喰種。人を喰らう化物。
「始まりの喰種」を自称する一族、その当代「真祖の姫君」
彼女を追い日本へ入った「埋葬機関第七位」
消息不明の「紅赤朱」
そして、歴史に名を残した喰種退治屋「和修」と、歴史の影に埋れた「七夜」の存在。

東京喰種×月姫
※これは月姫世界を東京喰種世界に落とし込んでみた作品です。続かない。

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始期


東京月食

 喰種(グール)。

 人を喰らうヒトガタの生物。

 人よりも強靭な肉体を持ち、赫子と呼ばれる喰種特有の捕食器官を持つ化物。

 彼らは人の姿のまま、人の世界に紛れ込み、人の死肉を喰らう。それは、時に腐肉を漁るハイエナのように、既に死した人の肉を食し。時に飢えた獣のように、命ある人間を野に咲く花を手折るかの如く容易く屠り、その屍を貪る。

 喰種。

 それは、人の天敵。

 人の形(なり)をして、人の言葉を理解して、人の心の機微を悟ることが出来る、人に対する捕食者。

 

 

 

 飢える。渇く。腹が鳴る。

 空腹、空腹、空腹だ。

 腹が空いた。喉が渇いた。最後に飯を食ったのは何時頃だ。

 肉の味を思い出す。口の中に弾ける脂は甘く、滴る赤い血は芳醇で、噛み千切る肉は程よい弾力のある歯ごたえ。はるか遠い昔のように思える、肉の味。最後に味わったのは一ヶ月前とちょっと前、だったろうか。

 それくらいしか空いていないはずなのに、もう何年も口にしていないような錯覚を覚える。

 駄目だ、もう限界だ。何時もの猟場に行かなければ。……いや、ここからは遠すぎる。……違う、遠くはない。遠くはないが……それは普通の空きっ腹での話しだ。今の飢餓状態であそこへ向かうのは耐え難い苦痛だ。

 一分、一秒、瞬きする時間さえ耐え切れない。嗚呼、肉が、にくが、にくがくいたい、いますぐにでも。はらがへって、しようがない。

 もう、いいだろう。我慢した、十分俺は我慢した。犬の糞のような味がするものを食い、それを無理矢理牛臭いヘドロで流し込んだ。食えと言うから、我慢して食ってきた。

 お前らはいいよな、全くもって、お前らは本当にいいご身分だ。

 俺がこんなにも我慢して、耐え続けて、糞不味い飯を吐きそうになりながら無理矢理食っているのに、お前らはそれをヘラヘラヘラ笑いながら、心底美味そうに、見せびらかすように、噛み千切り、舌で転がし、満足気に嚥下する。

 俺も、腹いっぱい、食いたいんだよ。新鮮な肉を、温かみのある肉を、ぷつりと犬歯で噛み千切って、肉の繊維一つ一つをじっくりと解きほぐすように、甘美な瞬間に没入したい。

 お前らが美味そうに飯を食うたび、俺は生唾を飲み込みながら必死に我慢しているんだ。

 美味そうに飯を食うお前らを美味そうに見ている俺。そのぷくりと血管の膨らんだ喉笛に噛み付いて、血のワインを全身に浴びながら酔いたい。鳥の骨肉を掴んだその指先を丹念にしゃぶって、骨の髄から染み出すエキスを堪能したい。たんまりと脂がのったその揺れる二の腕を、無作法に思い切り齧りつきたい。そんな欲求を、欲望を、必死に、必死に、我慢して我慢して我慢して。

 食欲も我慢した。身体への毒物だって我慢して摂取した。その上更に、この飢えまで我慢しろっていうのか?

 それはもう、無理だ。どうしたって、出来ない。

 腹が減った、腹が減った。腹が減った。

 これだけ耐え忍んできたのだから、今日ぐらいは、いいか。いいだろ、なあ。

 いつも食っている、死んでから数日数週間経過した腐りかけの肉、あれはあれで中々の妙味だが、たまには新鮮な、とれたての肉が食いたい。我慢し続けてきた今日くらい、その新鮮な肉を食っても、いいか。

 決めた。今日はその日だ。とれたての日だ。

 そうと決めたならもう我慢の限界だ。腹が音を立てて鳴り出した。これ以上待たせるなと催促を始めた。

 物陰に姿を潜めて、息を殺して獲物が通るのをじっと待つ。次、目の前を通った奴がいたら、それを食おう。そうしよう。

 はやく、はやく、はやく、こないかな、こいよ、こい、こい、こい、こい、こい……。

 

