隠れ家の近辺にある森の中。樹上、2つの影が交差した。鉄同士かぶつかりあう甲高い音が森に響き渡る。影どうしが触れ合う度に繰り返され、やがて2つの影は地上に降り立った。
影の傍ら。写輪眼を携えた忍び――――うちはサスケは正面から突進した。だが迎撃の構えを見せた相手を見つつ、突進を止め、横にある樹へ跳躍。足底に纏わせたチャクラで吸着し、相手の出方を警戒しながら、上の方向へと少し移動した。
隙を伺うが、どうにも見当たらない。そう判断したサスケは再度跳躍し、高速で相手方の頭上を往復する。飛び回る自分を捉え、警戒態勢を維持し続ける相手の姿を見ると、懐の忍具を取り出した。
「はっ!」
縦横無尽に飛び回りながら、クナイと手裏剣を回避しにくい角度で繰り出す。四方八方からのそれは、下忍程度ならば命を断てるほどのもの。だがサスケの相手――――再不斬は焦らず、事もなげに手に持ったクナイで全てを弾き飛ばした。
高速で飛来する物体を目視し、チャクラで肉体を活性させ、一瞬のうちに幾十ものクナイによる斬撃を繰り出したのだ。修練の末身につけた、熟練の技を見せつけられたサスケは舌打ちをし、その直後であった。
「なっ!?」
サスケは相手が飛び上がり、自分に追随してきたのを感知する――――が、早すぎて迎撃は間に合わなかったようだ。一瞬で近接され、高速の拳が放たれるままに。
だが、サスケの目はその拳の軌道は捉えていた。
腕で防御しながら、後ろに飛び衝撃を逃がす。
「―――!」
その拳の威力に押され、同時に後方に飛ぶ。身体が宙に舞った。そのまま何もしないままだと頭から落下するような体勢からサスケは宙空で回転し、頭ではなく両足で着地する。
そして警戒。程なく、追撃が訪れた。目に捉えたのは、直線の軌道で迫り来る拳の乱打。
サスケはそれらを写輪眼で捉え、チャクラを纏わせた腕で弾く。防御するのではなく、横に弾いた。それは、本命の一撃に備えるため。
「―――っ!」
腕が引かれると同時、その反動で繰り出された回し蹴りがサスケの身に迫る。常人が受ければ、内臓が破裂するような威力を持つ蹴り。初撃は牽制で、こちらが本命である。先の拳に気を取られていれば、こちらの蹴りを避けきることはできなかっただろう。
だが連携を読んでいたサスケは、跳躍する事で回避を敢行。同時、身を捻らせ、飛び後ろ回し蹴りを相手の頭部に放つ。
衝撃。
顔を捉えた衝撃ではない。蹴りは、片腕だけでしっかりと止められていた。そして、空いている方の手が自分の蹴り足を掴む。強烈な力で締め上げられる足。サスケはその痛みに絶えながら、全身のバネを活かして身体を持ち上げた。
足を軸に力を込め、相手の頭上へと身体を移動させる。直後、先程まで頭が在った位置を、相手の蹴りが通り抜けた。
「はあっ!」
回避の後は反撃を。サスケは掴まれていない方の足で蹴りを放った。再不斬は掴んでいた腕を放し、両腕で頭部を防御する。サスケの方は、その蹴った足に力を込めて後ろに跳躍し、距離を開けた。
着地し、だがその時であった。
「くっ!」
足の痛みに気を取られ、少し体勢が崩れた。そして、再不斬はその隙を逃すような甘い存在ではなかった。
瞬時に間合いに入り、追撃。サスケは対応に一歩遅れてしまう。その一歩を丁寧につめ、やがて連続して繰り出される体術。精密な猛攻は徐々にサスケを追いつめる。
距離を開ける事もできないサスケは焦りだし、やがて決定的な隙を作ってしまう。詰めからの一撃。王手を思わせる拳の一撃が、サスケの腹部を直撃する。
「―――ぁあっ!」
腹筋を締めることは間に合ったものの、威力が威力であった。後方へ吹き飛ばされ、背中が樹の幹へと叩きつけられる。打たれた腹部と、打ち据えた背中。
一瞬、呼吸が止まる。そして回復したと同時に動き出そうとするが、目の前に立つ相手の姿を確認する。
攻撃を出されればそれで終わる。決着だった。
「俺の勝ちだな」
模擬戦の終わりを告げる声。再不斬がサスケを見下ろしながら、口を開いた。
「………ああ、俺の負けだ」
サスケは不機嫌そうに舌打ちしながら、自分の敗北を宣言した。
早朝の朝練が終わった後、サスケは隠れ家へと戻る。
