病室から出た修吾はそこで待機している三人と出会う。
「……あの」
千冬が話しかけようとすると修吾はそれを止める。
「悠夜のことなら気にしなくていいさ。あれはあの子がちゃんとしていないのが原因なんだから」
「し、しかし」
「大丈夫だって。まぁ、あなたにはこれから様々な苦労をかけると思うから、今は休んでくれ。……まぁ、そんなに大事なら、しばらくその二人以外の面会は許可しないでくれ。邪魔でしかないからね」
そう言って修吾は楯無と本音の二人を向くと、二人に笑いかけた。
さっきの花嫁云々も含めて唐突のことで二人がどうすればいいのかと話しかけずにいると、
「……………ハーレムもあながち悪くないかもしれないね」
修吾の口から漏れたその言葉が原因で、二人も含めて千冬も固まった。
「おやおや、これは一体どういうことですかな?」
「ああ。久しぶりです、十蔵さん。お変わりないようで」
意外な人脈を知った三人は復帰し、二人を交互に見る。
「あなたのお母さんに比べたら、私も菊代も老いましたがね」
「いやぁ、あんなのと比べること自体が間違いですよ」
お互いに笑いあっていると三人が呆然とする。
それもそうだろう。今、修吾が話している
三人の視線を無視し、そこから自然の流れで話しながらフェードアウトする二人。彼らは三人から距離を取ったことを確認すると、修吾から話を切り出した。
「十蔵さん。頼まれていた例のアレです」
そう言って修吾は十蔵にUSBメモリスティックを差し出す。十蔵は受け取り、それをポケットにしまった。
「いつもありがとうございます。報奨金はいつものところにお入れしておきますね」
「ええ……と言いたいですが、今回はここにお願いします」
修吾は一枚の紙を出してそれを十蔵に渡す。不思議に思った十蔵はそれを受け取って氏名欄を確認した。
「………ここは」
「…実のところ、そろそろヤバイと思うんですよね」
「………わかりました」
二人は来賓用の駐車場にある軽トラックへと向かい、そこに積まれている荷物を降ろし始めた。
■■■
土曜日の昼、検査が終わって俺は退院した。
そして俺の荷物が入院前からお菓子が二つほど増えたという怪奇現象が起こった。
(一体、誰がこんなことを………)
気味が悪いと思ったが、せっかくもらったものだ。大切にってのは少し違うかもしれないが、食べることにしよう。
なんて平和な考え方だったら、今頃織斑とかと話が合っているだろう。
どうせ何か混入していると思うので近くにあったゴミ箱に捨てると、妙に視線を感じた。
(………まさか)
捨てたお菓子を取ると嬉しそうな視線を感じた。
そして念のために捨てると悲しみでどんよりとした空気になる。
気になって仕方がないのでそのドアを開けると、そこにはやっぱり布仏の姿があった。
「………何をしているんだ、お前は」
「え、えへへへへ………」
ドアを閉めて荷物整理を再開すると、布仏はドアを開けて入ってくる。
「……何の用だ?」
「手伝いだよ、お手伝い~」
「いらないから帰れ」
もうほとんど終わっているのもあるが、何よりも女に手伝わせる気がなかった。今の世界が女尊男卑だからとか、そういうわけではない。なんというか、勝手な拒否反応?
「じゃあ、一緒に帰ろ~」
「別にいい」
荷物を持って廊下に出る。荷物が重く感じるが、「これもトレーニングの一環」と自分に言い聞かせて我慢していると、一人の老人がこっちに歩いてくる。
用務員の格好をしているその男は台車を押していて、これから何かを運ぶようだ。
「ども」
「こんにちは」
会釈すると向こうも返してくる。
俺はそのまま行こうとすると、その老人は俺に話しかけてきた。
「桂木君、君はそのままの格好で行くつもりですか?」
「………ええ、そうですけど」
現在、俺の着替えが三日分、大量の教科書や参考書が入ったダンボールが二つ積まれている。ちなみに腰にはダンベルが入っている。確かにこれで移動するのは邪魔だろう。
とは言え誰かが俺に何かを貸してくれるわけではないので、そのまま行くことにした。
「もしよければ、私の台車を使いますか?」
「いえ。それだとあなたの仕事に支障をきたしてしまうでしょう?」
「大丈夫ですよ。これはあなたのために持ってきましたから」
………俺の、ため?
