まどかマギカ - a fairy tale of the two. ~上条恭介を修正する話~   作:どるき

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この世に奇跡なんてない・雨宮優子と志筑仁美

 翌日、朝早く病院を一人で訪れた仁美は恭介に告白した。

 

「上条君……私と付き合ってください」

「それって……」

「もちろん恋人になってくださいという意味です」

 

 これまで恋愛と言うものを経験してこなかった恭介は戸惑う。こんな時はどう切り返せばよいかと別の病室で睡眠中の久瀬に念を送るほどである。

 クラスメートに相談したら「振る理由なんてないだろう」と言われること間違いなしではあるのだろうが、恭介はそもそも恋人という概念を頭で理解できない。知識として恋人という存在は知っているし、思春期なのだから女体に興味を持つことも人並みではあるのだが、恋人と言われてもリアリティを感じないのだ。

 

「返事は……できれば退院するまで待ってもらえないかな?」

「やっぱり……やはりさやかさんがいるから?」

「そこでどうしてさやかが出てくるのさ。さやかは只の幼馴染さ」

「ではどうして」

「今は怪我の治療に専念したいし、それに……突然そんなことを言われても、心の準備が出来ていないよ」

「解りましたわ。では再来週のお返事、楽しみにしています」

 

 思い返せば先日の月曜日にさやかが仁美を止めようとしたのは、恭介の精神状態故に仁美を拒絶しかねないという懸念からの言葉であった。それがこの五日間で劇的に改善されているということを、色恋の情勢は知らぬまでもリハビリで毎日接している和久井医師は感じていた。

 和久井医師も久瀬との個人レッスンの事は聞かされていたため、出来るだけ練習時間が取れるように午前の内にリハビリメニューを詰め込む。昼休憩を削ったことで午後二時半にはこの日のメニューを終えると、休憩を挟んで三時からレッスンを開始する。

 一週間も練習したことで、恭介は不恰好ながらきらきら星などの基礎的な曲のいくつかは既に弾けるようになっていた。流石にこれまで培った経験もあり、それを反映できれば成熟も早いという事だろう。

 

 楽しげにバイオリンを習う二人を、物陰から仁美は疎ましく眺めていた。意外と自信家であり、恭介に回答を先延ばしにされたことがショックだったからだ。さやかさえいなければ……いや、恭介の腕が万全でこのような接近のチャンスさえ与えなければ、今回のような劣勢にはならなかったと気をもむ。

 廊下を通る看護師に声をかけられて、ストーカー紛いの行動をして恥ずかしいと思った仁美はもやもやした気持ちで病院を後にする。思春期特有の感情の起伏、それを餌食にする白い影が、そんな仁美を逃そうとは思わなかった。

 

「ねえ、僕の姿が見えるかい?」

「誰?!」

 

 人気のない通りで声をかけられたことで仁美は驚く。恐る恐る周囲を見渡すと、後ろに白い動物がちょこんと立っていた。

 

「あなたなの?」

「そうだよ、志筑仁美」

「動物がしゃべった……それに私の事を知っているのですか?」

「当然さ、キミのことはずっと見ていたからね」

 

 見ていたという言葉に嘘偽りはない。ただし、都合が悪いのでまどかのついでと言うのはあえて伏せる。これまできゅうべえは仁美には素質が足りていないと思っていたが、今回の起伏を見てさやか程度には素質があると判断して、彼女をスカウトすることにした。

 千里の道も一歩よりとは古い地球人の言葉であったかときゅうべえは思いながら、さやかどうようにまどかの外堀を埋めるために仁美を魔法少女としてスカウトしようというのだ。

 

「僕の名前はきゅうべえ。単刀直入に言うよ、僕と契約して魔法少女にならないか?」

「魔法?」

 

 きゅうべえは戸惑う仁美に魔法少女と魔女について説明する。当然都合の悪いことは伏せてであるが。そして一番の餌である願いの説明に入る。

 

「僕と契約すると、一つだけなんでも願いがかなえられる。当然さ、魔法少女という存在は苦難が多いからね。これは先渡しのボーナスのようなものだ」

「なんでも? 本当に何でも願いが叶うのですか?」

「常識的な範囲であればね。無謀な願いの場合もあるが、その時は別の願いに代えてくれればいい」

「でしたら……」

 

