IS学園には校舎だけでなく、ヘリポートや港、学生や来賓が通れるようにモノレールや道路などが整備されている。それだけでなく、学園内の道路も同じ整備されている。
それを見越してかは知らないが、更識は俺の特訓メニューとしてある道具を置いていった。
「………」
ひたすら無言でランニングする俺の傍らを、女子たちが通り過ぎていく。全員が驚いて俺の方を見て、器用なのか体力があるのかヒソヒソと話しをし始める。
「うわぁ、何あれ。自分、頑張ってますってアピールでもしてるの?」
「でもあれ、まるで今の男を表しているわよね」
「じゃあ、私たちが使ってあげようか」
不穏な会話が聞こえてきたので、俺はスピードを緩めて先に行かせる。
ちなみに今の俺の状況は二輪タイプの台車を改造したもので、そこから延びる二つのベルトを両肩にかけて走っている。台車の上には重りとしてIS装甲の素材で使い物にならないものを集めたものを固定している。量が少なめなのはまだ最初からだろう。
しばらくしたらランニングしている奴らが消えたのでペースを元に戻すと、また集団が来た。
それを回避してしばらくすると目的の街灯が見えてきて、その写真を撮って俺は引き返す。
ちなみにその街灯にはひし形のプラスチックが釣らされており、さっきの所業を終えてから戻ってくるというものだった。本来ならば更識か布仏のどちらかが俺に付いているはずなのだが、どちらも五月上旬に行われるクラス対抗戦の打ち合わせで外せないらしい。
しかしながら、布仏が生徒会の一員とは意外だった。布仏みたいなのは大人しく家に(この場合は寮に)帰ってお菓子を食べてゴロゴロするタイプだと思っていたから。
(というか、日頃からそう言ってるよな)
IS学園の食堂で食事を取る場合、食費はかからない。だがデザートとなると話は別なのか、高級店ほどではないがそれなりに値段が張るのだ。そのためか布仏はあまり買わず、購買部で売っているデザートを買っている。
(意外なことに、体系が変化していないんだよな………)
あくまでも見た目だし、奴は日頃から大きめの服を着ているので腹部などはわからないが、少なくとも顔の形が代わったということは聞いたことがなかった。
そんなことを思いながら走っていたからか、気がつけばスタート地点に戻っていた。
(……確かこれ、用務器具置き場って所に放置しておけばいいんだっけ)
スマホとかはすべて下足箱に入れてきたので、あるのはタオルとスポーツドリンクだけだ。
近くに地図があればいいのだが、運が悪く見当たらない。とりあえず一度校舎の方に戻って鞄を取りに行こう。
貴重品を回収してスマホに入っている地図の画像を開き、器具置き場を探す。ゴミ置き場の近くにあったのでそっちに向かおうとすると、なにやら気配を感じた。
ザッ、ザッ、とどうやら俺の方に近づいているみたいだ。
慌てて振り返ると、視線の先にはサイドアップツインテールの少女がボストンバッグをリュックのように背負っていた。
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、本校舎って何処にあるか知ってる?」
「本校舎? それなら、目の前のそれだが……」
正直な話、目の前の女は凄くヤバイと思う。なんていうか、今にも人を殺しそうな勢いだ。俺が周囲に敏感だったことにも驚きだったが、それ以上に目の前の存在から恐怖を感じた。
携帯しておいた警棒に手を触れようとすると、目の前の女の子が驚く。
「え? アンタ、まさか男なの?!」
「………気付いていなかったのか」
「この暗がりじゃわからないわよ」
そう言われ、確かに暗いと思った。既に日も落ちてしまっている。……日が出ている内に女と間違えられるよりかはマシだと俺は自分に言い聞かせておいた。
(ってか、こいつ………)
もうそろそろ4月は終わるが、本校舎の場所がわからない生徒というのは奇妙だ。ということはこの学園に客か?
(だとしたら、普通はパスとかあるよな?)