「ただいま」と告げた後、居間へと入る。
そこには、多由也が用意した朝食が並べてあった。
「―――帰ってきたか」
サスケが帰ってきたのを察知したのか、台所から多由也が出てくる。マダオと白に新しく買ってきてもらった服。赤い髪の女性によく似合う服を知っていたマダオと、サイズを知っている白が選んだ服だ。その上にエプロンを付けていて、まるで主婦のようだった。加え、以前よりずっと柔和になった表情。そして吊りながらも、以前とは違う、澄んだ瞳。
今、朝食を作り終えたのだろう。赤い髪を後ろで束ねている。サスケはその姿と、少し見えるうなじを直視した後、少し顔を赤くしながら返事する。
「―――ああ。朝練は終わりだけど」
髪の方を見るサスケ。多由也は今気づいたとその髪を触る。
「ん? ああ、今作り終えたところだから―――」
外すかと呟きながら束ねている髪に手をやる。そして髪を纏めていた紐をそっと外す。髪の毛が解かれ、すっと重力に引かれ、下に落ちる。
「―――で、今日も負けたのか?」
やや落ち込んだ表情を浮かべていたのだろう。サスケの顔を見た多由也は率直に尋ねた。
「ああ―――」
「ま、そうだろうな」
音に聞こえた霧隠れの鬼人。メンマにも聞いた。出逢ってからまた修行を重ねる事で、更に力を付けたと。体術が売りの大刀使い。その冴えは今や世界でもトップクラスの域に達しているだろう。
「でも、何合かは打ち合えたんだろ? 大した進歩じゃねえか」
「まあ、そうなんだけどな―――」
多由也の仕方ないという言葉を聞いても、サスケの表情は晴れない。どこか、焦っているようにも見えた。
「じゃあ、ウチはこれで。今日は結界の調子を見回らないといけないから。」
それは自分で解決する問題だと判断した多由也はさっと席を立って、台所へと戻った。
「食べたら炊事場に下げておいてくれ。夕方に戻ってきて、すぐに洗うから」
「ああ―――ごちそうさま」
「早いな、お前」
食べ終わり、食器を下げるサスケ。そして再び居間へと戻ると、包みを持った多由也の姿があった。
「ほら、これ。弁当」
包みが手渡される。
「中身は?」
と思わず聞いてしまったサスケ。直ぐ後、「俺は子供か」と思ったのだろう。顔が少し赤くなる。多由也はそんなサスケをからかうように笑みを浮かべ、中身を告げた。
「お前の好きな“おかか”のおむすびだ」
この前の例の事件の詫びも兼ねて作った、と照れ隠しに頬をかきながら言う。
「――――」
確かに、自分の好物だ。あの白米とおかかのコンビネーションに適うものなどいるのかと、サスケは常々そう思っていた。
梅干し派のメンマとの抗争は小一時間に及んだ程だ。その第一次おむすび大戦だが、白の鶴の一声によって終戦とあいなった。
「このおむすびを見なさい。全てを内包するこの母性の極みとも言えるおむすび。その中に入っている具―――いわばその子供の事で争うなど、あってはならない事ですよ」
綺麗な微笑みを浮かべながら言う白の姿。その背中に後光を見た。その場にいた全員が泣いた。
その後九那実は「ならばそれを更に包む、稲荷寿司は全ての頂点に立つ存在じゃな?」とその場の空気完全無視な発言をしていたが、胸を張るその姿と鼻の頭にくっついている御飯粒、その絶妙のコラボレーション、メンマ曰く“蕩れ”クラスの至高の可愛さによって、全ては許された。
可愛いは力だと、そして正義だと知った14の夏だった。
サスケは少しだけ大人になった。
「空気読め」と呟いたマダオ師は九連の狐火によってあの空の向こう側まで吹き飛ばされていたが―――それはまあ、余談である。
思わず話が脱線してしまったが、何が言いたいかというとサスケはおかかのおむすびが大層好きだった。前の8行、完全に無視である。おかかと聞いてにやりと笑ってしまうサスケ。その顔を見た多由也がぷっと笑った。
「――――っ!」
多由也の笑い声が聞こえたのだろう。サスケの顔がまた赤くなる。
「あはは、じゃあな」
軽快に笑いながら、多由也は部屋を出て行った。
「―――まいったな」
サスケは、頭を抑えながら恥ずかしそうに呟く。
「まいった」
