間桐慎二の性格など変えず、ただ雁夜叔父さんとの約束を守るために戦う芯のあるワカメが書きたかったやんや。

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お試し版

「僕は、大切な人を救いたかっただけなんだ」

 

色を失った髪が夜風に靡く。西洋風の家の窓から吹く風はもう冬だからなのだろうか、体を振るわせるほどの寒さを持っていた。

 

窓に腰掛け空を仰ぐ、雁夜は思いにふけるように雲ひとつない夜空の月を眺めながらそう呟いた。そのエメラルド色に鈍く輝く瞳に月の模様を写し、天を見上げる。その表情は優れない。その姿を見つめていた少年、慎二は彼の言葉に疑問を持った。それは純粋な疑問だった。何の裏もない、何の含みもない、ただ純粋に聴きたい事を聴く幼い子供の特徴的な疑問だった。

 

「だっただけって事は、諦めたのかよ、叔父さんは」

 

その純粋な眼差しをむける少年の口から放たれた疑問は途轍もなく残酷な言葉。何度浴びても慣れないその言葉が雁夜の心を深く抉る。何度も何度も言われてきた言葉だった。好きで言われているわけじゃない。自分だってそんな言葉よりも賞賛の言葉を聴きたい。だのに聴けないのは自分が弱い存在だからなのだろう。

 

目の前の小さな少年にかっこ悪い姿を晒しているのだなと、嘆きたくなりながらも彼の質問にゆっくりとだが答えた。

 

「そうじゃない。ただ、僕はもうそんな資格はないんだ。桜ちゃんの居場所はもう此処しかない。あの蟲爺のいる此処にしかないんだ」

 

「・・・・・・そうかい、御爺様が相手じゃあしょうがないか」

 

「・・・・・・あぁ、しょうがないさ」

 

雁夜は己の手を覗き込む。水分が抜けてカサカサになりポロポロと崩れ去っていくその手の甲は、未だ血が流れていて生きていることを知らせるように血管が波打っていた。まだだ、まだ自分は戦える。そう訴えかけるように己の血管は今もなお命を繋いでいた。

 

そうとも、何度罵声を浴びせられたってかまわない。自分は次こそはちゃんと守りたいと願ったんだ。もう諦めないと願ったんだ。雁夜の心の奥底で強く願われたその想い、未だ実らないその願いを、自分では叶えられないと分かっているその願いを、彼は今もなお心の奥底に秘めていたのだ。

 

「せめて、せめて僕がいる時ぐらい、桜ちゃんを守ってあげたかった。でももう行かなくちゃならない。聖杯戦争に勝たなくてはならない」

 

自分の肉体(あいぼう)が呼応するようにその拳を強く握った。僕に応えるようために腹の底から熱い血潮が湧き上がるようにその命を燃やす。この戦いは死ぬ事が決まっているようなものだ。だからこそ勝って彼女の幸せを掴まなくては意味がない。桜を救い、凛や葵の元へと送り届ける。時臣亡き彼女達の支えになるのは自分ではなく桜だと、この家から完全に抜け出せなくてもいい。桜と彼女達の繋がりを断ち切らないためにも、戦い抜いて勝たなくてはならない。

 

今目の前の子供に罵倒されてもいい。でもこの願いだけはどうしても叶えたい。雁夜の心が滾るように燃える、その瞳にも闘志が見え隠れしていた。

 

「・・・・・・なんだよ、かっこいいじゃん叔父さんってさ。パパの言うことは当てにならないと思ったけど本当に当てにならないや」

 

だが、返ってきた返事は罵倒ではなく、賞賛だった。

 

「・・・・・・え?」

 

「いいよ。僕が守ってやる。ただし勘違いするなよ? 叔父さんが戻ってくるまでの間だからな。その間だけ、僕が桜を守ってやる。どんな奴からもね」

 

自信満々に答える慎二のその姿に幼い頃の自分が重なった。あの頃はこうやってどこから出てきたのかわからない謎の自信に満ち溢れていた。自分なら出来る。スーパーマンにだって何だってなれて空を飛んだり車より速く走ったり出来る。そんな無謀な自信に満ち溢れていたことを。

