込まれ、爆発的に加速した。
そして一夏は白式に搭載されている
だがまだ左は生きており、一夏は殴り飛ばされ、今度は一夏に照準が向けられる。瞬間、侵入者はとある人物によって逸らされた。
■■■
きっかけはわからない。確かに言えることは俺が今ピンチだということだ。
「………ああ、本当にムカつくなぁ」
自分自身の弱さに、そして何より女たちの行動の遅さに。
今までこんなことがなかったから碌な訓練もしていなかったのだろうか? まったく笑える話だ。
(それとも俺に割くような人員はないっていうつもりだろうか?)
もしそうならたぶん暴れる。ガトリングをフルでぶっぱなしてクラスを血の海に変えよう。なぁに、ガトリングがあればISを展開する前に相手は死ぬな。
非常時だと言うのに絶好調な処刑脳。
(普通教員だったら適切なことをするだろ)
誰にも聞かれないからこそ心の中で悪態を付く。目の前には俺を殺そうとする機械がいるが、残念ながらもう既に打鉄はボロボロだ。
シールドも左はなくなっていて右は半分だけ、シールドエネルギーも残りわずか。この状況でどうやっても勝てるわけが無いだろう。スレードゲルミル? 大破したよ。
「……あー、本当に」
―――ムカつくなぁ
その呟きを言う前に侵入者は俺を殴るという物理攻撃で吹き飛ばす。まるで挑発ともいえるその行為に、不思議ながら俺は切れた。
とどめのつもりだろうか、砲口が付いた手をこっちに向け、熱線が発射された。
その瞬間、俺は熱線を周りを螺旋を描くように飛びながらも瞬時加速で接近。ゴールとなる砲口を手で抑え、顔面に蹴りをお見舞いした。
だが侵入者はダメージを食らっていないようで、右腕で殴りかかろうとした瞬間、右腕が爆発する。
「ああ、やっぱりそうか」
―――
少し離れたところに展開する方法が成功した。
ずっと気になっていたことがあった。とあるゲームだと出し入れが可能な武装を取ろうとしたところで同じような武器を持っていた敵に抑えられたのだが、一度消して再構成したのだが、それの逆はできないだろうかと。
今まではそれを練習したことがなかったが、まさか一発で成功するとは思わなかった。―――なら、
自然と俺の顔に笑みが浮かび、次の爆発が容赦なく敵を襲う。次、また次と連続して爆発が起こり、侵入者は身動きが取れなくなった。
次第に爆発が大きくなっていくとあるものを感じた。
(…りょーかい)
それの意図を理解した俺は出し惜しみをせずに辺り一帯を爆発させる。
すると準備ができたのか、上から大きな槍を持った更識が無慈悲に侵入者を貫いた。
■■■
時間は少し遡る。
楯無が十蔵の指示で本音から聞いた場所へと向かったが、そこには侵入者の姿なんてなかった。それならばただの妄言で済むのだが、どういうことか戦闘跡や悠夜の反応すらなかったのだ。
(一体これはどういうこと……?)
わけがわからず辺りを哨戒するが、どういうことか姿が見当たらない。
(まさか、もうやられちゃった…とか?)
一瞬、そんな光景が目に浮かんだがすぐに違うと首を振る。そんな時、楯無のところへ通信へ入った。
『更識君。どうしたんですか? もうすぐ桂木君がやられますよ』
「轡木さん……」
『……そうですね。一度、ハイパーセンサーを切ってもらえますか?』
言われた通りに楯無はハイパーセンサーのみを切る。するとさっきまでなかったはずの光景が目の前に現れた。
「……どうして」
『なるほど。どうやらあの機体がハイパーセンサーに対してジャミングをかけているようですね。いや、周辺にジャミングのドームを張っている…というのが正しい表現でしょう』
十蔵はそんな見解を述べるが、楯無は気が気ではない。
さっきから動かない悠夜、そして爆発に巻き込まれている侵入者のIS。
(え? 爆発に巻き込まれている?)
悠夜は全く動いていないというのに、どういうことか侵入者の周辺では爆発が起きているのだ。
(………やるしかないわね)
ハイパーセンサーを起動させ、楯無は自分の機体『ミステリアス・レイディ』の装備の一つ《
瞬間、加速と重力による落下を行い、蒼流旋を侵入者の機体に突き立てた。