自来也は無言のまま、英雄達の名前が刻まれている石碑の前に立っていた。降りしきる雨に全身が濡れていたが、構わずただ石碑だけを見つめ続けていた。刻まれている名前の数々を、順に読んでいるのだろうか。あるいは名前と共によみがえるであろう、かつての仲間と過ごした記憶を胸の中に貯めていっているのだろうか。メンマは分からないと考えつつも、ただひとつだけ分かることがあると思った。少し前までは丸まっていた自来也の背筋が。迷いを帯びていたチャクラが、真っ直ぐ確かなものに変わっていったということだ。
『………』
自来也を最もよく知る胸中の人物は無言のまま。しかし明るい様子でもない、師匠と同じくペインに思うところがあるのだろう。ペインは波風ミナトにとっての兄弟子だ。それに加え、ミナトは、四代目火影は第三次忍界大戦に参加していたのである。
彼らの胸中に渦巻くのは因縁か、同情か、悔恨か。メンマは深く考えなかった。自分はその戦争を知らないし、実際に体験した訳ではない。だからその時何が起こっていたかは知らないし、何が原因であんな悲惨な戦争になったのかは分からないし、語る資格もないと。はっきりしているのは、ペインに見せられた光景から連想されること。その戦争がどれだけ悲惨だったのか。
ほんの一部で、まだ他にも同じような悲劇が起きていたのかもしれない。きっと起きていたのだ。そうした混沌の、悲劇の果てにあるのが、現在の忍界における危地につながっているのだから。自来也の眼には、どう映っただろうか。
―――戦争を越えて、今再び。
大切な者を奪われた、かつての弟子の復讐があって。
大切なものを見失った、自らの末裔への制裁があり。
大切な者達が滅亡の危機に貧しているということに対し、どう感じているのだろうか。
メンマは理解しようとしたが、すぐに中断した。自分は本質的には忍者ではないので、ペインの宣言に対して彼らがどういう感想を抱いたのかは理解できないと考えたからだ。忍びの代表格とも言えるマダオ、あるいは自来也にとってはまた別の感想を持っているのだろうかと思っただけ。
この雨のように叩きつけられた非難。それを身に受けた者としては、どのような感想を抱くのであろうか。忘れていた雨に打たれた、原因である自業。どのように受け止め、どのように感じているのだろうか。
それでも譲れない者がある一人の木の葉の忍びとして、自来也がどういった手段をとるのだろうか。
最後の一行に関しては、マダオは何事かを察しているようだったが―――
「ナルト」
空を見上げながらそんな事を考えていたメンマに、正面から声がかかる。メンマが視線を前に戻すと、自来也の真っ直ぐな瞳が見えた。石碑に背を向け、一切の虚飾もなく。
「話がある………ペイン、いや長門の事についてだ」
それから、メンマ達は色々な情報を交換しあった。情報の他に色々と話し合いたいこともあったが、まずは情報の整理だ。両者とも、素面で胸の内を曝け出せるような間柄でもなかった。酒でもはいらなければ無理だろうというぎこちなさがあった。
それでも優先して伝えるべき事項がある。メンマはまず、今まで起きた事を話した。大筋においては暁について、そしてうちはイタチとマダラ、うちはサスケについて。その後、長門&ペインの目的、十尾のあれこれについても話した。"月が落ちる"という話だけは信憑性に欠けると思ったので、話さなかった。
話せば色々とまずい状況になるからだ。メンマは自来也からの話は聞いていたが、今更取り立てて騒ぐことのない、ほとんどが把握している程度の情報だったからだ。
ただ一点、気になる事があった。
「墓があった、か………三つも?」
かつて自来也達が修行の際に使っていたという、隠れ家。その家の前は、誰のものか分からない三つの墓があったらしい。
それについて、メンマは考えてみた。二つの墓の意味はすぐに分かった。失った、失ってしまった大切なもの達の墓碑だろう。即ち、弥彦と小南。忘れないという意志を保つため、そして鎮魂のために長門自身が作ったのだと思われる。
だが、最後の一つはどうなのだろうか。メンマは考え、考えぬいた末にあるものを思い出していた。
――――かつての時、あの夜に建てたうずまきナルトの墓碑を。
