いつもの工程。いつもの味。だけど機会は一度なれば、手を抜くなど有り得ない。屋台という形式上、また全国各地を点々としているメンマの店の客は、一見さんが多くなる。
だから常に客とのやり取りは一期一会であり、一期一麺。二度はないと、メンマは調理に集中した。注文を受け、麺を湯掻き、チャーシューを切って、スープの中で踊らせる。
その全てが主役で、その全てが脇役だ。ラーメンという名の元に集った同志たちは、客の舌に鼓を打たせるという目的のもと一丸となるもの。
ラーメンを部隊とするならば、指揮官は自分。そして敵は客だ。初見の忍びと対峙するに似た危うさを持っており、時に上忍との戦闘よりも困難な戦いとなる。
そう、決死だ。メンマは疑いなくそう思っていた。「不味い」というひとことがでようものなら、料理人としての自分の心は粉々に砕けてしまうから。
――――だけど。
「美味しい! これ美味しいですウタカタさん!」
「いいから、黙って食えホタル」
「でも美味しいんです!」
「……分かったから汁を飛ばすなバカ」
「いたっ!?」
ウタカタのでこぴんがホタルの額に炸裂した。
「うう、酷い………」
「いいから、黙って食べろ。温かいうちに食べた方が美味しいだろう」
「それもそうですね!」
(………)
屋台から少し離れた所に置かれた、急造の椅子の上。そこで交わされる金髪の幼女ホタルと青年の会話を聞いたメンマは、喜びに心を震わせた。
そう、“美味しい”。
この一言があればどこまででも戦える、そうメンマは信じていた。例え火の中水の中、木の葉の中砂の中。
「でも音は尻的な意味で怖いから簡便な!」
「うん、尻的な意味?」
声に出てたようだ。意味がわからないと、聞いた紫苑が首を傾げた。
「いや紫苑は知らなくていいんだよ?」
むしろ知っちゃいけねえ、と屋台の前の椅子に座りラーメンを食べる紫苑に向かって、メンマはパタパタと手を横に振った。
「そうか………しかし、隠れ家で食べた時も思ったが、お主本当に腕を上げたのう」
目は見えないが、食事くらいは何とかなるらしい。レンゲと箸を忙しく動かし目の前のラーメンを食べる紫苑。食べ終えると、こちらを見てご馳走様と笑いながら言った。
「うむ、美味であった。あっさりとしてなおそれだけではない………塩の深み、というやつかの。それとこの………鶏肉か?」
「ハッ、姫様。この日のために探し求めた木の葉産地鶏でございます。塩は砂隠でとれた天然の岩塩と、波の国で取れる海塩を合わせ使いました」
配合と隠し味は秘密である。
「うむ、塩と鶏とのこらぼれーしょんというやつか………」
麺道とやら侮れぬ、と紫苑が小さい声で呟く。
「ふむ、これまた美味なり。流石と言っておこうか!」
「とかいいながら大盛り3杯食べた兄さん、言っとくけどお金は貸さないからね」
弟の突然の宣言。シンの顔が劇画調になった。
「いやでも確かに美味しいね………孤児院を巡るラーメン屋の話し、噂には聞いていたけど………」
「実際は食べていないと分からないだろ? ………ってほらシン、落ち込むな。代金はツケでいいから」
「おお! 心の友よ!」
「いや確かに喧嘩百戦負け知らずだけどさ」
意味が違う、と首を振る。そもそも女でもない。
「見たとこと、シンはこってり目の味が好きみたいだけど」
「ああ、そうだなあ。あっさり塩味も味わい深くて食べ応えがあるけど………やっぱり男は豚骨系だな」
「そうだなあ。“男はスタミナだガンガン行け”、と某カメラマンの人も言っていたことだし」
ちなみに中の人は土井先生もとい、うみのイルカ。実際会った事ないけどやっぱり関ボイスなんだろうか。聞きてえなあ、とメンマは空想に逃げた。
「でもサイは見たまんまだな。こってりよりは、あっさりの方が好き?」
「体質的なものもあるし、あまり筋肉質になりすぎるとね。僕は身の軽さが命だから」