来客用のネームタグを持っていないようだし、もしかしてこれは………
「転校生?」
「そ。凰鈴音よ。よろしくね」
随分と活発そうな女の子が入ってきたな。しかもこの時期に転校とは珍しい。
「ってことは別の場所に用事があるんじゃないのか?」
「そうね。一階の事務受付って所に用があるんだけど」
「ならばそこから入って左に行けばいい」
「そう。ありがと」
そう言って転校生は校舎へと向かい、俺も用務器具置き場へと向かった。
■■■
「ということがあったんだが、何か知ってるか?」
「ええ。彼女は代表候補生よ」
部屋に帰り、何でも知っている更識にあったことを話す。何故か知らないけど更識から放たれた殺気という名の圧力により、俺はその日にあったことをざっくりと話すことにしている。
「しかも中国ということは、おそらく衝撃砲を積んでいるわね」
「衝撃砲?」
謎の単語が出たので聞くと、更識は説明する。
「空間自体に圧力をかけて砲身を生成して、その余剰で生じた衝撃を砲弾として撃ち出す大砲……わかりやすく言えば、触れることが空気を銃から撃ったような感じね」
「……まさか空気だから見えない、なんてことは言わないよな?」
「ご名答。公開されている映像では見えなかったわ。ISを通してならば空間の歪みでわかる程度かしら」
それ、どうやって攻略するんだよ。
同時に「何故そこまで教えてくれるんだ?」と疑問が出たが、そこは自分で解決することにした。
「しかし、随分と微妙な時期に転校してきたな。普通ならば入学するか、9月から転校とかだろ」
ありそうなことを言うと、更識はそれとは別の案を出す。
「調整ぐらいだったら遅らせるってこともあるわよ。でも彼女はIS学園の入学を拒否していたの」
「何それ羨ましい」
「気持ちは理解できなくもないけど、それをしたら実験室行きよ? まぁ、実際代表候補生にとって最初の授業なんて復習ぐらいにしかならないし、起動なら本国でもできるってのも理由の一つよ。それに中国では衝撃砲は完成しつつあるからね。今は第三世代機としての安定性に取り組むくらいだし。彼女の機体もそうなっているはずよ」
なんか、これだけ聞いてたら今の兵器事情は中国が有利みたいだな。
「で、入学拒否していた奴がどうしてIS学園に来たんだ?」
本題に入ろうとすると、更識が顔を逸らす。
「怒らないでよ?」
念押ししてくる更識に対して頷くと、聞きたくなかった言葉を吐いた。
「織斑君がIS学園に入学することになったからよ」
「……………」
そう聞いた俺は少しばかり後悔した。別の場所を教えておけばよかったと。
まぁ、織斑はイケメンだし、追っかける気持ちは女の気持ちを考えればわからなくもない。わからなくもないが、個人的には何故か許せなかった。
「中国はよくそんなわがまま女を入学させたな」
「中国政府は入学させたかったみたいだったから、すぐに動いたようよ」
明らかに嫌そうな顔をする更識を見て、俺は何かを感じ取った。
「それに彼女自身が織斑君と知り合いってのも大きいわね」
「………」
篠ノ之も、そしてオルコットもレベルは高く、そして凰自身は二人に比べて胸が小さいが、それでもそれ以外のレベルは高く思えた。うん、解せない。
「だけどこれは問題視するべきことよ」
「………は?」
急にそんなことを言われ、戸惑った。
「おそらく中国は凰さんを使って織斑君の勧誘を行うはずよ。貴重な男性操縦者ってのもあるけど、織斑君の場合は織斑先生の弟ということもあって操縦者としての腕を期待されているわ。相手が油断していて専用機を使用していたとしても、善戦したのは確かだし、途中まで初期設定のみで戦っていたことは十分評価されるわ」
それを聞いた俺は更識が言おうとしていることを察した。
「つまり、俺の身がますます危ないと?」
「そういうこと。だから明日から本格的にISの操縦訓練に入るわ」
「まともに操縦できない人間に対しての扱いじゃない気がする」
「そうでもしないとあなたの立場が危うくなるわ。それとも、もう生に未練がないとか?」
「んなわけあるか」
まだ16年と少ししか生きれていないのに、急に死ねとか悲惨なんてレベルじゃない。
「だったら明日から早速練習よ。放課後、すぐに第三アリーナに来てね」
そう言って更識は何故か部屋を出て行く。……この時間でも仕事があるのだろうか。
(………でもなぁ)
一つ、たった一つだけ問題があった。
おそらくこれを言ったら間違いなく落胆されるし、何よりもプライドで言いたくなかった。
(まさか武器を握ったら嫌悪感が出るなんて……言えるわけがないよなぁ)
弾込めなければ銃は大丈夫みたいだけど、ブレードはそうでもないということが今日の演習でわかったなんて、絶対に言えない。