メンマは“うずまきナルト”という存在が死んだ事を示すため。そして鎮魂のために、あの墓を作った。過去を振り切るため、という意味もあった。しかし今となっては、とメンマは思った。また別の思惑が、自分でも把握しきれていなかった無意識の想いがあったのかもしれないと。
長門はどうなのだろうか。ペインは"俺の中の長門は壊れた"と言っていた。
だがメンマはそれを信じていなかった。
『信じて、いない? それはどういう………彼、長門は壊れてもう居ない、って断言してたじゃない』
(いや、まだ長門は生きているよ。でなければ、あの提案はないだろ)
メンマはマダオの問いに対し、推測にしか過ぎない答えを、恐らくは間違っていないであろう答えを返した。
(何よりも憎いなら。果たすべき目的があるんなら、何にも構わず徹底的に暴れまわればいい。今までにそれをしてこなかったのは、何か別の理由があるからだ)
『理由………?』
(そうだよ、キューちゃん。そしてそれこそが証拠となる。あの時の言葉と相まって、ね)
『お主、あやつについて何か気づいておるのか?』
(ああ………ペインはまだ神には成りきれていない、ってことがね)
確かに、ペインは今神と呼ぶに相応しいだけの力を持っているが、中身はまだ"神"に成りきれていない。メンマの言葉に、訝しげな声が返った。
『成りきれていない………あれだけの力があるのに?』
(在り方を言っている。忍びとはいえ、人は人。その人の有り様をどうこうしようというのならば、その上のステージに立つ必要がある。それが神だ。でもペインはまだ、人間臭さを残している。神は人の話を聞かない。誰にも語りかけない。一切の問答無く、ただ一方的に人を裁くものだと、俺は思っている)
動かずあっては高みにあり、はるか高みにあっては人の心に平穏をもたらしてくれる
その果てにいざ動くとなれば、滅びを告げる神話の怪物と化す。。
『それは何故じゃ?』
(強すぎるからさ。その強い奴が動く、いや動かなきゃならないというのは、大抵が碌でも無い状況に陥った後だ)
そして動くと決めたのなら、止まることはしないだろう。今更、人に、問うたりはしないのだ。
『つまりは………』
(―――そうだ。お前の意志を示せ、なんてさ。断罪者としての六道仙人なら、破壊こそが存在意義である十尾ならば、そんな問いかけはしないんだよ)
そうだろう、ペイン。メンマ胸中で呟きながら、件の人物が居るであろう方向に、視線を向けた。
―――同時刻、木の葉隠れの深部にある、"根"の本拠地。その最奥部、根の首領であるダンゾウの執務室の中では、二人の忍びが対峙していた。
「大蛇丸の次はワシというわけか。色々と協力したワシを…………今になって裏切るというのか?」
「予想はしていたんだろう。この警戒態勢が良い証拠だ。今更驚くにも値しないと思うのだが」
ペインはそう言いながら、自らの服を見る。そこには、待ち構えていた"根"の忍びによって裂かれた跡があった。だが、ペインは全くの無傷でそこに立っていた。
「………誘い込んだ上での、起爆札の一斉爆破。トルネの蟲、フーの呪印型のトラップ。出来うる限りの最高の罠を凝らしても、その程度か」
ダンゾウは自らの組織の全力を用いて、出来うる限りの罠を張ったのだ。それで与えられた被害は服の切れ端一つだけ。ダンゾウはそんなペインの馬鹿げた力量に戦慄していた。力量差を痛感させられていた。
「化物め………」
「お前に言われたくはないな。火の影で、木の葉の影で………忍びの闇と言われる程に色々な事をしてきたお前を、あの二人を殺す作戦を練ったお前に言われたくはない」
「………あの、二人だと?」
「流石に、覚えてはいないか。だが、俺は忘れない。お前と半蔵に受けた仕打ちは、あの所業は………未来永劫、忘れることはないだろう」
告げると同時、ペインは手を前にかざした。
――――万象天引。十間離れた場所にいたダンゾウは、瞬く間にペインの元へと引き寄せられ、その喉元を掴まれた。
「ぐっ……」
「最早お前に語る言葉など存在しない。力に酔い、力に堕ちた下衆に言い聞かせる訓示などこの世界のどこを探しても有りはしない」
冷淡な声と共に、ペインはその腕の力を強めた。
「貴様が言うか………! 忍びの世を、里を荒らす不届き者めが!」
