~ 波風キリハ~
「もっと早く………!」
陽が落ち真っ暗になった森の中。足をチャクラで強化し、ただ走る。兄の元へ。ようやく会えた兄。幼い頃生き別れになった兄。ついこの間まで、その存在すらも知らなかった兄と再会して、色々と話をして。見守ってくれていたという事実を知った時は、涙が出る程嬉しかったっけ。
………私が生まれた日に死んだという、父さんとも再会できた。厳密には違うと言ってはいたが、私に向けられるその暖かい感情と柔らかい表情は、きっと生前の父さんそのものだったに違いない。
勝手だと、今なら思う。だけどずっと続くと、そう思い込んでいた。九尾の事があるにしろ、木の葉の忍びに戻らないにしろ、ずっと傍に居てくれると思っていた。
「………行かないで、欲しいのに」
焼け焦げた手鞠を思いだし呟く。何があったかは聞かされた。木の葉暗部の襲撃。あの手鞠の惨状を見た時に、察しはついたが実際に聞かされると、もっと堪えた。その理由も分かってはいる。他ならぬ兄さんから聞かされた事なのだから。
木の葉隠れの里、忍びにとって、九尾とその人柱力と認識されている兄さんは、憎悪の対象になっていると。
『うちはマダラの意志とはいえ、九尾が里を襲ったのは事実だから』
キューちゃんは悪くないけど、憎まれるのを止める事はできない。兄さんは悲しく笑ってそう言った。
『どう思う? 例えば、さ。九尾を目前に出して、これこれこういう理由があったから、九尾は悪くないんです………とか聞かされて。それで、家族を失った人が納得すると思う?』
無理だ、と首を横に振った。勿論、うちはマダラにも憎しみの感情は向く。だがそれでも九尾への憎しみは消えてくれないだろうと言った。
『もう、里の者にとって、『九尾』とはそういう存在なんだ。何よりも憎むべき対象であること。それが共通認識………常識になっている。12年が経過した今、言葉だけでその認識が覆るなんて、さ』
有り得ないと。
『考えてみりゃあ、暴力さ。事情を話して納得しろっていうのは。それまで憎み続けた十何年かは嘘で、こっちが本当なんだと。突きつけるのは』
ため息を吐きながら。
『いい人達なんだよ、本当に、本当に………本当に、そうなんだけどなあ………ままならないよ。生きるってのは』
どうしようもないってところが、特に悲しいね。そういいながら、兄さんは笑みを浮かべた。何かを隠すかのように。
「兄さん………」
暗部に襲撃を受けた兄が、どういう選択をしたのか。さっき、兄は新天地へ~と行っていた。自分なりに察しはついている。木の葉に戻れない事情、それを聞いたときから薄々と感じてはいた。予感はあった。考えないようにしていた可能性。現実に起こってしまった事。
『里の人達に憎まれている兄が、それ故に木の葉隠れから出て行く』
考えないようにしていた。十分に起こりえる事だったのに。そう聞かされていたのに、考えて
――――現実はどうあっても現実で。夢は何処までも夢だ。
そう、誰かに笑われた気がした。突きつけられ、目が覚めた今でも。それでも、例え、そうだとしても。
「………一緒に、いてほしい」
無理だと思ってはいても、そう願わずにはいられない。
~ 小池メンマ ~
「………悪いけど、先に行っててくれ。影分身に案内させるから」
綱手との約束を了承した後、俺は他の皆に説明をした。俺を追ってキリハが来ると。終末の谷といえば国境付近。そのまま帰ってこないと思っているのだろう。それを止めに来るだろうキリハと、対峙しなければならない。キリハとしては、ようやく会えた兄である俺に行って欲しくないのだろう。でも、それはできないのだ。
「………マダオとキューちゃんはこっち。再不斬、一応影分身は付けるけど………万が一敵に遭遇した場合はよろしくな」
「ああ」
「………キリハさんが来るんですね」
