Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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今回でこのエピソードは完結です。


共闘

 エミリーに教えられた住所はカナリーワーフにある30階建ての高層ビルだった。

 こんな場所で堂々とヤクを作るとは確かに誰も考えないだろう。

 

 あの電話の後、運よく凛の都合がつき、即座に合流した。

 凛に結界の解析を依頼した私は、

 目的の建物の隣にある40階建て高層ビル屋上に陣取り、偵察を開始した。

 

 私は、貸倉庫から取り出してきたお宝をバッグから取り出した。

 

「それは?」

 

 私が取り出した、近未来的形状の物体を見て、凛が疑問を呈する。

 

「サーモグラフィーカメラだ。

物体の持つ熱エネルギーが拡散する赤外線を捉え、

赤外線の波長分布を画像化してくれる」

 

 凛は分かりやすすぎるほどにポカンとしていた。

 本当に表情が豊かだ。

 彼女は明らかに私の言ったことを1インチたりとも理解できていない。

 

私が先日話した印象では、遠坂凛という少女はかなり聡明な人物だったが、

やはり魔術師らしい。

魔術師には電子機器に関する理解力が乏しい人間が多い。

 

 彼女も御多分にもれず、機器の話をされるとアイルランド人並みに阿呆になってしまうようだ。

 

「……never mind<……忘れてくれ>」

「……ええ、そうね

それで、私は結界を解析すればいいのね?」

「ああ。

こちらはこちらの方法で偵察する」

 

 私は気を取り直し、カメラを覗き込んだ。

 

 認識阻害魔術で、人間の知覚は狂わされている。

 魔術を使って五感を強化しても結果は変わらない。

 

 だが、機械は違う。

 

 認識阻害魔術では生物の発する熱エネルギーまで遮断することはできない。

 

 サーモグラフィーカメラで壁越しに調べられるのは人数と、大まかな動作ぐらいだが

熱探知の効果は数100フィート程度まで及ぶ。

 

 偵察にはもってこいだ。

 

 15階に10数人、座り仕事。

 動きからして金勘定をしている。

 16階に数人、座り仕事。

 ドラッグの精製と思われる。

 ――そして、17階に1人。

 

「リン、熱探知の結果はミケルセンがビル17階を工房にしていることを示唆している。

そっちはどうだ?」

「あなたの見立て通りだと思うわ。

結界の起点は17階。

大体解析も出来た。」

「もうか?

やはり君の魔術師としての性能はケタが違うようだね。

僕なら術の解析だけでも君の倍は時間がかかっているだろう」

 

 一通り必要な情報をそろえた我々はオフィスビルを後にした。

 

×××××

 

 オフィスビルを出た私と凛は、カナリーワーフ駅近くのカフェにいた。

 

 昨日に続き、珍しく天候は麗しく、陽射しが気持ちよかった。

 

 私は凛とテラス席でブラックティーを飲みながらサンドイッチをかじり、

彼女から解析結果を聞いていた。

 

 計画に支障なし、天気も完璧。

 パーフェクトな昼下がりだ。

 

 ただ1つの問題はそのサンドイッチが恐ろしく不味かったことだ。

 スモークサーモンとオニオンのサンドイッチだったが、

オニオンからは、石畳の隙間に生えている雑草のような味がし、

サーモンからはサーモンではなく死んだ子供の指のような味がした。

 

 凛も同じものを注文していたが、彼女は半分を残し、それ以上の挑戦を諦めていた。

 

「……何これ。どう味付けしたらサンドイッチをこんなに不味く作れるの?」

「リン。

この国には料理の味付けに対する概念が2種類しか存在しない。

味があるか、無いかだ」

「……食材に対する冒涜ね」

 

 私は我が国の食文化の貧困さを遺憾に思いながら、尚も挑戦を続けていた。

 

「finished?<終わりかい>」

 

 50がらみの男の店員が、手の進まない私を見て声をかけた。

 

「I'm trying<頑張っているところだ>」

 

 私がそう言うと、男は豪快に笑いながら私の背中をバンバン叩き

――不味いという自覚があるらしい――去って行った。

 

 短いウィットに富んだスモールトークが終わると、

 私は実務的な話の締めくくりを凛にすることにした。

 

「リン、ありがとう。

君の迅速な解析のおかげで仕事が迅速に済みそうだ。

後は任せてくれ」

 

