祈りは届くことはない。神は、いつだって見守るだけ。
――――それでも何故、奇跡という言葉が存在するのか。
「あー………あの野郎、こう来るか」
あの後色々あった。具体的にはほっぺたがヒリヒリしたり引っかき傷が多数なのだが、それはいい。取り敢えずは解決のためにと、移動することにした。具体的な話をするのは神気取りの下衆がいる洞窟に行ってからにしようと。そのために森の中を4人で進んでいたのだが、ある所まで来ると森の雰囲気が一変した。
見覚えはあった。過去に二度。木の葉崩しであり、最後の三狼山で味わった空気だ。
「戦場になったか」
「そうだね………でもこれは、もっと別のものだ」
キューちゃんの言葉に頷きながら、俺は舌打ちをする。これは、そんなに上等なものじゃない。泥臭い感情もなく。理由はないだろう。そして、矜持もないに違いない。何より、戦意というものが感じられないのだから。
「もっともっと汚くてどうしようもなくて碌でも無いもの………ほら、来た」
言葉の終わりと同時に現れたのは、死体だった。それは一般人が出せる速度ではない。見れば、チャクラはあるようだ。身体の強化も成されているに違いない。だけど、アレには意識がない。全部終わってしまったものが引き摺り出されているだけのもの。
「め、メンマさん。あれは一体………!」
「死体だよ。で、操り人形だ」
努めて冷静に答える。あれは、穢土転生と似たようなものか。操られた死体は、声にならないうめき声をあげていた。まるでゾンビだ。敵意の無い所がまた、別方向の恐怖を感じさせる。
しかし同時に、思うところがあった。
「まともに相手はしたくないな………号令を出している奴がいるはずだけど、紫苑?」
「場所を突き止めるから40秒待て。先程から、あれだけ隙間がなかった龍脈の統制も乱れている。これならば何とか干渉はできよう」
「頼んだ。洞窟の真ん前にいると思うけど、万が一があるし………キューちゃん!」
「ああ、紫苑の守りならば任せろ。ただ、手加減はできんぞ?」
「それでいい。俺は前に行く」
さくっと方針を決めると、俺は前に出た。つられたのか、鈴も前に出てこようとする。だけど俺はそれを、手で制した。
「ここは任せてくれてオッケー。見たところ、かなり疲れてるだろ?」
見たところ、渾身の一刀はあと一度か二度が限界だろう。
「ですが、一人ではいくらなんでも!」
「いや、一人の方がやりやすいから。その一刀は、最後のためにとっといてくれ」
つーか見知らぬ人と共闘する経験がマジ少ないんです。戦術に関しての互いの理解が少なすぎる。
ヘタすれば巻き込みかねん。
「じゃ、ちょっくら行ってきます」
「夕飯までには帰れよー」
「軽ッ!? って、ええ!?」
―――背後。鈴の声は、最早遠くなっている。なぜならばここは懐。敵の集団の、真ん前だからだ。
取り敢えずの挨拶を交わす。
「風遁・大突破!」
チャクラは念入りに多めに。木々をも倒す突風が、全てを吹き飛ばした。踏ん張ろうとしている奴もいたけど、無駄だ。左近と右近に、未だ消えぬトラウマを植えつけている俺の大突破に耐えられるやつはいない。
ともあれ、今重要なのはそれじゃない。術を放つ前に見えた、死体の傷だ。死体とはいえど、生前の傷は治せていないらしい。死んだから当たり前か。その傷は、致命傷にならない程度の傷が多かった。マダオの教えが活きたのは、良かったのか悪かったのか。
―――本当に一時期だが、死体から情報をと色々な知識を仕組まれた。役に立ったのはこれが始めてだ。マダオはまず顔を見ろと言った。死人はモノを語らないが、デスマスクには死の寸前の記憶が刻まれていると。
この死体の顔は全て、どことなく顔が強張っているようにも見える。傷を見れば、その関係性が垣間見える。どう見ても、獣がつける類の傷ではない。あの悪意は、人間にしか出せない味だ。そして、どの死体にも見える大きな傷痕。
「一撃で殺せる力持ってるのに、勿体ぶって痛ぶりやがったか」
言っている暇はない。現時点で20秒。吹き飛んだ敵が後詰めの増員とあわせて戻ってきた。数にして100。遠くからは、もっと多くの数の音がする。まともにやればかなり手こずるだろう。数は暴力だ。守るべきものが居るときは、特に厄介となる。死なないように立ちまわることは可能だが、誰かを守るという前提があると途端に難易度が跳ね上がるのだ。
だから、ズルをする。
「風遁・大突破!」
相手にすれば厄介だ。ならば相手にしなければいい。勝利条件にこの死体の殲滅は入っていない。ならば、まともに相手をする道理など何処にもないのだ。
「とはいえ―――そう甘くもないか!」
前方の敵は封殺している。だけど死体はどこからでも現れるらしい。少数だが、右後方からやってくる気配を感じる。
「キューちゃん!」
「分かっておる!」
同時、金色が流れた。鈴の目にはそう見えただろう。それだけのスピードをもってキューちゃんは敵の懐に飛び込んだ。そこから先は一秒に満たなかった。振りかぶった腕を真横に一閃。まず背後にあった大樹ごと両断され、次に死体の上半身と下半身がお別れになった。
俺は三度目の風遁・大突破。愚直に突っ込むことしかしらない死体の群れは、まるで人形のように転がされていった。
「………発見した! 洞窟の前! 距離にして約1200!」
「了解!」
その返事を聞き、俺はクナイを抜き放つ。投擲距離のみを優先した、特殊クナイ。それに札を巻きつけると同時、口に咥えた。
「方角よし――――簡易版・風蹴鞠!」
