apocryphaのあの人が出てきます。
同人要素薄めです。
同類
「あなたと先生ってどういう関係なの?」
ロンドンに戻った私は早々に呼び出しを受けた。
貸倉庫に荷物を置き、小汚いエミールのホテルで惰眠を貪る贅沢を味わおうと床に就くや否や私のモバイルフォンが鳴った。
発信元は今、私の眼前で疑問を投げかけている遠坂凛が「先生」と呼ぶ人物だった。
その「先生」は私の古い知己――訂正、ただの知己とは言えない程度に関係性の深い人物であり、私は彼に相当数の借りがある。
そう、即座に彼の職場に駆け付ける程度には。
私は彼と私の事実関係を反芻の後、凛に回答した。
「元クラスメート。天下の時計塔の名物講師と都合の良い便利屋の魔術使い。時々ビデオゲームに興じる同好の士で年に一、二回パブで酒を酌み交わす仲だ」
「先生」に呼び出された私は彼の職場である時計塔に赴いていた。
今、私の眼前で目を見開き私の発言を咀嚼している遠坂凛は私を呼び出した人物の弟子で私にとっても年の離れた友人だ。
廊下で偶然すれ違った私と彼女はほぼ同時にお互いの姿を認め合い、ついでの立ち話に興じていた。
「元クラスメートで時計塔の講師と便利屋の魔術使いで時々一緒にゲームをしてお酒を飲む中?」
彼女は私の発言を簡略化して反芻した。
なかなかよくまとまった要約だ、と私は思った。
「それ、世間では友達って言うのよ?」
彼女はクスリと笑った。
凛の感想はいつも簡潔で良い。
「それは知らなかった。やはり君は聡いな」
長い渡り廊下を時計塔の学生たちが行き交っている。
彼らの視線はことごとく我々に――訂正、凛に向かっていた。
彼女は魔術の世界でも有名な名家の若き当主で、紛れもない天才だ。
注目を浴びるのは当然の結果と言える。
「だがな、リン。僕と彼は似ているようで似ていない人種だ」
私は言った。
「というのは?」
彼女は首を傾げた。
「彼はオーセンティックな魔術の家系ではないが魔術に確かな価値を感じている。僕は純粋な術師としての能力は彼より上だが、魔術はあくまでも目的を成し遂げるための手段だ」
「そうね」
「僕が真の意味でシンパシーを感じるのはそういう『魔術を手段として割り切っている』連中だ。僕らのような連中と君の先生は根本の部分で分かり合えない。これはどうにもならないことだ」
凛はオーセンティックな古式ゆかしい魔術であり、私とは根本の部分で異なる人種だ。
当然の反応として私の言葉に彼女は表情を曇らせた。
感情表現の豊かな人物だ。とことんまで魔術師なのに大凡魔術師らしくない。
だからこそ私は彼女に好感を持ってお節介を焼くし、彼女も私と分け隔てなく接してくれる。
なので、私は続けた。
「誤解の無いように言っておくが、僕は君の先生にも君にも敬意を抱いている。知恵や能力はもちろんだが、何事かを探求し解き明かすのは美しい行為だ。それが『根源』のような雲をつかむようなモノだとしてもね。
もっとも一般人に害をもたらすような連中は唾棄するが」
彼女は少し考えると、微笑を浮かべ「そうね」と答えた。
偽りを感じさせない微笑だった。
やはり彼女には好感が持てる。
「遠坂!」
声がして誰かが近寄ってきた。
「士郎!遅い!」
赤毛で引き締まった体躯をした青年だった。
凛の公私にわたるパートナーで私の友人、衛宮士郎だ。
彼は愛しのハニーに叱られて主人に叱られた小型犬のように縮こまった。
「スマン」と短く謝罪の言葉を述べると、私にいつもの温顔を向けた。
「アンドリュー。戻ってきたんだな」
「ああ、いつもの通り戻ってきたよ」
私も温顔で彼に返答した。
「じゃあ、アンドリュー。私たち次の予定があるから、またね」
「また、夕飯食いに来いよ。ほっとくと碌なもの食わないだろ、アンタ」
彼らは口々に暇の言葉を告げて去って行った。
彼らが去ると同時に廊下から一気に人気が失せた。
どうやら次の講義が始まるらしい。
「さて、では僕も次の予定に急ぐか」
学生たちが去り、ガランとなった廊下で私は一人ごちた。
〇
「概要は把握しているか?」
私を呼び出した人物、ウェイバー・ベルベット――ロード・エルメロイ二世は私が紳士的マナー感覚にあふれる丁重なノックで部屋に入り、進められた椅子に座ると何のスモールトークも無く切り出した。
「これでも仕事は丁寧にを心掛けている。――『
私は彼から伝えられた概要を反芻した。
ベン・ネビスに登頂した十代の少年少女五人と引率の保護者一人が行方不明になった。
ベン・ネビスはブリテン諸島で最も高い山だが、その標高は4400フィートに過ぎない。
だが、それでも山は山だ。
山は基本的には人を遠ざける自然の創造物であり、だからこそ信仰者たちは切り立った岩山に修道院をたて、修験道者は山に籠って悟りに至ろうとした。