「ああ………でも、どう話したらいいやら」
頭を抱えて唸る俺に、サスケが訪ねてくる。
「キリハに全てを話さないのか?」
「………話さないっていうか、話せないよ。全部包み隠さず言った場合………その後、キリハがどういう動きをするのか。それを考えると、ね」
それに、“根”の事とか、うちは関連に対する木の葉上層部の暗部とか。知るにはまだ早すぎると思う。今頃、自来也が綱手に説明しているだろう内容を、そのままキリハに聞かせる訳にはいかない。まだ一介の下忍でしかないキリハが知るべき内容ではない。四代目の娘だとしてもだ。火影を目指す者として、いずれは知るべき内容なのかもしれないが、それは今ではない。
「………でも、話して欲しいと思っている筈だ」
イタチの事を思い出したのだろう。サスケが、真剣な顔で詰め寄ってくる。ため息を返しながら、一つ呟いた。
「………裏を知るには、まだ早い。今、“根”に食ってかかられるのも不味いしな」
戦争の傷跡が癒えていないのだ。忍びの総数は減ったままなので、今“根”と対立するのは上手くない。内乱になるともっと不味いし。それを他国に知られたら、更に面白くない事態になるだろう。
大蛇○の襲撃後、また内部抗争でごたついているとか知られたら、木の葉の威信は地に落ちる。戦力ダウンしている木の葉の体勢を綱手が整えるまで、ダンゾウに関する問題………内に抱える火種は、種のままにしておきたいのだ。ダンゾウが暗躍を続けるのであれば、それなりの対応を取る。だが、時機が悪い。然るべき時に処置するのが最善だ。そのための逃亡でもあるのだから。
「………まあ、それでも。できるだけ悲しませないようにはするよ」
「ああ」
渋々、といった表情でサスケが了承する。
「それじゃあ、行くか」
俺は1人、今から終末の谷へ向かう、さっき綱手と自来也に教えた場所は大嘘だ。今現在、俺達がいる場所は火の国の南西部。そして、音隠れの国境付近に存在する“終末の谷”がある場所は火の国の北側だ。ようするに、追ってを北側に意識させる為のブラフなのだ。ちなみに脱出路が延びている方向は北側である。
「よっと」
キューちゃんとマダオを戻し、少し準備運動をした後、気配を消す。その気配を消す時の俺の様子を見ていたサスケの顔に、驚きの表情が浮かぶ。
「………凄いな。全然気配を感じない。“根”の気配を簡単に察知したこともそうだ。一体、どんな修練を積んだんだ?」
「それも、新しい隠れ家についてからね………まあ、気配察知と気配遮断は隠密行動する際の必須スキルだから」
幼少時から数えて7年。それはもう、念入りに鍛えました。基本、遭遇戦=死亡フラグだったので。
「1人だったし、余計に鍛えたよ。頼れる誰かもいないしね………そんで、その鍛えた結果が、ほら。波の国のあれだよ」
再不斬の方を見る。無音暗殺術の達人は舌打ちしたあと、全く持って情けないが、と前置いて話し出した。
「不覚にも程があるが………俺も、後ろを取られた事がある」
不意打ちだったしね。
「波の国って事は………俺とキリハを気絶させたのもお前か!?」
「ご明察………っと、時間が無いな」
木に登り、当たりを探る。この当たりの地形は把握している。見つからないよう、ぐるりと回り込んで終末の谷へと向かうか。
「じゃあ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
白の言葉を背中に、俺は夕焼けに染まる森の中駆け出した。
夕陽が落ちて当たりが薄暗くなってきた頃。1人の忍びが、かなりの速度で夜の森の中を駆け抜けていた。
『………日が落ちたね』
「ああ………今日は満月なんだな」
走りながら、空を見上げる。
『でも、よく引き受けたね』
「頼まれると嫌とはいえないタチなんで。あと、俺にとっても悪い話じゃないし」