そして風の球を踏み、跳躍。木々の葉の幕をかきわけ、一気に森の上空まで上がる。見えたのは森の全容。そこで目的地となる場所を見つけると同時、クナイを思いっきり投げつけた。感触は十分。俺は落ちながら数を数える。
「5、4」
下には、想定通りの光景があった。キューちゃんと、探索が終わった紫苑が協力して、結界術を使っているのだ。強固な壁に阻まれ、敵はそこより内に入れないでいる。
「3!」
数えながら、四発目の大突破。問答無用の突風が、結界にまとわりついていた死体を吹き飛ばす。結界が解かれたのはその直後だ。すかさず3人がいる場所に行き、印を組んだ
「2、紫苑!」
「分かった!」
紫苑が地面を踏みつける。それは舞の一番最初の動作だ。だけど発動するのは、結界術ではない。
「1、手を出せ!」
合図と同時に、手を出す。鈴は理解していないようだったが、反射的な行動だろう、言われるがままに手を出した。
そして、カウントがゼロに。
クナイが目的の場所に刺さったと思われると同時、俺は術を発動した。
―――空間が歪む。
次の瞬間に見えたのは、間抜け面だった。
「――――はあ!? ちょ、お前、あの距離からどうやって!」
「ワープです!」
「割れてないけど!」
紫苑の余計なツッコミに、俺はチョップで答えた。そのやり取りに、舐められていると思ったカックは顔を歪ませた。
「なめやがって………だけど、無傷とはいかなかったようだな!」
視線がほっぺたに。主に引っ掻き傷とか、服がボロボロになっている所を観察されているようだ。ちなみにキューちゃんと紫苑は視線の意味に気付いたのか視線を逸らしてた。
「ああ。で、この死体はお前が?」
問うと、カックは自慢気に笑った。
「ああ、凄いだろう? 大昔の死体、ここを探りに来た奴の死体………俺は、ここで死んだ全ての死者を操れるんだ」
もちろんお前も。言いながら、野郎は下卑た視線を俺ではない3人に向けた。
「そっちの二人は一度味わってから殺してやるよ。お前何かには勿体無い上玉だからなぁ。で、鈴は………俺のモノになれ」
「………お断りします。力で他人をどうこうしようなんて男に、付いていくつもりはありません」
「お前の意志は関係ない。大神様の許しもでた。俺の決定事項だ、お前の意見は聞いていない」
腕を広げて。まるで包み込むかのように、慈悲があるかのように言い放った。
「救ってやるよ。そしてこの村で永遠を生きよう。お前が横に立ってくれれば俺は無敵になる。さあ、一緒に行こうぜ。障害となるもの全部、俺がなぎ倒してやる。もう誰も泣かなくてすむさ」
「カック、あなた………」
鈴が息を呑んだ。その理由は、こいつの目にあった。
―――何をも疑っていない。遠い所で何らかの確信を得ている目だ。これは盲信ではない、確信だろう。俺には到底理解できないが。それに、聞き逃せない単語があった。
「………永遠と言ったな。つまりお前は、人間の寿命をもコントロールできると?」
問う。会話に入ってきたのことを不快に感じたのだろう、その顔は憎悪に傾いた。しかし、自慢はしたいのだろう質問に答えた
「ああ。爺さん達を見れば分かるだろう? 寵愛を受けた人間は、特にだ。肉体の劣化速度が緩まっていく」
意気揚々と答えを歌ってくれた。俺は特に別だと言いたいのか。永遠を生きられる、つまりは神様だと主張をしているわけだ。自らに神を名乗る。強者だと主張する。
ああ、こいつはおかしすぎる。
「………テメエ!」
「ん?」
急に激昂するカック。俺はわけがわからずに首を傾げる。
「とぼけてんじゃねえよ! 今から片されるゴミの分際で! なんで俺を鼻で笑いやがった、ああ!?」
顔は真っ赤だ。怒っているのだろう。それを見て俺は、肩をすくめた。
「うん、花粉が厳しい季節でね?」
思わず本音が鼻からこぼれ出ちまったんだ、とは答えずに。オブラードに包んで答えてやるが、カックは益々顔の赤みを促進させた。どうやら、更に怒ったらしい。
「………ろす、コロす、殺おおおおおおおおっす! さんざんいたぶった挙句にぶち殺してやる!」
カックが手を上げると同時、地面が揺らいだ。
「ここに来れた理由はわからねーけど、袋の鼠だってことには変わらねえ! 精鋭で一気に片付けてやる!」
同時に、地面から新手が現れた。それは先程までの、普通の一般人ではない。何よりその死体は、額当てをしていた。
「抜け忍と………小国の忍びか」
五大国のどこかの里を示す紋様は、みな傷がつけられていた。見慣れない紋様は、俺の知らない小国の忍びのものだろうか。明らかに動きが違うのが分かった。チャクラに慣れているからか、肉体強化の度合いが格段に上がっているように見える。馬鹿でかい量のチャクラがこめられているせいか、はたまた肉体的な痛苦がないからか。
その死体は、予想より一段上のスピードで襲いかかってきた。クナイに拳。術こそは使っていないが、その速度は上忍に匹敵している。体内門を開放しているようなものなのだろう。筋肉が痛んでいるのは変わらない。だが、痛覚が無いのであれば問題にはならないということだ。
そして、それだけではなかった。
「俺も、いるぜぇ!」
カックがこちらに突っ込んでくる。速度は上忍と同等。間合いに入ると同時に、腕を振りかぶった。まるで見え見えの一撃。だけど俺は嫌な予感がして、そこから飛び退った。カックの拳はそのまま、背後にあった大樹に当たった。
―――そして、樹は半ばから折れた。なんの抵抗もなく、大樹はその幹を折られてしまったのだ。
「………なんとも、まあ。それも大神様から授けられた力か?」
