#1 始まってほしくなかった高校生活
今の状況を漢字一文字で表すと、「鬱」だ。
というのも、今俺の前には男一人と残り女30人で構成されていて、女は全員男のほうを見ている。そいつはイケメンだからだろう。俺だと見た瞬間に汚物を見るような目を向けてすぐに逸らされたが。
さて、どうしてこの状況になっているのかというと、俺ともう一人が入学した学校は事実上の女子校だからだ。教員も全員女らしいけど、少しくらい男がいてもいいんじゃないか?
(それは無理な話……だな)
よくよく考えてみればそんなことを女たちが許すわけがないし、男の方も遠慮したいことだろう。考えてみたら俺もそうしたいです。
なので即刻退学して元の生活に戻りたいのだが、そんなことをしたら死は確定だろう。
「
現実逃避をしていると、前の方からもう一人の男の名前が呼ばれた。今は自己紹介中なのだが、もう一人の織斑一夏は考え事をしていたのか、もしくはこの状況で「俺ってハーレムキングになれるんじゃないか?」などと考えていたのかは定かではないが、さっきまで前にいる副担任の
「は、はいっ!?」
大声で呼ばれて驚いたのか、織斑の返事の際の声が裏返っていた。くすくす笑いをされていたが、俺の場合はそれに加えて罵倒されるのが目に見えていた。流石はイケメン。女たちを己に対して優しくする雰囲気を作り上げる。……そんなスキル、俺にはないから羨ましい。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! で、でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だから、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
どうやら山田先生は今のご時世では珍しいタイプの女らしい。おそらく彼女の存在を知ったら四方八方が女に飢えた男たちが求婚するだろう。見た目は幼くて俺たち10代後半……前半ぐらいでも通るんじゃないか? そんな天然記念物がまだ存在するのだから、世の中捨てたものではない…と、思いたい。
ちなみに山田先生の特徴を上げるなら、サイズが合っていない服を着ているメガネってことだろう。可愛い女の子がメガネをかけた感じで、おそらくだがおっぱいがデカい。彼女の取り合いをするなら大乱闘は必須、死亡者多発で俺も容赦なく爆殺、絞殺といった手段も辞さない…のだが、
(……ヤバイ、死体までも想像してしまった。しかもグロテスク)
常人よりも高いであろう想像力を持っているから、余計なものまでも想像してしまう。俺の悪い癖だ。
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」
「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」
アイドルにしたら間違いなくストーカーが一週間で拉致監禁でエロルート確定だな。というかあの先生、間違いなく世間を知らなさそう。もっとも俺も人のことは言えないけど。そもそも16で一体何を知っているのかって話だ。
なんて一人でボケとツッコミをしていると、織斑が立ち上がってこっちを見た。というかまず最初に見るのが真ん中ではなく俺ってどういうこと?
しばらく俺を見ていたようが、勉強をしている最中の俺には関係ないことなので無視していると、やがて自己紹介を始めた。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
かなり普通の自己紹介だが、これが妥当だとは思う。
というか思春期の男が周りが女という環境の中でまともな自己紹介ができるわけがないだろう。
(だけどそんな期待したような雰囲気はイケメンだから仕方がない)
恨むならイケメンとして生まれた自分を恨むがいい。
「以上です」
やっと出てきた言葉がそれで、周りはずっこける。俺の場合は「ああ、やっぱり」と思っていた。
(むしろちゃんと切ったことを評価しろよ)
自分なら間違いなく無言で着席だろうと思っていると、いつの間にか入っていたのか黒いスーツを着た女性が織斑の頭を叩いた。
(えっと、どういうこと?)
