Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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前回のオマケ。こぼれ話です。
式、誕生日おめでとう。


Happy birthday my old friend

 

 記録的な大雪で両儀家の想定外の連泊をすることになった望まぬ二日目の夜。

 食事を終えた私はこの家の家主である両儀式の愛娘、両儀未那と談笑していた。

 私と彼女の談笑を彼女の両親――素晴らしき夫婦である両儀式と両儀幹也――は少し離れた食卓で眺めていた。

 

 私は未那に望まれるまま、食卓から少し離れたソファに連れ出された。

「談笑ならご両親も一緒の方がいいのでは?」と私は提案したが、「パパとお母さまの聞こえるところにいたらナイショ話ができないです」と拒否した。

 なるほど、一理ある。

 

 未那は私が訪れた土地の話を聞きたがったので望むままに話して聞かせた。

 生まれ故郷の香港の肌に絡みつくような蒸し暑さ、真冬のストックホルムの凍えるような寒さ、ドゥブロブニクの城壁からみた旧市街の美しさ、

カトマンズの混沌としたエネルギー……。

 未那は良い聞き手だった。私は元来おしゃべりな質だが、相手が仏頂面よりも彼女のように表情豊かに聞いてくれたほうがより饒舌になる。

 

 彼女はひとしきり私が訪れた土地の話を聞き終えると、恐らく彼女の望む本題――ナイショ話――に踏み込んだ。

 

「アンディさんは、パパとお母さまのお友達なんですよね?」

 

 私は少し考えてから答えた。

 

「そうだな。火急の用もないのに呼び出して食事を振舞い、寝床を貸し出すような関係は普通『トモダチ』と呼ぶだろうね」

 

「どのくらいのお付き合いなんですか?」という矢継ぎ早に繰り出される問いに私はまたしても少し考えてから答えた。

 

「やり取りが途絶えていた期間があったし、正確な年は忘れたが初めて会ってからという意味であれば10年は経っているね」

 

 自分の発言を反芻して思い出す。私と両儀夫妻を引き合わせたのは目下行方不明の蒼崎橙子だった。

 橙子が私と素晴らしき夫婦――当時はまだ交際すらしていなかったが――を引き合わせ、橙子が度々もってくる厄介な案件が両儀夫妻と私の関係を維持させていた。

 

 橙子が失踪してから行き来が途絶えていたが、行き来が復活した理由は私が橙子の消息を探りに来た時だった。※

 つまり直接的に縁を結んだのが蒼崎橙子ならば、途絶えていた関係を間接的に復活させたのも蒼崎橙子だった。

 人生とは因果なものだ。

 

 私の回答に対し、未那は悪戯っぽい笑顔を浮かべ、両親の方に視線を送った。

 未那の視線の先で素晴らしき両儀夫婦は食卓で日本茶を啜っていた。

 二人の間に会話は無かったが険悪なムードは全くなかった。

 長年連れ添った二人だからこそできる芸当だろう。

 二人はこちらの様子をまったく気にしていていないようだった。

 言い換えると完全に二人の世界に入っていた。

 未那は両親がこちらに関心を払っていないのを確認すると、「ナイショ話」に踏み込んだ。

 

「アンディさんの知ってるパパとお母さまの話、聞かせてください!」

 

××××××××××××

 

「だって式はかわいいじゃないか」

 

 きっかけは何気なく放たれた問だった。

 

「君はシキのどこが好きなんだ?」

 

 十年近く前のことだ。

 私は免許を取りたての幹也に付き合って橙子から借り受けた悪趣味なカラーリングの車の助手席に座っていた。

 

 当時の私は別件の対応のために長期で東京に滞在していた。

 橙子の気前の良い友人――もとい都合のいい便利屋である私はもののついでに幹也の運転技術向上の指南役にされていたわけだ。

 私の生まれ育った香港も少年期以降のホームグランドとなった英国も日本と同じ左側通行右ハンドルだ。

 英国特有の円形交差点(ラウンドアバウト)が無いことを除けば幸いなことに勝手はさほど違わなかった。

 

 「くれぐれも事故を起こしてスクラップにしたりするなよ」と彼女は宣っていたが、事故など起こさずとも遠からずスクラップになりそうなぐらい彼女の愛車は酷い状態だった。

 いっそ事故でスクラップにしたら持ち主本人もせいせいするのではないかと思うほどだった。

 

私が何気ない問いを放ったのはそのスクラップ寸前の悪趣味なカラーリングの車で助手席に体を押し込めていた時だった。

 

()()()()

 

 私は彼の言葉を反芻した。

 

「『()()()()』、と言うのは()()()()()()』か?」

 

 幹也は「何を言っているかわからない」という風情でポカンとしたがいつも人畜無害な微笑に戻った。

 

「君がどういう意味で僕の言葉を繰り返したのかわからないけど『かわいい』は『かわいい』だよ。

いとおしさを表現する時に使う言葉だね。一般論だけど」

 

 私は頭を振って答えた。

 

「それは分かっている。僕は日本語にはかなり自信があるからね。実際、僕の日本語は正しく君に通じているようだし、君の言っていることも理解できる。ただ一点、『シキがかわいい』というところを除いてね。

悪いがそこだけよくわからない。君の言う『かわいい』を具体な例を挙げて説明してもらえないか?」

 

 私がそう言い終わるや否や彼の口からは矢継ぎ早に「いかに式が可愛いか」を表す言葉が飛び出してきた。

 幹也の口から淀みなく飛び出してきた式を賞賛する言葉はまるで惚気――というよりも惚気そのものだった。

 

 式は人目を惹く容貌をしている。容貌という一点に限れば彼の言うことも納得いったが、彼の話は明らかに式の内面にまで及んでいた。

 