「そうだ! その上、この力を使いこなせるのは、俺以外にいない!」
村の誰かの事を言っているのだろう。そして視線は鈴に。その力を自慢したいのだろう、見せつけるようにドヤ顔をしている。まるで玩具をみせびらかす子供だ。
「その力は、どうやって得たんだ」
「大神様にさ! 祈りに応えてくれた! 俺の欲しいものは全て! そして今日、お前たちを捧げればさらなる力を得られる!」
「贄か供物か。お前はずっとそうやってきたのか?」
「ああ、意気地のねえオヤジ達に代わってな! バカだぜ、もらった力を怖がるなんてよぉ! 力なんてふるってなんぼだろうが!」
楽しいと、カックは笑う。その物言いはどこまでも自己中心的だ。自分こそが世界。こいつは、許されると思っている。その力を考えず、ただ振るって、そして誰かを殺してきたのだろう。村の外にも死の臭いはあった。隠しきれない血の臭いはある。物理的にではない、もっと別の何かだ。人が死んだ場所は酷く臭うから。あれはきっと、こいつがやったものだ。あの看板の血も。嬲って追い詰めて、その挙句に殺したのだ。
「どうした! ビビりやがったか、羽虫!」
勝ち誇った叫びが聞こえるが、言葉はない。
――――もう、言葉がなくなったのだ。かける言葉が見つからない。
鈴に聞いたが、こいつも昔はまともな奴だったらしい。やんちゃで嫌味な所はあったが人の道からは外れていない、どこか憎めない所もある男だと。だから、我慢していた。
しかし、だからといって全てを我慢できるはずがない。
「………祈りに応えて、か。お前の神様はアレなんだな?」
「そうさ――――主様に応え、俺は力を振るう!」
言うと同時に、カックは号令を。スペックの高い死体共が四方八方から一斉に襲いかかってくる。腕を、足を狙っている。こいつらは牽制だろう。
その証拠に、目の前にはカックが迫っている。
「一撃で、逝きやがれ!」
~ カック ~
目の前の標的は動かない。更に上がったスピードに対応しきれていないのだ。でも油断はしない。死体の何匹かは壊されるだろうが、その隙を逃さなければいいだけだ。
振りかぶる。相手は動かない。
振りおろす。相手は動かず、そして拳が標的に――――
(え、は?)
次の瞬間、見えたのは青色だった。更に次には木々が視界をものすごい速度で飛んで行く。ぐるぐると回る視界。わけがわからないまま、気づけば背中を打ち付けられた。
「は、ぐ」
息ができない。次に分かったのは――――痛み。
「ぐ、ぎぃぃぃぃっぃぃ?!」
痛い。痛い。イタイ。いたい。鼻がイタイ。まるで焼けた石を鼻につっこまれたかのように、熱い。あまりの痛みに、何も感じられない。ぶつけた拍子に何かあったのか、耳鳴りがする。
苦しくて、苦しくて、地面をのたうち回るしかできない。
「お、おおおおおぉぉぉ」
何が起きたのか。鼻を抑えながら転がっているうちに見えたのは、地面に倒れている人形。理解が追いつかない。俺は痛みの中、何とか前を見た。
そこには、拳を突き出した羽虫の姿が。
「………もういい。喋るな。語るな。囀るな。頼むから」
耳鳴りの中、その質が著しく変化した声だけは聞こえた。
「死んだ奴らも、それなりの理由があったんだろうさ。褒められない理由もあったんだろう。それをお前は殺した。ただ自分の快楽のために。満たすためだけに。彼らはもう、祈ることすらできなくなったな」
声は、違う。さっきまでとは全然。
それはまるで――――威厳に満ち溢れていた頃の親父のようだった。
「ああ、聞きたいことは全部聞けたよ。知りたいことも。必要な情報は出揃ったよ。だから………」
足音が、目の前に。男は俺を見つめていた。
「祈れ。生きている間にお前ができるのは、それだけだ」
~ 小池メンマ ~
「どうした、祈れよ、助けを呼べ。応えてくれるんだろ? ―――――早くしろよ」
本音の言葉と挑発のための言葉を投げつける。変化は、劇的だった。
「て、てめえ………!」
「お前じゃ無理さ。何回やっても無駄だ」
強力な攻撃ほどカウンターを打たれやすいということ。その被害も大きくなるということ。こいつは、それを知らなかったんだろう。なぜならばこいつがやって来たのは戦闘ではなく蹂躙。数で圧し包み、消耗した所を痛ぶり、最後に殺すということだけ。自分の命を天秤にかけていないものを、どうして戦いと呼べようか。それを経験していないこいつに負ける道理はない。
「ぐ、ぎぃ、なぁメんじゃねえ! さあ死体人形共、こいつらを殺せ!」
号令と共に死体共がまた襲いかかってくる。今度は見境なしだ。そして同時に、キューちゃんの舞結界が完成する。
「よし、紫苑は例のアレを!」
「了解! この規模なら………30分だ!」
「その程度なら余裕、っとぉ!」
会話をしている俺を、隙ありと見たのだろう。カックは起き上がるなり殴りかかってきた。それでもそんな、予備動作が多きすぎる攻撃を受けてやる理由はない。余裕をもって躱しながら、また間合いを遠ざけた。
死体共も追撃してくるが、結果は同じだ。ただ単純に、目的の箇所だけに視線を定めて襲いかかってくるので、非常に読みやすい。
囲まれたとしても、とっておきの術もあるから心配ない。
―――俺は常々思っていた。手裏剣影分身は応用できるんじゃないかって。そして拳はもっと可能性があるんじゃないかって。
「一気にいけ!」
号令が聞こえ、同時に敵が襲いかかってくる。そう、こういう時に役に立つ格闘術。
印を組む。そして突き出すは固めた拳だ。そしてこの格闘術を、人はこう呼ぶ!
