小池メンマのラーメン日誌   作:◯岳◯

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4話 : 動き出した者達

 

「メンマがいない?」

 

「ああ。そこら中探したが、何処にも見当たらない」

 

網の療養地にある建物の中。多由也は険しい表情を浮かべ、武器の手入れをしているサスケの正面に座りながら、メンマがいなくなったことを伝えた。

 

「あちこち聞いて回ったんだが………いないんだ。昨日は確かに居たらしいが、今日の朝になって姿を見なくなったそうだ」

 

「………あの、二人もか」

 

サスケの言葉に、多由也は頷きを返す。

 

「白達が帰ってから、二日………何か外に出て行く予定とかあったか?」

 

「いや、無かった筈だ。この後は木の葉隠れの里に向かって、そこで共同での作戦を練る予定だった」

 

「そうだよな………それで、昨日会ったやつらは何と言っていたんだ?」

 

「あちこち歩きまわっていたらしくてな。色々と聞かされたが………」

 

そう言うと、多由也は探し回った先であったことを説明し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~ホタルの場合~

 

 

「あ、おねーさんだ」

 

ぱたぱたと金髪の童女は、多由也の元に駆け寄ってきた。

 

「お、ホタルか。なあ、昨日ナ………メンマの奴が何をしていたか、知らないか?」

 

「あのラーメン屋のお兄さん? うん………あ、そうだ。広場横にいる背の高い黒髪お兄さんと話をしていたよ」

 

「イタチさんか………分かった、ありがとう」

 

「どういたしまして。あ、そういえばおねーさんおねーさん」

 

「ん、何だ。というかおねーさんはやめてくれ。身体が痒くなるんだよ」

 

「えー………だって、おねーさん的なオーラを感じるし」

 

「どんなオーラだよ………」

 

肩を落とす多由也。どうもサスケ達と共に孤児院巡りをしている内に、おねーさん的オーラを身につけてしまったようだ。

 

「口悪いけど何だかんだいって優しいしー。それに、私が泣いている時に、あの笛………優しい曲を聴かせてくれたでしょ?」

 

昨日のことか、と多由也は思い出した。

 

「まあ、白からも頼まれていたからな………」

 

しかたねーだろ、と呟きながら、多由也は僅かに視線を逸らす。

 

「また照れちゃって、でも、おねーさんは白姐に頼まれてなくても、助けてくれたと思うんだけどな。おねーさん、何だかんだいって面倒見よさそうだし。きっと料理も上手いんだろうね」

 

「………それ、誰情報だ?」

 

「ん? ―――シンさん情報。でも、合ってるみたいたね。そうそうシンさんってばすごい物知りなんだよ。この前だって………」

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

「その後、延々と話を聞かされた」

 

ざっと数えて20分、と多由也が遠くを見る。

 

「話題は、シンについてか?」

 

サスケは何処か面白くなさそうにしている。その言葉に対し、多由也はまさかと返した。

「いや、そっちは数秒で終わったよ」

 

「………そうなのか。じゃあ、他の話を?」

 

「………後の20分はウタカタの話でな」

 

小さくても女だなあいつは、と多由也は苦笑する。

 

「つまりは――――惚気か」

 

「ああ、惚気だ」

 

そのまま、互いに無言になる。

 

「………年の差カップル、と言っていいんだろうか」

 

「ウチに聞くなよ頼むから。そういうことは九那実さんあたりに聞いてみろ」

 

「おい。そんなことしたら即フォックスファイアーだろ。あれ熱いから嫌なんだよ」

 

または狐火とも言う。

 

「そういえばお前、隠れ家で………メンマ除いたら、一番多く喰らってたよなあ」

 

50回くらいか、と多由也は呆れた視線を向ける。

 

「その中の9割は巻き添えだ!」

 

一方で再不斬は40回、内10割が巻き添えであった。

 

「………まあ、それはそれとして」

 

「聞けよ。むしろ聞いてくれよ」

 

懇願するサスケ。少し目尻には塩っぽい水が浮かんでいた。

 

「次、イタチさんだが」

 

「そのまま続けるのか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~うちはイタチの場合~

 

 

「何、メンマ? ―――ああ、昨日確かに俺はあいつと話をしたが………」

 

どうかしたのか、とイタチは多由也に向き直った。何処にもいないことを説明すると、なぜだかイタチは神妙そうな顔をした。

 

「えっと、何か?」

 

