Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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いつも読んでくださっている皆様お久しぶりです。
第二部です。
興が乗って書いてみたらエストニア旅行記みたいになってしまいました。
すいません。すいません。



古都

 リガで2時間30分の乗り継ぎ待ちをしタリン行の便に乗り換える。

 到着する頃には完全に日が暮れていた。

 

 ありがたいことにエストニアの物価は英国に比べるとかなり安い。

 ロンドンなら微妙な3つ星のチェーンホテルに泊まれる程度の額で4つ星ホテルに泊まれる。

 

 エストニアはソビエト連邦に属していた国だが地理的には北欧に位置する。

 

 この時期のエストニアは摂氏マイナスまで気温が下がり日照時間も短い。

 1月から3月は雪に閉ざされる。

 

 つまり完全なオフシーズンだ。

 おかげでかなり上等なホテルに不当な程安価な価格で宿泊できた。

 本来ならば節約すべきところだが人生苦ばかりでは耐えられない。

 

 中世に建てられた豪商の館を改装したという気の利いたホテルだった。

 若い二人は勿論喜んでいた。

 

 凛と士郎にはダブルルームを私はシングルルームを宛がってもらった。

 

 チェックインを済ませると我々はロンドンを経ってから何も口にしていないことに今更ながら気づいた。

 空腹を満たすためホテルのレストランで簡単な食事をとった。

 豆のスープと黒パン。一人8ユーロ。

 エストニア料理はマイナーだがなかなかイケる。

 物価は上昇傾向にあるとはいえロンドンに比べれば格安だ。

 大量に供せられた黒パンは歯ごたえがあり満腹中枢を心地よく刺激してくれた。

 

 私は食事を終えると若い二人の同行者に今夜は裸の総合格闘技は控えておいた方がいいと忠告し返事を待たずに部屋に引っこんだ。

 その日は即座に眠りについた。

 

 

 翌日。タリンはあいにくの曇り空だった。

 朝六時という些か早すぎる時間に目を覚ました私はまず、部屋のテレビをつけた。

 エストニアは小国であり、エストニア語は少数言語だ。

 

 テレビをつけると英語、ロシア語、フランス語、ドイツ語と様々な言語の番組を見ることが出来る。

 BBCニュースにチャンネルを合わせる。

 キャスターによるとロンドンは今日も曇りらしい。

 持ち込んだパソコンでエストニア現地の天気を調べる。

 エストニアは終日曇りか雨とのことだった。

 

 今日は私とって曇りの日のようだ。

 

××××××××××××

 

 ホテルはタリン旧市街中心部付近という絶好の立地だった。

 現場までは徒歩数分のロケーションだ。

 すばらしい。人生悪いことばかりではない。

 

 ロビーで衛宮士郎と遠坂凛に合流した私は朝食を済ませると観光兼調査のためホテルを後にした。

 

 タリン旧市街はシーズンオフながら中々に賑わっていた。

 カメラを手にした人々があちこちで写真を撮っている。

 観光地らしい平穏な光景だ。

 

 

 ――こんなモノが見えてしまわなければの話だが。

 

「どう見ても異常ね。これ」

 

 我々の中でも最も魔力的勘に優れる遠坂凛は一言そう感想を述べた。

 

 我々三人はまず、旧市街の中心地市庁舎を目指した。

 文字通りのこの地の中心たる場所だ。

 

 レストランやバー、エストニア名物のアーモンド菓子を売る屋台などの観光施設が多く並ぶこの場所だが

平穏な観光地の光景に夥しい数の亡霊が同居していた。

 

 中世風の服装に身を包んだ亡霊たちは虚ろな目で広場を彷徨していた。

 

「ああ。そうだな。タリンはドイツとデンマークとロシアに長年にわたって蹂躙されてきた土地で

土地に根付いたマナは濃い部類だが、これは明らかに異常だ。

一般人の幽霊目撃が相次いでいる理由はこれで明白。問題は原因が何かだな」

 

 私も彼女の感想に対して感想を返した。

 

 我々魔術師がラジオだとすると魔術回路を持たない一般人はただのアンプだ。

 時折、アンテナを持たないアンプが何かの拍子に電波を拾うことがある。

 その「何かの拍子」が今回は土地のマナの以上濃度だ。

 

「士郎。あなたはどう?」

「昨日ホテルについたときから妙な感じがずっとしてたけどわかった。

この街そのものが結界だ。この街に入った瞬間に結界に入ったんだ」

 

 衛宮士郎は優れた異能を持つが純粋な魔術師としての能力は心許無い。

 しかし結界の探知には優れた勘を持つ。

 ならばやるべきことは一つだ。

 

「結界の起点を探そう」

 

 我々はまず市庁舎を起点にローワータウン(下町)を回った。

 

 若い二人の同行者は初めて来たこの街に興味津々の様子だった。

 あまり一般的知名度が高いとは言えないがタリンは魅力的な街だ。

 

 旧市街には中世の街並みが極めて良好な保存状態で残されており世界遺産にも登録されている。

 高く聳える尖塔、美しい漆喰の壁、赤で統一された丸い屋根。

 