「カラデ流、全方位殲滅拳!」
「誰も知らんと思うのじゃが!」
紫苑のツッコミが入るが、無視だ。ともあれ全方位に打ち出された影分身の拳はあまさず敵を撃墜し、吹き飛ばした。
そう、この拳に撃ち落せない敵は存在しない。多重影分身よりも消耗が少なくてすむし、何気に使いがってのいい術なのだ。
ともあれ多用できる術でもないので、俺は一端退いた。そこに、さらなる増援が集まってくる。置いてけぼりにした先発の死体達だ。その亡者の群れは、一斉に俺に襲いかかってきた。
「行け! 殺せ! 羽虫を落とせぇぇ!」
カックが鼻を抑えながら叫んでいる。みれば、血はすでに乾いていた。自己治癒の能力もあるようだ。だけど、それはこっちにとって好都合。挑発を繰り返し、戦意を保たせたまま、死体に痛打を与えていく。この亡者もある程度は自己治癒――――いや、自己修復か。死んだ時の肉体程度には戻る力があるようで、なかなかその数は減ってくれない。
(だけど、乱れているはずだ――――これだけの規模の死体を動かすんなら)
カックは更なる数の死体を使役しようとしていた。今や死体の数は、1000に匹敵しようかというほどだ。
「行け、数で押し潰せ! そうさ、こっちは死なないんだ、体力を消耗させればこっちのもんだ!」
死なぬのならば、死ぬまで。こちらが死なないのだから、勝てる。結局の所、闘争の勝敗は生死によって分けられる。カックはそう判断して、更に数を増やそうとしているのだろう。
だけど、それは叶わない。戦い始めてちょうど30分、待っていた時間が来たのだ。
「………何!?」
カックもようやく気付いたのだろう。襲いかかってくる死体達、その動きが鈍っていることに。
「これは………てめえ、何をした!」
「俺は何もしていないさ。だけど、やっぱりか」
動きが鈍いということは、この死体達に流されているチャクラが弱まったということ。
―――ムダに消費されるのが、我慢できなくなったということだ。
「仕上げだ!」
まずは"舞台"を整えるべく、キューちゃん達がいる場所へと降りたつ。周囲には死体の群れ。俺は影分身を三体、周囲に展開させて―――ー
「「「風遁・大突破!」」」
敵を吹き飛ばす。鈍っている死体達は、為す術無く吹き飛ばされていった。そして影分身を時間稼ぎに、親指の肉を引きちぎり、忍具口寄せで、巻物を呼び出す。
「それはまさか!?」
「ああ、お察しの通り!」
驚いている鈴に答えつつ、巻物に血の一文字をつける。
「貴様、この期に及んで仲間を呼ぶ気か、卑怯な!」
ヒスを起こすカック。というか、それをお前が言うのかよ。
「俺は"そっちがそうするならこっちもそうしよう"の精神を守る男―――というわけで!」
予想通りの時間通り。
「いでよ、多由也にサスケ!」
ボン、という煙の音。それが晴れた先には、呼び出した二人の姿が。
「呼ばれて飛び出て。ま、部下のためとあっちゃ仕方ねーよな」
「うん。で、腐れた狼はどこだ?」
すでにその体勢は戦闘のそれになっている。多由也などは、母親を野犬にやられたせいか、やる気も十分だ。
「サスケは俺と前に! あとは………紫苑、多由也、頼むぞ!」
「了解だ」
「分かった! 紫苑、準備はいいか」
「ああ、やってくれ!」
まずは、多由也の笛が鳴った。この術は、音韻術の極み、秘術・七音。
美しい旋律を背後に、紫苑が舞う。
『―――ここに礼を一献。陰は印として韻に、陽は様として踊に』
柏手に、祝詞が歌われる。足が、手が、緩やかに軌跡を描く。
『舞い奉じて虚ろわざる龍に希う。どうか、その在り方が歪まされることのないように
多由也の笛の音に合わせ、紫苑は舞う。全身から膨大な量のチャクラが溢れでている。統制されたチャクラの動きは美しいの一言だった。
『天は転として移ろいゆくも、地は盤として移ろうことなかれ。全ては地より生まれゆくものなれば―――』
願いを叫び。そして、最後の一言が紡がれた。
『故に還られよ戻られよ。流れ行く命の、其の輪廻の音を絶やさぬために!』
ダン、と。終わりを告げる韻、その足打ちが行われると同時、地面に不可視の波が走った。まるで風。それはでも、清浄を呼ぶ風に違いなかった。
予想に違わず、効果はすぐに現れた。
「な………死体人形が!?」
カックの声が指す通りだ。死体人形は、次々に崩れ去っていった。そう、輪廻を縛る理をなくしたのだ。やった事は簡単。龍脈の制御を正常に戻したということだけ。それもまあ、紫苑だからこそできる離れ業なんだけど。
「やめろ、やめてくれ! これは俺の力だ、俺の兵隊なんだ! なあ、行くなよ、戻ってこいよ!」
叫んでいるが、答えが返って来ることはない。なぜなら相手は死体だからだ。死人に口はなし。世を去っていったものが、言葉を紡ぐことはない。そして死人だからして、次の生に還っていくのだろう。
「ぐ、ぎ、ぃ…………ああ、俺の力も!」
カックの中にあるチャクラが減っていく。どうやら、こっちも戻っていくようだ。
「ああ、大神様! 大神様、助けてくれよ!」
叫んでいるカック。やってきたサスケはその姿を見て、あいつがと問うてきた。
「そうだよ。説明の通りだ」
「腐った野郎だ。どの口で俺の力なんて抜かしやがる。それに、祈りに答える神様なんているはずが…………!?」
サスケの言葉が中断された。理由は、一つだけ。叫んでいたカックが、急に苦しみ始めたからだ。その理由はすぐに分かった。
「チャクラが…………まさか!?」
「いや、来るぞ!」
身構えると同時、それは起きた。まず、カックの目が代わった。変質し、赤くなっていく。それはどこか、尾獣のものを思い出させた。カックの意識はあるようだ。呻きながら、苦しみのたうち回っている。
