Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後編。
冬木です。
原作のあの人とあの人っぽいのが出てきます。


残滓

 雪は降り続き、結局私は両儀家にもう一日ご厄介になることになった。

 滞在がもう一日延びたことを未那も幹也も喜んでくれた。

 式はどうだかわからなかったが、幹也が言うには「式も嬉しそう」らしい。

 私にはそう見えなかったが彼が言うのであればきっとそうなのだろう。

 

 私の瞼には明け方に見たあの「式ではない式」の姿が焼き付いていた。

 朝食の席についた式は私の知っている式だった。

 式はいつものように気だるそうな仏頂面で箸を動かしていた、

 私はあのたおやかな物腰の「式ではない式」よりも、いつもの粗暴な式の方に安心を覚えている事に気づいた。

 

 鮮花が出勤し、未那が学校に出かけている間(この大雪でも登校、出勤するところがいかにも日本らしい)、私は惰眠で睡眠不足を補おうとしたが、

この邸宅がその筋の人間の巣窟であることを思い出し結局あまり眠れなかった。

 

 未那が戻ると、私は書物を好む彼女のために何冊かジュブナイル向けの本を渡した。

 英国は小説がとりわけ進歩した国だ。児童向けの物語も充実している。

 彼女は『トムは真夜中の庭で』を特に気に入ったようだった。

 私のような荒んだ壮年も感じ入る素晴らしい物語だ。

 

「老婆と少年の間に絆が芽生えるのだから、年の差というものは時に問題にならないのだろうな。

君とミツルのように」

 

 私が余計な感想を漏らすと彼女は

 

「光溜さんのことも好きですけど、私、アンディさんのことも好きですよ!」

 

 とありがたい言葉をくれた。

 背後から式の殺気を帯びた視線が突き刺さっていた。

 

××××××××××××

 

 雪がやんだ翌日。

 私は絵に書いたようなマフィア専用車、ベンツSクラスW221の後部座席に式と幹也の素敵な夫婦に挟まれる形で押しこまれていた。

 彼女の「駅まで送ってやる」という提案に従った結果だ。

 幹也がいい緩衝材になってくれたおかげで我々は珍しく和やかな雑談に興じていた。

 しかし、その間も私の脳裏には前日の早朝に垣間見たあの「式ではない式」の姿が去来していた。

 

 駅に到着し、車を降り立つ。

 

 ――彼女は――式は、あの「式ではない式」のことを知らないようだった。

 

 彼女の中にはかつて「織」という別の人格がいたそうだが、「織」は消滅した。

 であれば、あの「式ではない式」は式も織も知らない別の存在なのだろう。

 

 私は何と言おうか迷った末に――思った通りのことを言うことにした。

 

「君がなんであろうと、君は君だ。そのままでいるといい」

 

 私が皮肉以外の事を行ったのがよほど意外だったのか。

 式と幹也は仲良くポカンとしていた。 

 しかし、式はすぐにいつもの仏頂面に戻ると、今度は苦笑を浮かべた。

 

「余計なお世話だ」

 

 私は暇を告げ、東京を後にした。

 

××××××××××××

 

 新幹線に乗り込み、東京から新神戸に向かう。

 さらにローカル線に乗り換えて一時間。

 

 私は西日本の地方都市、冬木に降り立った。

 

 日本人は口々に「日本は狭い」というがそれは違う、と私は思う。

 日本人の脳内にはある種のコンプレックスの的である米国や隣国の中国のイメージがあるようだが、

米国や中国が広大なだけであってに日本は決して狭くない。

 実際に国連加盟国の中でも日本の国土面積は広い部類に入る。

 

 私は多くの国に赴いた経験があるが、大抵の国と比べても日本の国土は広いと感じるし風土も豊かだ。

 明確な地域性もある。

 

 この冬木市と同等規模の地方都市は日本にいくつか存在するが、博多とも札幌とも明確に異なる個性がある。

 

 だが、今、何より重要なのは冬木という街は日本でも有数の霊地であり、早くから諸外国に開かれていた影響もあって多くの魔術師が移住していることだ。

 この街は聖杯戦争という儀式が五度に渡って行われた地であり、西洋の魔術師たちにとっても知る人ぞ知る存在となっている。

 