「忍びの世はどうでもいい。世界のために大を取るために、小を捨てるだけだ。お前達大国の忍者達がさんざん繰り返してきたことだろう? 今度はお前たちの番というわけだ。まさか、文句はなかろう」
「くっ、貴様……!」
「囀るな。問答など無用にして不要。忍びの闇よ………疾く、去れ!」
叫びと共にごきり、という音がダンゾウの執務室に鳴り響いた。同時、ダンゾウの姿が煙と共に消える。
「影分身か!」
驚きの声を上げるペイン。それと同時、部屋の四隅にあった壁が、一部だけ剥がれ落ちる。ごとん、という音に振り返ったペイン。そこで見えたものに対し、再び驚きの声を上げた。
「これは、裏四象封印術………!?」
札に書かれていた術式を理解したペインが、叫ぶ。するとどこからともなく、ダンゾウの声が聞こえてきた。
『そうだ………最後の罠だ。見事に引っかかったようだな』
「………俺はここにおびきよせられた、ということか」
ダンゾウの言葉を聞いたペインは、忌々しげに舌打ちをする。罠の先には宝がある。そう思って突き進んだペインだったが、実際は違う。ダンゾウに、そう思い込まされていただけだったのだ。たどり着いた先こそが本当の危地、切り札となる罠が仕掛けられた所。
脱出する間もなくして、術が起動する。部屋の四隅にある札から黒い光が発せられ、中央へと収束していった。
『逃げ場は無いぞ、ペイン!』
黒い光が、部屋にあるものを全て飲み込んでいく。部屋の中央に居たペインも例外ではない。裏四象封印が成す破壊の奔流が、全てを飲み込んだ。
根の本拠地の外、木の葉のとある家屋の屋上に、ダンゾウは居た。
「ダンゾウさま………」
「フーにトルネか。ペインならたった今殺ったところだ」
ダンゾウはペインが罠により足止めをくっている間、部屋に隠していた抜け道を伝って外に逃げていた。部屋に影分身を残し、囮として自分は安全な場所まで非難する。真っ向から当たっても負けると直感で悟ったが故の、苦肉の策であった。
「上手くいったようだ。部屋に気配は残っていない」
ダンゾウの口の端が上がる。それもそうだろう、目下最大の脅威である外敵を屠ることができたのだから。英雄とも言えるほどの功績。その影響は大きく、ダンゾウの発言力はより一層高まるだろう。
かつての鬼の国の襲撃事、うずまきナルト暗殺未遂事件により根―――というより暗部の発言力は、下降の一途をたどっていた。しかし、これで挽回できる。ダンゾウはほくそ笑みながら、そんな事を思っていた。
「しかし、暁の………いえ、ペインの協力者として色々動いていたということを、火影側は掴んでいるのでは?」
「推測はしているだろうが、確たる証拠が無いのでは話にならん。いくらでもとぼけられる。それに、唯一の証拠はたった今消え失せたのだ。もう一人の協力者であった大蛇丸も、最早亡いだろう」
先日、音隠れの里付近で黒い化物が目撃されたことを、根は掴んでいた。ダンゾウは、その情報からおよそ起きたであろうことを推測していたのである。
「これで、ワシの発言力も高まる。あとは九尾の力と、巫女の力を手にいれればどうとでもなる。綱手にも対抗できよう………」
ダンゾウの眼に、野心の焔が灯る。側近であるフーとトルネは、その焔の向かう先を知っていた。"いずれワシは表に出る。野望を達するに足る力を手にいれ、火影となって表に立つ。裏での経験を活かし、表と裏で忍び世界を支配し、そのあり方を変えるのだ"ダンゾウの口癖だった。そらで言える程、何度も聞かされた二人は、遂にそれが実現する時が来たのだ、と考えた。
―――そのすべてが錯覚だと。
告げたのは雨の中の声。黒い影は、そして告げた。
「水遁」
何の前触れも無く。雨は声に応じて、そのあり方を変えた。
「――――ッ!?」
「「なッ!?」」
フーとトルネの周りにある水が変質する。
声とその現象によって新たな敵の襲来を察知した三人。すぐさま対応の動きを取ろうとするが、時は既に遅かった。
「――――水牢の術」
逃げる前に宣告。言葉と共に、変質した雨は牢へとその形状を変えた。
「くっ!」