重くなると墨の鳥の上に乗れなくなるし、とサイは肩をすくめた。墨を操った遠距離戦タイプが故に、敵の接近を許さない機動力が命となるということか。確かに鈍けりゃ距離詰められてそこで終りになるもんな。
「でも、妹さんには食べさせないの?」
あっちで待機しているようだけど、とサイが言ってくる。
「いや、一応は正体を隠している身だし」
まだ小池メンマ=うずまきナルトの方程式は解けていないようで。知られればしばかれること請け合いなので、メンマは黙ったままでいた。
本当は昨日、キバ達木の葉一行と帰る予定だったのだが、フウが残ること、また怪我が完治していないということで、キリハだけは残ったのだ。後者に関してはほとんど口実なのでどうとでもできそうだったが、前者に関しては納得せざるを得ないメンマは取り敢えずとどまることを承諾した。
「妹、かあ………いいなあ。お兄ちゃんって言われるんだろ?」
どんな気分? とシンが真顔で訪ねてくる。
「いや、妹って実感がまだね………でもあの猪突猛進っぷりには、少し参ってる」
そのうち抱き壊されるんじゃないか、と戦々恐々なメンマであった。つーか胸が当たってるんだよう。小さいながらも形がいい『シヌ?』げふんげふん。
(つーか忍者で上忍でかなり筋肉ついてるはずなのに何処触っても柔らかいんだよう。抱きしめている時のシカマルといの嬢、ヒナタ嬢の目が怖いんだよう)
メンマの声ならぬ叫びは、誰にも届かなかった。
「いっそ“異性に思いっきり抱きつかれたら狐に変身してしまうんだ”、とか言うのもいいかも」
『それなんて果物籠』
ちなみに狐は犬科だが、習性としては猫に近い部分があるらしいね。
「ふむ、群れず単独で狩りをするからの。確かに、猫の方が近いとは思う」
「説得力あるねファイアーフォックスもといファイアーキャット」
サンダーバード(サスケ)とウォータードラゴン(再不斬)、アースタートル(多由也)はここには居ないようだけど、と肩をすくめる。
「ふむ、しかしあの時からここまで………随分と腕を上げたものだの」
紫苑はことり、と台の上にどんぶりを置き、感慨深げに呟く。
「そりゃあいつまでも同じ所にはいられないしね。あれからごたごたも、いざこざも、色々あって………あちこち旅もしたからね。まあ、旅の甲斐があったというところかな」
別れが会ったから、と思いつつ。やや複雑ながらも、メンマはその一点だけは頷かざるを得なかった。魚介系をふんだんに使い煮詰めたスープと、鶏がら。そしてよりすぐった塩と隠し味に少量の酒を入れて混合した、味とコク、深みのあるスープ。
具として入っている鶏肉にはそのスープの味が凝縮されて入っており、一度口の中に入ればスープの旨みと肉の旨みが弾けて混ざる。そのどれもが旅の途中で見つけ、試行錯誤した上に選定された素材であった。
「ならばわらわも送った甲斐があるというもの………ふむ、いい仕事をしたの、店主」
「………は、恐悦至極でございます、姫」
「うむ、くるしゅうないぞ」
互いにふざけあいながらはっはっは、と笑いあう。その後、空気がまったりとしてきた。
「ああ、もう十尾とかどうでもいいわあ………」
いてーしつれーしめんどくせーし、かんがえたくないかんがえたくないーとメンマは半ば以上に本気で叫んでいた。
『いやそれは流石に不味いでしょ』
幼児退行を起こしていたメンマに、マダオの突っ込みが入る。
「それよりもおかわりじゃ。いなり寿司も頼むぞ主よ」
「ってもうおかわりかよ!? 相変わらず食べるの早いなあキューちゃんは」
あと呼び方変わった? と聞くと何故か「うるさい」、と返された。メンマは気のせいだろうか、と首を傾げた。そして何か記憶が戻ってからのキューちゃんの自分に対する言動が変なような、とも。
「うむ、わらわも負けておれんのう……こっちもおかわりじゃ!」
横に座っているキューちゃんの方を睨みつつ、紫苑もおかわりを要求してきた。
「うんうん、料理人冥利に尽きるなあ―――だが断る」
「何故じゃっ!?」