「カック!」
「あんたらは………村長さん達か」
村人たちもいるようだ。それでも、収まったようだ。カックはすっくと立ち上がり、こちらの姿を見つけるなり、告げた。
『………我の苦労を無駄にしてくれたな』
「そういうのは得意なんで。それで、お前が大神様とやらか」
『あの人間はそう言っていた。それは正式な名称ではないが』
「あんたの名前に興味はない。だから俺も名乗らない。それよりも今更、何をしにのこのこと出てきた?」
龍脈の制御は奪った。それはこいつが溜め込んでいた力の霧散を意味する。全てが戻るにはある程度の時間が必要だろうが、それでも時間だけの問題なのだ。
『我には使命がある。我の元号は地狼。そして天へと至り、龍を滅ぼすものなり。ここで朽ちるのは許されない』
「その、使命って?」
『問われたのならば答えよう。あの、化物を。主達を苦しめていた怪物を――――今はあの天体に留められている絶対なる龍、十尾を討ち滅ぼすことなり』
「へえ、この程度の力でそれが可能だってほざくのか」
そもそもまともに対峙して勝てる相手ではないのだ。対峙した事がある者ならば分かるはずなのに、こいつは。
「分かってるんだろ? あの化物と殴り合った所で勝ち目なんかない。それをあんたの主は理解しなかったっていうのか」
『理解していた。故に我が生み出されたのだ。そして我の役割は、敵対する者にあらず』
ならば、どういうことか。一泊おいてから、こいつは告げた。
『我は絶対なる砲弾なり。チャクラを燃料に打ち出される渾身の一撃である』
「………は?」
『地に潜みて龍を制御しチャクラを喰らい、やがては天狼に至る。そして唯一無二の砲弾として十尾の芯に打ち込まれるのだ』
正しく一撃のみの必殺"兵器"だ。だけど、こいつは更に物騒なことをいいやがった。
『そして最後に、チャクラを火へと変換する』
「はあ!?」
『具現化した死を滅ぼすには、太陽をぶつけよう。そのようなコンセプトで作られたものだ。天の絶対を用いて、地底の龍を滅ぼす。故に我の名は天狼星。"焼き焦がすもの"、シリウスとも呼ばれる。それは、成されなければならないことなのだ―――絶対に』
瞬間、地面が揺れた。
「………このタイミング、テメエの仕業か! 封印もまだ生きているってのに、今更何をしようってんだ!」
『それならば先日に完全に解除された。今までは個体名"ギン"に封印の要を移して壊してきたが、それももう無くなった』
「なっ………ということは、貴方がギンを!!」
『肯定する。操っていた。我の元も狼なのは好都合だった』
「………形代か。身代わりで、封印の対象をずらしやがった!」
ギンを末端にして、それを外部の要因に討ち滅ぼさせた。その度に封印は誤作動して、徐々に緩まっていったわけだ。ある意味で身代わりの術だと言える。
『しかし、お前たちのせいで力が足りない。よって我は返却を要請する』
言うと同時に、村人達が苦しみだした。膝をつき、その場にうずくまっている。
「お、大神様なにを………!」
『想定の破壊力を産み出すためのチャクラが不足している。故に、与えた力を返してもらう』
「そんな! それでは約束が違う!」
『約束をした覚えはない。ただ願われたことは叶えた。だが、それが無期限だと言った覚えはない』
あくまで、淡々と。告げられる内容は一方的なものだった。そこに、一切の人間じみた感情は含まれていない。それに我慢がならなかったのか、意外な人物が声を上げた。
カックだ。
「大神様! 俺の力も奪っていくのですか! あなたは俺の祈りを受け入れて………!」
身体の制御の一部を奪い返したのか、訴えるような声が出る。
『何を言ったつもりもない。ただ必要であったから力を貸しただけだ。用が済んだ今、貸し与える理由も無くなった』
叫びが、徒労に終わった。
「でも力が、あの野菜を………あなたは私達に死ねと言うのか!」
『十尾の排除は最優先である。より大きな脅威を排除するのが賢人の勤め。我は主の遺志に従うのみである。コレ以外の手は、ないのだ』
その声はどこまでも無機質で。だからか、最後の言葉は酷く響いた。
『"仕方がない"――――お前たちの言葉を借りるならば、それである』
その言葉を聞いて村人たちの、口が閉じた。
『そしてカックなるものよ。お前の言うとおりである。十尾の被害と、この村の人数。どちらを優先するのが賢い答えであるのか』
「お、オレ様の命が一番重いに決まってんだろうが!」
『命に優劣はない。故に我は犠牲者が最小となる方法を最優先とする』
天狼は、止まらない。誰も止められないのだろう。すがっても、天狼から返ってくる言葉のことごとくが村人たちの芯を貫いている。因果応報とはこのような事をいうのか。自分がしたことをされるだけだと、思ってしまったからには声も出なくなったのか。
一部の村人は違うようだが、それも無駄だ。カックだけは今も泣き叫んでいるが、意味がない。
そもそもの“意志”。恐らくは人間の感情を持っていないだろうこいつに対し、情で訴えても効果はない。こいつはきっと神様なんだ。少なくとも、人を理解するつもりがないという部分は同じだ。
故に慈悲を乞うだけでは道は開けない。祈りに応えてくれる超常の存在など、この世のどこにも存在しないから。
「ああ。待っていても、奇跡は起きないよな」
「え?」
鈴が顔を上げる。だが、そうなのだ。祈りを聞き届けてくれる神様なんていない。縋って泣いてわめいているだけで、得られる道なんてない。そんな都合のいい存在など、夢の中にしか存在しない。
だから、まあいつもの通りである。俺は覚悟を定めて問いかけた。