ダンゾウただ一人だけは、その牢から逃れることに成功した。長年の経験がそれを成したのだろう。ダンゾウは声が聞こえたと同時に地面を蹴り、その場を逃れていた。だが、フーとトルネは一歩遅かった。逃げようと足に力を籠めたところを水によって掬われ、そのまま雨に包まれてしまったのだ。
そして水牢が完成すると同時、二人の頭上に黒い塊が降って来た。
「な、じゅうグアッ!?」
「うあああッ!?」
二人は水牢諸共、十尾によって取り込まれた。断末魔の叫びが周囲に響き渡る。
「くっ………何故、この場所が!?」
ダンゾウは二人を助ける、という選択肢を選ばなかった。ただ、事実を確認することを優先したダンゾウは、叫ぶ。
「何故だ!? 出口もなく、脱出も不可能―――逃げ出せなかったのではないか!」
何処に居るのかも分からない、この攻撃を仕掛けた相手にダンゾウは声を向ける。
どこともなく発せられたそれだが、返事は即座に返された。
「目には目を、歯には歯を。罠には罠をだ、ダンゾウ。陰険な貴様の本拠地に乗り込もうというのだ。保険をかけていないはずがなかろう?」
「くっ、影分身か!?」
「然り! 十尾を使った特別製だがな!」
雨の中、二人の怒鳴り声が響きわたった。しかしそれも少しの間だけ。言い合いはじめてまもなく、ダンゾウの足元、屋上の床が割れた。その下から黒い奔流が吹き上がった。
「っ下か!」
吹き上がる寸前、振動によりその攻撃を察知したダンゾウは、即座に飛び上がる。同時に印を組み、攻撃へと移った。結びの印は、風遁のそれ。ダンゾウが得意とする、風遁・真空玉が敵に向かって放たれる。真空の玉は全てを貫く弾丸となって、十尾へと襲いかかった。それは確かに、厚い十尾の表皮を貫き、その半ばにまで達するまでには至ったが、そこまで。貫通することかなわず、その奥にいるペインは無傷だった。ダンゾウは術の手応えと十尾の様子から、相手にダメージが与えられなかったことを悟る。同時に、彼我の力量差を痛感することとなった。
―――例えイザナギを使っても勝てない。死を誤魔化せる術を使おうとも、いずれは捕まり括り殺される。そう判断した後のダンゾウの動きは早かった。その場から逃げるべく足にチャクラを籠め、地面を蹴る。練達の動きは見事なもので、一足でダンゾウは数十間の距離を空けることに成功していた。
しかし、何もかもが不足していた。たかが数十間、ペインにしては無いも同じ。ダンゾウに向け、ペインの掌が突き出された。
「万象、天引」
声が、響く。同時、ダンゾウは宙に舞った。
まるで見えない手に引っ張られたかのように、とある方向に向けて飛ばされていた。離れていても関係がなく、踏ん張ろうとも地面ごと持っていかれる。遠くにある手摺に鋼糸を巻きつけるが、それもペインの投げたクナイによって千切れてしまう。
何をしても引き寄せられるダンゾウ。あのてこの手で耐えようとしたが、いずれも無駄に終わった。努力は徒労となり、やがて終点に至るのだ。
気づけばダンゾウは、ペインの間合いの中に入っていた。
「ぐっ、ペイン――――!?」
叫ぶダンゾウ。ペインは構わず、十尾をけしかけた。呼応した十尾の黒の身体が、ダンゾウを包み込んでいく。ペインはダンゾウが囚われたことを見届けると、そこから背中を向けた。
「くっ、かくなる上は………」
そこでダンゾウは腕の拘束を解いた。イザナギを使おうというのだ。
―――しかし。
「馬鹿な………何故イザナギが使えない!?」
発動しない切り札を前に明らかなうろたえを見せ。そこに、嘲笑する声が浴びせられた
「イザナギ………己に都合のいいように世界を塗り替える究極の瞳術だったな。しかしそこは十尾の中。既に異界だ。だから無駄と知れ。世界の中に新たな世界は作れない」
焦るダンゾウ。対するペインは、最後まで冷静に、告げる。
「幕だ、ダンゾウ。ここより先、お前に役目無し。故に速やかに、舞台から降りるがいい」
「馬鹿な、ワシが、こんな、死に――――!?」
ダンゾウの断末魔が響き渡る。数秒の後、聞こえるのは雨音だけとなった。
「……ようやく、終わったか」
ペインは自分が降らせた雨を見上げながら、つぶやいた。そのまま、両手を広げる。雨を全身に受けながら、ペインはやがてその顔を伏せた。
「―――これで全ては整えられた。邪魔をする輩はもう、居ない」
ペインは確かめるように、自らの胸元をかきむしるように掴んだ。