「何故も何も………紫苑、それ以上食べたら太るよ?」
「はうっ!?」
太り、と言われた紫苑が胸を抑えながら一歩仰け反った。うむ、以前聞いた通り、すごい効果だなこの言葉。“太る”、という一言は乙女に対する最終兵器のうちの一つらしい。
メンマは以前、白と多由也に向かって言ってしまった時、サスケ共々教えられた。何でも体重年齢そして胸に関して言及することは、時に宣戦布告と同じぐらいの重みを持つことがあるとのこと。殺されても文句が言えない言葉もあるらしい。
「でもキューちゃんは太らないからいいね~。年も取らないし」
「………うむ、いきなりなんじゃ?」
「いや、ちょっとね。昔を思い出して」
変化することはあるが、基本は今の幼女姿のままでいるキューちゃん。あれからかなりの時間が経ったというのに、最初に会った時………
(―――いや、マダオが仕組んだあの時からか。この姿はちっとも変わっていないな)
禍々しい姿から転じたこの姿、可憐な金の髪の少女は今も変わっていなかった。
――――外見上は。
「黙り込んで、どうしたというのじゃ」
「いや、変わっていないなーと思って」
中身は少し変わったけど、とメンマは心の中だけで呟いた。どうしたのかと聞いてくる言葉と、その表情。思えば柔らかく成ったものだ。出会った最初、不機嫌を振りまいていただけだったあの頃と今とでは全然違う。
「………そうじゃのう。お主は図体だけは大きくなったが」
キューちゃんがジト目で見てくる。
「まあ、背は伸びたよね。会った当初は俺まだ五歳児だったし」
そこから隠遁生活を送りつつ身体を鍛え、あるいは影分身でごまかして。戦場に出たこともあった。そこで怪我しながらも、何とか生き延びてここまでこれた。
(気づけば10年。いや、我ながらよく死ななかったもんだよ)
死にかねない、危うい状況はいくつかあったというのに、自分はまだ生きている。
メンマは、なんだかんだいいながら運が良いのかもと思っていた、が。
『いや、そもそも度々危険な状況に陥るというのが………』
自業自得な部分もあるけど、とマダオがメンマの心中の呟きに突っ込む。
「でも、あとひとつだけ――――本当にあとひとつ、だからな。ようやくここまで来たって感じだけど」
「そう、じゃの」
キューちゃんはメンマの言葉に返事をしながら、どんぶりのスープを飲む。
いや、どんぶりで顔を隠しているのか。メンマに顔を見られたくないようだ。
様子が変なキューちゃんを見て、メンマは少し考える。紫苑のこと意外に、まだ隠していることがある。恐らくは身体の事――――いい加減ガタが来ているこの身体のことと、何か関係があるのだろう
(それでもあとひとつだ。あと一回だけ勝てばいいんだ)
それで全てが終わる、と自分に言い聞かせた。しかしそれにしても、キューちゃん“らしく”ない様子が気になる。最終の決戦を前に心残りだけは残したくない。メンマは機会があれば強引にでも聞き出そうと決めた。
「おかわりは諦めよう。しかし、このラーメンがわらわの治療と何か関係があるのか?」
「勿論。まずは味覚から、ってね。まあ仕上げは多由也がするから、今回に限っては俺は脇役だね」
口惜しいけど、とメンマは食器を片付けながら紫苑の問いに答えた。
「そういえばあの二人は何処にいったのじゃ?」
「うん、サスケと多由也? あっちで練習中だよ」
屋台から少し離れた木陰。最後の練習をする多由也と、それを聞いているサスケがいた。多由也は横たわった丸太を椅子替わりに座っている。サスケはその隣、少し離れた位置に座っていた。
「………緊張しているのか?」
いつもの様子でなく、少し堅い表情を浮かべている多由也に対し、サスケがたずねた。多由也はひとしきりの節まで練習した後笛を下げ、サスケの問いに答える。
「当たり前だろ。あの紫苑って娘の怪我が治るかどうかは、ウチの腕次第なんだから」
多由也は今までにないぐらい緊張していた。人の命運が決まる舞台など初めてだったからだ。しくじれば全てが否定されそうになる、と小さく不安の言葉を零す。