前回はタクシーを使ったが、二度目の来訪であるため、今回は公共の交通機関を使う事にした。

 私の乗ったバスは東京の新宿あたりを何割かダウンサイジングしたという趣の新都の繁華街を抜け、静かな住宅街に辿り着いた。

 すでに夕刻から夜に差し掛かり、あたりには黒い帳が下りてきていた。

 

 前回、道に迷った経験から今回は詳細な地図をもらっていた。

 書いた人物の性格が垣間見える丁寧な地図だった。

 

 私は目的の武家屋敷に恙無く辿り着いていた。

 念のため表札を確認する。

 表札にはそこが「当たり」であることを意味する文字列「衛宮」の二文字があった。

 

 インターフォンを鳴らし、返事を待つ。

 正確に予定時間に辿り着いた私は即座な対応で迎えられた。

 バタバタと人が駆け込んでくる音がし、ドアが開いた。

 

「アンドリューさん」

 

 紫色のロングヘアーをなびかせて若い女性が出てきた。

 

「サクラ」

 

 彼女――間桐桜が今回の私の依頼人だ。

 

「経過は良好なようだね」

「ええ。色々ありがとうございました。

どうぞ入ってください。熱いお茶をお出ししますね」 

 

×××××××××××× 

 

 彼女から思いがけぬ連絡を受けたのはほんの一週間ほど前のことだ。

 いつものようにエミールのホテルで惰眠を貪っていると、モバイルフォンが鳴った。

 私の元には時計塔の講師からその筋の人間まで様々な人間が依頼を持ってくる。

 誰からの連絡でもさして驚きはしないが連絡を寄こしたのが桜だったのはちょっとした驚きだった。

 

 「……最近、変な気配を感じるんです」

 

 彼女は電話口でおずおずと語り始めた。

 

「嫌な感じとか、怖い感じっていうわけじゃないんですけど……誰かに見られているような、そんな気がして」

 

 彼女は人目を惹く容姿をしている。

 男から痛いほどの視線浴びても不思議ではない。

 「嫌な感じ」でも「怖い感じ」でも無いならばそれは誰かに好意を持たれているだけかもしれない。

 

 しかし、それと同時に彼女は魔術師でもある。その彼女が「変な気配」と言うからには本当に奇妙なことが起こっている可能性が十分にある。

 そして私の知る限り彼女は過剰な程に控えめな性格だ。

 つまらない理由で私のような「その筋」の人間に相談を寄こすと思えない。

 

「シロウかリンには話したか?」

 

 私は魔術師であり、桜に近しい人物である二人――衛宮士郎と遠坂凛の名前を挙げた。

 桜の答えは「いいえ」だった。

 

 ロンドンと冬木を往復するのは肉体的にも金銭的にも大きな負担になる。

 学生である二人に気軽に頼めないし、負担も心配も極力かけたくない。

 かと言って知らない人間にも頼めない。

 結果、フットワークが軽く彼女とも面識のある私が彼女の人間関係のプールから選出された。

 

「どうにか、お願いできませんか?その……大したお礼はできないですけど」

 

 言うまでもないが私の答えは「イエス」だった。

 私にも恩義や義侠心はある。

 

 私は「桜に頼まれた」という点を伏せて、「日本に行く用ができたので、希望ならば君の家の様子を見てくるが?」と士郎に告げた。

 士郎は丁寧な地図と「桜と藤ねえによろしく」という言葉で私を送り出した。

 

××××××××××××

 

 クロサワの時代劇にでも出てきそうな武家屋敷に通された私は桜に手料理を振舞われた。

 「士郎から教わった」という彼女の料理の腕は大したものだった。

 私はとっておきの賞賛の言葉――「子供の頃に祖父に連れられて行ったギンザの料亭より上」を贈った。

 桜の反応は笑顔と「ありがとうございます」という返礼だった。

 式に送った賞賛の言葉の使いまわしだったのだが、「人とは同じ言葉に対してかくも異なる反応を示すのか」と私は感じ入った。

 