そのことに対して疑問が出てきたが、聞いてはいけない気がして黙る。……なんか、この人からそういうのが出ている気がした。
謎の威圧感を感じ続けるので、渋々受け取ることにした。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。お気になさらず。返す時は直接用務員室に来てください」
「わかりました。……えっと」
どう呼んでいいのかわからずに口ごもっていると、その老人は自己紹介した。
「そういえば、私たちが会うのは初めてでしたね。私は
「どうもはじめまして。桂木悠夜です」
お互いに頭を下げてそんな挨拶をする。布仏は轡木さんに笑いかけると、轡木さんも笑顔を返した。
「これからもよろしくお願いしますね。末永く」
「え?」
気がついた時には轡木さんの姿はなかった。念のため辺りを見回すが、本音を除いて人っ子一人いやしない。
「………帰ろう」
不気味に思いながらも、そう口にして行動するのだった。
■■■
『ということじゃ、今代の。悠夜のことをくれぐれも頼むぞ』
「わかりました」
場所は変わり、一年生寮の角部屋では楯無が着替えていた。そこは悠夜が使う部屋でもあり、同居人となる楯無は引越しの作業を終えてあの服装に着替えている。
その服に着替えた楯無は「良し」と電話相手にも聞こえないように言うと、
『ところでじゃが、今お主は何をしているのじゃ?』
電話相手の女が聞いてきたので、楯無は今の姿を悟られないように言った。
「部屋着に着替えています」
『そうかそうか。ところで、悠夜まだそっちに来ておらんじゃろうな?』
「…ええ」
『ならば忠告しておく。パジャマはダメじゃ。下手すればジャージでも危険じゃぞ』
「じゃあ私は何を着て寝ればいいんですか?」
電話相手の予想を斜め上を越える発言に楯無は頭を抱える。
(でも、妙に真剣ね)
楯無は電話の相手との付き合いは8年に及ぶ。
彼女の家は暗部組織でもあるため、家族で大掛かりの作戦をする場合は低学年までは彼女も電話の相手の元へ預けられていた。それゆえか、最近はともかく暇さえあれば遊びに行っている。電話の相手はふざけた発言をすることが多いが、真剣な時は楯無にもなんとなくわかる。
『そうじゃのう………』
電話の相手が答えようとした時、チャイムが鳴り響く。
『じゃあの』
電話を切られたことで楯無は内心「えぇ……」と思うが、自分の身嗜みを確認してからドアを開ける。
「おかえりなさい。ごはんにします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
下に水着を装備した(端から見て)裸エプロン姿の楯無を見た悠夜はドアを閉めた。
■■■
さて、どうしたものか。
俺こと桂木悠夜はトコトコと付いて来る布仏本音をどうやって撒こうと真剣に考えていた。襲われるのは嫌だが、こうやって付いてこられるのは少し恐怖を感じる。
(まぁ、本当は人気がいない……例えばトイレとかに連れ込んで襲ってみたいほど可愛いが)
それはあくまで見た目だけである。訂正。声も十分可愛いです。
ともかく色々と危険な女は早々にお帰りいただくに限る。抱き枕には最適かもしれないが、ここで発情したって俺にはメリットが……あるが命をかけるほどではない。
(っていうかこいつ、何処まで付いて来る気だよ)
もはやホラーとかそこまでのレベルにすら達している気がして、今すぐ離れたい。
距離を開けようと少し早めに移動すると、布仏は俺のペースに合わせて付いて来る。ヤバイ。逃げたい。というか誰かこの現状に疑問を持って欲しい。というか今すぐ誰か布仏を俺から剥がして欲しい。
(まぁ、台車を避けて道を開けてくれるのは嬉しいが)
ちなみにだが、今日から俺は寮暮らしだ。パンフレットで見ていたから楽しみである。
現実逃避のためにどんな暮らし方をしようかと考えていると、俺の部屋である「1045」室が見えてきた。
「じゃあね、かっつん」
結局会話もないまま布仏は消える。内心そのことでホッとしていて、興味はすぐに目の前の部屋に移った。
パンフレットにあるのは所詮はサンプルだ。だが見た目からして高そうなベッドがあるから、そこで今日からぐっすりと寝れる。つまり疲れが取れて少しは楽になるかなぁ。
なんて淡い夢を描きながら念のためにチャイムを押すと、中からドアが開かれた。
「―――おかえりなさい。ごはんにします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
中から裸エプロンを装着した女が出てくるなんて誰が想像できようか。
咄嗟にドアを強制的に閉める。両手を離していたのか反応できなかったらしい(おそらく)同居人は驚いた顔をする。
(落ち着け。これは夢だ)
おそらく暗記系特技「クイックリメンバー」を使ったからだろう。文章の暗記をしている時に寝る前に口に出して暗唱していたら、次の日にすべて覚えていたことからヒントを得たものだ。
と、話は置いといて、今はさっきの謎の幻覚だな。
俺はもう一度チャイムを鳴らし、ドアを開ける。
「おかえりなさい。私にします? 私にします? それとも、わ・た・し?」
「……………」
ISを動かしてからはこう言ったイベントはほぼ100%ありえないと思っていたが、まさか目の前で見られるとはな。
いやいや、落ち着け。これは幻覚だ。誰かがイタズラで仕組んだ罠だ。絶対にそうに違いない。
とりあえずここは冷静になって、相手を説得するしかないだろう。
「更識。とりあえず今すぐ着替えて来てくれ」
「興奮してきたかしら?」
「ああ。だから早く着替えてくれ」
半分適当、半分真剣に答えると、更識は何を思ったのか下のほうを軽く動かす。
反射的に視線をズラしてしまったが、すぐに戻す。悲しいかな、これは男の―――さらに言えば思春期による反応である。
「大丈夫よ。だって下、水着だし」
それを聞いた俺は思わず漏らしてしまった。
「………これから俺はこんなクソビッチと寝食を共にするのか」
瞬間、俺の頬が叩かれた。まったくもって理不尽である。