逃げた方向を勘違いさせるのにも役立つしな。ちょっと面倒臭いけど、手間をかける事で安全が買えるのなら、そっちを選ぶ。
「………もうすぐ………ついたな」
『キリハの方はまだ来ていないようじゃの』
気配を探ってみるが、キリハの気配は感じられない。というか、誰の気配も感じ取れない。
「………少し待つか」
チャクラを足に纏わせ、水面の上を歩く。足下の水面には、満ちた月が映っていた。それを見ながら、頭の中で状況を整理する。
キリハの方は、こう思っている筈だ。
『木の葉暗部(根)に襲撃されたであろう兄が、この里を去るという選択肢を選んだ』
だが、実際は違う。俺の方はこう思っているのだ。
『自分の居場所が知れた場合、木の葉内部で混乱が起こる可能性がある。“根”が現存し、時機も悪い今、自分が里にいても厄介な事態しか引き起こさない。
サスケの事もあるので、この里を出て行った方が良い』と。だが、その事は言えない。言うことができない。
どうしようかと悩んでいるが、答えはでない。互いの認識がずれている今、色々と話してもそれは無駄にしかならない。説明できないのだから。
「ままならないよなあ」
『そうだね………』
そうして、世の無常さを嘆いている暇もなかった。
「来たか………」
月明かりの下。
「………来たよ」
キリハが水面歩行を使い、俺の元へと近づいていく。満月の夜の下。静かに対峙する以外の選択肢はあったのかどうか。分からないまま、言葉は紡がれた。
「サスケ君を連れて、この国を………出て行くつもりなの?」
「………ああ」
「どうして?」
「サスケがそれを望んだからだ。それに、サスケを木の葉に残したままだと、色々と厄介な事になるんでな」
詳しいことは説明できないが、と首を振る。
「そのことを、あの2人は了承しているの?」
「………ああ。事後承諾になったけど、先ほど了承させた」
「………そう。それなら、私が話しを挟む余地はないね。残念だけど…………でも、兄さんが出て行く理由は………やっぱり、今日の事?」
「それもある。それだけじゃないが、今は言えない」
「………どうしても、出て行くの?」
ああ、と頷きため息を吐く。そして真剣な表情を浮かべ、告げる。
「どうしても、だ。俺が木の葉に残る事で、厄介な事態に陥る可能性がある」
火種は撒かれている。爆発すれば、大勢の人にとって望ましくない事態となる。その爆発が、他国へと飛び火する可能性…………無いとは言い切れないのだから。
「だから出て行く。そう出て行った方がいいんだ、きっと。誰にとっても、俺のいない方が「でも!!」」
俺の言葉を途中で遮り、駆け寄ってくる。服にしがみついてくるキリハに手を伸ばそうとするが、止めた。しがみついて離れない少女。そのの柔らかい髪が、風に靡く。
「私は兄さんに傍にいてほしい」
あまりにも真っ直ぐな。含むものもなにもない、ただ純粋な想いが篭められた言葉。だが、ここで俺は頷く訳にはいかないのだ。キリハの頭を撫でながら、優しく告げた。
「大丈夫だ、キリハ。これっきりって訳じゃないから………いつか必ず、戻ってくるから」
「………いつか何て日は、いつなの? それに、兄さんは暁に狙われているんでしょ?」
1人じゃあ、危ないよとぐずるキリハ。何とか説得しようと、言葉をかける。
「俺は強いから大丈夫だ。それに俺は1人じゃない。だからいつか………必ず戻ってくるから。戻ってきたら、一番先に………お前に、会いに行くから」
説得しようと、連ねた言葉。それを聞いたキリハが、何故だか硬直した。
『………君、今自分が口に出している言葉の意味………ちゃんと分かってる?』
(………え? 俺何か不味いこと言ったか)
『『…………はあ』』
呆れたかのように、ため息を吐く2人。
(ん?)