状況が把握できなかった俺は、その女性がいきなり男である織斑を殴った風にしか見えない。まさしく
「げぇっ、関羽!?」
まさかそんな名前を付けられている女がいるとは思わなかった。
もう一発殴るその女性は言い放つ。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
これ、絶対にどこか裏の組織とかの出身だよな? 軍隊出身と言われても違和感ないと思う。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな」
山田先生と話したことで織斑先生と呼ばれたその女性に漂っていたさっきまでの怒りオーラ的なものがなくなった。山田先生が持つ癒しオーラ的なものがそれを打ち消したか浄化したかのどちらだろう。
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
顔を赤くしてそう答える山田先生。……レズには興味がないので自重してもらいたいものだ。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
この先生の授業をすべてボイコットしたいという衝動に駆られたが、そんなことすれば俺の成績が悲惨なものになるのは目に見えているので出なければならない。
(本当に、過去の自分を恨みたくなる)
想像力のほかに無駄な特殊能力を持ってしまった俺が今したいことは、タイムマシンに乗って過去に行き、適性試験を受けないように妨害するか、大量のプラモデルを渡して作業させるかだな。
ちなみに今この状況なんだが、女たちが騒いでいるので逃避中だ。
(というか何? あの先生ってそんなにすごいのか?)
ただ鬱憤を晴らすために暴力を奮う女にしか見えないのだが、織斑千冬という女はそんなにすごいのだろう。さっきから女たちが黄色いを声を上げていて、耳が痛い。
ちなみに内容だが、
「キャーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!」
そのほかにも、「指導されるのが嬉しい」やら、「あなたのためなら死ねる」やら、信仰や妄信レベルの奴らが多いようだ。
(ところで、織斑一夏と織斑千冬って、何か関係あるのか?)
同じ姓だが親子? ……いや、もしかしたら姉弟か?
織斑先生が敏腕教師として有名なら名前が売れるまでにそれなりの年数が必要だけど、見た感じそこまで老けていないから20代中ごろから30代前半ぐらい。そして織斑一夏は今年16歳だから……かなりの年の差だ。結婚も無理だし、顔も似ているから親子……もしくは年が離れた姉弟だろうか。
「……毎年、よくもこれだけばか者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者が集中させているのか?」
その言葉に驚きを隠せなかった。去年もとか異常だと思う。
「きゃあああああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
このクラスが異常すぎて、俺の全身から血の気が引いた気がした。
「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」
クラスを文字通り暴力で黙らせて、織斑先生は織斑にそう言った。ちなみに手法は教卓を出席簿で殴るという行為だったが、それでも周りには十分だったようだ。
「いや、千冬姉、俺は―――」
即座に出席簿で叩く織斑先生。
(というか、姉弟なのね)
ってことは間違いなく贔屓されることは間違いない。もう少し考えてクラスを編成してほしかったものだ。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
ところで、さっきのはわざわざ殴る必要はあったのだろうか? 注意だけで十分だったはずなのだが、考えてみれば女ってのはそういうのを平気で実行する奴らしかいないから仕方がないのだろう。
「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」
「それじゃあ、男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して…」
「じゃあ、もう一人も千冬様の弟とか、もしかして親戚?」
最後の言葉が発端となり、全員が俺のほうを向く。その異常さに思わず顔を上げてしまって後悔した。
(全員がこっちを注目するとか、ある意味異常だろ)
例えそれが羨望とか殺意とかでもな。
「時間的に最後だな。桂木、自己紹介しろ」
「……はい」
簡単に終わらせようと思って席を立つ。それでもこっちを向く視線はなくなる気配を見せなかった。
「織斑みたいな自己紹介はするなよ」
「……………」
そう言われて思わず顔を引きつらせてしまう。さり気なくプレッシャーとか鬼かアンタは。
「あー……
一礼してから頭を下げてから上げると、何人かが驚いていた。
(高校に通うスペシャリストが出てくるアニメを見ていて良かった)
内心そう思いながら着席すると、織斑先生が織斑に対して再び言った。
「よく覚えておけ、織斑。自己紹介とはああいうことを言うんだ」
そして前の方から視線が感じ始めたが、気にせず勉強の続きをする。
「さあ、
内心でだが全身全霊を持って、俺は彼女に「拒否権ないじゃねえかこのクソババアッ!!」と悪態を吐くのだった。……せめて必要最低限の人権だけはあって欲しいと切実に願う。