まどかマギカ - a fairy tale of the two. ~上条恭介を修正する話~ 作:どるき
一週間後、この日は大嵐が吹き荒れていた。それもそのはず、この日は史上最大級の魔女『ワルプルギスの夜』が襲来する日だからだ。
魔法少女暁美ほむらは何度もこのワルプルギスとは戦っているが、一度も勝利できたことは無い。勝ってもそれはまどかの犠牲によるものであり、それはほむらにとっては敗北と同意だからだ。
今回のループはついにこの日までまどかときゅうべえの接触を妨害できたと安堵するも、この厄災を退けられなければまどかが災害から助かる望みは薄い。一度似たようなループで街を犠牲に二人だけ生き残ったこともあったが、破壊しつくされた街とそれにショックを受けるまどかの心を狙われてきゅうべえに契約を出し抜かれたことがあったからだ。
「雨宮さんと神代さん……あの二人は何処で何を」
事前の打ち合わせでは優子とその協力者である神代アリスも戦いに参加する予定だったのだが、理由は解らないが二人は約束の時間に現れなかった。ほむらは寸前で恐れをなしたのかと思い、それならば自分で何とかするしかないと貯め込んだ武器をすべて放出する。
RPGや自動小銃に飽き足らず、プラスチック爆弾や果てはガソリンが詰まったタンクローリーまでもぶつけるがワルプルギスはびくともしない。孤軍奮闘の中、今回のループでは接触していなかった他の魔法少女が救援に駆けつける。
「そこの黒いの、大丈夫か?」
「あなたは休んでグリーフシードで回復を。私たちが後を引き受けるわ」
黄色の魔法少女『巴マミ』と赤の魔法少女『佐倉杏子』、この二人もまた独自に魔法少女として活動しており、その過程で当然のように救援に駆けつけたのだ。
「助かるわ。私は暁美ほむら、少し休んだら加勢するから、しばらく頼むわ」
「任せておけ。あたしたちがサクッと倒してやんよ」
ワルプルギスの夜を噂でしか知らない二人は数があれば戦えると自信満々に攻め込んでいく。だが相手は規格外のモンスター、魔法少女三人も次第に劣勢になる。
「(もう……ダメなの? あと一息なのに……)」
ほむらは絶望しかけるが、本当にこの戦いと言うあと一息が終われば輪廻の呪縛から解放されるのである。それを思えば絶望の中に希望を再び見出すこともできると立ち上がり、心の穢れをグリーフシードで払う。
「この街とワルプルギスの夜は特異点です……鹿目まどかが魔法少女にならない限りこの街の時はこの日より先には進みませんし、ワルプルギスの夜は倒れません」
「でも、それでもそのフラグをクラッシュしてほしいから大事な羽根も差し上げたのですよ」
「さもありなん。頂いた報酬にはきっちり応じるのが魔女の本懐ですから」
三人の魔法少女が戦う姿を優子とアリスは遠くから傍観していた。傍観と言ってもワルプルギスを倒す準備をしながらではあるが。
怪物の呼称ではない本物の魔女であるアリスはこの街が置かれている特異性にも気が付いていた。見滝ケ原と言う町は鹿目まどかが魔法少女になり世界を改変しない限り永遠と時を巻き戻す特異点となっていた。むしろ見滝ケ原の理の外に居る天使と呼ばれる存在の優子や、本当の意味での魔女であるアリスが今回の事態に干渉で来たことがイレギュラーケースである。
事実、二人は知識としては魔女や魔法少女のシステムを知っていたのだが、それを知ったのは一か月ほど前、自分たちの世界の見滝ケ原とこの世界の見滝ケ原が同一存在となった瞬間なのだから。
きゅうべえが優子の『リア獣』という言葉に反応したのも同様の理由で得た知識で優子を天使と認識したからである。きゅうべえが知識としての天使はしっていても、天使の力であるちーかまブレードや神出鬼没のことをしらなかったのもそのためである。
「これからこの世界から魔法少女も、魔女も消し去ります。あそこに居る彼女たち三人には気の毒ですが、記憶を引き継いだ一般人としては再生出来るでしょうから良しとしましょう」
「私たちの世界で一般人として生きる彼女たちと、再び巻き戻った時の中で再び戦いに挑む彼女たち……後者には可哀想ではありますけどね」
「さもありなん。ですがそれを叶える原動力は彼女たちの思い出とこのほむらからくすねてきたグリーフシードです。今頃むこうでは予備のグリーフシードが減っているとあたふたしていそうですが……どちらにせよほむらたちは犠牲になったのだ、犠牲の、犠牲に」
不死身の怪物であるワルプルギスの夜はいくら攻撃しても倒れない。二時間ばかりが経過すると、力を使い果たしたマミと杏子は脱力状態で地べたに転がっていた。魔法少女の魂であるソウルジェムも濁っており、ほっておけば魔女になるのも時間の問題である。
ほむらはそれでもあきらめず、最後に残ったグリーフシードで回復を図るがそれは叶わない。手に持っていたのは既に使い切り終わった濁ったグリーフシードだからだ。
「(ここまでなの)」
ほむらもついに力尽き、倒れた。
そしてふと顔を横に向けると、遠方から迸るまばゆい光が飛び込んだ。
「行きますよ」
「待つんだ! キミは本当にそんなことが出来ると思っているのか?」
いよいよ準備が整い、まばゆい光と共に術が起動するところできゅうべえが横槍をいれる。魔法少女というシステムをよく知るがゆえにそれは不可能だと思うのも当然である。