キリハの方はというと、顔を少し赤くしてこちらを見つめていた。
「………絶対に戻ってくるって………約束してくれる?」
「ああ」
「っ、だったら!」
とキリハは少し離れ、構えを取った。
「証明してみせて。生きて必ず帰ってくるその日まで、絶対に死なないって事を………誰にも負けないって事を、私と戦って証明してみせて」
「いや、だけどな」
妹との真剣な殴り合いはちょっと。正直、勘弁して欲しいのだが。だが、キリハはそう言っても退いてはくれなさそうだ。
「………絶対に戻ってくるんでしょ? なら、私ぐらい簡単に倒してみせてよ。安心させて欲しいから………それに」
「それに?」
悲しそうに笑うキリハ。俺は言葉の続きを訪ねた。
「………この模擬戦で、兄さんの強さを目に焼き付けるから………その背中に追いつけるよう、兄さんが戻るまで私も頑張るから………だから!」
叫びと共に、キリハの表情が真剣なものとなる。同時、そのチャクラが膨れあがった。
「………分かった」
水面の上、対峙する2人。月が雲に隠れ、辺りがより一層薄暗くなる。
「「………」」
そして月が再び雲から出た瞬間。
「「…………!」」
2人が同時に走り出し、それが開戦の合図となった。
「はあああああぁぁ!」
交差する手前、キリハが更に加速。拳をメンマの顔面に向け突き出す。メンマはそれを目で捉え、いつもの通り左手で捌く。身体の外側に弾かれるキリハの拳。
「…………はっ!」
だがキリハはその流れに逆らわず、体を弾かれた方向へと傾ける。向かって左、捌いた手の側へと倒れていくキリハ。自分の左手が邪魔になり、メンマは捌きの後の返しである、右の掌打を打つ事ができなくなる。逆にキリハの方は、身体が傾いていくという動作を利用し、メンマの右顔面に左足で蹴りを放つ。
「!」
だがそれは掌打を打とうとしていた、メンマの右手で防御された。
「しっ!」
直後、キリハが身体を縮め、今度は左足の前蹴りを放つ。メンマ、今度は左腕で防御する。キリハはその蹴りの衝撃の勢いを殺さず、後方へ跳躍。再び水面へと降り立った。
元の距離に戻る2人。互いの顔を見て笑い、そして互いにまた走り出す。
一合、二合、三合。月光に照らされる水面の上で、幾十もの攻防が繰り返される。
片方が攻め、片方が凌ぐ。攻め手の動きがどんどんと鋭さを増していく中、それでも守り手は凌ぎきる。
秒を重ね、分に届き、やがてそれが10を数えた時。
「はあっ、はあっ」
息切れしたキリハが距離をあけ、両手を自分の脇元へと引き寄せる。それを見たメンマも、ゆっくりと掌を脇元へ引き寄せた。
――――発動は同時。
「「螺旋丸!」」
走り出し、距離はつまり、その距離がゼロとなった。面前で急停止し、双方の螺旋が突き出される。
眼前で、螺旋のチャクラが衝突する。
「「ああああああああぁぁ!」」
互いに打ち消しあうチャクラの塊、それが完全に相殺された。直後、メンマが一歩踏み出す。余力を残しての一撃だったので、体勢は小揺るぎもしない。
キリハの方は、全身全霊を篭めた螺旋丸の一撃、そしてその衝突による衝撃にチャクラコントロールを乱され、体勢を崩す。
「………しまっ?!」
そして突き出されるメンマの掌打。それをキリハは回避するも、完全に体勢を崩され、死に体の姿勢になる。メンマは避けられた掌打を手元に引き戻す動作を利用し、キリハの襟元を掴み、引き寄せる。自然、抱きしめるような体勢となった。
「………終わりだな」
「………そう、みたいだね」
一瞬の硬直。キリハは全身を弛緩させ、メンマの元へと体重を預ける。
「………待ってるから。絶対に、帰ってきてね」
「ああ、承知した」
次の瞬間、メンマの手刀がキリハの首筋を捉えた。
「………っ」
キリハは気絶し、メンマの方へと倒れてくる。その顔には、涙が浮かんでいた。メンマは身体を黙って受け止め、そのまま横抱きにする。
「………ゴメン、な」
聞こえていないだろうが、呟かざるを得なかった。やがて、地面に降ろそうと川の上から川岸へと移動する。そこで、気配を察知した。
キリハが来た方向、木の葉隠れの方向からこちらに接近する気配を察知。
すぐさま変化し、面を装着した。変化した後、髪は赤………春原ネギの姿だ。面は、暗部の面。木の葉ではまず見られない狐の型。
「―――ー来たか」