 ヨーロッパの建物は似ているようで地方ごとに個性がある。

 バースやオックスフォードやケンブリッジのようなイングランドの古都とは全く異なる個性。

 若者の瑞々しい感性は敏感に反応しているようだ。

 

 ここは年長者らしく教授してやるべきだろう。

 

「シロウ、リン。あの建物を見てくれ」

 

 我々は市庁舎を北上しピック通りに差し掛かっていた。 

 私は一軒の家屋を指示した。

 

「このピック通り25番地はこの街最大の名所だ。

なんとあのピーピング・トムが住んでいた家がある」

 

 「誰それ?」という返答が二人同時に帰ってきた。

 日本でのピーピング・トムの知名度は低いらしい。

 

 下町の北端、太っちょマルガレータに到達する。

 

 生憎、私の魔術回路は「これ」という感触を捉えていなかった。

 

 これほどの規模の結界だ。

 維持するには結界に魔力を供給する呪刻を複数刻まなければならない。

 しかしローワータウン側にはそれらしきものは見当たらなかった。

 

「これはあくまで感想なんだけど」

 

 凛が口を開いた。

 彼女の表情は観光客のそれから魔術師のものに戻っていた。

 

「この一帯の魔力――どこかからこぼれてきたものっていう感じがする。

魔力を大量にため込んだ器みたいなものがあって、そこからこぼれてきたモノが滞留してる――そういう感じ」

 

 彼女の魔術師としての能力は桁違いだ。

 恐らくその「感想」は正しいのだろう。

 すると下町側が起点ではないようだ。

 

 我々はトームペア城を有するトームペア(山の手)を目指した。

 

 トームペアは石灰岩でできた丘の上にある文字通りの山の手だ。

 かつて権力者は高台から市民たちの生活を見張っていたらしい。

 

 地図を手に丘を登る。

 

 階段を上っていると背に悪寒が走った。

 半報後ろを歩いていた士郎と凛を見る。

 彼らは無言で頷いた。

 

 トームペア側はローワータウン側以上の有様だった。

 

 そこには我々こちら側の人間にとっては発狂しそうな光景が広がっていた。

 

 血みどろの死霊たちが闊歩している。

 ここはこの世なのかそれとも向こう側なのか曖昧になるような光景だ。

 

 トームペアはローワータウンに比べると人通りが少ない。

 それゆえに死霊の密度の濃さがより際立っていた。

 

 我々三人はあまりの光景に絶句していた。

 最初に冷静さを取り戻したのは凛だった。

 やはり女は強い。

 

「下町側に戻りましょう」

 

 彼女はそう一言、簡潔に次の行動を指し示した。

 我々に反対する理由はなかった。

 

××××××

 

 いったんローワータウン側のホテルに戻った我々は妥当なる次の行動として情報を収集することにした。

 

 具体的には先んじて調査を行った魔術に話を聞くことだ。

 

 ヘルシンキ在住のその人物にはすでに連絡をつけていた。

 我々はその人物とホテルのロビーで落ち合い面会した。

 

「アンディ。よく来たな」

 

 長身で金髪碧眼の男は私に手を差し出した。

 私は同行者たちを紹介し再会の握手を交わした。

 

 アルヴァ・サロネンは私と同じ万屋の魔術使いでヘルシンキを根城に仕事をしている。

 アルヴァはフィンランド人だが北欧すべての言語を操り、英語とエストニア語も堪能だ。

 地理的にもフェリーで簡単に来ることのできるタリンは彼の主要な仕事場の一つとなっている。

 

 アルヴァは自分の分析結果をまず我々に話した。

 概ね我々の調査結果と同様の物だった。

 そのうえで彼はさらに別の観点からも調査を行っていた。

 

「アンディ、ついでで調べた」

 

 そう言って彼が差し出したのはネット上のニュース記事をプリントアウトしたものだった。

 リーガ、ヘルシンキ。

 タリンと地理的に近接する都市で複数人の人間が昏倒する事件が起きていた。

 それもこの一か月の間に。

 

「一般人から魔力を奪ったのね。

足りないものは他所から持ってくる。誰だか知らないけどとことん魔術師ね」

 

 凛はそう一言私見を述べた。

 「他に何かないか?」と私が問うとアルヴァはしばし黙り込んで腕組みをし、やがて口を開いた。

 

「あくまで感覚なんだが」

 

 彼は言った。

 

「この前、法政科のお偉いさんから頼まれて二晩ほどこの街に泊まり込んで調査したんんだが、深夜になると街の雰囲気が変わる気がする。

空気の肌触りが奇妙というか、悪寒の激しくなるような感覚だ。

――ひょっとしたらこの結界の本当の姿は夜に現れるのかもしれん」

 

 「夜にトームペアに行ったか?」という疑問に彼はかぶりを振った。

 

「正直怖くて、試していない。

あんたらは荒事得意なタイプだろ?

行ってみてくれないか」




次回で完結させる予定です。
終わったら今度はまた幕間の物語をやります。
fgoのネタ短編ですが今回はシリアスもやってみようかと計画しています。
ところで、アルトリアとエミヤと兄貴が揃いました。
嬉しくて早速パーティ組ませてしまいました。

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