 かつり、と、ハイヒールが地面のアスファルトを叩く音が、路地裏にこだました。

 時刻は深夜、繁華街の細い通りを一つ二つと曲がっていって、あまり人の立ち入らない、社会にぽつりと生まれた隙間。

「何かしらの事件に巻き込まれるかも」

 まともな思考回路の持ち主ならそう考えて、足を踏み入れるのに躊躇する時間場所。悪漢暴漢、あるいは喰種。そんな社会の闇を住処にする存在が、吹き溜まりのように根付いている可能性が高い間隙。

 彼女(・・)はそんな些事(・・)を気にすることなく、街灯一つない細い路地裏を歩いていた。

 かつん、と、もう一つ、ヒールがアスファルトに落ちる音。

 歩く、歩く、自然体のまま、歩く。

 

 きた。

 

 彼女が歩を進める度に、揺れる紫のフレアスカート。

 

 きた。

 

 彼女が腕を振る度に、人目を惹きつける蠱惑的な身体に悩ましい陰影をもたらす白のセーター。

 

 きた。

 

 彼女が地面を蹴り出す度に、たっぷりと揺れる金糸の髪。

 

 えものが、きた。

 

 そして、物陰から飛び出した名も無き喰種を機械のように見据える、彼女の紅玉のように朱い瞳。

 

 

 

 

「欧州からの客人、ですか」

 CCG特等捜査官、丸手斎(まるでいつき)は局長和修吉時(わしゅうよしとき)の「欧州から客人が来る」という言葉に鸚鵡返しそのままで答えた。

 CCG――喰種対策局――は人類の天敵である喰種の駆除、掃討の為に設立された公的機関。そこに所属する捜査官――通称「白鳩(ハト)」――の一人である丸手は、唐突に自身を局長室に呼び出してきた目の前に座る上役の言葉に疑問符を浮かべていた。

「そうだ。欧州から一人、ある喰種を追って日本に入ってくる者がいる」

 いまいち要領を得ない、と丸手は首筋をかいた。

「つまり、欧州の局から喰種のケツを追っかけて日本入りする奴がいるってことですかい」

 CCGは何も日本だけに存在する機関ではない。喰種あるところ白鳩あり……人々の生活を脅かす喰種が生息するあまねく地域に、彼らを狩るために対策局は存在する。端的に言ってしまえば、世界各地。

 その内の一つ、欧州の局から捜査官が一人日本にやってくる。目の前の上司が言いたいのはそういうことかと丸手は当たりをつける。

「いや、CCGから、ではない。欧州にはCCG以外にも喰種への対抗を計る組織が存在しているのは知っているだろう」

「ああ、そういや……。じゃあ客っつうのはそこから」

「ああ。今回その人物が目標にしている喰種が日本に入ったとの話を受けて、後を追いに来るそうだ。彼女もまた喰種を駆除するという我々と同じ志をもつ者だが、CCGの人間ではない。指揮系統が違うというわけだ。もしも現場で彼女とCCGの捜査官が鉢合わせになるということが起きると、中々面倒なことになる」

「そいつは確かに」

 手柄・賞罰の問題や、ミクロ的な観点で見たときに生じる目的の齟齬。喰種との戦闘の際に、もしも指揮系統を別にした二組がその場に存在していては、大局で見れば味方であるはずの人間同士で足の引っ張りあいを演じてしまう可能性も拭いきれない。

「そこで先方から提案があった。その欧州からの客人を一時的に『CCG預かり』にして貰えないかと。日本に入ったとされる喰種の討伐が最優先事項であるのは変わらないが、その目的達成の邪魔にならない程度なら他の捜査官と同じように使って構わないと」

「成程。そこで俺が呼ばれたってことは、俺の指揮下に入れるってわけですな」

「頼んだ、丸手斎特等捜査官」

 敬礼を返して、丸手は任を拝領した。経緯が煩雑で中々に使いにくい部下が増えるわけだが、戦力自体は向上するのだし、構わないだろう。第一、丸手自身に本局局長からの命令を跳ね除ける権限はない。命ぜられれば唯々諾々とその令を執行するだけだ。

 CCGとしても、客人の受け入れを断る理由はない。「使いにくい」「規律を乱す要因」として断ったとしても、あちら側が日本に入ること自体を拒絶することは出来ない。CCGに人間の渡航を制限する権限なぞ存在しえないのだから。つまり断った場合、客人側は「そうですか」と残念がる素振りだけ見せて何食わぬ顔で入国。現場ではあちら側があちら側の流儀で好き勝手に捜査を行うこととなる。一利はあるかもしれないが、その一つの利益に対して百害が生まれてしまいそうだ。それならば最初から手元に置いて、ある程度のコントロールが出来るのならばそれに越したことはない。