「それで、お前が発射されるまであと何分ある?」
『すでに封印は解けかけている。もって540秒であろう。そなた達は、急いで避難するが良い。発射の余波でこのあたりは灰燼と化す』
そうか、と頷き。
笑いながら、言ってやった。
「湯をそそいでカップラーメンができるまでの、ゆうに3倍か………なら、十分だ」
手首をプラプラと、準備運動をしながら歩き始める。村人たちをおいて、その場を去るために。ここから先に行く所は、ひとつだけだ。
そして背後には、ため息をつきながらも、ついてきてくれる奴らが居た。
「さてと用意はいいか?」
「結界の配置は済んだ。止められはせんだろうが、勢いを減衰させることはできよう」
「もしもの時は俺の万華鏡でどうにかするさ。ああくそ、お前が絡むと事態が斜め上に発展しちまうよな」
「平穏を知りたい。敗北じゃなくて、平和が欲しい」
「うん、それ無理だから。それじゃあ俺達も配置につくぞ。生き残れたら酒でもおごれ
「ウチはラーメン券一週間分かな」
「ういー」
手をひらひらさせながら、配置につく二人を見送る。振り返ると、鈴が驚きの表情を浮かべていた。
「か、軽いですね。その様子なら、勝算はあるんですね」
「いや、皆目分からん。やってみなければわからんレベル」
相手の力は未知数も未知数だ。情報が少なすぎて、勝算も生き残れるかも測れないぐらい。でもここで退くという選択肢だけは、無い。
「どうしても止めにゃならんのよ。もしあれが人里に落ちたとすると――――考えたくない事態になる」
威力は分からんが、もし街の中で爆発すれば、一体どうなってしまうのか。想像を絶する数の犠牲者が出るだろう。その後の事も問題だ。もしかしたら、どこぞの里の新忍術だとか疑われるかもしれない。それが原因で戦争が始まってしまう可能性もある。月に届いたとしても同じだ。結果月が砕けるかもしれんし、何が降ってくるやらわからん。
「それに、あの天狼が"ここ"で落ちたのならな。約束の大半は果たせるだろうし」
「止める事が前提の話になるがな。輪廻に干渉している術式は、一部だが掌握できた。囚えられている魂も………と、それもコトが終わってからの話か」
時間がない。下り坂になっているこれは、ある意味でカタパルトか、大砲の中だったのか。この中を伝い、天狼は撃ち出されるのだろう。紫苑の罠結界の設置はすでに済んだ。後は俺次第だろう。
「って、鈴。危ないから、外で待ってたほうがいいぞ」
「え………っと」
何やら煮えきらない返事。鈴は迷った挙句こちらに聞いてきた。
「あの、どうして。絶対の勝算はないんでしょう?」
「ああ」
相手の力は未知数。紫苑のおかげでその大半のチャクラは削ることはできたが、まだまだ残っているに違いない。全力がわからない。それは、ヘタをすれば止められないということだ。
「なのに、なぜ? メンマさんはここに来たんですか」
止められなければ、死ぬ。死ななくても、再起不能の重症を負うだろう。そうして、人が命を賭けるのには理由がいる。
「助けてくれるって言う。でも、メンマさんはここで命を張るような理由も………義理なんか無いはず」
それなのにどうして、と。鈴の問いに、俺は端的に答えた。
「好きだからだよ。死にものぐるいで自分を通している奴が好きなんだ。その他にも理由はあるけど…………それは帰ってきてから言うよ」
それだけを告げ、俺はその場を去る。行くのは決戦の舞台。洞窟の中だ。暗い洞窟の中、下へと降りていく道を進む。この下り坂は、まるで砲身の内部のよう。
半ばまで進むと、声が聞こえてきた。
『………一応問うが。そなたら、正気は残っているか?』
「はあ………また、似たようなことを聞く奴らだな」
ペインっつーか十尾にも言われたな、そういえば。
『我をとめるだと? 一体何が目的だ………ああ、輪廻の術式が狙いか。過去にも永遠の命を、と古い文献に導かれたか、この地やって来た男者たちが居たが――――』
「そんなアホ達と一緒にすんな」
鼻で笑ってこき下ろしてやる。
「女子との約束は守らなけりゃならんだろう。好みのタイプなら、なおさらだ」
それが、一つ。これはキューちゃんも紫苑も同意見だ。あの一刀を見た者として。受け止めた者とすれば、それに応えなければならない。
そして。もう一つ、理由がある。
「俺は、心の底から尊敬できるバカを知っている」
うちはイタチ然り。波風………なんだっけ、マダオ? あの野郎然り。長門然り。自分の命よりも優先することがあると、捨てることさえも厭わないであろう、正真正銘のバカだった。自分よりも、誰かのために生きた。小狡く、賢しくは生きれない。
―――そんな、尊敬すべきバカであった。
そのバカ達が命を賭して何とか残した、平和へと続くかもしれないこの世界。
「壊させねえよ?」
赤髪の男が居たのだ。彼は最後まで自分の想いと信念を貫き通した。金髪の男が居たのだ。おちゃらけながら、内心できっと苦しみながらも、俺を最後まで導いてくれた。黒髪の男が居るのだ。途方もなく重いものを背負う覚悟をして、生き延びた今も悩んでいる。それでも、その真摯さは眩しくて。
「無駄になんか、させねえ。犬死だったって、言わせねえ」
『永遠の命が目的ではないと?』
「………永遠なら、もう持ってる」
何もかもを忘れて遊んだあの場所。鬼の国の公園。4人で座ったベンチの冷たさ。マダオ、キューちゃんと3人で馬鹿をやりながら、色々な場所へ旅をした。サスケ、多由也、白、再不斬。7人で過ごした隠れ家での生活は、それまでには無い事が多くて。お袋、マダオ、キリハ。家族全員で過ごした、最後の夜はずっと胸の奥に。
「あれが俺の永遠だ。そんで、今も新しい永遠を生きてる。きっとこの先もずっと」