 私はそう言うと、報酬の話に移ろうとした。

 しかし、彼女は私に同行し、自分で結界を解除することを強硬に主張した。

 

「私、中途半端って嫌いなのよね」

「君が極めて優秀な魔術師で、身を守る程度の術を備えていることぐらいは分かってる。だが、僕の稼業はそれなり以上に危険なものだ。

大人として忠告する。

止めておけ」

 

 尚も私は彼女の説得に努めたが、

 同行することを強硬に主張する凛の説得を結局あきらめた。

 

「ねえ、アンドリュー。

一般人に被害を出すなんて素人のやることよ。

そんなことをする奴は問答無用でぶっ倒してやらないと気が済まないわ」

「……わかった。ただし、荒事は僕が引き受ける。

戦闘の必要が仮に発生したとしても、君は自分の身を守ることに徹しろ、いいな?」

 

 彼女は微笑むと言った。

 

「分かってるわよ。

私、そんなにバカでも無謀でもないわ」

「まったく。

君は魔術師らしいのか、らしくないのかよくわからない人物だな」

 

 私は、凛とこの後の手はずについて話し、解散した。

 

×××××

 

 翌日、深夜。

 私と凛は前日に張り込んだオフィスビルの屋上にいた。

 

 英国は1日に四季を感じられるほど昼夜の寒暖差が激しい。

 高層ビルの屋上には夏の深夜の冷たい空気がビル風に乗って吹きすさんでいた。

 

 眼前には眠らないこのヨーロッパ随一の大都市が煌々と光を放っている。

 

「このこと、シロウには言ったのかい?」

「ええ、勿論」

「良く彼が君を行かせたな」

「あら?アンドリュー。

あなた、士郎が私に勝てると思ってたの?」

 

 女は魔性だ。

 

「いいや。

男は女に口喧嘩では勝てない。

真理だな」

 

 私は手持ちの装備を改めて確認すると言った。

 

「準備はいいかい?」

「ええ。行きましょう」

 

 まっとうな魔術師相手の戦いは速攻が一番よく効く。

 グールド名義のオフィスはビルの中層階にある。

 

 私たちは身体能力をギリギリまで強化すると助走をつけ、

センターサークルからドリブルで一気にゴールに迫るマイケル・オーウェンのごとく

隣のビルめがけて飛び出した。

 

 フリーフォールと加速の衝撃を全身に感じながら、重力制御魔術で高さを調節し、

私が弾丸でぶち破った窓から突入する。

 

 ――着地成功だ。

 

 体制を直しながら凛が言う。

 

「これが、あなたの仕事?いつもこんな危険なことしてるの?」

「体が慣れてしまってね。

――どうやら、お出迎えのようだ」

 

 目的のオフィスは真っ暗で、完全なる闇が広がっていた。

 しかし、フラッシュライトを当てると、奥からラヴクラフトの小説のワンシーンがごとく、吐き気を催すような物体が近づいてくるのが分かった。

 

 グールの大群だ。

 こんなものがオフィスビルの最上階に潜んでいるとは。

 下のテナントたちはいい迷惑だろう。

 

「リン、君は結界を解くことに専念してくれ。

荒事はすべて僕が引き受ける」

 

 そう言い終わるや否や、私は9mmパラベラム弾を掃射した。

 

 しかし、数が多い。

 しかも、思いのほか頑丈だ。

 強化した9mm弾の効きがあまりよくない。

 

「肉体に強化を施したか」

 

 私はラリー・マレン・ジュニアのドラムプレイのごとく、

フルオートで弾丸をばら撒き、空になったロングマガジンをマガジン自体の重みを利用して振り落すと、変えのマガジンをポケットから引き抜こうとした。

 

 その時、

 

「ああー!もう、じれったい!」

 

 という怒声と共に、私の頭上を投擲された何かが通過していった。

 

「アンドリュー、下がって!」

 

 続けて発せられたその一言で事態を把握した私は、バックステップを踏むと

咄嗟に障壁を展開させて衝撃に備えた。

 

 赤い閃光が走ったその1瞬の後、私の眼前にいたグールの群れは霧散していた。

 

「いいのか?高価な宝石を使って?」

「そう思うなら、後でもっといいのを買って。

今、結界を解くわ」

 

 彼女はそう言うと、床に手を当て、何節か詠唱をした。

 

 オフィスを覆っていた真っ暗闇が晴れていく。

 暗闇の奥から金髪に長身の大男が現れ、こちらを鋭い眼光で睨みつけていた。

 

 私は銃口を向け、言った。

 

「アーベル・ミケルセンだな?」

「下賤な魔術使いめ」

「何が下賤かは立場によって変わるものだと思うがね、僕は」

 

 ミケルセンは憎々しげに言った。

 

「ヤク中のゴミを実験台にして何が悪い?