これだけで頑張れそうだ。そう思った自分に呆れる声を出す。
「―――今日も、頑張るか」
午前は基礎訓練。それからは、再不斬と白との連携術の訓練。以前から暖めていた術だが、そろそろ実戦に使える練度まで鍛え上げなければならないだろう。
「行ってきます」
サスケは勢いよく訓練場へと走り出した。
そして夜。帰ってきた多由也と白で、再不斬の好きな料理を作った。再不斬の好物は白から聞いていたらしい。鮎の塩焼きと、だし巻き玉子。それを食べている途中、無表情を装おうとしている再不斬のその姿を見た全員が、笑いをこらえようと肩を振るわせていた。
思えば、最初の頃とは印象がまるで違う。サスケと多由也は語る。最初に見た時は、凄いヤクザ顔でほんともうどういう人なんだろうと。サスケは特に、波の国での一戦があったので、緊張していた。
だが、日が経つに連れ、その認識は変わっていった。遅刻しないし、修行はちゃんと見てくれるし、文句も言わずに相手をしてくれる。アドバイスも的確だった。本人曰く、『任されたからにはやり通す』だそうだ。カカシとは大違いだった。その認識に何故だか、サスケの目から涙が溢れた。
風呂に入っている途中、サスケが再不斬にそう告げると、何ともいえない表情をしていた。ちなみにそれを聞いていたメンマは爆笑していた。
マダオ師は憤懣やるかたないという表情を浮かべていた。
―――遅刻はやっぱり駄目らしい。駄目駄目らしい。当たり前だが、感覚が麻痺していた。雨の中3時間待ち続けたあの日を思い、涙を流した。そういえば、あの同志達は元気にしているのだろうか。
とまれ、あれが普通だと思っていたと再不斬に言うと、直後「俺はあんなヤツに―――」と呟きながら凹んでいた。
メンマから聞いた情報だが、というか見ていて分かるが、実は白の尻の下に敷かれているらしい。2人は即座に納得した。というか、今更的な感があった。時たま起きるロマンス空間は正直見ていられませんと首を振りながら。
総評として抱いた感想。基本は真面目。敵には容赦無いが、味方側にはそうでもない。
纏めてみると、割と普通の人だった。
―――酒盛りの席ではそれが特に際立った。
「きゃっほー! まっゆなし! まっゆなし! ところで白とはどこまで行ったの? 対流圏? 成層圏? ―――それとも、熱圏? きゃー、熱っつーい! 恋の摩擦で焼け死ぬわー! 周りの目という重力など、ロケットみたいな情熱力で振りほどくんだね! 一直線でぶっちぎるんだね! ―――何という純粋で一途な、悲しい機械!」
顔を真っ赤にしてまくしたてるメンマ。
―――とても、うざかった。
後日、「最近マダオ師に似てきたぞお前」と伝えると凹んでいた。未だにあいつらの関係が掴めない。ちなみにマダオ師だが、「白ちゃんにセーラー服をプレゼントしたいんだけど―――いいかな?」と、再不斬に真顔で詰め寄っていた。その手の中には、純白の聖衣があった。答えは「死ね」だった。
その後はいつもの光景。大刀を振るう再不斬と、逃げる2人。白が微笑みながらそれを見ていた。
ちなみに、九那実さんは一心不乱に稲荷寿司を食べていた。あまりにも一生懸命で、声がかけられなかった。そしてそのほっぺたに御飯がついていたのだが、それを見た多由也が口を押さえながら顔を真っ赤にして、「―――かわいいな」とか呟いていた。
―――どうやらこの口調だけど、可愛いものはとてもとても好きらしい。
俺はそう理解した。
酔った勢いで、素直にその事を伝えると、顔を真っ赤にしながら「クソネズミが!」と怒鳴られ、殴られた。理不尽だと思う。
「女心って難しい」と呟くと、暴れていた3人がこっちに近寄ってきて、もの凄い勢いで同意してきた。そして肩を叩かれた。
――――向こうで笑みを浮かべている白と九那実さんの笑顔が怖かったのはここだけの話だが。
そして、一緒に過ごし始めて数ヶ月。再不斬の真人間っぷりを理解した2人は、その再不斬に対して尊敬の念さえ抱いていた。周りが周り故に、まともにならざるを得なかったのだと。そう悟されたから。
まあ再不斬本人も、気兼ねなく接してくるメンマとマダオ師に対して悪い気分は抱いていないのかもしれないが。