 

だからこそなのだろうか、雁夜は慎二のその不敵な笑みに自然と笑顔で返していた。

 

「あぁ・・・・・・頼むよ、小さなヒーロー」

 

「小さいは余計だっての・・・・・・任せなよ、期限切れのおっさんヒーロー」

 

「期限切れは余計だ」

 

雁夜は満足したように目を瞑り、そして今までのことを思い出す。自分の人生は未だ齢30年。間桐が嫌で、魔術が嫌で仕方がなかった。ごく普通の幸せが欲しかった、ただそれだけなのに、世界はそれをよしとはしなかった。

 

だが、全てこの日この瞬間のためにあるのだとしたら、世界も神様も捨てたものじゃない。雁夜は目の前のまだ小学生にすらなってない少年に希望を見つけた。

 

「なら約束だ。慎二君・・・・・・桜ちゃんを、そして冬木を頼む」

 

「何かハードルが上がったんだけど・・・・・・任せなよ。僕は強い叔父さんの甥っ子なんだから自信もちな。桜を守って・・・・・・ついでにこの町も守ってやるよ」

 

自然に二人は拳を作り親指を立てる。そしてその拳をぶつけあった。そして改めて確信した。大丈夫だ、この子ならきっと約束を果たしてくれる。この子なら大丈夫、だから安心して戦える。

 

拳を離すと、雁夜はくるりと踵を翻し、窓から外へと飛び出した。まるで焦りもなく、ただ当然のように飛び出し、そして華麗に地面に着地した。

 

「叔父さん!!」

 

慎二が雁夜に向かって叫ぶ、その心配の念をキャッチしたのだろう。振り返ることなくまた拳を作り親指を立て、「心配ない」とその背中で語った。

 

雁夜が左手を天に掲げる。その視線の先には美しい円を描く満月。掲げた手をくるりとひねりまるでその突きを掴み取ったように掌を内へと向けた。ゆっくりとまっすぐ前へ下ろし、正面で止める。右手を腰に沿え、まるで目の前の存在と戦うような構えをしていた。

 

「・・・・・・変ッ」

 

どすの利いたその声は彼をよく知るものが聴けば総じて驚きの声を上げるだろう。普段見せるその優しい眼も、柔らかい声でもない。

 

その迷いのない双眼が、その震えのない声が、彼の覚悟を物語っている。全てをかけた男の最期の決断のように彼の覚悟は壮大だった。

 

左手を胸の前に持っていき心臓を掴むような仕草をし、それを投げ捨てるように外へと腕を開いた。そして右手が胸の前の物を振り払うように左から右へ腕を大きく振り、思い切り拳を握り締めながら肘を曲げ、肩より少し外に動かし止めた。同時に左手が脇の下に引き締められる。

 

「身ッ!!」

 

体中が声に反応して一気に強張る。拳が、肘が、今出来る最大限の力を発揮し体を引き締めた。

 

雁夜の腹部が赤く輝きを放つ、その瞳の奥から見えるのは改造人間のエナジーコア。二つのエネルギーが回転をはじめ、彼を真の姿へとかえた。

 

銀色のボディが月の光をよく吸い淡い光を放ち、エメラルドグリーン色の両眼が全てを捉える戦士の輝きを放つ。

 

仮面ライダーシャドー。闇夜に輝く銀色の月、優しき月夜の申し子が光臨した。

 

(もしも心が二つに割れ、一つを誰かに預けられるなら)

 

雁夜は駆ける、闇夜を駆ける。シャドーは走る、守りたい者のために走る。

 

(俺は迷わず君にその半分を渡すのだろう)

 

もしも自分が死んだとしても大丈夫だ。何故なら自分は約束をしたからだ。信じる者に未来を約束したからだ。

 

(・・・・・・フッ。いや、もう渡したんだ。僕の願いを、僕の想いを、あの子に預けたんだ)

 

彼は振り返らない。シャドーはもう振り向くことはない。それが未だ幼い甥っ子の顔を見る最後のチャンスだとしても。

 

(頼むよ、未来のヒーロー。僕の思いを託した甥っ子)

