この世から悲劇が消えることはない。理不尽に泣かされる人がいるのは、どの時代でも変わらない。
この世に悲劇に満ち溢れているが故に。運命に情の入る隙間はなく、龍のごとき運命の"うねり"は、大切だからとて構ってくれるような運命ではない。
泣き叫ぼうとも、希おうとも。
故に、力なき人は祈るのだ。両手を組んで無防備に、頭を垂れて赦しを求める。
叶わなくても、両の手は今日も重ね合わされる。
力ある人は刃を担うのだ。両手を武器に染めて殺意を纏い、対するものを斬り伏せる。
屍にまみれようとも、両の手は鉄の刃を血に染める。
都合の良い奇跡は起こらず。
因果のめぐりはまるで河の流れのように、定められた道を疾走していく。
戦い続ける者たちを試しているかのように。
故に、人は頭を垂れる。
そこから立ち上がるのは、果たして。
五大国に属さない小国。忍び里も持たないような小さな国の、その端にある宿場町の中で、俺とキューちゃんと紫苑の3人はいつもどおりに屋台を開いていた。夜はもう暗い。客も、半分酔っ払いのおっさんが一人だけだ。俺はそのおっさんに、念を押して確認する。聞きたいのは、この街の西にある山奥の村について。
その、噂を。
「それで………その村の話だよ。近くに、見上げるぐらい巨大な狼が出るって、ほんとの話か?」
「まーな。何でも、とんでもない化物が出るって話だぜ。まあ、所詮は噂だがなぁ」
―――それでも、見て帰っきた奴はいない。
すらりと告げた無精髭のおっさんが、面白おかしいと笑う。なぜ笑っているのか、答えは二通り考えられるだろう。末路を順繰りに上げていけば分かる。
①としようか。本当に見にいった奴が死んで、帰らなかった場合。
②は、実際に見ることができた奴がいない場合。
前者に笑う理由は一つだ。おっさんにとっては、他人の不幸もなんとやらなのだということ。後者だと、また意味が変わってくる。噂に踊らされたやつが馬鹿らしくて笑っているのだ。道化に指をさして笑っているだけ。
「お~い、おねーちゃん。おかわり」
言いながら酒を飲むひげのおっさんの顔は赤い。酔っているのだろう。いかん、③としての可能性も。ただこのおっさんが、単純に笑い上戸であるだけなのかもしれん。ともあれ、何かあるのは確定だ。俺はそのまま酒を進めながら、おっさんから色々と情報を拾っていく。
聞けば聞くほどに、不自然な点が多い。目的の"アレ"がどういった能力を持っているのか、その詳細は不明だが、性質は知っている。
それを考えると、"アレ"の影響はこの街まで及んでいるのかもしれない。
「で、それはおいといてこのラーメンはどうよおっさん」
「おう、若いってのにやるなにーちゃん。特にこの魚のやつがうめーよ。でもこんな山の中………海からは遠い場所だってのに、どうやって調達してんだ?」
「禁則事項です」
間違っても空間転移とか言えない。言ってもいいが、確実に特殊な病気持ち扱いされるだろうし。あの網の花火師の小鉄から、"え、あなたもですか"と言われたのは記憶に新しい。ともあれ、この魚介の旨味をこれでもかと詰め込んだラーメン、俗称"海に幸あれ"はかなり好評である。魚の臭みを消し、味は塩をベースとして。味は肉を普通のチャーシューではなく、鳥のタタキを使ったのが功を奏したらしい。砂隠れの里の岩塩と、網の近くにある塩田の塩を混ぜあわせたのも、苦労はしたがいい方向付けが出来た。普通に混ぜるとカオスな味になるが、ある一定の分量で混ぜ合わせると塩のハーモニーが口の中で踊る。刻んだ白ネギと味付けの半熟卵をアクセントにしたのも効果的かも。麺はちぢれ麺である。スープと一緒に掬うように食べるのがベストである。具材と一緒に食べてもいい。
次郎坊いわく、「食べた後は海に帰りたくなるな」らしいが。ていうかあいつの故郷って港町だったっけ。