 食事を終え、コタツ――人を堕落させる文明の利器――に閉じこもり、日本茶を啜る。

 

 素晴らしい体験だ。外国人観光客であれば確実にリピーターになることだろう。

 しかし幸か不幸か、私は外国人だが観光客ではない。

 

 一息つくと桜の案内で現場――衛宮邸――の探索を開始した。

 

 この武家屋敷の本来の主は衛宮士郎だが、彼は今ロンドンにいる。

 桜は昔馴染みである士郎に留守の間の家の管理を頼まれている。

 

 広い屋敷だ。

 

 来るのは二度目だが前回は一晩滞在しただけなので構造を把握するまでには至っていない。

 桜の案内があって助かった。

 

 私は桜の案内で邸宅を歩き回る間、解析の魔術を発動させ続けていた。

 

 この家を購入したのは士郎の亡き養父、衛宮切嗣だ。

 衛宮切嗣は「魔術師殺し」と呼ばれた私の世界では悪名高い存在であり、優秀な術者だった。

 もともと第四次聖杯戦争の拠点とするためにこの家を購入した切嗣はいくつかの結界を残していた。

 

 桜の治療で滞在した際、私と凛は元々の結界を解析し改良を施していた。

 

 この結界は侵入者を「排除」するのではなく「近づけさせない」という穏健な発想に基づいたものだ。

 そしてこの空間に近づいた人物の魔力を記録するように作られている。

 いわば結界の「ログ」だ。

 記録によると最近に明らかな侵入者の痕跡があった。

 その「ログ」は侵入者は邸内まで入らず、庭先から中を伺うにとどまっていることを指示しめしていた。

 そしてその侵入者は「見る」だけで結界を破ろうと奮闘した後すらなかった。

 

 私は思考を巡らせ――桜に問いかけた。

 

「タイガは何か言っていなかったか?」

 

 藤村大河は士郎の昔馴染みだ。

 桜と交代で衛宮邸の管理をしている。

 

「藤村先生ですか?いいえ、何も」

 

 私は「そうか」と答えた。

 

 次に遠坂邸に向かった。

 凛と姉妹に戻った桜は衛宮邸の様子を見る時以外は遠坂邸で生活をしている。

 

 まず間違いなくその「変な気配」の目的は桜だ。

 ここにも何か痕跡があるのではないかと思った。

 

「すみません。お役に立てなくて……」

 

 邸内を案内しながら桜は申し訳なさそうに項垂れた。

 彼女は遠坂という由緒正しい家系の血を引いているが、幼少期の事情で正当な教育を受けていない。

 潜在能力であれば私など足元にも及ばないはずだが、魔術の知識に関してはさっぱりだった。

 なので私は言った。

 

「とんでもない。君は十分役に立っている」

 

 そしてさらに肝心なことを言った。

 

「既に十分な助けをもらっているが、図々しくさらにお願いだ。

もう二つ頼みを聞いてくれ」

 

 

××××××××××××

 

「マトウカリヤ」

 

 私の言葉に影を動きを止めた。

 

「……の残留思念だな、正確には」

 

 影は何も言葉を発さなかった。

 

「第四次聖杯戦争の唯一の生き残りは僕の昔馴染みでね。今回の件はその絡みだろうと直感して彼から情報をもらっていた。

主に第四次聖杯戦争に参加したマスターの情報をね」

 

 前日の夜、私は解決のための仕込みをしていた。

 桜を遠坂邸に返し、衛宮邸で寝ずの番をして侵入者を待ったのだ。

 

 衛宮邸の結界には凛と私が新たに施した細工があるが、その一つが侵入者へのマーキングだ。

 私は自らの魔力をマーキングに使い、侵入者のトレースをした。

 

 効果は期待通りだった。

 結果、私はここ――聖杯戦争による多くの悲劇を生んだ冬木教会に辿り着いた。

 

 私は人目を避けて、深夜になるのを待ち侵入者――第四次聖杯戦争のマスターであり、最後まで桜を案じた人物、間桐雁夜の残滓と相対した。

 