何しろあの顔だ。少年期は大層荒んでいたと聞くが、それも顔が原因だったのかもしれないと―――白が酔った勢いで語っていた。
どこまで本当かは分からないが、妙な説得力があった。これからはまゆなしさんと言うことは止めようと誓った2人であった。
ちなみに白に対しての感想だが、2人結論は同じ。綺麗だし、基本的に優しいんだけど、怒らすと誰よりも怖いというか―――まあ、再不斬一直線で再不斬ラヴなのは分かるけど。ちなみに2人は白の事を心の中で『白の姐さん』と呼んでいた。
「思えば、変な関係だよな――――」
温泉に入りながら、空を見上げ呟く。今日は快晴だった。秋の最中、やや澄んだ空気が夜空を照らしている。見上げると、満点の星空が広がっていた。
「まったくだな」
問うわけでもなく零れ出た独り言に、答える声。男湯と女湯を隔てる衝立の向こうから声が聞こえるそれは、多由也の声だった。
「というか、変なヤツだらけだな。この家は―――皆、優しいが」
「まあな」
同意し、笑いあう。
「考え方というか、思考が大人なんだよな。一体どういう人生を送ってきたのか―――
「まあ、色々とあったんだろう」
俺達と同じくな、とは心の中で付け足す。互いに、それなりの過去を持っているのは分かっていた。だが、今はだれ1人としてそれを口に出そうとはしない。今が大事だと、過去の相手と付き合う訳ではないと理解していたからかもしれない。
「あと―――今日は、弁当美味かった」
「―――どうした? 変なモノでも喰ったか?」
と、からかうような多由也の声。
「いや―――っていうか、お前の作ったもの以外食べてないよ」
「―――いや、そうか。それもそうだな」
衝立越しに会話を続ける。
「お前、本当に口が悪いよな。何か、親がそうだったのかあるのか?」
サスケが訪ねる。多由也はうーん、と呻き、何かを思い出すような声をだす。
「いや、下忍に成り立ての頃―――女だから舐められないように、って事で始めたんだと思う――――大蛇○の周り、男だらけだったしな」
「やっぱり―――そういう趣味があるのか? あのオカマ」
「いや、ウチは良く知らんけど」
知りたくないし、と首を振る多由也。水が跳ねる音と同時、温泉の水面に波紋が広がった。
「そういえば、結界の方はどうだった?」
「問題なし。いや、凄い出来だし、一応の見回りだったからな」
結界術の知識に関してだが、メンマとマダオを除けば多由也が一番詳しい。そういう術を重点的に修行していたらしい。
「結界の整備に、家事食事か」
忙しいな、とのサスケの呟きに、多由也は笑って返す。
「逆に、ウチでも手伝える事があるってのが有り難いよ。手持ちぶさたじゃなあ―――在る意味で、居心地が悪くなっていただろうから」
メンマもそうだけど、マダオ師も大人の考え方が出来るよな、と呟く。
―――持ったことも無いし、全く知らないが、父のような兄のような存在。そして、恩人だ。それを伝えると少し嫌がられたが。恩を売るために助けたわけじゃないと、そう言っていた。その話に加え、夢とか音楽の話を聞いた多由也は、尊敬の念で2人を見ていた。
ちなみに九那実は『哀れな』と呟いていた。少し嬉しそうだったが。
「―――例の、笛の練習は?」
「ああ、順調だ。術は一つだけだけど、完成した。明日にはあの3人が隠れ家に戻ってくるらしいから、その時に聞かせるよ」
「――――」
「大丈夫だって。前のような事には成らないから」
『俺達ユートピア事件』
誰にとっても、忌まわしい記憶しか残さなかった、凄惨な事件である。特にマダオ師の混乱が激しく、「次は腰ミノを着けながら!」と訳の分からない事を叫んでいた模様。その傍ら、メンマが多由也に向かって「あれは素だから心配しないで」と告げていた光景。
サスケは思い出して、笑った。シュールだった。
まあ、俺達も十分に―――
「いや―――」
思い出したくないのだろう。サスケが急に話題を変える。
「今、口調が少し女っぽかったぞ」
「そうそう。少しづつ直していってるんだ。隠れ家の外に出るときだけど、色々と直す必要があると言われたから」