 なぜこのようなつまらないことを覚えているのかわからないが、その時、幹也の運転する車はイケブクロの東口近辺を走っていた。

 賑やかなイケブクロの繁華街を行き交う人、すべてが幹也の事を怪訝な表情で見ているように私は感じた。

 

「ミキヤ……僕は君のことは好きだが、君の事が本気でわからないよ」

 

 幹也の惚気話に眩暈を感じながら、私は感想を述べた。

 

「君もいつかわかるよ、アンドリュー」

 

 幹也はあっさりとそう回答した。

 

   〇

 

 その翌日。

 私は橙子に呼び出され、「式と一緒に巫条ビルに言って欲しい」と要請された。

 

 私は彼女から仕事を依頼されたことが何度かあったが約束の報酬が支払われたことは一度もなかった。

 当然、私は拒否の意思を表明した。

 彼女は勿論、私の反応を予測済みだった。

 そして意外なことを言った。

 

「私が自分で行くつもりだったが、式がお前をご指名なんだ」

 

 要件は巫条ビルの状況確認だった。

 かつて巫条ビルでは何の前触れもなく人が自殺するといういかがわしい事件が起きていた。

 その根本の原因は取り除いていたがまだ何かが残っているかもしれない。

 その「何か」の為に橙子は念のため調査に赴く予定だった。

 用心棒として式を連れて行くつもりだったが、橙子の要請に対して式は「アンドリューを呼んでくれたら行く」と答えたとのことだった。

 

「この調査はあくまで『念のため』だ。術者としてのお前は私の足元止まりの存在だが、その程度なら十分だろ。

荒事になれば式がいる。式は腕は立つが魔術はからっきし。お前も腕にはそこそこ自身があるだろうが、荒事は式に任せて調査に専念した方が楽だろ?

礼にお前の義手のメンテナンスぐらいはしてやる」

 

 「それは僕の得になっているのか?」と答えようかと思ったが、式がわざわざ私を指名したことに好奇心を感じた。

 よって私はその要請を引き受けることにした。

 

 調査はあっさり終わった。

 正確にはわざわざ調査するほどの必要性も無かった。

 巫条ビルにあったのは荒涼とした廃墟と微かに残った巫条霧絵の残留思念のみで、それはわざわざ祓う必要もないような代物だった。

 

 気だるそうな仏頂面で私の後をついてくる式に私は「帰ろう」と提案した。

 

「ほら、くれてやるよ」

 

 ぶっきらぼうな言葉と共に私の背から丁寧に包装された箱が渡された。

 私は驚きと共に渡された箱を眺めた。

 

「君に以前、切り落とされた僕の小指でも入ってるのか?」

「莫迦かお前は。いつ、オレがお前にケジメつけさせたんだよ」

 

 物を贈られる理由が全く分からなかったため、私は式に説明を求めた。

 彼女にその日の日付、「2月14日」を言われ、ようやく理解した。

 

「成程、この国ならではだな。ありがたく頂戴するよ」

 

 今度は彼女が首を傾げる番だった。

 私は説明した。

 欧米諸国ではバレンタインデーでチョコレートを渡す側と受け取る側が逆、ということ。

 義理チョコという習慣がないこと。

 彼女はいつもの仏頂面で「ふぅん」と気のない相槌を打っていた。

 

「なあ、お前にこういうことを聞くのは不本意だけど……」

 

 式はそう言いながら私から露骨に視線を逸らした。

 

「幹也、喜ぶかな」

 

 その時の式の横顔は――意外なことに年頃の恋する少女にしか見えなかった。

 

 「ミキヤ……君は大した男だな」私は心中でそう呟きながら、式に心底からのアドバイスを贈った。

 

「チョコもいいが意表をついてナイフを渡したらどうだ?『殺したいほど愛してる』というメッセージ付きで」

 

 式は心底からため息をついた。

 1990年代最大級のため息だったに違いない。

 

「削ぐぞ?」

 

 その件の翌日、私は思いがけず案件を解決し終わり日本を去った。

 バレンタインデーの三日後は式の誕生日だったので、私なりのお返しをするつもりでいたが結局その時は機を逃してしまった。

 彼女へのお返しは結局十年越しで果たされることになった。 

 

××××××××××××

 

 私のとっておきのエピソードを未那は終始笑顔で聞いていた。

 やはり彼女はいい聞き手だ。

 

「この話はご両親の前ではするなよ。一発で情報ソースが僕だとバレてしまうからね」

「はい。よくわかりました。アンディさん」

 

 そこまで話したところで式が近づいてきた。

 

「未那。そろそろお休みの時間よ」

 

 気づくと時計の針が十時を回っていた。

 

「すまないね。少々長い話になってしまった。君のようないい聞き手には望む限りいくらでお話をしてあげたいのだが、成長に障ると良くない。お休み、お姫様」

「はい。おやすみなさい。アンディさん」

 

 彼女は式に手を引かれ、踵を返した。

 

「アンディさん」

 

 去る前にこちらを振り返って言った。

 

「また、お話聞かせてくださいね!」

「ああ、いいともお姫様」

 

 私と未那が言葉と一緒に交した意味深な笑みを式が怪訝な顔で見ていた。

 未那の手を引いていく式の背に私は聞こえないような微かな声で呟いた。

 

「ハッピーバースデイ」

 

 彼女は背を向けたまま去って行った。

 

※エピソード『Tokyo revisited』を参照ください円形交差点(ラウンドアバウト)




2/17は式の誕生日。
FGOでは空の境界の復刻イベント。
色々重なって思い付いてしまいました。
次はまたイギリスに戻ります。
では、また

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