ベン・ネビスは高さこそ大したことは無いが頻繁に霧がかかる気候と入り組んだ地形のせいで遭難事件が絶えない。
1999年は近年でも最悪の都市で、41人がレスキュー隊に救助され4人が死亡している。
そこまでならば警察とレスキュー隊の範疇に収まる事件で済んだ。
問題はその後だ。
一か月ののち、五人の少年少女のみが突如として故郷のコッツウォルズの村に帰って来た。
五人の少年少女はピクニック感覚で出かけたため碌な装備も持っておらず、引率した保護者もベン・ネビスを侮っていたのか大した準備をしていなかった。
一週間生き延びるのする困難な状況にも関わらず彼らは一か月後に戻ってきた。
そして助かった理由を誰も説明できなかった。
正確には誰も口にしなかった。
五人の少年少女は帰還の後、極端に無口になり何も話そうとしなくなったのだ。
説明不能な少年少女の帰還――我々非常識側の人間ならばこの事態についてこう考察する。
「魔術が関わっている」と。
「それで、数いる便利屋魔術使いの中から僕が選ばれた理由は?」
「正確にはお前はサポートだ。相性を考えるとお前がベストな選択と判断した」
彼はそこまで言うといつものように不機嫌を顔面に張り付けた渋面でブラックティーを啜った。
「この事象に関して可能性がありそうな分野に強い人物を呼び寄せた」
「その人物とは?」
「日本人の魔術使いで
そのような人物は私の知る限り一人しかいない。
「そろそろ来るはずだ」
タイミングよくノックがあった。
ウェイバーの「入れ」という返答と共に一人の男が入ってきた。
六フィートのがっしりとした体格に大きな顔の傷跡。
魔獣の毛皮で作った一点もののレザージャケットを羽織り、血と火薬のにおいを漂わせている。
私の予想した通りの人物だった。
「やはり君かシシゴウ」
「マクナイト」
彼は凶悪なご面相に屈託の笑顔を浮かべ私に歩み寄った。
「ヤクザスタイルからギャングスタイルにイメージチェンジか?ここに来るまで何回警察に呼び止められた」
「相変わらず遠慮の無い野郎だ」
私と
〇
彼は私と同じ魔術使い、「同類」だ。
魔術に拘泥せず、必要ならば近代兵器も現代技術も使う。
真っ当に戦って勝てないなら不意打ちも謀略も厭わない。
戦いになれば綺麗に勝つことは考えず、噛みついてでも息の根を止める。
そういうタイプの「現実主義者」だ。
彼との出会いはよく覚えている。
正確な年は忘れたが五年ほど前のことだ。
神秘薄い北米大陸に「特異点」と呼ばれる地方都市がある。
そのスノーフィールドという地方都市はシアトルやシャーロットと大差ない、アメリカにいくつかあるそこそこの規模の都市だ。
だが、この無個性なそこそこの都市には一部の人間――魔術師にとって特別な意味がある。
霊脈だ。
それも自然に発生したものではない、アメリカ政府の一部が魔術師と手を組んで創りあげた人口の霊地だ。
故に神秘薄い北米大陸に位置するにも関わらずいかがわしい事件が後を絶たない。
「アンドリュー。アンタ、日本語話せたよね?」
スノーフィールドで死霊が大量発生する事件が起きた時だ。
現地の警察署長で、魔術師でもあるオーランド・リーヴは「数が必要」と判断し、自由に動ける我々フリーランスの魔術使いに事態収取の協力を依頼した。
その時、リーヴに委託され、現場指揮を執っていたのがニューヨークを拠点にする魔術使いのアンナ・ロセッティだった。
彼女は我々同類の中で、魔術においても戦闘においても頭一つ抜き出た存在で、誰も彼女が指揮を執ることに異論を挟まなかった。
「ああ。君の英語よりも上手いぞ」
私は彼女の問いにウィットをこめて答えた。
「そりゃ悪かったね。私はアメリカンは得意だけどイングリッシュは縁が無くて」
彼女は肩をすくめて私のウィットを受け流した。
その時集まったハンターたちの中に二人だけ日本語を解する者が居た。
一人は私で、もう一人が獅子劫だった。
それが彼との出会いだ。
私は彼と組み、大量発生した死霊を片っ端から駆除して回った。
彼の強さは壮絶だった。
ソードオフしたショットガンを主武装に使い、攻撃魔術にも長けている。
何より戦い慣れしており、彼のような人物に背中を任せるのは実に楽な作業だった。
お互いに出自が似ており、同じ言語を解することから彼とは早い段階で打ち解け、事態が収拾して引き上げとなる前に酒を酌み交わした。
いくらかアルコールが回ったところ、私は彼に気になっていた疑問をぶつけた。
「君ほどの術者ならば行動を共にして気づいただろうが、僕は術師としては器用貧乏だ」
彼は答えた。
「そうだな。だが、お前さんはかなり優秀だ」