「でも………よ。お前にとっても、これ以上ない機会なんだろう………お前の音で人を癒せる。しかも、普通の医療忍術では治せない怪我を」
「そうだな………って、だから緊張するんだよ! もし無理だったら……それこそこの2年、やり続けてきた事が否定されそうで………」
怒鳴った後、最後になるにつれどんどんと声が小さくなっていく。サスケは多由也らしくない物言いに苦笑する。
「いや、大丈夫だと思うぜ。きっと………絶対に大丈夫だ」
「見事に根拠がねえんだけど?」
それにイマイチはっきりしない、と多由也はジト目でサスケを睨みつける。
「だけど、まあお前が言うなら………自信を持ってみるか」
一番多く演奏を聞いているサスケだった。多由也はこいつがそう言うのならばそうなのかもしれない、と少し自信を持った。裏に感じた想いは少し無視して。
「その意気だ、っつ」
笑いながら返事をするサスケ。だが言葉の途中で左手を抑えながら、うめき声を上げた。
「その左手………例の螺旋丸の後遺症か」
「ああ。まあ、俺よりもナルトの方が怪我は酷いんだけどな」
どちらも後遺症はあるが、性質変化と螺旋丸のコントロールの関係で、ナルトの方が怪我は酷くなっている、とサスケは説明をした。
「サクラの治療である程度は治ったし………と、何故に睨む」
横目でじろりと睨む多由也に対し、サスケは首を傾げた。
「知るか、バカ。それより角都とやりあった傷はどうした」
足止めした時に少し切り裂かれたんだろ、と多由也が聞く。
「ああ、それも一応は治してもらったが………」
「なんだ、何かおかしいところがあるのか?」
「いや、角都と対峙していた時だがな………身体がうまく動かなかったんだよ。月読の中ではもっと良い動きができたんだが」
「………月読ってーと、あの幻術世界で云々という?」
「そうだ。視線が合った相手を幻術世界に閉じ込める万華鏡写輪眼特有の幻術。一度捉えられたら最後、写輪眼を持たない者なら動けなくなるという最強の幻術だ。
………まあ写輪眼を持つ者だとしても、精神力や瞳力が低ければ何もできないんだが」
「なら話しは簡単だ。それだけお前の想いが強かったということだろ。それに、お前の兄貴―――イタチさんも、あるいは………」
“そうなること”。今の結末を望んでいたのかもしれない、と多由也は心の中だけで呟いた。そう思ったのは、紫苑からとある話を聞いた後だった。
数年一緒に過ごした紫苑と、菊夜とイタチ。紫苑はイタチに対して悪戯をしたりした。イタチは最初は無視をして、やがて苦笑しながらもそれを諌めはじめた。数年も経てば流石に関係も変わる、そして過去の話も、ほんの少しだか聞かされたらしい。
だけど過去の話題、もっぱら弟のことについてだったと紫苑は苦笑しながら多由也とナルトに言った。
――――過去の思い出は人に語ることによって深まる。思い出す度に願ってしまうことは避けられない。それが輝かしいことであればこそ、尚更だ。それはイタチだって例外ではない。あの日々があったからこそ、サスケの提案を聞くようになったのかもしれない。
そのようなことを、メンマと多由也は考えていた。
「生きることを忘れていた」、と紫苑は悲しそうにいった。伝え聞く過去から、それは真実そのままだったのだろう。父母を、そして仲間を―――そこまで思いついた所で、多由也は首を横に振った。かつて死に別れた母のことを思い出したからだ。今は遠い、あの温もり―――それを血に染める光景など。例えとしても考えたくない。
それを体験したうちはイタチの心中はどうだったのだろうか。決死の覚悟を持っていたはずだ。
「途中で止まって……どうした?」
あるいはの続きは?、と聞くサスケ。多由也はそれを見ながら、心の中でひとりごちる。
~ 多由也 ~
修行に修行を重ねながら鍛えてきた男、うちはサスケ。思えば奇妙な縁だ。ウチは始めから今に至るまでの経緯を思い出していた。