あったんですが、と言いながら多由也は緊張の表情を浮かべる。それに対し、イタチはふと笑うと、遠い目をする。一体何があったのだろうか、そう思った多由也を他所に、イタチはメンマのことについて話した。

 

「いや………そうだな。恐らくはもう、この療養地には居ないと思う」

 

「昨日、何かあったんですか?」

 

「………少しな。ああ、そういえば紫苑とも話をしていたようだ」

 

「え、紫苑と? ―――分かりました。話を聞いてきます」

 

ありがとうございました、とだけ残して、多由也はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

「何で兄さんに対しては敬語になるんだよ」

 

「なんか妙な迫力あるんだよあの人!」

 

「………え、そうか?」

 

そんなこと無いと思うけどなあ、と首をかしげるサスケを見ながら、多由也は「このブラコンが……」と呟いた。

 

「それよりも………兄さん、何か隠しているようだな」

 

「ウチもそう感じた。でも、話したくなさそうだったし………話したくないことを追求するのもなあ」

 

「口が堅いしな。話さないと決めているのなら、どうあっても話さないと思うぞ。他には誰か、行方を知っていそうな奴は?」

 

「ああ、イタチさんに言われた通り、紫苑の部屋に向かったんだけどな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~紫苑の場合~

 

 

「妾は知らんぞ。ああ、知ってたまるものか!」

 

「………何を怒ってるんだ?」

 

「怒ってない! ああ、怒っちゃいないとも!」

 

「いや、どう見ても………」

 

怒ってるんだけど、という言葉、多由也はその喉元で止めた。無言のまま、怒りが収まるのを待つことにしたのだ。その対応は正しく、数分後に紫苑は落ち着きを取り戻した。

 

「………本当に、行き先は知らんのだ。いや、あの馬鹿のことなど、知ったものか」

 

そこまで言うと紫苑はばつの悪い顔をする。

 

「悪いな、力になれんで。お前には返し切れない恩があるというのに」

 

「いや、恩とか………別にウチはただ、ウチの音を奏でただけだぞ」

 

「そうか…………それでも、ありがとう」

 

真正面から礼を言う紫苑。慣れていない多由也は、少し顔を赤くして横を向く。

 

「それより………本当に心当たりは無いのか?」

 

「――――ああ、そうだ。そういえば、あいつはこう言っていたな」

 

ぽん、と手を叩いて紫苑は多由也に告げた。

 

 

「“シンを倒してスピラにナギ節を取り戻す”、らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

「何だそれは。意味がわからないぞ。というか、またシンかよ」

 

「またシンだ。ウチだって分からなかったし、それでシンの所にいったんだが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~シンとサイの場合~

 

 

「って、ボロボロ!?」

 

「うう………俺が死んだら、海に骨をばらまいてくれないか」

 

「兄さん! しっかりして、兄さん!」

 

「といいつつ襟元を締めるな弟よ。トドメを刺してどーする」

 

多由也はコントを繰り広げている兄弟の姿に呆れながらも尋ねた。

 

「えっと………それ、一体誰にやられたんだ?」

 

シンとは、本当にこいつのことなのか。そう思った多由也は、何かあったか聞いてみた。まさかメンマでは………と思った所に、意外な下手人の名前が挙げられた。

 

「いや、これは菊夜さんにやられたんだ」

 

「何やらかした!?」

 

優しそうな人なのに、と多由也は驚きを隠せないでいた。

 

「いやいやこの愚兄が悪いんだよ。紫苑にあれこれ色々、何彼某事を吹き込んだらしくてさ。それを知った保護者が怒りの鉄拳、いや鉄爪?」

 

「両方だ」

 

「らしいよ」

 

「というか見ていたのに白々しいぞ弟よ」

 

助けろよ、とシンは半眼のままサイを見る。

 

「え、自業自得でしょ? それで、多由也さんはどうしてここに?」

 

「ああ、メンマが今朝、居なくなったんだ。それで、何処に行ったのか手がかりを探していてな」

 

「居なくなった? 誰にも何も告げずにか?」

 

「そうらしい。それで、昨日何かおかしな所はなかったか?」

 

「おかしな事ねえ………ああ、そういえ昨日だったか。花火職人が居る場所について聞かれたな」

 

「………花火職人、ってあの夏祭りのあれか」

 