そんないつものラーメ日誌を書きながらも、合間合間に近くの情報も収集していく。全部が本当というわけじゃないが、判断材料には成り得るかもしれない。いずれにせよ、確定に足る情報はないので断言することはできないが、それでも杞憂ということはないだろう。
なぜなら、臭ってくるのだ。そしてこの距離から"見える"、山の一部からわずかに溢れでているチャクラの流れ。漂ってくる香ばしい空気からして、間違いない。
「見つけた、か」
夜の帳の向こう。闇に隠れているその山をじっと見ながら、俺は一人呟いていた。
翌日、早朝。まだ人もまばらな時間に宿場町を出発した俺たち3人は、山のふもとへとたどり着いていた。紫苑は俺が背負い、キューちゃんは普通に走って。屋台は口寄せの術で網本部の家に送還している。道が広ければ押して行っても構わなかったんだけど。
「やめんか。前に誤解されたじゃろうが」
「ああ、あの下忍のこと?」
キューちゃんが言っているのは、屋台を引っ張りながら山道を爆走していた時のことだろう。ちょうど任務途中の木の葉の下忍3人と上忍がいて、次の瞬間には襲いかかられた。
上忍は成り立てだったので大した脅威ではなくて、下忍は言うに及ばず。奇襲を受けた5秒後にはちょぼちょぼと倒したんだけど、なぜに襲われたのか意味が分からなかった。すわ、前にからかいの手紙を送ったシカマル(翌日にはなんか木の葉の中心部で竜巻が発生したらしい)からの刺客かと思ったが、どうも違ったらしい。
聞けば、新手の幻術と思ったのだと。こんな場所に屋台が、しかもそんなスピードで走れるわけがない。そう判断した下忍達が暴走して、取り敢えず幻術っぽい俺らを捕まえてみようとしたんだとか。
「まあ、なあ…………でも、山道を屋台で爆走するって、誰もが一度は見る夢だよね?」
「あり得ん(笑)」
オロチ化した紫苑には取り敢えずウメボシを2つプレゼントした。で、米神から煙を吹いて倒れている紫苑を横目に、真面目な話を再開する。この先にあるものについてだ。
「………六道仙人の?」
「正確には、もっと古代の。対十尾に作られた生物兵器のようなもんで、とっつあんが死ぬ前に封印しておいたらしい」
身体を促成栽培していた頃に、月の中で聞いた話だ。六道のとっつあんが過去、といってもはるか昔だが、忍宗を広めている時に見つけたらしい。
なんでも、生命の倫理に外れた化物が、各地に封印されていたと。見ただけで開けてはならないものだと分かったとっつあんは、即座に封印を強化したらしい。それでも、すでに封印が破れて外に出ていた奴らは捕まえたのだとか。
ペインが使役していた口寄せ獣がそれだ。例えば、衝撃を受ける度に分裂する犬のような獣。あれらも、対十尾の生物兵器として開発されていたらしい。とっつあんはその封印されていた場所を、総じて"封陣遺跡"と呼んでいた。最近、世界各地で暴れている"魔獣"も、この遺跡から出てきているのだろう。封印もいい加減弱まっていると言っていたし。
「で、その中のひとつがこの先にあると思う」
とっつあんの記憶も曖昧で、はるか昔と現在とでは地名とか地形も変わっているせいで、はっきりとは分からなかったけど。
…………それでも、このチャクラの流れを見るに、間違いないだろう。ずっと探していた遺跡だ。一般の遺跡で、任務の危険度ランクA相当。その遺跡の中でも、危険度は五指に入るらしい。
「最低でもSランク。それも、仙人が危険と言うほどのものか………それで、どれくらいまずいモノだと言っていた?」
「なんでも、とっつあんが昔に受けた説教ぐらいとか」
ちなみに、説教したのは娘らしい。恐怖に震えながら教えれくれた。
"黄昏に消えた苺まんじゅう事件~犯人は引力を操れる~"として、今も心に深い傷を残しているんだとか。告げた途端、紫苑が立ち上がった。
「うむ! ―――なにやらその時の記憶がおぼろげだが浮かび上がってきたような」
「覚えがあんの!?」
いや、そりゃ血統は直系だし巫子の血筋だし。覚えているのかもしれんけど!