新しい3人で旅をして。網に戻って、馬鹿をやれる仲間も増えて。
「我も同じだ。与えられた永遠など要らぬ。全てはこの手でつかみとってゆく」
キューちゃんが俺の手を握る。俺も握り返す。死んだって忘れないだろう。
だからこれは永遠なのだ。
与えられる、あくびが出るぐらいの長い時間なんか要らない。そんなもの貰えるという権利書があったとしても、鼻をかんで捨ててやろう。
『しかし、十尾はその永遠を壊すものだ』
「それも気づいてんだろうが。今のこの世界に、まだ十尾は生まれて無いってよ。それでも発射を選んだ理由は何だ」
そもそもがおかしいのだ。十尾が生まれるには、まだまだ時間がかかる。なのになぜ。その問いに、天狼は声の質を変えて答えた。
『気が遠くなるほど、長く生きてきたのだ。主の願いは、真摯なものであった』
「それが無駄になるのが怖いか」
『十尾の可能性ならば、あの月の中にある。十尾を壊すのが、我の存在意義なのだ』
「させねえよ、って。そう答えればどうする」
『ならば、仕方あるまい』
返答と同時に、洞窟が揺れた。
『我は飛ぶ――――障害よ、共に星になるがいい!』
最後に残っていた封印が解けていく。力づくで引きちぎっているようだ。
まるで埒外の出力に、知らず額から汗が流れた。
「………キューちゃん」
「うむ」
キューちゃんが背後から抱きついてくる。この期に及んでイチャついている訳じゃない。胸の感触が実にグッジョブだが、目的はそれじゃない。
「共に往こうか」
「ああ」
――――"人獣混合変化"と呼ばれる術がある。
木の葉隠れの犬塚の秘術だ。心を通わせた犬と術者が融合する、強力な秘術。
――――十尾をも退けた怪物がいる。
それは酷く見覚えがあって。果てに俺は肉体をキューちゃんに渡して、そして蘇った。
「術の肝は同調率」
そして、キューちゃんの肉体の元は俺のもので。あの時よりずっと。交わしてきた言葉と心は、犬塚のそれをも上回る自信がある!
「忍法・口寄せ―――空弧変化の術!」
瞬間、世界が変質した。間もなく地響きが決定的なものになる。
『往くぞ!』
砲弾が放たれたのだ。道なりに張った紫苑の結界、強固も極まるそれが次々に破られていく。
最後の結界が壊れた。洞窟を埋め尽くすほどの巨大な砲弾が目の前にせまり、
『あああああああっっっ!!』
それを真正面から受け止めた。その瞬間、負荷に腕の骨が軋みを上げた。かつての十尾との決戦の時ほどの出力はないが、それでも元の数十倍はあるチャクラ。
強化した腕は尾獣でも殴りとばせるものだが、それでもこの天狼の勢いは凄まじかった
『ぐ――――』
踏ん張っている地面は岩だが、それごと削られる。圧され、押され、足の岩を砕きながら、気づけば洞窟の入り口まで押し込まれていた。
『あああああああっっっ!!』
それでも、何とか踏みとどまる。ここを越えられれば、もう止められなくなるだろう。空中では踏ん張れない。やがては押し切られ、体ごとバラバラにされるだろう。
そうなれば命はない。生と死の土俵際に俺は何とか押しとどまった。出口まで、距離にしてわずか。その場所で天狼は止まっている。
しかし、勢いはまだ衰えていない。
『メンマ………!』
『まだだ! ああ、やれる!』
キューちゃんの声に応え、一歩。前に踏み出そうとするが、天狼は動いてはくれない。予想以上の力だ。甘く見積もっていた自分に、舌打ちをせざるを得ない。
(くそ、でも他に方法は…………万事休すか………!)
死ぬかも知れない。
その思考が頭をよぎり――――そして、声は聞こえた。
「メンマ!」
「メンマさん!」
女性の声。それは、背後から。後ろ目にでも見える、洞窟の外。すぐそこの場所に紫苑、そして鈴がいた。二人は天狼の軌道上に陣取っている。
(馬鹿を――――)
するな、と怒りたくなる。死ぬ気か、と。その続きは飲み込んだ。
ここは、無謀を怒る場面ではないのだ。
(ふたりとも、俺達が失敗すれば死ぬ気で)
命を賭けるという覚悟の証を見せられている。その目には疑いがなかった。迷いがない。ただ、俺達を見つめるその目に揺らぎはない。
(――――何ともはや"いい女"だ)
そしてそれは、俺に付き合ってくれているキューちゃんも同じで。
だから、ここですべきことは、それではない。
同時に一歩、進みながらチャクラを集束する。
そして、もう一歩。
『な――――に!?』
驚愕の声を無視して、更に一歩。押し込んで。為すべきことを。男が、死にそうないい女3人を前にして、やるべきことは、二つだけである。
一つは、格好をつけること。
もう一つは――――意地を貫くこと。
『馬鹿、な!?』
片手で。押しとどめた天狼を前に。搾り出したチャクラを出して固め、出して固め、固め固めて回しに回す。
上忍をして何十人分、尾獣に匹敵するほどの密度を持つチャクラ塊は途方もなく。
やがて色は黒を越えて―――空色に。同時にその形を弾丸へと変化させていく。
性質変化ではない、形態変化。そして目標物に対して抉りこむような回転を。
真・螺旋丸とは違った方向。爆発ではなく、貫通力に秀でた、螺旋丸の究極の弐。
通常の螺旋丸がチャクラの嵐というのであれば、こちらは突風。一点を突破する、それのみに注力された鉄塊をも曲げうる、信念の暴風を顕した形の、弐の形。
メンマは撃鉄を起こし、全身の血管が千切れていくのも構わずにその突風の名前を喉がかれるが如くに、叫んだ。
「螺旋丸・改の弐ぃっ!」
言葉さえも助走に、前置きに―――撃鉄の音のように、激しく。
「――空狐・螺穿丸!」
貫かんという意志がこめられた言葉を、引き金に。
右手に創りだしたチャクラ弾は全てを貫き、天狼へ駆け抜けていった。