その時の光景と、手の温もりを思い出した多由也は、少し頬を赤く染めた。それを見たサイが熱でもあるの、と聞くが、多由也は無言のままぶんぶんと首を横に振った。

 

「そうそう、聞かれたな。あいつ一応、花火関連の発案者でもあるし、そのことで色々と話があるって言ってた。だから居場所を教えたんだけど………」

 

「確かそこって、この森を越えて少し走った所にあったよね」

 

10分くらいか、と思い出したサイが、記憶にあった場所を思い浮かべる。

 

「ああ。でもあいつ、昨日俺がその場所を教えた後、すぐに向かってな。その後遅くに帰ってきたようだから………」

 

だからそこにはもう居ないと思うぞ、とシンが肩をすくめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

「花火職人の集落か………それで、そこにはまだ行っていないのか?」

 

「まだ行っていない。その時サイに、言伝を頼まれてな」

 

お前にだ、と多由也が言った。言われたサスケは、自分を指差し「俺?」と確認をした。

「ザンゲツさんが呼んでいる。何でも、お前と話したいことがあるらしいぞ」

 

だから呼びにきたんだ、と多由也はサスケに告げた。

 

「話があるのは、俺だけか?」

 

「いや、イタチさんもだ。そっちはさっき告げたから」

 

「そうか………それにしても、いったい何の用があるんだか」

 

分からない、とサスケは首を少し傾げた。

 

「聞いて見りゃあ分かるだろ。とにかく、伝えたからな。もうイタチさんもザンゲツさんが居る部屋に向かっているはずだ」

 

「ああ、分かった………多由也、お前はどうするんだ?」

 

サスケは手入れしていた刀を鞘に納めながら、多由也に訪ねる。

 

「こっちはこっちで、聞いた花火職人の所に行ってみるさ。そっちの話しは少し長引きそうだしな」

 

時間を無駄にはしたくない、と多由也は言う。

 

「そういえば、お前は昨日メンマと話したのか?」

 

「ああ………負けるなよ、とだけ言われた。唐突に何事かと思ったが………」

 

「そっちもか。ウチもそう言われたよ。それで、これをくれたんだが………」

 

と、多由也は忍具入れの中を叩く。

 

「何を貰ったんだ?」

 

「………内緒だ」

 

「―――教えられないようなものか?」

 

「別の意味でな………お前には特に教えられない」

 

むしろ教えるようなことでもない、と苦笑しながら多由也は立ち上がる。サスケは教えない多由也に対し、少し追求しようと少し遅れて椅子から立ち上がった。

 

「っと」

 

だが立ち上がる途中、多由也はバランスを崩した。身体が、前方へと傾く。二日前にチャクラをほぼ使いきってしまった疲れが、まだ身体の中に残っているからだった。

 

倒れる程ではなかった。足を前に出し、ふんばる。だが、そこにあったのはサスケが刀の手入れ用に使っていた布。

 

「とおっ!?」

 

間の抜けた声を上げながら、多由也は思いっきり足を滑らせた。

 

「危な………!」

 

サスケは刀を素早く横に置き、転ぶ多由也の身体を受け止めた。だが不安定な体勢のまま受け止めたのがまずかったのか、そのまま二人はもつれあい倒れ込んだ。

 

「っつ~」

 

後頭部をしたたかに打ち付けたサスケは、後頭部を抑え痛みの声を上げる。

 

「ってえなあ。お前、出した布はすぐに元の所に戻せっていつも…………」

 

怒ろうとした多由也の、言葉が途中で止まる。

 

 

「う、あ…………?」

 

見れば、多由也の顔のすぐ近くには、サスケの顔があったのだ。サスケの方はといえば、倒れ込んだ時の胸の感触と柔らかい身体の感触、そして触れた神から僅かに感じた香の臭いに刺激されたいたせいで、見事に顔がリンゴのようになっている。二日前の感触も思い出したせいか、その顔はコードレッド。脳が非常事態を宣言していた。混乱は言語中枢にまで達していた。

 

サスケは内心で思考を加速させていたが。

 

(うわやべえ柔けえ良い香りってこれ森の中でザンゲツが使ってたやつじゃあくそ何でこんなことにつーかやっぱ胸でけえなこいつってか思い出すな思い出すなキリハに殴られた記憶まで思い出してうああああでもちくしょうどうすればいい)

 