待っていたとの言葉。だが、追手はそれに反応せずにキリハの姿に叫んだ。
「………キリハ、無事か!」
「キリハ!」
「波風さん!」
気配の主。それは木の葉の下忍達だった。シカマル、いの、チョウジ。ヒナタにキバにシノ。サクラにネジにテンテン。キリハを含めれば、総勢10人。
「………てめえ!」
シカマルが俺に横抱きにされているキリハの姿を見て、怒声を叩きつけてくる。
(………まあ、いいタイミングなのか)
内心で呟く。
下忍達がここに来たのは、理由があった。それは、五代目火影から与えられた任務を果たすためだった。五代目火影から託された任務それは、『うちはサスケ奪還任務』である
「返すぞ」
キリハをシカマルの方向へと投げる。
「………っ!」
シカマルがキリハの身体を慌てて受け止め、まだ息をしているのを確認した後、静かにその身体を地面に横たえる。その身体の各部には、青痣が浮かんでいた。
「………やってくれたな………」
下忍達の怒りがヒートアップする。やがてサクラが、「キリハ、後は任せて」と言った後、歯を食いしばり一歩前に出る。
「っ、サスケ君を攫っていった犯人はあなたね!! サスケ君を返して!」
サクラが俺を指さし、その怒りの声を俺に叩きつけてくる。
――――そう、俺はサスケ拉致の犯人。そういう事になっているのだ。まあ有る意味で事実なのだがそれはおいといて。下忍達がここにいる理由、そして今この場で俺が彼らと対峙する理由は、双方共に同じ理由だった。
それは、綱手の依頼を果たすためであった。五代目から俺に向けての依頼の内容は、こうだ。
『奈良シカマル以下9人の下忍と真剣勝負をして………そして完全に打ち負かしてくれ』
確かに、才能には溢れている者達。砂との戦争もあったので、実戦に対する緊張感も満たされてきている。だが、まだ緊張感というか、下忍になったという事実に対する逼迫感が少し足りない。そう感じた五代目が、その緩さをある程度ひきしめるため起案した有る意味での“模擬戦”なのである。
(まあ、本人達はそれを知らされてないけど)
俺を本当の敵だと思っているのだ。そういう意味では、実戦と変わりない。しかし、荒療治にも程があると思う。実戦で敗北し、自分の力の無さを自覚すれば、そして生死を賭けた勝負である実戦での本当の恐怖を知れば、気が引き締まる。
慎重な思考ができるようになるし、修行にも身が入る。そう考えての事なのだが………
(でも趣味が悪いし、人が悪いな………まあ、今の木の葉の下忍達には必要な処置なのかもしらんけど………正直、ようやるわ)
そしてそれは、命を賭けた本気の勝負で無くては意味がないとの事だ。加え、仲間を取り戻せなかったという無力感が、意識向上の効果をより上げてくれる筈だと言っていた。
(………まあ、今の状況では俺が適任だよな………正直、こういうのは趣味じゃないんだけど)
原作では、シカマルとネジとキバがその事実を思い知ったであろう事件…………対“音の4人衆”戦は起きまい。
それを考えればこれから起こる戦闘、無くても良いとは言い切れないが。ちなみにキリハの方は、その必要は無いと言われた。この行動を予想していたのだろうか、それとも大蛇○とカブトという、かなり格上の相手と対峙した経験があるせいなのか。
(確かに、自来也より数段頭がキレそうだな………)
五代目火影に相応しい、て事か。
(でも、こういう依頼は………)
本来ならば受けなかった依頼である。それでも受けたのは、二つの理由があるからだ。一つ目は、あの声。既に原作から筋は外れた。その上でのあの声。
すでにあった不安要素に加え、あれである。しかも、完全に常軌を逸している声で、『殺す』なのである。
………何が起こるのか分からない今、木の葉側の力を付けるための方策は、出来るだけ講じておいた方が良い。
まあこれはおまけだ。そして二つ目の理由。むしろこれが本命だといってもいい。
(………『縄樹と同じような死に方だけはさせたくない』ってなあ)
正直反則だろ、と思う。年齢関係なく、女の悲しい顔は反則だと。悲しそうに言う綱手の依頼………断れる筈もなかった。
(………受けたからには、役割を果たす)
そう、ここは悪役に徹しなければ依頼を受けた意味がない。
(………でも、悪役か。誰かの真似を…………そういえば、今晩は満月だったな)
