Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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久しぶり更新です。
趣味全開です。
短いです。


ハードボイルドワンダーランド
襲撃


 ある凍てつくように寒い日の夕暮れ。

 

 私は夕食を取りに出ようとホテルの出口に向かっていた。

 するとホテルのレセプションでオーナーのエミールと我が友人、衛宮士郎が何やら話していた。

 

「アンドリュー。いいところに来た」

 

 私が士郎に「一体どうしたんだ?」とこの素晴らしい宿泊施設を訪問してきた理由を問おうとすると

先んじてエミールが私に問いかけた。

 

「今日、珍しく日本人の客が来たんだ。

あんた何してる人なんだって聞いたら、その客はサラリーマンだって言ってたんだが

サラリーマン(給料男)って一体何だ?

この少年の説明だとサラリーマンはオフィスワーカー(会社員)の意味だって言うんだが?本当か?」

 

 士郎はいつものように困った顔をしていた。

 ここは年長者らしく場を納めなければならないな。

 

「エミール。サラリーマンというのはだな……」

 

 エミールは姿勢を正しこちらを向いた。

 士郎は不安そうに私の方を向いた。

 

「明治維新で滅んだサムライという身分の代わりに作られた日本独特の職業だ。

彼らは企業に雇われて会社の上層部に謀反を起こそうとしている社員がいないか監視する。

謀反を起こそうとした社員を見つけたらその社員にセップクを命じるんだ」

「セップ……何だって?」

 

 エミールが聞き返した。

 

「セップク。自分で自分の腹を切る行為だ。セップクは日本人にとって最も名誉ある死に方で謀反を計画した人間は極刑に処せられるが

慈悲として切腹する権利が与えられる。サラリーマンは切腹の際の介錯人を務める。

苦しまないよう腹を切ったらその社員の首をサムライソードで刎ねるんだ。だからサラリーマンは例外なく剣術の達人だ」

「アンドリュー。間違った日本観教えるなよ……」

 

「サラリーマンはオフィスワーカーのことですよ」と士郎はさらに重ねて説明したが言葉を意味通り受け取ってしまう性質の

エミールはやはり納得していない様子だった。

 

「さて、ここに来たのは僕に用だろう?部屋で話そう」

 

 私は尚を得心いかない様子であるエミールを尻目に士郎を連れて部屋に向かった。

 

 粗末な部屋に入り、ドアを閉める。

 

 私が椅子を勧めると士郎は座りながら一葉の紙片を渡した。

 

「これ、置いたのあんただろ?」

 

"To Shirou

Meet me at Emil's hotel. As soon as practicable.

Andrew"

(シロウへ。エミールのホテルに来てくれ。可及的速やかに。アンドリュー)

 

 そう紙片に書かれていた。

 シンプルないい文章だ。

 

 だが問題があった。

 その紙片に書かれた筆跡は私そっくりだったが私はそんなメモを書いた覚えがないということだ。

 

 胃の奥から嫌なものがこみ上げてくるのを感じた。

 

 貧相なベッドをひっくり返しその後ろに隠れる。

 今や気心知れた相棒となった士郎は即座に意図を理解した。

 

 士郎はベッドに手を当ていつもの詠唱を唱えた。

 

trace on(同調開始)

 

 強化。基本となる魔術の一つだ。

 士郎の魔力を込められたマットレスは貧相な羽毛と布の塊から堅牢な盾となり

飛び込んで来た無数の鉛玉をはじいた。  

 

 マットレスから逸れた銃弾は花瓶を粉々にして窓ガラスをぶち破り古臭いだけのみすぼらしい部屋を

ニキ・ド・サンファルのモダンアートのような芸術的空間に変貌させていた。

 

 私は聴力を強化し部屋の外に意識を向けた。

 ――廊下に五人。

 ――下の階に更に数人。

 

 敵は明らかに統率のとれた組織だ。

 恐らく装備も安物ではない。

 

 我々は機械が苦手な凛のことを慮りメモというアナログな手を使うことがある。

 「可及的速やかに」などいかにも私の好みそうな表現だ

 敵は我々のことをよく調べているようだ

 

 銃弾で蜂の巣にされかける覚えは山ほどある。

 バックにいるのは私が怒りを買った魔術関係の誰かで間違いあるまい。

 

 だが直接の下手人は近代兵器を使っている。

 魔術関係者ならばこんな手は使わないはず。

 ドンバチ騒ぎを起こすなら結界ぐらい張りそうなものだがそれをしないところを見ると

襲撃者は魔術関係者ではないようだ。

 

「シロウ」

 

 銃弾の音に消されないよう声量を上げて行った。

 

「盾を前面に置いたまま入り口まで移動するぞ」

「その先は?」

「僕が隙を作る。君の得意の近接戦闘の出番だ」

 

 士郎は私の言葉に強く頷いた。

 強化したマットレスの盾を前面に置いたまま前進し

外れかけていたドアを蹴り破って飛び出すと魔術を行使した。

 

 閃光魔術。

 基本的な魔術の一つだ。

 

 敵は魔力抵抗のない一般人。

 効果覿面だった。

 

 武装軍団の群れに士郎は飛び出していった。

 手にはいつもの中華剣ではなく二振りの日本刀が握られていた。

 

 以前に見せてもらったことがある。

 鈴鹿御前の振るった宝剣。大通連、小通連だ。

 

 衛宮士郎の投影魔術は特別性だ。

 武器そのものだけでなく武器を振るっていた英雄の経験までも投影することが出来る。

 