驚いているが、紫苑は深く頷いた後、真剣な声で告げた。
「そうか………それは、非常にまずいものだぞ」
「いや、我にはその危険度の程度がさっぱり分からんのじゃが」
ですよね。
え~っと、話の内容を思い出すに、そうだな。
「お揚げ一年分が目の前で燃やされるぐらい?」
「ぶち殺すぞヒューマン!」
すごい殺気だ。ていうかチャクラも具現化してるし、近くにいた野生の獣が欽ちゃん走りで逃げていくし。前が見えないから樹にぶつかって倒れたじゃないか。
「………とまあ、それだけまずいものなんだって。遺跡に刻まれていた名前には――――『地狼』って書かれていたとか」
「元は狼の化物か………それで、力量は?」
「まだ何とも。封印越しに見た感じじゃ、九尾の妖魔ほどじゃないけど、かなり"やる"っていってた。出来ればサスケあたりに丸投げしたいことなんだけどね、っと」
それでも、その選択肢は選べない。これは俺として、俺がやるべき仕事なのだ。迂闊な戦力じゃ人死にが出ると思うし。キューちゃんや紫苑だって、ともすれば怪我をする可能性がある。なんで、できるなら一人で行きたいぐらいなのだ。
許してくれないけど。
「当たり前じゃ」
「同意する。妾達にとっては、そっちの方が堪えると言ったばかりじゃろ」
呆れた声で返された。まあ、確かに俺一人の力押しだけじゃ倒しきれない、特殊な相手なんだけどね。
くだらない話をしながら山道を歩いて行く。道なりに進むのが一番だ。この広大な山の中を虱潰しに探すのはぞっとしない。まずは村へと行き、情報を収集するのが一番。それでも道中に何があるか分からないので、警戒だけは怠らない。いつものように、山賊の類がいないとも限らないのだ。
「遭遇率でいえば、大陸でも1、2を争うだろうな俺ら………」
美少女二人連れだからか、旅の途中の山賊遭遇率が激高なのである。
「ば、誰が!」
「素でいうな、恥ずかしいじゃろ!」
照れる二人に叩かれた。ああ、愛が痛い。
―――特にキューちゃんに殴られた箇所がマジで痛い。
さすがは見た目に反する超怪力持ち、山賊キラーで恐れられている御人である。
(まあ、殺してはないけど)
遭遇して薙いでも、基本は放置である。殴って気絶させて、網の構成員にだけ分かる狼煙の合図を上げて、その場を去るだけ。徒党を組んで襲ってきたときもあるが、苦戦もしたことがない。というか、戦いにならない。特にキューちゃんと紫苑を見て油断をする奴が多いのだ。辺境ではまずみないぐらいの美貌を持っている二人だから仕方ないのだろう。二人を見た山賊さんは誘蛾灯を見た蛾のようにゆらゆらと、げへへと言いながら近寄ってくる。
その後の顛末は説明するまでもない。二人とも、見た目詐欺も甚だしいから。
(人質に取れるって思ってたんだろうけどなあ)
現実は非常である。③である。生き残れポルナレフ。そうだ、現実は戦うべき敵で、決して侮ってはいけない相手なのだ。旨い話には裏があって当然だろう。何事も慎重に、が生き残るコツなのだ。
「だから二人には残ってもらいたかったんだけど………いざとなったら危ないし、って」
言いながら気づいた。あれ、でもこの二人って防御力に関しては俺以上じゃね?