「それで、そいつの名前は」

 丸手が吉時に尋ねた。

「これだ」

 吉時は抽斗(ひきだし)の中から幾つかの書類を取り出し、丸手に手渡した。

 先方から送られてきた「客人」とその客人が追う「目標」の名が記されたそれを読み、丸手は一つ頭を?いた。

「苗字、でいいんでしたっけね。向こうの人間の名前の後ろについてる奴は。それはないんですか、こいつには」

 書類に貼り付けられていた顔写真を指先で叩きながら。面倒臭そうな奴が来るとでも言いたげな表情を浮かべて、丸手は呟いた。

「追っているのも……はあ、こりゃまたとんでもねえのが入ってきたもんだ」

「彼女に苗字はないそうだ。少なくとも、書類上は。ただあるのは『シエル』という名前だけ」

 吉時が答えた。

 写真に写る「客人」の姿は、空色の髪の毛に、整った顔立ちの女性。肩回りまで写っている服装からは、彼女が着ているものがカソックであることが分かった。

 埋葬機関・七位、「弓」のシエル。渡された書類に書かれていた「客人」の名は、それだった。

 そして、彼女が狙う喰種の名は……。

 

 

 

『十日未明、奈須ビルの付近にて男性の遺体が発見されました。喰種捜査局は司法解剖の結果この男性が喰種であると発表。現場の状況から喰種同士による争いが起きていた可能性が高いとしました。本日はスタジオに喰種研究家の小倉先生をお呼びして今回の事件について……』

 ぶつん、と、テレビの電源が切られた。

 時刻は朝の七時四十分、のんべんだらりとテレビに齧りついていられる余裕は既になく、学生服を着込み、眼鏡を掛けた黒髪の青年はリモコン片手にテレビの電源を消し、傍らに置いた鞄を持ち、玄関に向かった。

 靴を履き、玄関の扉を開け、振り返る。

 家の中からエプロン姿の女性がパタパタとスリッパの音を立てて姿を現した。

「それじゃあ叔母さん、長い間お世話になりました」

 青年が、女性に向かって一礼する。

「荷物は全部、あちらのお宅に送っておいたから」

「どうもすみません。……叔父さんにくれぐれもよろしくお伝えください」

「ええ、志貴も身体に気をつけて」

 青年――遠野志貴――は、自身の身体を慮ってくれた叔母、有間啓子から見送られて、八年間過ごしてきた有間家を後にした。

 

「よう遠野、珍しく朝から来たな」

 志貴は自身が通う清巳高校へ登校し、二年のクラスに入ると同時に背後から肩を組まれ、悪友からの挨拶を受けた。

「お前にだけは言われたくない。……有彦」

 髪は赤く染め上げられ、短髪に刈り込まれている。目つきは鋭く、耳にはピアス。制服を着崩したその風貌は立派なアウトロー。生活態度も他人に迷惑こそ掛けないが、その姿に似合う程度に乱れている。志貴の悪友であるところの乾有彦(いぬいありひこ)もまた、早朝から学校にいることは珍しい。

「万年遅刻魔のお前こそ、何で朝からいるんだよ」

 志貴が眼鏡越しにじとりと有彦を見た。

 その視線を気にすることなく、有彦は「姉貴がうるさくてよ」と愚痴混じりに近頃の治安の悪さについて話し始めた。

「喰種の捕食事件も活発だしな。夜遊びも出来ねえから朝早くに起きてよ。暇潰しに来てみたってわけよ」

 二人で話していると、丁度登校してきた栗毛の少女が会話に加わってくる。

「おはよう遠野くん乾くん。何の話をしているの?」

「おはよう弓塚さん。身体の調子は大丈夫なの?」

「よう弓塚。喰種の話だよ喰種の」

 ツインテールをぴょこぴょこと揺らす彼女の名は弓塚(ゆみづか)さつき。志貴と有彦のクラスメートだ。

「うん、血液検査してもらったらね、異常なし。単なる疲労だって。……そっか、最近よく聞くよね、喰種の話。昨日なんて喰種と喰種が争ったーってニュースもやってたし」

「喰種と喰種が?」

 初耳だ、と志貴が目を丸くした。センセーショナルに扱われていたニュースだけにこのことを知らなかった志貴に対して有彦とさつき二人して「知らねえのかよ」「知らなかったの?」と声を重ねて。