「やったよ、二人とも。ようやくここまで辿りつけた」
ここではない何処かに、ここには居ない誰かに語りかけるようにペインは言葉を綴る。
しかしその時、ペインははっと顔をあげた。
「………随分と集まってきたようだな。流石は木の葉隠れの里。対応が速い」
ペインは己のチャクラを投影させた雨の中、こちらに集まってくる気配を感じていた。感知系の忍者を遥かに上回る精度で、気配を読み切ってみせる。
それはこの雨のおかげであった。
―――雨虎自在の術。
ペインは木の葉に侵入する前にこの術を使い、雨を降らせていたのだ。雨はペインの感覚とリンクし、雨粒に触れた者の情報をペインにもたらす。本来ならば侵入者対策の術だが、自らが侵入する時、特に特定の対象を見つける時に役立つ術でもある。
雨が降れば見つかりにくくなるし、特定の相手を探すこともできる。相手の居場所が分かれば逃がす心配もなくなる、正に一石三鳥の術となるのだ。敵地で見つかった場合でも、気配が読めるにこしたことはない。逃走経路を割り出すことができるからだ。
「しかし、かなり多いな………はたけカカシに、マイト・ガイ。猿飛アスマに………ふむ、飛段と角都と戦った者達は居ないようだな。流石にあの怪我では来れんか……?」
そこでペインはとある気配を感知した。その方向に視線を向ける。
「これは…………自来也先生と、あいつか。あの石碑の前で何を話しているか、興味があるところだが………今はそれよりも優先させねばならんことがあるか」
ふっと、ペインはため息をはいた。その後、後ろへ振り替えり、背後に潜んでいる気配に向けて言葉を発した。
「―――そうだろう、そこにいるお前たちよ」
その問いに対する返答は言葉ではなく、大量の起爆札付きクナイであった。
―――爆発。
雨の中、大量の起爆札が一斉に爆発した。爆風は周囲の雨水を容赦なくはじき飛ばし、周囲に勢いよく飛散する。それは壁にたたきつけれられたと同時、びたびたびた、という音を発する。
「………やったか?」
「分からん。だが、油断はするな………!?」
奇襲を仕掛けた中忍二人。彼らは最後まで言葉を発することなく、周囲に漂っていた煙もろとも、不可視の衝撃はにより吹き飛ばされた。中忍の二人は屋上からたたき出され、そのまま通りへと落下していく。
「お前たち程度にはやられんよ………だが、足止めにはなったようだな」
晴れた視界の中、ペインは自らを囲むようにしている木の葉上忍衆の姿を捉えていた。
対する木の葉の忍び達は、最大限の警戒体勢に入っている。
当然の対応と言えた。目の前の相手は誰にも気づかれることなく里の中に侵入した上、このような中枢部までたどり着いているのだから。
「………まいったね、どーも。侵入者対策の結界があった筈だけど?」
「抜け道はいくらでもあるということだ、はたけカカシ。それよりも………実に豪華な面子だな。日向、犬塚、油女、奈良に山中に秋道。三代目火影の息子に、木遁使い。なんだ、今から戦争でもするつもりか?」
「ああ、戦争といえば戦争だ………相手は一人だけどね」
「息子と居候が世話になったらしいな。今からその礼をしたいんだが、テメエはどう思う?」
「その物言いと顔は………奈良シカクか」
居候が世話になった? とペインは胸中で疑問符を浮かべた。しかし、すぐに思い出したようだ。顔をくいとあげ、その答えを口に乗せる。
「七尾の人柱力のフウか。そういえば、貴様は波風キリハの後見人の一人でもあったな」
「その通りだが………テメエ、何故そこまで知ってやがる? 俺達全員の事も知っているようだが………それも、神の御業とかいうやつか?」
勘弁してくれ、と頭をかくシカクに、ペインは至極真面目に答えた。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。目的を達成する下地はいつだって情報だろう? ―――それを徹底しただけだが、どこか可笑しいところでもあるのか」
「可笑しくはないな。全然、可笑しくねえよ」
ペインの言葉を聞いたシカク、そしてその場に居た全員が、背筋に流れる冷たい汗を感じていた。
(カカシ先輩)
(ああ。万の術を操る仙人、その上チャクラは無尽蔵。加え油断も無し、か………わかってはいた事だが、本格的にまずいな)