最初は敵だった。偶然から得た、自己を取り戻す機会。選んだ道は奇跡的に途切れず、あるいは助けを得て。ウチは次なる場所へと向かう権利を得た。
そこから同居することになった仲間。そして、うちはサスケ。最初は分からなかった。だが互いに譲れぬ者があったことを知った時、何となくだが“近い”と感じた。
ある日の一日の終り。鈴虫が鳴いている秋の夜長。ウチは癒しの笛を聴かせている途中、サスケにたずねた。
何となく聞いた、「どうして戦う」という問いに対し、サスケは部分的に誤魔化しながらも、自らの過去を語った。
それを聞いた時、ウチは“近い”と感じたその理由を知った。
ウチは遠き日の約束のため。血縁ではない母の遺言を果たすため、血塗られた手だとしても前に進むことを選んだ。音で人を癒すという夢を取り戻すために。サスケは遠き日の約束のため。兄の真実を知って、その意志を知った後。必然として流れる定めを受け入れないと。血塗られた一族の因業を断ち切らんとする道を選んだ。かつてと今、両方で大切な人を取り戻すが故に。
どちらも取り返しの付かないことがあって、そしてずっと一人だった。ただいまをいう相手もいない。おかえりを言う相手もいない。気を許せる仲間もいない。ウチは無意識にサスケは意識的に、という点で違いはあれど、一人ということは同じだった。
再不斬には白がいる。メンマにはあの二人がいた。だがウチとサスケだけは、あの日あの隠れ家にたどり着くまでは、誰も居なかったと思う。
そうして似たような過去があり――――だけど諦めないと思った所も同じ。だから励みになった。そして負けられないとも思った。
「そうだな。お前は夢を叶えたんだよな」
「………まあ、一応はな。だけどどうしようもなくなったら兄さんは自分の命を捨てても使命を果たそうとするさ」
だからまだまだ安心はできない、とサスケは首を横に振る。
「そうだな………そのためにその手の傷を、さ」
ウチはその答えを聞いた後、包帯を巻かれたサスケの手を指差しながら、言ってやった。
「その手の傷の痛みも、紫苑の経絡系の傷も、そして全部………ウチの笛で、癒す」
もう腹は決めたから、と。
多由也は笑いながらサスケに宣言した。
火の国の南。とある街道沿いに、珍獣の宝庫と呼ばれる土地があった。そこは地理的に戦火が及びにくく、また戦略価値もない土地で、昔から今まで、一度も戦場にない場所だ。
戦争で自然が荒らされることもないので、そこに生息する生物もまた死ぬことがない。他の土地では絶滅してしまった珍獣が、この森にはまだ形を残していた。
その中心部にあり、網の慰安地であるその場所は、秋の夜になると蛍が乱舞し、池の周辺全てが光に包まれているかのような幻想的な光景となる。
――――故に光ヶ池。網内部では有名な場所だった。
「………俺達には似合わない場所だ。そう思わねえか、根暗」
「根暗って言うんじゃねえ、鬼人。その意見には同意するけどよ」
池のほとりでは大刀を担いだ大男と、水色の着物を羽織った男が言葉を交わしていた。
「はっ、噂が途絶えて数年………どこぞの忍びに殺されたかと思っていたが、よく生きてたな。それも相棒と一緒によ」
「誰が死ぬか。そっちこそあの黒い化物に襲われたと聞いて、そのままおっ死んだかと思ってたぜ」
不機嫌な顔で二人は言葉を交わしている。何故不機嫌かというと、それは互いの傍にいる人物が原因だった。
「もーウタカタさん、喧嘩は良くないですよ?」
水色の羽織りの男の横に座る、年は12の少女。ウェーブがかかった金髪が美しく、また顔立ちも整っている愛らしい少女、名前はホタルと言う。少女は霧隠れに帰ったと思っていたウタカタが一日をおいてまた網の方に戻ってきたのを知った時、大層喜んだ。この池に一緒に来れる、と知った時もまた歓喜の声をあげた。
「ほら、再不斬さんも………そんな怖い顔をしないで」