「何処かで聞いたような覚えは……。ここ数日忙しかったからかな」

「そっか、遠野くん引越しの準備があったんだもんね」

 それならしょうがないよ、とさつきは慰めの言葉を口にして。

「確か丘の上の実家に帰るんだっけ。お屋敷の」

「一応そういうことになってる」

 頷く志貴を目の前にして、さつきは自身の胸元に手を当てて、「よし」と内心で小さく決意を固める。頬を僅かに紅潮させて、なけなしの勇気を振り絞って。

「わ、私も家がそっちのほうなんだ」

 小さく息を吸って。

「……よ、良かったら今日一緒に帰」

「ちょっといい?」

 らない? そう言葉を締めくくろうとした直前に、さつきの言葉は妨げられた。

「えっと、何かな、霧島さん」

 首元まで伸ばした黒髪で片目を隠した髪型、細身のスタイルに勝気な眼差し。志貴に突然話掛けてきた少女の名は、霧島菫香。志貴たちと同じく清巳高校二年、クラスメートだった。

 同じクラスではあるが、日頃あまり接点のない存在から突然話しかけられたことに対して、志貴は少しばかり戸惑いながらも尋ねた。

「……遠野、引っ越すって? 『あの』丘の上の屋敷に」

「ああ、うん。そうだけど」

「……そう」

 それだけ聞くと、トーカはその場を離れ自身の席に座りなおした。彼女の横の席に座る依子という名の友人が、「いきなり遠野くんに何の話だったのー!?」と騒ぐ声が聞こえてきた。

「これはあれか。玉の輿狙われてるんじゃねえか。お前が金持ちの御曹司だと知って」

「馬鹿」

 突然の第三者の乱入にしばし固まった場の空気を凝りほぐすように、有彦はかかと笑って志貴を囃したてた。

「……そういえば、弓塚さん。何の話だったっけ」

「いえ、なんでもないです」

 ぷしゅうと頭から湯気を出しながら、さつきは肩を落として自分の席へと向かっていった。

 にやついた笑みを浮かべた有彦と、頭に疑問符を浮かべた志貴がさつきの後ろ姿を見送った。

 酷く楽しそうにしていた有彦は、ふと急に真面目な表情を取り戻して、志貴を真っ直ぐに見る。

「……それにしても、いいのか? お前は実家に帰るのが億劫そうな顔してるが」

「そう……見えるか?」

「まあな」

 迷い無く頷く悪友を眺めて、そうか、と志貴は心の中を整理する。

「有間の親御さんとの仲が悪くなったとかじゃねえだろ」

「まさか。よくしてもらった。それだけにこれ以上迷惑を掛けたくないだけさ。実家が『戻ってこい』と言ってるんだから戻るのが普通だろ」

 志貴は自分自身に半ば言い聞かせるように喋り続ける。

「それに……」

 脳裏に浮かんだのは一人の少女の姿。

 にいさん、と自分の服の裾を掴み、縋るようにこちらを覗き込む黒髪の少女の姿。

 そうだ、彼女がいる。彼女がいた。それだけで自分が実家に帰るのは正しいことなのだと思えてくる。

「それに向こうには八年間ほっときっ放しだった妹もいるし」

 

 

 

「『始まりの喰種』を自称する一族。その当代、『喰種を狩る喰種』『真祖の姫君』アルクェイド・ブリュンスタッド。欧州一の大物を追って、彼女は日本にやってくるそうだ」

 二の句を継ぐことが出来ない丸手に代わり、吉時がシエルが追っている喰種の正体を語る。

 既に面割れしているその喰種は、吉時から丸手へと渡された資料の中にもピントの外れたものではあるが姿の写った写真が含まれていた。日に照らされて美しく輝く金の髪。飾り一つない、しかし仕立てのよさそうな白のセーター。絹のように滑らかな紫色のフレアスカート。背後からの一枚であるため、その写真では顔を伺い知ることは出来ないが、それでもおおよその体格は十二分に把握出来る。

「……っかー! 面倒くさい奴が入ってきやがった! それで、局長、こいつぁもう入ってきてるんでしょう。潜伏先は絞れているんですか」

 後頭部を掻き毟り、悪態を吐きながらも、丸手はアルクェイドの情報を求めた。

 口は悪いが、彼もまた喰種捜査官、それも特等にまで昇り詰めた男。「たかが」真祖の姫君程度に折れる心の持ち主ではなかった。

「既に目星はついている。言ってはなんだが、これもまた『面倒なこと』に繋がるかもしれん」

「なんですか、言ってください吉時さん」

 今更一つや二つ、面倒ごとが増えたところで大差ない。丸手は腹を据えて吉時に問い質した。

「潜伏先は、『紅赤朱』と同じ場所だ」

「……そいつぁ……聞かなきゃよかったっすな」

 




続かない


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