「出来ると言えば出来るし、出来ないと言えば出来ません。要するにこの世界から異物を排除するだけですから」
「キミは……何をいっているんだ?」
「元々この見滝ケ原と言う街は鹿目まどかと言う一人の少女を中心とした特異点です。あそこで戦っているほむらが彼女を救うために何度も時を巻き戻していたために、別の次元であった私や優子の住む世界と連結しているんです。ですから平衡宇宙の法則に過ぎない魔法少女システムを、私たちの世界から切り離して、元の次元におかえりいただくというのが私たちの目的です。あなたから見ればなんの問題もありませんよ、インキュベーター」
「平衡宇宙に干渉? 僕たちの知識にある天使にもそんな力はない」
「天使と言ってもゆうなちゃんのデータでしょう?」
「そうでもあるが……アリス、キミはいったい……」
「私は……本物の魔女ですよ。それではさようなら、インキュベーター」
光が見滝ケ原を覆い、その現象は真夜中の夜明けとして後に語り継がれた。真夜中の夜明けは記録的台風から街を救った謎の現象として世に広がった。
――――
台風の翌日、久瀬は手術を受けるために心の準備をしていた。これまで検査や電磁刺激による心筋再生医療を受けてきた久瀬ではあったが、ついに心臓にメスを入れる日がやって来たのだ。この手術を受けたらしばらくはベッドから起き上がれなくなるし、起き上がれるようになる頃には恭介の治療も通院治療に切り替わるころである。
台風の日が最後のバイオリン病室になるのはそのためであった。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「わたしの為に、帰ってきてくださいね、久瀬さん」
「もちろんだよミズキちゃん」
「ご馳走様」
手術を前にいちゃつくミズキと久瀬を見て、さやかと仁美は思わず声を合わせてごちそうさまと言ってしまう。
この日久瀬が受ける手術は、心筋シートと呼ばれる心筋の細胞を増殖した有機性シートを心臓に貼り付け、心筋を覆う手術である。心臓自体にはメスを入れないため負担も軽く、また術後の回復にも効果が期待できる最新の再生医療である。
いつか久瀬が父にどやされたように『日本の最新医学を舐めるな』と海外に自慢できる最新の治療法なのだ。
久瀬は術後も良好であり、手術痕が開くため出歩けないものの順調に回復しはじめた。そんな中、約一か月も学校をサボり続けたことでついに両親の怒りを買ったミズキは音羽に連れ戻されて帰って行った。
手術を終えてからも恭介のたっての頼みでバイオリン病室は久瀬の部屋で続けることになり、それは恭介が退院するまで続いた。
時は巡り七月、夏休みを前についに恭介の退院の日が決まった。手術から一か月が経過したことで、久瀬も抜糸が終わって自由に起き上がれるようになっていた。
まだ通院でのリハビリが残っているその痛々しい左腕をものともしない明るい笑顔を恭介は取っていた。退院の見送りと言うことで、この日は音羽からはるばるミズキも、一人の先輩をつれて見滝ケ原にやってきていた。
「だから……いくら名前が一緒だからって、なんで俺を連れて来たんだよ。旅費は久瀬さん持ちだし、群馬の風景も録画できるからいいけどさ」
「名前が同じだからこそ、堤先輩には恭介くんに会ってほしかったんです。それに……」
「それに?」
ミズキが連れてきたのは、堤京介という音羽学園の先輩である。学年が三つ離れているため中等部と高等部とでかけ離れてはいるが、友好関係やあこがれの先輩を奪い合ったかつてのライバルということで先輩の中では親交が厚いうちの一人である。
「見てください」
「ああ……そういうことか」
ミズキは恭介を指さす。笑って退院する恭介と、それに抱き付く二人の少女。まるで両手に華となっていた一時期の親友の姿を京介は重ねた。
「って! 広野だって自分で解決した問題なんだぞ。俺がどうこう言えた義理じゃないだろう」
「どうせなので、堤先輩には二股のコツを伝授してあげてほしいなあって」
「ふざけるな。今の俺は景ちゃん一筋だし、昔はいろんな子に手を出していたけどそれだって二股じゃなくて短い期間でのキャッチ&リリースなの! どこぞのヴァルキリー乗りと一緒にしないでくれよ。それにそういうのは久瀬さんの方が……」
「何を言っているんですか? 久瀬さんは私一筋なんですよ。だから私たちの中で浮気者は堤先輩一人です」
「無茶をいうな~!」
このあと堤京介が同じ名前の上条恭介とどのような関係になったのかは伏せる。
退院し、見滝ケ原を去った久瀬の元に音羽学園高等部の生徒として恭介が現れ、再び久瀬の生徒となるのはこれから約二年後の事であり、その頃には二人の『きょうすけ』は良き悪友となっているだろう。
魔法少女という異物を排除したこの世界は、暁美ほむらをはじめとして魔法少女としての記憶を失いただの少女となった人間が世界の存在に収まっていった。このことを覚えているのはこの世界での超常的な存在である天使と魔女だけであった。
ここでこのお話はおしまいです。
一気に駆け足だって勢いで書いたので、魔法少女関連が魔女の力で強引に捻じ曲げてしまいました。
このお話の上条恭介は将来はサウスポーバイオリニストとしてプレイボーイになっていることでしょう。