 仁美は願いの話を聞き、最初に思いついたのは恭介の腕の事だった。これが別の町で戦う魔法少女にでも言わせれば「男を自分のモノにしてしまえばいい」と指摘されるであろうが、仁美は自信家故にさやかのアドバンテージとなっているバイオリンレッスンを止めさせる口実さえできれば逆転は容易であると考えていた。

 そのためには恭介の腕を治してもらえば、理由もよくわからないが逆手でのバイオリン練習はすることが無くなるだろうと安易に結びつけていた。

 

「友達の腕を治してもらえませんか?」

「そんなことでいいのかい? 自分の為に使った方がいいと思うけれど、キミがそれを望むのであれば」

 

 きゅうべえは願いを承諾したが、この願いをかなえるためには治療対象者の承諾が必要であると仁美に説明する。そこできゅうべえと仁美は恭介の病室に向かった。きゅうべえの力で人払いをして、病室の中は恭介を含めた三人だけになる。

 

「志筑さん、どうしたの? それにさやかや久瀬さんは……」

「ちょっと席を外してもらいましたわ」

「それじゃあ、手短にいかせてもらう。これからキミの左腕を治させてもらうけれど、いいかな?」

「なに、この生き物」

「僕はきゅうべえさ。仁美の願いをかなえるためにここに居る」

「冗談を言わないでくれよ。この動くぬいぐるみを使って僕をからかっているのかい?」

「冗談ではありませんわ。このきゅうべえがもつ奇跡の力をもってすれば、上条君の腕も治るんです」

 

 仁美の様子に恭介も本当なのかと信用しかける。それに真ならば、手軽に事故前の腕前を取り戻せるというのだから願ったり叶ったりである。

 だが、目の前に訪れた好機にふと久瀬から聞いたある言葉を思い出す。

 

「この世に奇跡なんてない。あるのは偶然と必然、誰が何をするかだけ……本当にそんな奇跡があるとして、安易に頼っていいのかな?」

「何を言っているんだい? 奇跡も魔法もあるんだ。だから遠慮なんていらないよ」

「そうですわ」

 

 恭介の思わぬ反発にきゅうべえと仁美は焦る。焦る理由は二人とも別ではあるが、二人ともそんな精神論めいた罪悪感のようなもので願いを拒絶するとは思わなかったからだ。

 この願いがもし『恭介を仁美の恋人にする』と言うものであれば恭介の承認など不要に無理やり恋仲として洗脳して願いを成就させることも可能であり、きゅうべえはなんで直接モノにしようとしないんだ、さっさと願いをかなえて魔法少女の仲間入りをしてくれないかと思っていた。

 

「懐かしい言葉ですね……」

 

 きゅうべえが人払いした空間に新たな乱入者が現れる。この三週間、ずっときゅうべえの邪魔をし続けた黒い服の女性、雨宮優子である。仁美はその容姿にある漫画の登場人物を重ねるが、実のところモデル本人なので正解である。

 

「私の大好きなあの人がいつも言っていた言葉です」

「あなたは……」

「みんなの愛と平和を護る出張シスター? 雨宮優子お姉さんですよ」

「雨宮さんといいましたか? 邪魔をしないでください!」

「そういうあなたもそこのインキュベーターに惑わされてしまったようですね。まだ契約はしていないようですから間に合います。早く手を切りなさい」

「惑わす? あなたの存在に逆に私たちが惑わされていますわ」

「いいえ、惑わしているのはそこの白いヤツの方です。あなたは教えてもらっていないでしょうね、魔法少女の末路を」

「やめるんだ」

 

 きゅうべえは焦って思わず叫ぶ。聞かれないのなら答えないというスタンスで契約して少女をシステムに取り込むのが普段の手法なのだが、先にネタバレされてしまえばよほど自己犠牲の強い人間でなければ承諾しないであろうからだ。

 

「感情が無いにしてはそういうとこをは嫌がるんですね。でもダメです。

 魔法少女は魔法を使って魔女と呼ばれる化け物を倒す、ここまでは聞いていると思いますが、何を隠そう魔女の正体と言うのが……」

 

 優子はきゅうべえが隠す秘密を暴露しようとしたが、恭介はそれをジェスチャーで静止する。

 

「それ以上は後にしてくれないか。志筑さんの説得は僕がやる」

「わかりました。ではお願いしますよ」

「志筑さん……」

 