 常人離れした身のこなしで二対の刀を振る。

 武装集団は瞬きの間に意識を刈り取られていた。

 

「峰打ちだぞ?」

「だと思ったよ」

 

 下の階から複数の足音が駆け上がってくる。

 

 我々はほぼ同時に空き部屋となっていた隣の部屋――このホテルが不人気で良かった――に飛び込みドアに強化をかけた。

 まったく。小粋な会話の時間も持たせてもらえないのか。

 

「あいつら何者だ?」

 

 ドアの後ろに身を隠しながら士郎が当然の疑問を口にした。

 

 ライフルとナイフは高級品だが格好はラフなTシャツの上にチェストリグ。

 良質な装備に加えて恐らく高度な訓練を受けている。

 士郎が飛び出した途端ナイフに持ち替ていた者がいたが同士討ちを避けるためだろう。

 このような狭い場所で銃弾を放てば跳弾で仲間が思わぬ負傷をする可能性もある。恐らくそこまで計算しての行動だ。

 軍服を着ていない軍事作戦を敢行するとなる者となると――恐らく傭兵と呼ばれる類いの者だろう、

 

 問題は誰に雇われたかだが――私一人が対象ならば心当たりが多すぎて見当がつかなかっただろう。

 だが今回の敵は明らかに士郎のことも対象範囲に含めている。

 となると敵は相当絞れる。

 

 銃弾が夏の通り雨のように降ってくる。

 強化をかけたドアの後ろで銃弾をやり過ごした私は、カチリという弾丸がつきる音を鋭い聴覚で捉えると、ヒップホルスターから

H&K USPを引き抜き、壁面の強化がかかっていない部分に向かって5発の弾丸を放った。

 

 壁の向こうで誰かがうめき声をあげて倒れる音が二つ聞こえた。

 膝を狙ったがうまくいっただろうか。

 

 しかし五発中二発か。

 ペナルティーキックのキッカーだったらブーイングを浴びせられる成功率だ。

 

「ホーエンハイムにいくらで雇われた?倍払うから攻撃を止めてをもらえないか?」

 

 銃弾の雨の切れ目に私は壁の向こうでマガジンを交換しているであろう敵に向かって語りかけた。

 

「依頼主の名前は知らん。報酬は百五十万ドルだ。あんたら一人につきな。

となるとあんたら二人を見逃すには六百万ドルが必要になる。

払えるのか?」

 

 声が返って来た。

 中西部訛りの北米英語だった。

 

「ああ。勿論。五百年ローンでいいか?」

 

 返答の代わりに銃弾の雨が降って来た。

 私のジョークが気に入らなかったらしい。

 

 交渉決裂。

 私の弁舌は火に油を注いだだけだった。

 とにかくこの状況は不味い。

 

 さて次の策は――という私の思考は室内はに不自然な風切り音で遮られた。

 壁の向こうで人が切り裂かれる音が聞こえ、続けて人が倒れる音がした。

 

 風を使った攻撃魔術だ、

 こんな芸当が出来る人間を私は一人しか知らない。

 

 そして壁の向こうから予想通りの人物の声がした。

 

「手打ちになったかと思ったが。ホーエンハイムの妄執もなかなかのものだな」

 

 声の主、風宮和人はそう言った。

 彼はドアを開け穴だらけになった部屋に入って来た。

 

「悪いことをしたな。マクナイト君。衛宮士郎君。示談が完全ではなかったようだ」

 

 魔術の名門ホーエンハイムといざこざを起こした一件の後、私は火消しを権力者である風宮に頼んでいた。

 彼とは友人ではないが貸しがある。

 快くではなかったが彼は引き受けてくれた。

 

 そのため表向きは私と士郎が破壊したホムンクルスは誤解による戦闘から風宮家の術者が破壊したものとなっていた。

 

 (※エピソード「未完成ロマンスの結末」をご参照ください)

 

「ギリギリの危険な状況で現れるとは。あなたにもヒーロー願望があったということですか?ミスター・カゼノミヤ」

「複数個所を経由してならず者の傭兵を雇ったようだ。おかげで動きを察知するのが遅れた。それだけだ」

 

 そう何の感慨も感情も感じられない口調で彼は言った。

 そしてそのまま我々に背を向けた。

 

「もう行かれるのですか?」

「私自らが出向いたのが何よりの謝罪の証しだ。ウナギのゼリー寄せでも食して帰るさ。

もはやあれは無形文化財だ。あれほど食材を乱暴に扱えるのは西側社会では君たち英国人とオランダ人ぐらいだ。誇っていいぞ」

 

 彼は何事もなかったかのように去って行った。

 

「シロウ。巻き込んで済まなかったな」

「いや、アンドリューは悪くない。あの時、あんたが止めても俺は行動してた」

「それもそうだな。――ところで怪我はないか?」

「ああ。大丈夫だ」

「それは良かった。リンに聞かせる怪我の口実を考えなくて済むな」

 

 「これから夕食を取りに出るが君はどうする?」と聞くと「ならば家に食べに来いよ」とありがたい申し出をしてくれた。

 私はありがたく受けることにした。

 

 穴だらけの壁から真冬の寒気が吹き込んでいた。

 「今夜も寒くなるな」と私は思った。




最後までお読みいただきありがとうございます。
次回もまた短い奴をやります。

ところでレオニダスが好き過ぎて勝手に新しい宝具演出を作ってしまいました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm30404498

次回は久方ぶりに同人的に同人なやつをやります。
いや、本当はいつもそうしたいんですけどなんか趣味に走っちゃうんですよね。。。
では。

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