 事前にアタリをつけていた私は間桐雁夜の写真を入手していた。

 目の前にいる辛うじて形を伴ったその影は在りし日の姿の面影を微かにとどめていた。

 

「種明かしをしよう」

 

 彼が会話を理解するだけの自我を残しているかは分からないが、彼は最後まで桜の身を案じていた。私は自分の行動をすべて明かすつもりだった。

 

「侵入者は明らかに『桜だけ』を気にかけていた。

それならば遠坂邸にも侵入の形跡があっておかしくないが、これも説明がつく。

あの家の結界は衛宮邸のような緩いものではない。

魔術師的な魔術師の思考で作られた堅牢なセキュリティーだ。

なりそこない魔術師の残留思念程度では覗き見すら敵わなかった。

だからサクラには、君をおびき寄せる間、遠坂邸に留まってもらった

昨夜、衛宮邸に近づいた君がサクラだと思ったのはサクラではない。彼女の髪を入れた藁人形だ。

この国の丑の刻参りでは呪術の道具として使われるが、これには形代としての効果もあってね。

要約すると人形がサクラの身代わりになったのさ」

 

 事が起こったきっかけは恐らく、桜に施術を施したあの時だろう。

 桜の心臓には蟲が巣食っていた。

 間桐臓硯がバックアップの肉体として利用するために仕込んだものだ。

 

 衛宮士郎の投影した宝具と日御碕御影の心霊医術。

 そして何よりも遠坂凛の献身的な努力により彼女の肉体は蟲から解放された。

 

 第四次聖杯戦争で間桐のマスターだった間桐雁夜は急造の魔術師で、聖杯戦争の直前までまともに魔術を扱えなかった。

 急場しのぎで魔術師に仕立て上げられた雁夜はその代償として全身を蟲に浸食されていた。

 

 彼は第四次聖杯戦争で命を失ったが、その意識が間桐の術式に絡めとられていたのだろう。

 

 蟲は臓硯の使い魔であると同時に肉体の一部でもある。

 その一部が崩壊したことで、かつて間桐の術式に囚われていた雁夜の意識が解放され、生前の願望の残り香を頼りに彷徨していたのだ。

 

 さて、この先が大事な部分だ。

 

「君が桜の身を案じ、自らをマトウ・ゾウケンに差し出したことは知っている。

もたらした結果は不幸だったが――安心してほしい。

サクラの身は解放した。彼女は自由で安全だ。リンとも姉妹に戻った」

 

 今まで何も発さなかった目の前の人型はうめき声を発した。

 そのうめき声は言語としての体裁こそなしていなかったが、私はそのうめき声に何かしらの感情を見出していた。 

 

「彼女の心の傷がいえる日がいつになるか……それは分からないが、彼女の未来は決して暗くなど無い。

少なくとも僕はそう信じている。……だから、せめて安らかに眠ってくれ」

 

 私はロザリオを取り出し、祈りの言葉を口にした。

 間桐雁夜は――かつて間桐雁夜だったモノはただ静かにたたずんでいた。

 

「永遠の安息を彼にお与えください、主よ、

そして絶えることのない光が彼らを照らしますように。

神よ、シオンで賛歌を献げるのはあなたにふさわしい。

あなたに誓いの供え物がエルサレムでささげられるでしょう。

聞いてください、わたしの祈りを。

あなたのもとに、すべての肉なるものは来るでしょう」

 

 私は聖職者ではない。この祈りは借り物の祈りだ。

 だからせめて、気持ちを込めて祈った。

 

「永遠の安息を彼らにお与えください、主よ、

そして絶えることのない光が彼らを照らしますように」

 

 もともと辛うじて形を保っていた彼の体は、私の詠唱とともに薄くなり

やがて暗闇に溶けて消えた。

 

「……アーメン」

 

 私の祈りの最後の一節は空の礼拝堂に静かにエコーした。




久しぶりに桜出しました。
舞台設定の都合上、出しづらいんですよね。
桜には幸せになって欲しいんですけどね・・・
また、お会いしましょう。

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