 恭介は仁美に歩み寄り、彼女の目を見る。仁美は見つめられたことで顔を赤くして黙ってしまう。その様子をきゅうべえは何をやっているんだと言わんばかりに眺めるが、優子は悠長な暇を与えない。

 優子は隙を突いてアイアンクローに捕え、きゅうべえを捕獲した。

 

「魔法少女とか願いとか、突然言われても僕には理解できない。でも僕の怪我を治すためにキミが大事なものを犠牲にしようとしているってことは解る。だから、僕の為にそんなことをしないでくれよ」

「どうして? 私はあなたのことが好きだから……好きだからあなたの為に……」

「僕は色恋とかがよくわからないから……だから志筑さんが僕の事を好きだと言われても、どう返事をすればいいかもわからない。きっとまだ心が子供なんだと思う。でも自分が犠牲になればなんて思っている志筑さんだって、人生のリスクを理解しきれていない子供なんだと思うよ」

「いいことを言いますね、少年」

「大体は久瀬さんの受け売りですけれどね。

 でもアニメやライトノベルみたいな考えを真剣に恋愛について考えているキミに当てはめるのは失礼かもしれないけれど……僕を治すという願いをかなえて、その代償であの白いヤツの手下になって、待っているのはきっと地獄さ。ファンタジーに出てくる天使のような悪魔って奴にそっくりだよあれは」

「地獄……?」

「そうですよ。魔法少女は一度なってしまったら、一生戦い続けなければならない存在です。生命を維持するためにはグリーフシードと言うものが必要なのですが、それを手に入れるためには魔女と戦い続けなければならないのですから」

「それはもちろん承知の上よ」

「魔女との戦いは言うは易し行うは難しです。常に死と隣り合わせですし、なにより魔女という存在の正体がそれを物語っています」

「正体? 魔女は人の不幸が寄せ集まった……」

「主な魔女の正体は死んだ魔法少女なんです。正確には魂が濁って化け物に変わってしまった魔法少女と言えばいいでしょうか」

「本当なの? きゅうべえ」

「聞かれたら答えないわけにはいかないから答えるけれど、本当さ。むしろ魔法少女という存在自体、魔女へと至る前の段階だから魔法『少女』と呼ぶんだ。我ながらいいネーミングだと思っているよ」

「あなた、私を騙したのね」

「騙すなんて人聞きが悪い。魔法少女の末路について聞かなかったのはキミの方さ。それに魔法少女のまま戦いを続けるか、それとも魔女になるか。そんなものは個人の自己責任だよ。僕たちが管轄することじゃない」

 

 このやり取りを見て、恭介は自分が漠然と感じていた悪魔のような雰囲気が正しかったのだと認識した。騙されたと思っていた仁美は、ショックのあまり顔を覆って泣き出してしまう。

 

「そろそろオイタは終わりにしましょうか」

 

 優子はそういうと左手にちーずかまぼこのようなものを構え、きゅうべえに突き刺した。優子はきゅうべえの遺体を窓から投げ捨て、外で待機していた協力者がそれを受け取る。

 

「いいですか、あなたたちは悪い悪魔に夢を見せられていたんです。都合の悪いことは忘れてください」

 

 優子は部屋から立ち去った。その後、協力者が何かをしたのか時間は仁美が病室に飛び込んだ瞬間に巻き戻る。だが仁美の傍にはきゅうべえはおらず、仁美の記憶からもきゅうべえは消えていた。

 

「志筑さん、どうかしたの?」

「いえ……その……」

 

 仁美は何か目的があってここに来たことは解っていたが、何が目的だったかはおもいだせない。今はさやかたちはいないが、ちょっと席を外しているだけですぐ戻ってくるだろうと考え、仁美は咄嗟にもっともらしい言い訳を考える。

 

「私もバイオリンを習ってみたいなあ……なんて」

「キミも一緒に教わるのかい? 大歓迎さ」

 

 苦し紛れの言い訳から、仁美も久瀬修一のバイオリン病室に参加することになった。

 だがそれが続くのもあと一週間である。

 




奇跡も魔法もあるんだよ→この世に奇跡なんてない
と名台詞切り替えしをしたいがためにQBと接触させる話
ゆこちゃんが事情通なのはまあ天使だからということで

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