「えっと………お姉ちゃん、その後のお話は?」
「それは、菜々香も知っての通りだよ」
メンマさんの忍術の威力は強すぎたのだろう。紫苑さんの結界のおかげで村にまでは被害はいかなかったが、洞窟から吹き出た破壊の奔流は、周辺木々全てを吹き飛ばしてしまった。でも、大神様は止められたのだ。そして、囚われていた魂は開放された。
その後にすぐさまに行われたのは、輪廻の正常化だった。
そして、予想外の。私にとっては奇跡と呼べるほど、嬉しいことが起きた。
『………返す、とさ。我もかつては雄だった、とか言い捨てながら』
約束とやらを持っていくと、大神様は最後に告げたらしい。らしいというのは、私が泣きに泣いて聴覚も馬鹿になっていたせいだ。輪廻天生の術というらしい。その理屈も何もかも分からなかったけど。
『感情がないってのはこっちの見当違いだった。あいつも、悪いことをしているという自覚はあったらしい』
長い時間を生きた影響だと九那実さんは言っていた。いつしか感情を覚えて、だからギンに嫉妬したらしい。大神様は元は普通の狼で。主と過ごした記憶もあって、だからギンが羨ましくなって。それでも、殺してしまったのはやり過ぎだったと。完全に取り込むのは避けていたらしい。
それが、他の死体達は生き返らず――――私の家族だけが生き返った理由だ。
そう、生き返ったのだ。正しくは死んでいなかったらしい。あの後、私の前に。あの日に死んだはずの私の家族が戻ってきた。父さんと母さん、そして目の前にいる菜々香。みんな、あの時の姿のままで戻ってきた。
「お話はこれでおしまい。完全なめでたし………とも、言い難いけどね」
「うーん、そっかー。でもなんかさ。このお話って、なんかの物語みたいだねー」
「それはそうかもね。メンマさんは"平穏が知りたいです"って今もボヤいているけど」
あとは、"特異点とかマジ勘弁"と言いながら笑っていた。壊れていたともいう。まあ、全治一ヶ月の重症を負ったせいでもあるだろう。一週間後には屋台を開いていたが。
「ねー、お姉ちゃん。お姉ちゃんがいつもお話してくれるお伽話とかは………きょーくん、とかがあるけど、このお話にもあるの?」
「………ああ、教訓のことね。あるにはあるかなあ」
菜々香に問われて、思い出した。最後にメンマさんと九那実さんと紫苑さんが言っていたこと。
「因果は必ず巡るって。良いことも、悪いこともね」
「いんが? めぐる?」
「祈っているだけじゃなくて。自分自身に諦めず、ずっと頑張っていれば………助けようっていう人が必ず現れるってこと。祈るだけで諦めて、悪いことをしてしまえば、いつか悪いことが自分に返ってくるってこと」
あの、激突の後――――村長さん他、村のみんなは一命を取り留めた。身体も正常に戻ったが、それでも村は元通りとはいかなかった。何より、殺人の罪が大きすぎたのだ。
話し合いの結果、村のみんなは網に入ることになった。その罪からか、きつい職場に回されている。公にはできないが、裁きは受けないと収まるものも収まらんと斬月様は言っていた。リスクを背負う代価だ、とも。それでも、生きていけるだけの環境は整えられている。辛いだろうけど、死ぬことはないらしい。
ただ、カックだけは違った。大神様の恩恵が強すぎたのが原因だろう。力が無くなった後、身体のバランスを崩して、その一週間後に呆気無く死んでしまった。
「……うん。仕方ないからって悪いことをしたらダメよ。天網恢恢疎にして漏らさず。やった事は、いつか自分に返ってくるの。だから菜々香も、お勉強をサボってギンと遊んでばかりじゃ駄目」
言いながら、頭を撫でる。それは懐かしい感触で、私は思わず泣きそうになった。それを隙と見たのか、菜々香はさっと立ち上がって、
「やー!」
床に寝そべっていたギンの元へ走っていく。そのまま、ギンに乗って、外へ出ていった。また、花火師の所にいる娘たちのところへ遊びに行くのだろう。
私はそれを見送りながら、また今度言って聞かせようと考えて、
「………教訓、か」
なんとはなしに呟く。あの時に感じたこと。メンマさんが零した言葉。そして、ぶつかる前の話を思い出す。
奇跡は起きないと言った。それでも、奇跡は在った。抗い続けた果てに、奇跡は起きたのだ。私が手を伸ばし、メンマさんが受け取ってくれたその果てに。
奇跡は、人が起こすものだと知った。
そして、あの話。記憶の中に刻まれた。与えられた長き時間に意味はないと言った。
握り締めながら、胸に掌を当てる。聞こえるのは鼓動。在るのは、自分の心。
「与えられなくても………奇跡と永遠は、この中に」
簡単なことだった。全てはこれからの自分の中にある。未来の可能性は無限大で、頑張り続ければ奇跡も起こせるんだという。それは教訓とも呼べない、当たり前のことで。
「なら、私も………欲しい永遠を掴みに行かなきゃね」
永遠は存在する。義理の妹に、義理の家族。育ててくれた人達。そして、血の繋がった家族と。すっかり意気投合し、今では家族も同然のつきあいをしている。
そして、新しいもうひとつ。
「もうお昼か………うん、今日もラーメンって気分だね」
毎日とも言う。理由は、簡単である。九那実さんと紫苑さんはまたジト目になるだろうが、負けない。
私は今日も、あの陽気な店主に会いに行くのだ。いつかあの手を握るために。この手をぎゅっと、握ってもらうために。辛いこともあるだろう。それでも、感じられるのだ。
その先にはきっと、私が欲しい素敵な永遠があるだろうから。
あとがき
これは後日談というよりかは、外伝に近いような。劇場版
ちなみに副題は「奇跡も永遠もあるんだよ」だったりします。