 

彼は走った、約束の場所へ。今から彼は死闘を繰り広げるのだ。互いの求めた正義をぶつけその命を奪い合う戦いへ行くのだ。後戻りなど出来ない。否、後戻りなど考えてすらいない。たとえこの戦いで死のうとも、もう自分の心は。

 

(どうか君は、僕のような欲望溢れの人間でさえも救ってくれる、本当のヒーローになってくれ)

 

未来(しんじ)に託されたのだから。

 

 

 

 

「・・・・・・ハッ」

 

目覚めが悪い、とはこの事を言うのだろうか。首元や脇、そして背中に湿った感覚が更に気分を下げる。季節の変わり目だからといっても今はもう秋と冬の境、風邪を引くならまだしも大汗を掻くなんてよっぽどの夢だったのだろうと、間桐慎二は夢の中で見た今は行方不明の叔父に悪態の一つを零す。

 

「ったく、なんて気分の悪い朝だ。・・・・・・シャワーを浴びよ」

 

間桐慎二は朝に弱い。それは一般的に寝起きが悪いとかそういうわけでなく、とにかく弱いのだ。思考の回転も肉体の駆動も何もかもが鈍くなっており、もしもこの瞬間に命を狙われたら100%抵抗することもなくお陀仏なのは確かだろう。それほど彼は朝に弱かったのだ。

 

慎二の部屋は二階にありバスルームは一階にある。そのため階段を下りなければならない。季節の移り変わり、特に秋冬の変わり目は本当に寒く、部屋から出た瞬間慎二を襲ったのはその肌寒さであった。ぶるりと体を震わせると夢の中でもこんな事があったなとまた叔父に対しての悪態をつきたくなった。帰ってきたら必ず文句の千や二千は言ってやると心に決め大きく鼻を鳴らすと覚束ない足取りで階段を下りた。

 

「あ、兄さん。おはようございます」

 

するとタイミングが良いのか悪いのか、彼の妹である桜がエプロンをしたまま現れた。十中八九起こしにいこうとしていたのだろう。にしてもその姿はまるで新妻のように見える。それほど似合っているエプロン姿の彼女と遭遇したというのに流石に兄貴だからなのだろうか、妹のそんな姿に毎回オーバーリアクションをすることはなく、欠伸を一つすると挨拶を返した。

 

「おはよう桜、僕先にシャワー浴びたいから後で朝飯食べる。だから飯作ったらそのまま衛宮の家に行ってきな」

 

「はい、わかりました♪」

 

手っ取り早く話を終わらせたかったのか、慎二は衛宮の名前を出した。するとどうだ。衛宮の名が出てきた瞬間、桜の表情が明るくなる。その単純さに慎二はため息をはきながら苦笑するのだ。

 

(相変わらず単純思考だよなぁ桜は・・・・・・将来が心配なんだけど)

 

「では行ってきますね♪」

 

「はっや」

 

急いで身支度を済ませた桜、そのスピードの速さに慎二は某天空の城に出てくるおばあちゃんを思い出す。感覚的に10秒ほどで済ましたんじゃないかと言うほどの妹の速さに開いた口が塞がらない。というかそんな奇怪現象を目の当たりにして完全に眼が覚めた。すでに妹の姿はなく、慎二は自身の痴態を晒さなくて良かったとため息を吐いた。全く、朝から騒がしい妹だと再びため息を吐く。もう起きてから二度目になるため息は白く、家の中だというのにこんなに寒いのかとやってられなくなった。先ほどよりも寒いじゃないか、と悪態を零しながら体を震わせる。

 

「・・・・・・いや、我が愚昧よ。扉全開で外出るのはおかしいだろ」

 

振り返れば朝の冷たい風が慎二に朝の挨拶をしてくる。家の前の木の葉の一枚が彼の顔面に直撃する。もう驚きなれたのか何の反応も見せず顔の葉をどけ、扉を閉める。

 

「・・・・・・衛宮に「桜に愚妹なんて言うなよ」なーんて言われたけどさ。これ見て僕の気持ちをわかってほしいね全く」

 