興奮とトラウマと未知の感覚が混ざり合い、暴れ馬のように何処かへ突っ走っていった。正気を華麗に完全放棄である。キリハの一撃必殺とマダオの殺意の波動と多由也の瞬獄殺によって受けた心の傷はそれほどまでに酷く、流れ出た血と共にサスケの脳裏に鮮やかと言えるほど見事に刻まれていた。鮮血の狂乱はサスケの意志を一部破壊し、大切なものを灰にした。サスケはその時、生まれた意味を知ったらしい。

 

閑話休題。

 

一方、組み敷いている方の少女の脳内は以下の通りであった。

 

(ああくそやべえまつげ長えこいつというかやっぱり鍛えた甲斐あって引き締まった筋肉してんなってそうじゃねえだろ戦いがあるから意識しねえようにやってきてんのにこの馬鹿阿呆トンママヌケこんこんちきのウスラトンカチ)

 

経験のない高揚感が胸を満たされ戸惑を隠せない、というか絶賛混乱中であった。そして、二人の心の声が重なる。

 

((動けねえ…………))

 

いつもならこういう時は第三者がのぞきに来る訳だが、今日に限っては居ない。二人は混乱したまま、身体を硬直させたまま見つめ合うことしかできないでいた。視線が重なる。気づけば、二人は互いの眼の奥の光に吸い込まれていた。

 

いつも一緒に居た。3年という時間は大人にしては短いが、少年少女達にして見れば長いと言えるだろう。互いの傷も見えていたのも手伝って、心の距離が狭まっていくのも早かった。実はといえば、今回のような“そういう”風になる状況はいくらかあった。

 

だがいつもどちらかが照れ隠しに離れ、悪態をついて、ここまではその繰り返しにより結局は何もなかったが、今回は違った。

 

心の有り様が違うのだ。サスケはイタチを取り戻し、多由也は悔恨の念を受け止め、そして大事な夢の一つを叶えた。その直後の抱擁も、原因の一端を担っていると言っていいだろう。二人の心は充足を知った事で急速に成長した。故に、素直になることができた。互いにもう、眼はそらせない。逸らしたくないという気持ちを自覚したからだった。周囲から音が消える。目の前の光景以外、何も気にならなくなっていく。やがてどちらともなく、顔を上げた。

 

 

10であった距離は8になり、6、4、とだんだん狭まっていく。

 

やがて3、ついには2となり。二人の心臓の鼓動は、相手に聞こえるのではないか、と言うほどに高まっていた。

 

 

そして、1になった時だった。

 

 

「サスケ、遅いぞ…………!?」

 

 

空気が、凍りついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

「よく来てくれた………と、何だその頬の見事な紅葉は」

 

面白そうだな、とザンゲツは好奇心をむき出しにして質問する。サスケは、消え入るような小さな声で呟くことしかできなかった。

 

「聞くな………いや、聞かないで下さい」

 

悲愴。それにつきた。隣のイタチは何時もの無表情を少し崩し、どこか嬉しそうに、そして悲しそうな顔を浮かべていた。一体何があったのか、ザンゲツは知りたかったが知ろうとするのをやめた。彼女の勘が告げていたのだ。

 

“めんどくせーことになる”と。

 

「で、俺に何か話があるそうだが」

 

停滞した空間を、イタチがその低い声で切り裂いた。ザンゲツはそれに対し、うむと頷き話しを切り出す。

 

「単刀直入に言おう………二人には、網に入って貰いたいんだ」

 

「………どういうことだ。うちはの名前、知らぬ訳でもあるまい」

 

確実に他のかくれ里に対する遺恨になるぞ、とイタチは忠告をする。

 

「尾獣をも操れる写輪眼の力、間違いなく他の里との取り合いになるだろう。それでも良いのか?」

 

「いや、ならないさ。なにせウチは非戦闘組織だからな」

 

ザンゲツは肩を竦め、心外だと言う。

 

「どの国と戦争をしようって訳じゃないんだ。むしろそんなのがごめんだね」

 

「ならば何故だ? 何故俺達を誘う」

 

「こちらでも、掴んでいる情報があってね………まずお前たち――――特にイタチの方は、木の葉に戻れるアテがあるのか?」

 

「………五代目と約束はしている」

 

そう返すサスケだが、声は少し険しくなっていた。自分はともかく、木の葉が兄さんの方を受け入れるのは難しいと考えていたからだ。

 

「正直に説明をすれば芽はあろうが………それでも、うちはの先人達の名が汚れてしまうのは避けられないだろう?」

 