特に結界術がやばい。
「まあ、ここまで来たし、今更なあ」
「うむ、その提案は却下じゃ。まさか、この3人で負けはせんじゃろうし」
「多分ねー。まあ、"誰にも触れられたくない"なんて渇望を持ってる悪名高き狼だったら、その場で飛雷神の術使うけど」
空間跳躍以外に、逃亡できる手段がない。そんであとはキバ連れてこい、キバ。あ、でもキバだと相性が悪いか。いっそどこぞの白髪褐色なら。もしくはオークレー兄さんでも可。
「うむ、言いたいことは分かるが………名前を省略して兄とつけるだけであれじゃな」
「言うなよ紫苑………」
眼鏡の人を幻視した。その薬を飲んだら駄目だよキャシャリン。ちなみにこの紫苑だが、見ての通りだ。近頃、マダオ化が進行している。とはいっても、ダメになったとかそういう訳じゃない。ネタというか、かつての相方的なポジの意味でのマダオ化だ。旅がてらにネタとか色々と教えたからか、最近はよく反応してくれて楽しい。キューちゃんは恥ずかしがって無理なのだ。紫苑は好奇心旺盛で、色々とはっちゃけた思考を持っているので適応した。最も、菊夜さんからは、『うちの姫さまをギャグキャラ化させないで下さい』と苦情のお便りが送られてきているが。
それでも、紫苑はこの道を行くらしい。理由を聞いたら、紫苑はなぜか顎を尖らせながらぶつぶつと言い始めた。
「起死回生の策っ………道を指したっ…………! その通り、いま妾にとって大切なことはっ…………競うことじゃないっ………!」
立ち位置が大事なのだと、紫苑は泣いた。ボロ………ボロ………って音が聞こえるような。なんか、ぶっちゃけ純粋な可愛さじゃあかなわねー、とか言ってる。
(まあ、キューちゃんもなんだかんだいって天然爆弾だしなあ)
ツッコミの切れ味はいつまでも変わらないのだが、あの後。好きあってから、劇的に変わった部分がある。割りと恥ずかしいことを素で言う時があるのだ。その度に顔を真っ赤にさせられるのでメンマ困っちゃう。
「………なにやらキモイチャクラを感じたのじゃが。噛んでいいか?」
「い、いつまでも変わらないでツッコミの鋭さ! あと、噛むのは甘噛みならOK!」
「犯人はこの中にいる………!」
「目を覗き込みながら言うのは止めて!?」
顔が近い。このまま熱いベーゼで殺してあげようか、紫苑よ。やり過ぎるとアルテマっぽい攻勢結界術をかまされそうだけど。
(ってか、この二人は告白してからセメント度も増加しているから困っちゃう)
ほんと、マダオよりも容赦ないのだこの二人は。特に、赤くなって角を生やした時は3倍の速さになる。なにって、拳速が。具体的には鈴に事故接吻をかました後とかやヴぁかった。
(って、そろそろ折り返し地点だと思うんだが)
山道も半ばぐらいになるだろう。ここからが本番だと思うべきだ。ここは警戒のレベルを上げるべきか。そう思った時、キューちゃんの様子が変わった。
「………この、臭いは」
「何か感知した?」
臨戦態勢に入りながら、聞く。でもまだ、俺には分からないんだけど。少なくとも、周囲にそれっぽい気配はない。
3人の中で最も五感に優れているキューちゃんだけが分かるなにかがあるのか。
「いや、しばらくすれば分かるだろう」
言うなり、顔をしかめるキューちゃん。紫苑と顔を見合わせるが、どうにも分からないらしい。冗談も言いにくい空気になったので、そのまま歩いていく。
「………村に続く道だってのに、妙に荒れてるな」
普通の山道に比べると、変に雑草が多い。特に村へと続く道なら、もっと少ない方が自然なのだ。人が通れば道ができる。何度も踏みならされている場所ならば、もう少し草が少なくなっているはずだ。
「森はこんなに綺麗なのに」
「首都に比べれば、それはのう」
言いながら、紫苑と二人で深呼吸をする。
――――直後、顔をしかめざるを得なくなったが。
「キューちゃん」
「ああ………あそこじゃ」
指差す先。そこには、行く先を案内する立て札があった。何の変哲もない、木を組み合わせて作られたものだろう。唯一違うのは正面に塗りたくられている色。