(それに、この威圧感は………カカシ先輩、これが例のペインという暁の首領ですか)
(ああ。気をつけろよ、ヤマト。こいつが相手じゃあ、正直この人数でも危うい)
そうして、木の葉の忍び達はより一層の警戒態勢に入る。
誰もが自らの武器を手に添えている。それは別名、臨戦態勢とも言った。
「………そう、構えなくてもいいぞ。とりあえずの目的は既に達したからな。今日の所は、だが………これ以上お前たちとやりあう気はない」
「目的を達成した、だと? まさか、七尾を!?」
「いや、七尾ではない。そんなに気にすることでもないと思うがな。ただ、ダンゾウを消しただけなのだから」
「「「っ何!?」」」
ペインの告げた言葉に、その場に居た全員が動揺する。
「奴の存在はお前たちにとっても害でしかなかった筈だが………何故そんなに睨む? 特にそこのお前だ―――ー五代目火影殿よ」
「っ!?」
カカシとガイはペインの言葉により後ろへ振り返る。そこにはペインの言葉通り、五代目火影・綱手とシズネの姿があった。
「ちょ、火影様、危険です!」
「そうですよ、ここは………!」
カカシとシズネが綱手を止めようとするが、綱手はペインに歩み寄るのを止めなかった。
「黙れ、二人とも! それよりも………ペイン。聞きたいことがある」
「答えられる範囲なら、吝かではないが」
「そうか。では………一つめからだ。先ほど言った、根のダンゾウをやったというのは本当か?」
「信じられないというならばそれでもいいぞ。俺に聞くより先に、根の構成員の舌を見ればどうだ?」
「そこまで知っているのか………分かった。あと、もう一つだが――――お前、自来也をどうした? あいつには会ったのだろう」
「会ったぞ。言葉も交わした」
「――――殺したのか?」
「殺してはいない」
「だが、あいつは戻ってきておらん。お前が何かをしたとしか考えられんのだ」
「帰りたくない理由があるんだろうよ。まあ、今は戻ってきているようだがな」
「………何?」
「あそこだよ。そっちの日向の白眼ならば見えるだろう」
と、ペインはとある方向を指さした。それは木の葉の英雄達が眠る石碑がある方向。戦死者達の名前が刻まれている、墓碑のある場所だった。
「………ヒアシ、見えるか?」
「はっ………確かに、自来也様が居ます。あと、石碑の前に誰か………!?」
そこで日向ヒアシは白眼を更に強ばらせた。
「あれは………まさか、うずまきナルト!?」
「何!?」
ヒアシの言葉に、場が騒然となる。
そして、その機を逃すペインではなかった。
意識が逸れた瞬間に雷影の雷を纏う術―――彼と戦った際に理解した術―――を使い、神速とも言える速度で包囲網から抜けたのだ。
「ぐっ………待て!?」
「待たんよ。それではまた会おう、木の葉隠れの忍び達よ」
「ん?」
『なんじゃ、どうした?』
「いや、今誰かに見られたような気が………気のせいか?」
メンマは周囲の気配を探ってみたが、近くには誰も居ないと答えた。
「長門ではないのか?」
「そうかもしれない―――って、雨が急に………?」
土砂降りだった雨が、突如その勢いを弱めていく。
「通り雨………にしても様子が変だな。止むのが急すぎる。まるで雨を操ったみたいな………」
そんな超常現象を扱える誰かの顔が一瞬だけメンマの頭を過ぎったが、すぐに忘れることにした。噂をすると出てきそうだし。地面から生えてきそうだと思ったからだ。
「まあ、いっか。それじゃあ、俺はこれで………っとああ、そうそう。ひとつだけ伝えておきたいことがあったんだ」
「伝えたいこと………ワシにか?」
「ああ。正確にはかつての弟子からの伝言です。それじゃあマダオさん、どうぞ」
イイながら、メンマは口寄せでマダオを呼び出した。
「呼ばれて飛び出ました。先生、お久しぶりです」
「ああ………直接会うのは2年ぶりになるかの。元気そうじゃ………というのもおかしいか」
「一応は死人ですからね。そんな死人から、先生にお願いごとがあります」
「お主がワシに願い事とは………珍しいな。ナルトの名を名付けた時以来か」
「そうなの!?」
今明かされる衝撃の事実。エロ仙人はうずまきナルトのゴッドファーザーだったのだ!