隣の黒髪の美少女………白も、大刀の男を諌める。その顔は女優だと言われても誰もが納得してしまう程に整っていて、物腰も柔らか。黒い髪はまるで絹糸のようで、わずかに吹く風にもたなびき、その流麗さを周囲に振りまいていた。
「………お前ら、なんか気があってねえか」
このホタルと白の少女二人は、横の男の二人の意志を無視し、すぐに意気投合してしまったのだ。複雑な内心を持つ男二人にとって、その当たり機嫌が悪くなる原因となっているのだが、ホタルと白は全く気づかないでいた。
「そうですね………まあ、素直じゃない男の人の相棒、といった点では気が合いますし」
「だから違うっつてんだろうが………おい鬼人、いい加減誤解を解けよ」
「いや、俺から見ても“そう”見えるが………」
再不斬がホタルを横目でちらりと見る。だが幼い少女にとっては、強面のヤクザにじろりと見られたと同じ怖さがあったらしい。ホタルはウタカタの背後に隠れ、その視線から逃れようとする。
「あー、ホタルさん。再不斬さんは確かに怖い顔をしていますが、根はとても優しい人なんで別にかみつきはしませんよ?」
「………お前も言うようになったな、白」
「ええ、愛の成せる業です」
複雑な顔をする再不斬に対し、白がにっこりと笑って返した。
「………なあ、いちゃつくなら他所でやれよ。頼むから」
「うるせえよ」
「はあ………何でこんなことに」
「裏の事情、ってやつだ。それより………なんだあの金髪の小僧は」
再不斬は両腕を怪我している金髪の青年を指差す。
「俺の方を睨んでくるんだが………もしかしてお前の知り合いか?」
「断じて違う」
一方、両腕を怪我している金髪と、その弟。二人も池のほとりにて腰を下ろしていた。
「ほら兄さん、危険人物にガン飛ばしてないで。それに腕を怪我してるし……大人しくしておいてよ頼むから」
「だってよ~サイ。あそこ、ほら、何かラブラブ空間展開してね?」
「いや確かにしてるけど………別におかしくないだろ。あのヤクザとお嬢の二人は昔からの相棒だって聞いたし」
「でも美女と野獣って感じだよなあ」
「あっちの二人は青年とロリコンって感じだけど………おっと、これ以上はやめようか」
聞かれたら殴られるしね、とサイは呟き口を閉じ、横にいるシンも弟に習った。
「………しかし、可愛い子多いよな。昨日帰った木の葉のあの娘達も可愛かったし」
「でも胸を凝視するのはどうかと思うよ? 黒い髪の女の子からは白い眼で見られていたし」
「いや、あの娘は何故か随時白い眼だったんだが………って日向じゃん」
納得、と頷くシンにサイは更なる突っ込みを入れる。
「いや胸をガン見されたら日向でなくても白い眼でみられるよ………それなら、あっちの碧色の髪の女の子は?」
「ん? ん~、ちっと胸が残念な感じにってぐほっ!?」
突如飛来した石が、シンの腹部に命中。もんどりうって倒れるシン。
「やっぱり口は災いの元だね………」
くわばらくわばら、と言う声が倒れ伏す兄の後頭部に向けられた。
「あ、フウちゃん駄目だよ!」
「気にするなキリハ。アタシはただ乙女の尊厳を守っただけだから」
額に青筋を浮かべながら、碧色の髪は隣の金髪の少女に笑いかけた。
「それに、援軍に志願するとか………無茶しすぎだよフウちゃん」
「なに、里にはお前の兄貴の影分身がいるからな………アタシがここにいるってことは奈良家の人達と火影以外には知られていない」
「そういうことを言ってるんじゃなくて………」
危険でしょ、とキリハが困った顔を浮かべながら言うと、フウは眼を閉じて首を横に振った。
「アタシにとっては木の葉に対する印象より、お前の命の方が大事だ」
「フウちゃん………」
「人柱力として、兵器みたいに使われることも嫌だけど………キリハが死ぬ方がもっと嫌だった」
だから援軍に志願したんだ、と。
フウはそっぽ向きながらもキリハに告げた。
「………ありがとう。それで、シ………シカマル君の家での生活はどうだった?」
「何故そこでどもる?」