「確かに………それは御免だ。だが、それと網に入ることと、一体何の関係がある」

 

「それを説明するには、こちらも腹を割って話をするしかないが――――時に、イタチよ。お前は鉄の国を知っているか?」

 

「侍達の国だろう。三狼と呼ばれる三つの山からなる国で、忍び達の戦争を調停する役割を担っている中立国だ」

 

「そのとおり。彼らは独自の文化と権限を持っていて、忍びは古来より鉄の国には手を出せない決まりになっている………だが」

 

ザンゲツは視線を険しくしながら、少し声を荒げた。

 

「その中立国………役割を果たせていると、本当に言えるのか?」

 

怒りの感情を少し表に出したまま、ザンゲツはイタチに問う。

 

「―――肯定はできないな。戦争が始まってしまえば、侍の言葉など忍び達には通じん」

戦災孤児が増えたのがその証拠だ、とイタチは淡々と答えを口にする。

 

「そうだ。その例として………木の葉の名家、日向の嫡子である日向ヒナタが雲隠れの忍びに拉致されそうになった事件があるが、お前たちは知っているか?」

 

「ああ、知っている。その雲隠れの忍びは、国境近くで何者かに殺されたようだがな」

 

「そのとおりだ。そして、その事件の裏にはな………」

 

と、ザンゲツはその背景を説明する。日向の娘をさらおうとしたこと。成功すればそれで良し。もし返り討ちになれば“戦争を起こすぞ”と脅し、見返りに日向家当主の首を求めようとしたこと。そこまで話すと、ザンゲツは二人に問うた。おかしいとは思わないか、と。

 

「“忍びこみ拉致しようとして、それで返り討ちになったから責任を取れ”。居直り強盗ってレベルじゃあない、無茶苦茶だ」

 

「だが――――三代目は。木の葉は、それを回避しようと動いただろうな。あるいは、呪印付きの身代わり………日向ヒザシさん当たりを雲隠れに差し出しただろう」

 

「そうだ。だが、これは明らかにおかしい。これも中立国の威厳が、役に立っていないせいだ」

 

「罪を犯したとして、罰する力を持つに足る組織が存在しなければ、意味がない………そういうことか?」

 

「そうだ。法の元、間に立って揉め事を調停する者が必要なのだ。それを可能とする力を持つ、第三者組織が。例えば、戦場の外れで非道を行う―――裏の忍び達に対する、罰則とかな」

 

「不可能だ。何より五大国が納得しないだろう」

 

「現状では、そうだな。だがやらなければならない。これ以上、戦災孤児を増やす訳にはいかないんだから」

 

ザンゲツはまっすぐに、二人を見つめる。その眼は、意志の炎に満ちていた。

 

「私も戦災孤児だった。戦場から逃げ出した抜け忍達に、村を焼かれた。ただ食べ物が欲しかったという理由だけで、情報が漏れてはならないという理由だけで、あいつらは私の村を焼き尽くしたんだ」

 

そんな理不尽が許されていいのか。

 

―――否だ。ザンゲツは常に、そう思っていた。

 

「絶対の正義など、求めない。だが人として、遵守すべき一線がある。それを越えた者たちが、畜生にも劣る者たちが罰せられないまま生き延びるなど、何の処置もされないままその後の生を送るなど、私としては絶対に許せない」

 

「だから、力を?」

 

「あくまで法を守らせるためだ。戦争は止められない。それは分かっている。だが、戦うにしてもルールがあると言っているんだ」

 

「戦争の中の、法?」

 

「ああ。その内容は現在も煮詰めているが、この事に関しては鉄の国にも打診してある――――協力する、との返答を得られたよ。彼らも、何もできないでいた自分達の立場をどうにかしたいと思っていたらしい」

 

「それは………だが、そのような力が何処に?」

 

「尾獣だ――――人柱力だよ」

 

「人柱力を、利用すると言うのか」

 

サスケの声が怒りに染まる。だがそれに対し、ザンゲツは違うと否定する。

 

「逆だよ。今存在している尾獣の力を、人柱力を一つの箇所に集めて、管理しようというのだ」

 

「管理………?」

 

「そうだ。尾獣は本来、人の操れる存在ではない。それは分かるな?」

 

「ああ。抑えられなかった人柱力は暴走し、里の者たちを襲うと聞く。そして暴れた尾獣を封じる時に、多大な人的・物的損害を被ると聞いた」

 