「―――ああ、そういえば、屋台を持って全国武者修行の旅に出るとか言っていたな」
「売り娘を手伝うしな。代わりに、そのラーメンを食べに来たお客さんに笛を聞いて貰えるから」
「感想でも聞くのか?」
「それで見えてくるものもあるだろうしな。独りよがりの音を奏でるつもりはない」
多由也はサスケの問いに、力強く答えた。
「そうか―――」
「ん? 何だ、まだ落ち込んでいるのか?」
「まあな。俺は本当に成長しているのかどうか―――」
周りがあれ何で、実感が沸かないと呟く。そして、何気ない仕草だったのだろうが、封邪法印で封印されている呪印を撫でる。
「もしかして、呪印の力を使おうとか考えているのか?」
「―――」
「止めた方がいいぞ。そんな力、あったって良いことなんて一つもない」
「だが―――」
「メンマとマダオ師にも言われたんだろ? お前が目指す者は憎しみを積み上げたぐらいで届くものなのか、って」
「―――」
「それに、呪印は便利な道具じゃないぞ。大蛇丸とか、カブトとかが、自分に呪印を刻んでいないその理由を考えろ」
「―――確かに、そうだな」
頷き、衝立に背中をもたれさせるサスケ。
「本当の目的すらも見失うぞ。その気は無くたってな。だから、今のまま頑張るのが一番良いよ」
多由也は衝立に背中をもたれさせ、星空を見上げながらその向こうにいるサスケに対して質問する。
「お前も、あの言葉を聞いたんだろ?」
「ああ。あいつも、好きな物語から借りた言葉だけど、って言ってたけど」
二人はそのフレーズが好きで、思わず口に出してしまった。
「「意地を見つけたのなら、その意地を貫き通せ―――善いとはただそれだけだ」」
2人の言葉が響き渡る。
「九那実さんも言っていたよ。人の意地とは大したものだってな。化け物には無い、人だけが持つ立派な剣だと」
「そうだな―――」
少し、焦っていたのかもしれない。そう呟いたあと、サスケは多由也にありがとうと返す。
「そうだったな。力に使われるのも、力が持つ運命に囚われるのもまっぴらゴメンだと―――そして、選んだんだったな。忘れていたよ」
「まあ、私もそうだったから、強くは言えないんだけどな」
衝立越しに背中合わせになりながら、同じ星空を見上げる2人。互いに抱く気持ちは同じだった。それはかつて、メンマが思った事。選んだこと。
――――自らの意志を恥じぬなら。
――――力持つ存在に媚びぬなら。
――――運命とやらに抗うと決めたのならば。
同じく、やり直す機会を得た2人その心に宿る意志は同じだった。
「多由也は、本当に音楽が好きなんだな」
「ああ。好きだ」
「明日、聞かせてくれるんだよな?」
「あの3人が帰ってきたらな。色々と、曲の案についても聞いてるし」
「―――なんか、意外だな。あのメンマが?」
ラーメン命と思っていたが、と呟く。
「音楽も好きらしい。特に歌が好きだそうだ。自分を奮い立たせるには基本麺だが、食べられない時は謳っていたらしい」
少し前に聞いたんだ、と肩をすくめる多由也
「1人、森の中で修行している最中だけど、静かに謳っているのを聞いた」
確か、こういう歌詞だと多由也が歌い出す。
夜空の下、多由也の声が響き出す。光が無くても、歌は歌える。夜にあって尚、歌は響く。誰にもそれを止めることはできない、誰もが持っている偉大な力だという。声ある者ならば、誰もが持ち得る、人が生み出した偉大な力という。1人だけでは持ち得ない、誰かと一緒にいて始めて理解できる、最強の力だという。相手を害するだけの力ではない、本当の力というものを謡った歌だった。
「―――」
「―――」
抜け忍に混ざって任務をこなしていた時代。その任務につく前に、必ず歌っていたらしい。自分の弱さに負けないようにと。
「―――あいつも、色々とあったんだろうか」
「そうだな。色々とあったんだろうな」
少しの沈黙。
二人は立ち上がり、温泉から出る水の音がした。
「―――明日も早いし、もう出るか」
「ああ」
2人は、より一層頑張ることを決めた。俺も、ウチも、意地を通すと。絶対に負けてなんかやらないと。
言葉にせずとも、同じ思いを抱きながら。