「こっちの話! で、どうだった?」
「ん………朝起きたら朝ごはんが出てきた。薬の調合を手伝って………無茶な失敗をしたら怒られた。昼ごはんも夜ごはんも出てきた」
「………」
「布団も暖かかった。お日様の臭いがした。シカクさんは酒の飲みすぎだとヨシノさんにしばかれていた」
「そ、そうなんだ」
「将棋で勝負して、完膚なきまでに敗北した。飛車角抜きでもぼこぼこにされた」
「シ、シカクさん大人気ない………」
将棋でいえばシカマル君より強いのに、とキリハは首を横に振りながら眉間を抑える。
「………いや、それでよかったよ。手加減抜きの本気だった。そして、怒られて…………ホメられて………うん、嘘がなかったよ。愛想笑いも、遠慮も無かった」
人柱力としてではなく。戦力としてでもなく。
「あの人達は………アタシを見ていた。ヨシノさんも、シカクさんも」
フウは本当に、心底嬉しそうに。含むものの一切ない、綺麗な笑い顔を浮かべて、キリハに告げた。
「でも、そうだな………アタシにも家族がいたらあんな感じだったのかな………」
でも、と。別の可能性を思いついたフウの顔が暗くなり、地面を見つめながらぽつりと呟いた。
キリハはその言葉を聞いたフウに、無言で抱きついた。
「キ、キリハ?」
「いいから。女の子が暗い顔しないの。今は私とか、ほら………か、家族が居るでしょ? そりゃあ任務で一緒に居られない時もあるけど………」
「………家族か」
家族という言葉を聞いたフウは、木の葉に来た日を思い出した。ほんの少し前だ、あれから一ヶ月も経っていない。だけど、思い出せる光景があることに気づいた。思い出したい光景があることを知った。
それは日常の風景。キリハと一緒の布団で寝たり、家に遊びに来た山中いの、日向ヒナタ、春野サクラと一緒に寝間着で夜更かししたり。今までにずっと知らなかった色々な事を、この僅かな時間の間で知った。考えもつかない世界を知った。そして、人と一緒にいられるということ、その感覚を思い出した。
フウは、わずか数日の体験だけで、人の肌の温もりを思い出した。睨みあうことなく続けられる関係があるのだと知ったのだった。
「やっぱり一人は寂しいな。一人より二人の方がずっといい。」
「うん………一人は寂しいよね。私も、友達や知り合いの人はいても………一緒に住む人はいなかったんだ。生まれてから兄さんと再会を果たしたあの日まで、家族というものの存在を知っていたけど、実際に体感したことは無くて………」
「キリハも、私と同じなんだ」
「うん。友達は居たけどね。でも、無条件に甘えられる相手は居なかったから」
フウちゃんに言うと笑われるかもしれないけど、とキリハは苦笑する。
「いや、別に笑わないよ。それよりも、あのシカマルっていうのは違うのか? ―――兄妹というか、距離が一番近いって思ったんだけど」
「え、シ………シカマル君? そうだなあ………えっと………ど、どうなんだろう」
キリハは頬を少し赤く染めながら、混乱した。色々あったせいだった。
「うう、でも見られたことなんか無かったし………ああでも小さい頃はお風呂に………わ、忘れろ私、忘れろ私!」
がんがんとキリハは自分の頭を殴り始めた。
「キ、キリハ?」
「そ、それはひとまずおいといて!」
「お、おう!」
「取り敢えず兄さんには感謝しなきゃね………私たちだけじゃ、フウちゃん助けるの、間に合わなかったかもしれないから」
「そうだな………突然現れて乱入して………登場の仕方とか色々、変な奴だけど助けてくれた」
「……え、変な奴?」
「うん」
シークエンスタイムゼロセコンド。フウはきっぱりと断言した。
「キリハを助けたいから連れて行って、って私が言うとあいつ………“あい分かった。我に任せい”って間髪入れずに答えてさ。そのまま火影の家まで走って行ったし」
「兄さん………」
何をしてるの、とキリハが頭を抱える。だけど顔には笑みが浮かんでいた。