「その通りだ。だが、それは抑えるのがただの忍びだからだ」

 

「何を――――そうか」

 

得心いった、とイタチが頷く。

 

「暴れた尾獣、人柱力を――――他の人柱力に抑えさせようというのか」

 

「そうだ。聞けば、人柱力を抑えられた事例はいくつかあるらしい。そのノウハウを人柱力同士で共有し、暴走を防ぐ。あるいは万が一、暴れた時、損害無く封印を成そうというのだ。これには無論、人柱力の兵器としての利用を防ぐ目的も含まれている」

 

「その力を、網が利用しないという根拠は?」

 

「信用とは言葉だけで得られるものではない。今までの私達の働きを見てくれ、と言うしかないな。何にしろ、今のままではジリ貧なのだ。雲隠れの軍事力増強は聞いておろう?」

 

「ああ。それにつられ、一度縮小された軍事費も見直されかけていると聞いた。一度間違いがあれば、戦争が起こるだろうということもな」

 

「そうだ。だから、今、何とかしなければならない。穴は勿論あるだろう。だが止まっているだけでは何も得られない。修正すべき点は修正し、それでも前に進むしかないのだ」

平和に向けてのな、と言ったザンゲツは、二人の眼を見る。

 

「難しい事をしようという訳ではない。無意味な戦争を出来るだけ起こさない。無関係な国の民を巻き込まない。戦災孤児を無くす。人柱力という悲劇を無くす」

 

「――――戦時国際法を設立し、その法を遵守させるに足る機関を設立する、か。だがその最初の一歩が、どれだけ難しいが承知しているか? それに、尾獣は残り3体。六、七、八尾だけだ」

 

「ああ、承知している。だがこれは、一種の賭けになるのだがな………」

 

「賭け?」

 

「ああ。面目無いが………全ては、あいつにかかっているのだ」

 

 

そしてそれは、当然に彼のことだった。

 

 

 

 

 

 

~~~

 

 

一方、療養地外れの森の中。そこには一人、顔を赤くしながら走る赤髪の少女の姿があった。

 

「あ~くそ、恥ずかしい。サスケの野郎っ………!」

 

完全に八つ当たりかつ理不尽に過ぎる理屈を並べたてながら怒る乙女。イタチに見られた恥ずかしさから、多由也はつい、といった風にサスケにビンタしてしまったのだ。サスケは突然の事態に眼を白黒させながら、その場に倒れ込んだ。

 

「ってウチが悪いんじゃねえか………」

 

しょんぼり、といった風に多由也は視線を地面に落とす。

 

「………帰ったら、謝る。よし。以上。終わり」

 

侠気あふれる思考の切り替えの末、何とか平静を保とうとした。目的地である花火職人の元に向け、歩を進めていく。だが興奮状態にあった精神は容易く収まってくれず、多由也の顔はまだ真っ赤に染まっていた。

 

先程の出来事、そして感触の余韻が残っており、顔の熱が取れていないのだ。

 

「帰ったら………色々と言わなきゃ、なあ」

 

去来した想いと共に。多由也の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。ちなみに、本人はそのことを自覚していなかったのだが。

 

「それにしても、“アレ”だが――――使う時が来るのかな………出来れば、使いたくないが」

 

二日前に白から貰ったモノ、そしてその関連で昨日、メンマからもらったものを思い出しながら、多由也は呟いた。だが歩は止めず、森の中を走り続ける。もしかしたら、何か手がかりが得られるかもしれないからだ。

 

「………それにしてもあの3人は、一体何処に行ったんだ? 誰にも行き先を告げずに、とかまるで――――」

 

 

そこまで、言った時だった。ちょうど森の半ばに差し掛かった頃、道の横から不意に、目の前に黒い玉が飛び出してきたのは。直後それは、猛烈な光と共に爆裂し、四散する。

 

 

(光、玉――――――!?)

 

 

多由也は即座に正体を悟って速攻で眼を閉じるが、不意をつかれたため間に合わなかった。強い光を受けたせいで、視覚が麻痺する。

 

塞がれた視界。多由也の眼が、暗闇におおわれた。

直後、後方と側面から影が躍り出た。

 

 

(奇襲、まず―――――)

 

 

間もなくして、鈍い音が森の奥で鳴り響いた。

 

 

 

 


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