「………①かよ、おっさん」
独特の"鉄の臭い"。色も、乾いて黒くなっただけで、元は赤色だろう。なにせ、形は手形になっていて、"そこからひきづるようにして下に続いている"。
「………逃げた先に。ここで、力尽きたのか」
「だろうね。死体がないけど、分かるよ」
まるで断末魔のように。消えない血糊を見ると、何となくだけど分かってしまった。だけどその後はどこに行ったのか。
「このあたりにはないぞ。死体の腐乱臭ならば分かるが、周囲1里いないには感じ取れない。持っていかれたか、あるいは――――」
「骨も残さず、か。何にせよここいらには残っていなさそうだね」
この血が刻まれた時間については、わからない。でも血の乾き具合と色、残っている臭いを鑑みるに、そう古いものでもないことは確かだ。
「何にせよ………村へ急ごうか」
頷く二人を連れて、俺は村への道を駆けていった。
走って5分。その距離に、目的地である村はあった。家の数はそう多くなく、住んでいる人にしてもよくて100に届くか届かないか、といったところ。色々と眺めていると、村の人がこちらに気付いたらしく、ゆっくりと近寄ってきた。年は60程度といったところか、元気そうなおじいさんは手をあげて挨拶をしてきた。
「やあ、こんにちは。あんたたちは………旅の人かい?」
「ええ、そんな所です」
「珍しいのお、こんな村に旅人が………それも、かなりのべっぴんさんで」
「はは、よく言われます」
「「お主じゃないわ」」
キューちゃんと紫苑の鋭いダブルツッコミが脳天に炸裂したが、何とか踏みとどまって会話を続ける。
「ははは、おかしな人じゃのう」
「それもよく言われます。それで………この村に旅人が来るのは珍しいので?」
「ああ。前に来たのは、そうさのう………3年前といったところか。ふもとの宿場町までに降りることはある。だが、逆に町の者がこの村にやってくるのは少ないのう」
思い出しながら、といった様子で語ってくれるおじいさん。明るくて、人柄も良いのだろう。言葉の端々から感じ取れる。
「ふむ、宿場町とやらには野菜を卸しにか?」
「そんな所じゃ金髪のべっぴんさんよ。ここの野菜はよく売れると、東の大きな町でも評判らしくてのお」
「旨くて安い、が売りなんですよね」
紫苑がお嬢様口調で言うと、お爺さんは笑って肯定した。その評判を聞いて、たどり着いたのだ。生産地は宿場町の近くにある村だと思っていたが、まさかここだとは。こんなに、山奥なのに。
「で、お前さんはこの村に何をしにきたのじゃ? もしかして野菜の作り方でも学びに来たのか」
「いえ、この付近で珍しい薬草が取れると聞きましてね。明日から本格的に探すつもりなんですよ」
こちらも、笑顔のまま、“前もって用意していたものとは違う言葉で”答える。紫苑とキューちゃんが視線を送って来たが、後で説明をすると視線だけで答えた。
「ほう、そうか………しかしワシも60年ここに住んでいるが、そんな薬草は見たことがないのう」
「人目につかない所にあるかもしれません。それで、今日はこの村の近くに泊まろうと思っているのですが………村の中に宿はありませんよね?」
「まあ、流石にの。じゃが、奥に空き家がある。雨風を凌げるぐらいのものじゃが、よかったら案内しようかの」
「ああ、お願いします」
案内を申し出てくれた老人の後をついていく。すれ違う村人達も、友好的な笑顔で迎えてくれている。ついでに、と村の中を色々と観察したが、取り立てておかしい所はない。豊かな村だというのが分かったぐらいだ。完全に自給自足ができているようで、見た目に痩せすぎている人もいない。そうしているうちに、目的地についたようだ。
「あそこです」
老人の指し示す先を見ると、結構頑丈そうな家が見えた。思っていたよりはボロくなくて、安心した。その反応が少し予想外だったのだろうか、老人は不安そうにたずねてきた。
「やっぱりボロいかのう」