「作戦もなあ………荒唐無稽かつ大胆も極まる。普通の忍びならば思いつかないぞ、あんなの」
角都に奇襲を仕掛けた時の事だ。メンマは角都が居る上空までフウに乗せてもらい、そこから飛び降りて斬撃をかましたのだった。
「ていうか普通、あの高度から飛び降りないし。なんでかバナナの皮を警戒していたけど、なんでなんだろう」
「へ、へー」
キリハは誤魔化した。いつかの中忍選抜試験を思い出したが、黙して語らなかった。
「でも助けられたからよかったよ………キ、キリハ?」
キリハは抱きついていた身体を離し、その肩を持ちながらフウの顔を正面から見つめる。
「そういえばお礼、言ってなかったね。ごめん、助けてくれてありがとう。お陰で命拾いしたよ」
「うん、どういたしましてだ………とはいっても、アタシはキリハの兄貴を空へ運んだだけだけど」
「ううん、十分に助かったよ。あんなに高い所から飛び降りて奇襲、なんてのは相手も想定していなかっただろうし」
角都の術によって木が倒されていたから尚更だ、とキリハは説明をした。
「煙も効果的に作用していたようだしな………何にしろ、間に合ってよかったよ」
キリハに先に死なれるのはごめんだから、とフウは悲しげに笑った。
「私も、死ぬつもりはないよ。まあ死にかけてたから強くは言えないんだけどね」
「危なかったよな………服破かれて、心臓を取り出されかけてたし………っと、そういえば」
そこで、何かを思い出したかのように、フウが自分の掌をぽんと叩く。
「キリハの兄貴と一緒に助けに入った、もうひとり――――うちはサスケって言ったっけ」
フウが正面、少し離れた位置で兄と話している少年を指差しながら、言う。
「………うんサスケ君がどうかした?」
キリハの問いに対し、フウは困ったように頬をかきながら、ある意味で爆弾的な答えを返した。
「あの時な………サスケとやらも、その…………キリハの胸を見ていたぞ?」
「っっっっっ!?」
「どうしたサスケ」
「いや、どこからともなく強烈な殺気が………」
右見て左見て上空を。サスケは周囲を見回したが、その殺気の源が誰なのかは分からなかった。
「何も感じないが………」
気のせいではないのか、とイタチがサスケに言う。
「そうかな………つっ!」
右手を抑え、サスケが苦悶の声を上げる。
「………例の、螺旋丸に火の性質変化を加えた術の代償か」
「ああ。まあ、もうすぐ気にする必要もなくなるけどね」
「そうか………だが無理はするなよ。手は忍びに取って大事なもの。印を組むにも、刀を振るうにも必要となる」
「分かってるよ」
「それならばいいが………無茶だけはするなよ―――ーん、なぜ笑っているんだ?」
「いや、なんていうかさ………その、懐かしくて」
サスケはそっぽ向いて頬をかき、心配性なのは変わっていないんだな、と照れくさそうに言った。
「何がだ?」
「安心したってことさ。自覚が無いならいいよ。きっとその方がいい………っと、全員来たようだ」
言いながら、サスケは光ヶ池に入る道、その入口の方を見る。
――――そうして。
満を持して赤髪の少女が池に姿を現した。
「すまない、待たせたな」
右手には幼い頃よりずっと肌身離さず持ち歩いていた笛が。その瞳は苛烈で、いつかのような濁った色ではなく、強く燃え盛る意志を思わせる鮮烈な赤色となっていた。
その場にいた全員が、その迫力に息を飲む。
―――本気だ。
何がどうというわけでもなく、理屈でも無い。ただ赤の少女が本気で“何か”をやるつもりだからと察したが故に、皆は圧倒された。
それが人の身の本気なのだと言葉ではなく知らされた。周囲の空気をも変えることができるほどに、混じりっけの無い意志の強さがなし得る所業だった。
その姿を見たサスケが笑みを浮かべる。多由也の背後には紫苑達の姿もあった。
後方にいたメンマは、全員が揃ったのを確認すると声をかけた。
「じゃあ、始まるか――――頼むぜ、多由也。紫苑の経絡系の傷を塞ぎ、眼に光を取り戻すために」