それで悪役というと………決めた。
(あれ、行くぞ)
『了解。でも力の加減間違っちゃ駄目だよ?』
分かってるよ。ほんとに殺してしまったら、本末転倒だもんな。
(まずは広い場所へと移動しよう)
まず岩場から降り立ち、森の方へと走る。
「………っ待て!」
追ってくる下忍一同を確認。目的の場所へと移動する。
そして、数分後。あたり一帯、広い平原。その中心に立つ俺を、下忍達が包囲する。
「………もう逃げられんぞ、諦めろ」
ネジが正面に回り、腰を落として構えを取る。そして掌を前に………柔拳の構えだ。ヒナタの方も俺の背後で、同じ構えを取っている。
「綱手様の依頼………何がなんでも果たさせて貰うわ」
テンテンがやや離れた距離で忍具口寄せの巻物を取りだし、構える。シノも似たような距離を保ち、静かに虫を外に出している。
「めんどくせーけど、サスケは木の葉の忍び………俺達の仲間だ。返してもらうぜ? それとよりにもよってな………キリハ、を泣かせたんだ………ボコボコのズタズタにしなければ気がすまねえ」
シカマルがやや離れた距離から、俺を観察している。動きを見て対策を講じ、そして封殺するつもりだろう。チョウジはシカマルの傍にいる。何か作戦があるのだろうか。というかモノホンの殺気を放ってきてますがな。愛されてるな、キリハ。
「仲間がいる場所まで、案内してもらうわ! サスケ君は返してもらう!」
側面、いのが叫び、クナイを取り出す。サクラもそれに呼応し、クナイを取り出す。
「………いいだろう」
気持ち、殺気を多めに。チャクラを開放する。
「……………!?」
キバと赤丸が総毛立った。一歩後退する。俺の力量を嗅ぎ取ったようだ。顔色が急激に悪くなっていく。
「みんな、気をつけろ! こいつ、相当ヤベえぞ………!」
「ワンワン!」
同時、やや近くにいた近接戦闘組も、キバの言葉と自分に降りかかってくる威圧感に気圧され一歩、後ろに下がる。
(できるだけ悪役風に、できるだけ悪役風に………行くぞ?)
『了解』
風が止んだと同時、俺は一歩踏みだし、地面を打ち鳴らす。
――――幕は上がったと、震脚で知らせると同時にマダオが叫んだ。
『謳え!』
マダオのオーダーに従い、俺は静かに謳い出した。
「私は、ヘルメスの鳥」
チャクラが膨れあがる。
「………!?」
趣味じゃないが、仕方ない。全員、実戦に対する本当の恐怖と、己の無力を知って貰うために。この敗北が、明日への糧となる事を信じて。
「私は、自らの羽根を喰らい」
顔の眼前で、指を十字に合わせる。いつも使っているあの術だ。
ただ、いつもとは――――
「虫達が、怯え………!?」
シノの呟きを無視し、俺は最後の言葉を発する。
「飼い、慣らされる」
――――規模が違うが。
「…………何!?」
「分身、いや違う?!」
「これ、多重影分身の術!? でも、何て数よ………!」
平原を埋め尽くす程の影分身。それを見た全員が、驚愕の表情を浮かべていた。
「………さて」
完全に、形勢は逆転。数だけは勝っていた状況から一転、数で劣る事となった下忍集団に、俺は一歩詰め寄り、問う。
「哀れな哀れな雛鳥諸君。小便は済ませたか? 神様にお祈りは? ズタズタのボコボコにやられた後、命乞いをする準備はできたか?」
殺気を含ませ、意識的に低い声を放ち、脅しの言葉を叩きつける。
「………っ!!」
しかし下忍達は圧倒されてはいても、その場を逃げ出す者は誰1人としていない。
「は、っははは、そうこなくちゃなあ。Aランク任務だ、あれだけじゃあ無いとは思っていたよ!」
キバが獣人体術特有の構えを取る。だが、その声は震えていた。強がりなのだろう、本心では恐怖を感じている筈だ。だが、強がりとはいえそれだけの言葉、言えるだけでも大したものだ。
………俺達が思っているより、下忍達は強いのかもしれない。だがまだ足りない。圧倒的に足りていない。そして足りなければどういう事になるのか。実地で知って貰う。
実戦では敗北=死だ。それが、戦いに生きる者の理。それを考えれば、これは破格の状況だと言えよう。片方が本気で、片方は模擬戦という状況、普通ならば有り得ないのだから。今宵の戦闘を、貴重な経験とさせるためにできるだけ悪役を演じきる。
「では教育してやろう。本当の“闘争”というものを」
蹂躙が、始まった。