「まさか! むしろ良い宿の部類に入ります」
そう、改装前の網の宿や某滝の国にあるフウハウスに比べれば三ツ星って言えるレベルです。なんせ、拳がそのまま通りそうな隙間がないのだから。
ただ――――
「少し、臭いますねー」
じっと、老人の目を見て言う。
「ほ、そうですかの? ワシにはとんと分かりませんが」
だが、老人は不思議な表情で首を傾げた。そこに、紫苑がすかさず言葉を挟んでくれた。
「私にもわからないです。メンマの勘違い、じゃなくて?」
期待通りの言葉に、俺も頷きを返した。
「………そうかもな。長旅で疲れたのかもしれない。それでは、ありがとうお爺さん」
「いえいえ、ごゆっくりと」
老人は最後まで笑顔を保ったまま、また村の入り口へと去っていった。見送り、姿が見えなくなった後、、振り返るとキューちゃんと紫苑が腕を組んで待ち構えていた。
「どういうつもりじゃ?」
予定とは違う。視線で問いかけるキューちゃんに、俺はちょっと、と前置いて答えた。
「この村のこと、どう思う? はい、まずは紫苑」
「………特におかしな所はないが。臭いに関しても、言った通りでさっぱり分からん」
「キューちゃんは?」
「私も臭わん。じゃが………見事な畑じゃった。本当にできが良い」
「あ、やっぱりそう?」
臭いからして分かる。土の状態もよく、美味しい野菜が取れそうな畑だ。キューちゃんはそういうのが、一目見て判断できるらしい。
「昔とった杵柄、だったっけ?」
「ああ………とはいっても、遥か昔。我がただの狐であった頃の話だがな。いうことを聞かない狐をまとめて、畑を襲ったものだ………大変だった」
遠い目をするキューちゃん。でも内容がとても物騒すぎないかい。
「狐か………やはり、統率が?」
だというのに、話に乗る紫苑。やめて、ほらなんか村人さんがこっち見てるし。
「うむ。まあ狐ども、基本的に連帯感ゼロじゃし。特に酷い奴など、義理などあってないが如しというものじゃった。そういう奴がまた有能なんで困るのじゃが」
「例えば?」
「他の動物共に密告してな。待ち伏せ用の情報を流して、我が隊とぶつけ合わせて、その隙に自分だけが利を得るという」
「その狐パネェ」
聞けば、そいつだけ頭が良くて。のちに妖狐へと位階が上がったのも、そいつだけだったらしい。
「とはいっても、なってすぐに死んだがな」
「えっと、茶器諸共に自爆しました、とか言わんよね」
某ギリワンの弾正さんみたいに。
「言わんさ、毒殺だ。美味しい野菜につられて………な。当時は売り出し中だった忍宗の戦士がしかけたもので、毒に弱った所を襲われ、あっけなく討ち取られた」
「おっかないねえ」
「欲をかきすぎたせいじゃ。自分だけが、と突っ走った挙句に周囲の動物や妖魔、人間を敵に回していた。自業自得じゃろう」
因果はめぐる、ってやつか。ともあれ、予想外なことに話が噛みあってくれたようだ。
「ほう、つまり?」
「ここから先は空き家の中で。長くなるだろうし、座って説明したほうが―――」
そこで気配を感じて振り返る。すると、道の向こうから、歩いてくる人の姿を見つけた。若い男のようだ。年は俺より少し上で、外見で20台の前半か後半か。
顔立ちは普通だ。だが、その顔つきは――――ノーコメントで。
「よう、あんたらが旅の人かい?」
男は近づくなり、片手を上げながら俺たちに挨拶をしてきた。形式上で言えば、普通の挨拶に見えよう。普通の村の普通の挨拶。
――――ただひとつ。俺を完全に無視し、背後にいるキューちゃんと紫苑の二人だけを見ているという点を除いて、だが。アウトオブ眼中じゃない、存在すら無視しているってレベルだ。俺を空気扱いして、目の前の二人だけを見ている様子。
(うん、ノーコメントにしていた顔つきだけど………ぶっちゃけましょう。軽薄に見えます)
ここで、武士沢レシーブの名言をひとつ。
(人間中身が大事だっていうけど内面の美しさは外ににじみ出るものだから結局重要なんだよね外見………!)