魔術の発展とゴミの命、貴様にはその程度の天秤の傾きもわからないのか?」

 

 ――このゲス野郎め。

 私が、一発お見舞いしてやろうと足を踏み出すと、すでに別の人物が私より早く飛び出していた。

 

 その人物、遠坂凛はミケルセンの鳩尾に拳を叩き込み――

哀れミケルセンは反吐を吐いて蹲った。

 

「八極拳か。

―遠坂家の家訓は『常に余裕をもって優雅たれ』だと聞いた覚えがあるが、

その伝統は君の代で途絶えたのか?」

「見損なった?」

「見直したよ。ゲス野郎に怒りを露わにできるのは君が正常な証拠だ」

「……心の贅肉ね」

 

 彼女は一人そうごちた。

 

×××××

 

 凛はミケルセンの魔力を封じて身体を拘束し、私はエミリーを呼んだ。

 エミリーは既に応援を要請しており、現場は防護服に身を包んだ鑑識員で埋まっていた。

 

「もういいだろう、出よう」

 

 私はそう、凛に声をかけビルを降りた。

 

 再開発の進むカナリーワーフはテムズ川に面している。

 19世紀には垂れ流しにした汚物で異臭が発生したいわくつきの場所だが、夏の夜風は中々に気持ちよかった。

 私は報酬を渡す手はずを彼女に伝え、見送った。

 

「それじゃあ」という彼女の背に私は声をかけた。

 

「そうだ。リン、この前、言い損ねたことがある」

「何かしら?」

「シロウから目を離すな。

彼の行動原理は危うい。

彼には君が必要だ」

「ええ、わかってるわ」

 

 そう言うと彼女は、私が呼んだブラックキャブに乗り込み、現場を後にした。

 

 オフィスからは予想通り大量のメタンフェタミンが押収された。

 グールドは不在だったが、彼名義のオフィスからこんなものが見つかればどんな判事でも逮捕状を出すだろう。

 ミケルセンも共犯扱いになるに違いあるまい。

 

 私はテムズ川の夜風に吹かれながら紫煙を燻らせていた。

 手の空いたらしいエミリーが彼女もタバコを片手に建物を出て歩み寄って来た。

 

「お疲れ様」

「どうも」

 

 彼女はブラックコーヒーのカップを私に手渡して言った。

 

「気が利くね。そういう女性とはぜひ、一晩を共にしたい」

 

 エミリーは曰くありげな微笑みを浮かべるだけで、何も言わずコーヒーを一口啜った。

 

「ねえ、アンドリュー」

 

 彼女は私に視線を向け直し言った。

 

「何だ?エミリー」

「あなた、今回の顧問料、全額彼女に渡すつもりでしょう?」

「何を根拠にそう言ってる?」

「女の勘」

 

 彼女の眼はしっかりと私を見据えている。

 ――やはり女は魔性だ。

 私は諦めて言った。

 

「君の勘は超常現象だな。

そうだ。必要経費以外すべて渡す気でいる」

「あの子のことが気に入った?」

「概ね正解だ」

 

 私は紫煙を吐き出すと言った。

 

「やはり前言は撤回だ。

勘の良すぎる女性は苦手だ」

 

 エミリーはクスクスと笑いながら言う。

 

「最初からそんな気、無いくせに」

「君は良い相棒だが、

君のそういうところはどうにも苦手だな。エミリー」

 

 私は、根元まで吸い尽くしたリッチモンドを足元でもみ消し言った。

 

「さすがに眠い。

お暇するよ」

 

 そう言うと、私は踵を返す。

 その背中にエミリーが声をかけた。

 

「お休み、アンドリュー」

「ああ、君もな、エミリー」

「冗談、私はこれから仕事よ?」

「そうだったな。

では、go for it<頑張れ>、エミリー」

 

 私は踵を返すと足早に今夜の寝床へと歩みを進めた。

 




エピソード完結です。
至らぬ点もあったかと思いますが、最後までお読みいただきありがとうございます。
次回から2,3回の予定で『空の境界』とのクロスオーバーエピソードをやります。
更新は少々お待ちを。

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