「ありがとう。そう言われると悪い気はしないな。
それで、器用貧乏なアンドリュー・マクナイトだが解析だけは自信があってね。
――君の体から絶えず強い違和感を感じる。どうにもならないかもしれないが、同類の誼だ。解析しても構わないだろうか?」
彼は屈託のない笑顔を引っ込め、真剣な面差しになった。
その面差しは三流のマフィアならば腰を抜かしそうなほどに凶悪だった。
「いいぜ。何かの役に立つかもしれない」
彼はしばし考えたのちに答えた。
私は精神を整え彼の肩に手を置いた。
細く糸のように依った魔力を通す。
私の得意とするやり方だ。
解析を始めた私は――程なくして言葉を失った。
彼は私の挙動から悟ったらしい。
私が彼の肩からそっと手を離すと言った。
「……そうか」
以降、私と彼は時折連絡を取り合う仲になった。
しかし、その時に解析したものを話題にすることは二度となかった。
〇
ウェイバーは私と獅子劫に資料を渡し、魔術協会として調査を依頼したいという旨を伝えた。
私も彼と組むのに異存は無かった。
「彼が居るならば心強い。よろしく頼む」
私は獅子劫に手を差し出し、我々は再びがっちりと握手を交した。
オマケ
唐突に思い付いたネタ。
お題は「ワカメのサーヴァントがメドゥーサさんではなくカルナさんだったら」
場面は学校の結界を士郎と凛が見つけるところです。
〇
士郎「この結界はお前の仕業か、慎二」
ワカメ「だったら何だって言うんだよ。衛宮」
カルナ「それは濡れ衣だ。セイバーのマスターよ」
士郎「?」
凛「?」
セイバー「?」
カルナ「シンジにそんな能力があるはずがないだろう。
シンジに出来るのは出来もしないことを大言壮語してわめきたてることだけだ」
シンジ「……」
カルナ「セイバーのマスターよ。お前からは微弱な魔力しか感じないが、シンジはお前以下の魔術師としては最底辺の存在だ。サーヴァントであるオレが保証する」
ワカメ「(ワナワナ)」
凛「(ボーゼン)」
セイバー「(ボーゼン)」
士郎「……お前、どっちの味方なんだ(困惑)」
カルナ「なぜそれを問う?オレはシンジのサーヴァントだ。シンジの味方に決まっているだろう」
〇
カルナ「シンジ、一時撤退だ。あのセイバーは一級の英霊だ。今のオレでは分が悪すぎる。お前の魔力供給はヘボすぎて論外だ」
ワカメ「お前はいちいち一言多いんだよ!」
カルナ「戦闘において状況を把握するのは重要なことだ。お前の魔力が話にならないのは承知のはず。実体化するだけで精一杯だ」
ワカメ「駄目だ!衛宮のサーヴァントに負けるなんて許さない!」
士郎「……おい、慎二。なんかランサーが驚愕してるぞ」
ワカメ「おい!ランサー、なにボケっとしてるんだよ!いいから戦えよ!」
カルナ「……シンジ、お前は勝利するつもりだったのか?」
ワカメ「はぁ!?お前なに言ってるんだよ!」
カルナ「……お前が偽臣の書を手にしてマスター権を主張しているのは、迂遠な自滅の為ではなかったのか?」
士郎「(ボーゼン)
凛「(ボーゼン)」
セイバー「(ボーゼン)」
カルナ「オレはてっきり敢えて自滅することでサクラの負担を軽減しようとしているのかと思っていた。
すまない。オレの深読みだったようだ」
士郎「(ボーゼン)
凛「(ボーゼン)」
セイバー「(ボーゼン)」
〇
カルナ「シンジ、やはり今のオレでは分が悪すぎる。そこで提案だ。お前も戦闘に参加してくれ」
ワカメ「ハァ!サーヴァントと戦えってお前、正気か!?」
カルナ「いいや、オレは知っている。お前には隠された力があることを。
そうなのだろう?闇の魔剣士シンジよ」
凛「(プッ!)」
士郎「(プッ!)」
セイバー「?」
ワカメ「ハ…おおおおまえななななにを……」
カルナ「お前こそ何を言っている?オレはサクラとお前の部屋を掃除しているときに見つけたノートに書いてあった事実を口にしているだけだ。
どうした、闇のダークフレイムマスター?お前は暗黒神アンブロジアに権能を授けられた魔剣士なのだろう?
この『頭痛が痛い』みたいな名前にどのような意味があるのかは知らないが、よほど強力な権能なのだろう?」
凛「(プルプル)」
士郎「(プルプル)」
カルナ「『グレート・デス・クロー』と『エターナル・フォース・ブリザード』がどのような一撃かは知らないが、そのような奥の手を隠し持っているとはオレも鼻が高い」
ワカメ「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
〇
以上、オマケの一発ネタでした。
続きません。
アンドリューと獅子劫さんは相性が良さそうという妄想から生まれたエピソードです。
次回、後編です。