「でも"うずまき"ナルトって………離婚前提の名前じゃね?」
波風ナルトじゃあ、何か意味が違ってくるし。指摘すると、マダオがハッとした表情になった。
「言われてみれば、確かに………先生、これは一体どういう事でしょうか」
「うっ」
自来也がうめき声を漏らし、顔を逸らす。
「………つーかナルトってのも変な名前だよな。安直っつーか。まさか前日食べたラーメンの具から、とかいい加減な理由じゃあ………」
ってまさかな。それこそいい加減すぎるだろう。ありえん(笑)とメンマが笑う。しかしその時、自来也は盛大に咳き込んだ。
「え、先生………もしかして」
「ち、違うぞ、断じて違う! ミナト、そんな眼でワシを見るな!?」
「それじゃあ、そっちの意味で? そんな、先生がクシナを狙っていたなんて………」
「ち、違う! ワシは昔から綱手一筋じゃ―――」
「クシナは渡さない―――」
師弟の喧嘩は徐々に泥沼かつ混沌の様を呈してきているようだ。一部告白などが混じっているような気もしたが、メンマは聞かないことにした。こういうのは本人から伝えてこそ趣があるというもの。悪口なら即刻密告してやるのだが。
メンマは二人から一歩引き、喧嘩の渦中から逃れたところで遠巻きに喧嘩の様子を見守っていた。
「おーはまっとる、はまっとる」
『バカばっかじゃの』
上手いキューちゃん。でもそれじゃあマダオがサレナなポジションになるんで。
それはちよつと勘弁な!
『う、気持ち悪い事をいうな。それよりもお主、気づいておるのか?』
「へ、何が………って、あ!」
そこでようやく俺は気づいた。
「誰か近づいて………って多っ!」
メンマは内心で驚愕していた。無理もなかった。誰かってレベルじゃなく、少なくとも10人以上、その上で誰もが手練の忍者だ。
「なんぞ、これ」
メンマは呟き、よくよく気配を探って更に驚いた。こちらにやってくる皆さんは全員、有名人でいらっしゃったからだ。ガチ編成とかそういうレベルじゃない。一国を落とせるぐらいの戦力が揃っていた。
「なんや、運動会でもあるんかい。皆さん良い席取るために猛ダッシュかい。そんなにわが子の勇姿を近くで見たいんかい。いやまさか全員で俺を捕まえに来たとか言わんよな」
『………動揺しすぎて口調が変になっておるぞ。まずは落ち着け。現実逃避をするな。あと木の葉に運動会とやらは無いと思うぞ』
「それもそうだね」
メンマはキューちゃんの連続突っ込みに驚きを感じつつも素直に従い、深呼吸をする。
「ふー、落ち着いた………って落ち着いている場合でもないんだよね。流石にこの距離じゃあ、逃げ切れんし」
何より日向家当主が居るのがよろしくなかった。当主の白眼がどれだけの有効盗撮距離を保持しているのか分からない。犬塚さん家のお母さん&愛犬、油女さん家のグラサン親父が居るのも非常に拙いと言えた。
メンマをして、木の葉が誇る探知忍者、その中でもおそらく最精鋭であろう3人を相手に逃げ切る自信は無かった。
「仕方ないなあ………かくなる上は、っと」
近づいてくる気配の群れをごまかすために。
メンマは胸元で、十字の印を組んだ。