いや、俺もそんな美形って訳じゃないけど。美形で凛々しいサスケ様ほどじゃないけど。そういえば侍部隊にあいつのファンクラブできてたなー。余談は置いといて、こいつの見た目はなんていうか、どう見ても"女大好き"って感じです。
「あん? なにか言ったか、ってお前はどうでもいーんだよ。彼女達綺麗だねー、どう、俺と遊ばない?」
「はあ………」
馬鹿、お前馬鹿。なんで綺麗だねから、速攻で遊ばないに繋がる。会話の流れもくそもない発言に、紫苑でさえ混乱しているじゃないか。
「こっちも………うわー、まじで綺麗だ。ねえねえ、俺ん家いこうよ。おいしいトウキビ一杯あるから」
「…………」
キューちゃんは沈黙を選択した。無理も無いだろう。というか、なんでそこでトウキビなのか。いや、馬鹿にしてるわけじゃないけどトウキビ、なんでトウキビ。どうしてトウキビ。
(ありがとうきびウンコォ、って違うよばか)
これ以上繰り返すとゲシュタルト崩壊しそうなのでやめる。そして、俺を無視して二人を口説いている男の前に立ちふさがった。
「んだぁ、テメエ?」
「見て分かれよ。空気読めよ。あと、ラーメンにコーンは邪道だと想いますか?」
「ったりめーだろ。つーかオレ、ラーメンとか嫌いだしー」
「――――――あ?」
ぶつん、と何かがキレる音がした。
「き、さマ。いってハナランコトヲイいオッたナ?」
「ひっ!?」
愚かモノがおびえテいる。ハハハ得物がオびエていル、トウゼンのことダ。
そうダ、その恐怖ヲ抱イたまマで―――――
「っ、いかんネギを取り出しおった!」
「止めろ、メンマ! そこのうすら馬鹿逃げろ、風邪を治されるぞ!」
「な、なんだよお前ら! おれは大神様の使いだぞ、偉いんだぞ!」
キューちゃんと紫苑が何かを言っている。冒涜者が何かを言っているが、このオレが止まるはずもない。いつもの宣言の元に、いつもどおり
我が神の麺罰を下すべくネギを十字に構え、振りかぶって――――そこに、声が飛び込んできた。
「ちょ、何の騒ぎですか――――――って!?」
声は驚きに変わった。それも以前に聞いた覚えのある声だ。思わず俺は乱入してきた人物の方に視線をやってしまって、その姿を捕らえると同時に絶句した。
向こうも同じようで、まるで彫像のように固まっている。
そして硬直が解けたあと、俺と"彼女"が叫んだのはほぼ同時だった。
「こ、小池のラーメン屋さん!?」
「ぶ、部隊長補佐の猪娘!?」
目の前には、網の実働部隊。
サスケが部隊長を務めるその部隊の、隊長補佐をやっている女侍、鈴の姿があった。