慎二は鍵を掛けるとバスルームへとその重い足取りで向かう。朝から賑やかな妹に将来の心配をしながらも自分の事をしないとならない面倒くささに腹が立ち、未だ帰ってこない叔父へ悪態をまたつく。毎回悪態ノートを作っていき既に10冊を超えたなんて雁夜は知る由もないだろう。

 

「はぁ、シャワー浴びよ」

 

そう呟いてバスルームへ向かう。シャワーを浴びながら朝から数えていた悪態事項をノートに書いてやろうと強く思った。

 

 

 

 

「ふーん・・・・・・最近は起きてないんだな。事件ってのは」

 

シャワーも浴びリフレッシュした慎二は朝食をとっていた。朝食はパン派な彼は薄い焦げ目のついた食パンにバターとイチゴジャムを塗ったくって食べていた。バター自身の甘みとイチゴジャムの甘みと酸味が絶妙に合うのか、咀嚼するごと幸せそうな顔をしている。こんな表情を彼の親友である(?) 衛宮士郎が見たら驚愕するだろう。彼がそんな顔をするのを今まで見たことないからだ・・・・・・本当に親友なのだろうか、謎である。

 

ときおり新聞へ向ける視線は鋭いが、それ以外は心底幸せそうに朝食をとっていた。もう三枚目になる食パンをトースターの音と共に中から取り出しまたバターとジャムを塗ったくる。それはもう嬉しそうに塗ったくる。

 

「にしても桜め。衛宮の事になると本当に盲目のように失敗が見える。これじゃあ僕も安心して朝飯が食えないだろ」

 

「えぇ、そうでしょうね」

 

「・・・・・・なんで此処にいんのさ、ライダー」

 

「桜がメーターを壊すほどの速度で飛び出したもので、つい追うことを忘れました」

 

「誰かー! ここに不良品サーヴァントがいるんですが回収しませんかー!! 誰かー!!」

 

「大声出さないでください。食事中です」

 

「お前マスターから魔力貰えば食べなくていいだろ、魔力貰えよ」

 

まるでさも当たり前のように彼の目の前に座り、さも当たり前のように食パンに噛り付き、さも当たり前のように目隠しをしたまま咀嚼している女性に対し、彼はいつもの如く対応をした。

 

「全く、デリカシーの欠片もありませんね。これだからワカメなんですよ。味噌汁飲みますか? それならバリカン持ってきますので」

 

「誰がワカメヘアだこの不良品お間抜けサーヴァント。僕の儚くも楽しい朝食を邪魔しやがってホルスタイン。乳搾りすんぞ」

 

「破廉恥、という言葉はシンジのためにあるようなものですね。まぁもし触れでもしたらその眼球を抉り出して四肢をミキサーに掛けつつ切断し内臓を取り出した後、その口の中にねじ込みますが」

 

「グロテスクすぎんよぉ~。助けて桜~、お前のサーヴァントだろー」

 

今此処にいない桜がテヘペロをしてるに違いないなと青筋を立てながら、慎二は目の前のMsムラサキを睨む。しかし目の前の女性は会いマスクをつけてそっぽを向きながらトーストを齧っている。バターが塗られ、その上にはブルーベリージャムが塗られていてこれも美味しそうであった。

 

「おい紫ホルスタイン。朝食のトーストといえばバターにイチゴジャムと相場が決まってるだろ。というかブルーベリージャムはピーナッツと合わせて食うものだろ」

 

「貴方のその愚かしい偏食家ぶりは大変結構ですが、私の食事にけちをつけるのは聊か間違いではないでしょうか? というか、バターにはブルーベリーですよ常識的に考えて」

 

「お前の常識は今頃展示場に飾られてんだろが、何かっこつけちゃってんのこのいろんな所デカ女」

 

「今のはカチンと来ました。歯を食い縛りなさい」

 

朝から始まるリアルファイト。それは間桐家の近所の方々にとってはもう日常茶飯事のような事らしく、全く見向きもせずに彼らの時間を経過させていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ところでライダー、今何時だ?」

 

「・・・・・・8時ですね」

 

「遅刻じゃねえか!!」

 

 



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