Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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幕間の物語ではなくFate/in UKを更新することにしました。
またしてもイギリスをいったん離れます。
僕の悪い癖。
『空の境界』と『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』のキャラクターがちょっと出てきます。


闇に潜むもの
要求


 2月の凍てつくように寒い日。

 私は暖房のきいた小汚いエミールのホテルの小汚い部屋の小汚いベッドで惰眠を貪っていた。

 

 小汚いベッドの中で私は奇怪な夢を見ていた。

 2人の人物の諍いだ。

 

 片方はライオンの頭をした人物でトーマス・アルバ・エジソンを名乗り、もう片方はサイバーパンクの

主人公のような風貌でニコラ・テスラを名乗っていた。

 

 2人は交流と直流どちらが優れているかで争っていた。

 その争いは口喧嘩から殴り合いのケンカへと発展していた。

 

 これは夢だ。

 私はそれがはっきりとわかった。

 明晰夢というやつだ。

 

 我ながらなかなか面白い夢だと思った。

 結末はどうなるのだろう?

 

 そう思考に耽っているとモバイルフォンの着信音が鳴った。

 

 私は渋々目をさました。

 

 ディスプレイを見る。

 国際電話だ。局番は+81、つまり日本からの電話ということになる。

 私に日本から電話をかけてくる人物は思い当たる限り2人しか存在しない。

 片方は男性で片方は女性だ。

 番号は女性のほうのものだった。

 どちらもあまり話すのに気が進まない相手だがフリーランスは仕事を選べない。

 私はしぶしぶ3コール目で電話にでた。

 

「シキ、僕が悪かった。頼む。まだ殺さないでくれ。やり残したことがあるんだ。

君が僕のどの発言を怒っているのか――正直心当たりがありすぎて見当がつかないが

とにかく謝罪する」

「何の話ですか?アンディさん」

 

 電話の声の主は私の予測していた相手、両儀式ではなかった。

 その娘の方だった。

 

 アンドリュー、これはまずい。

 上手く釈明しないとレッドカードだ。

 

「この番号をどこで?」

「光溜さんに教えてもらいました。

――あの、お母様に殺されるってどういう意味ですか?

お母様はアンディさんのことをお友達だって言ってましたよ?」

「若いころに君のママとよく交わしたジョークだ。

シキに会う度に僕は言ったものだ。

『君は美しすぎてショックで心臓発作を起こしてしまいそうだ。

僕を殺す気か?』ってね」

 

 よし。我ながらうまく躱した。

 狂暴の権化のような母親とは見た目以外何一つとして似ていない童女は電話口の向こうで

無邪気に笑ってくれた。

 

「アンディさんは面白いですね」 

「ああ。君の愛らしさもお母様に似てショック死級だ。

電話で良かった。君と面と向かって話していたら今頃僕は心臓発作を起こしているよ」

「ありがとう。アンディさん」

「ところで、こうして電話してきたということは僕に何かしら聞きたいことがあるんだろう?

他ならぬマナお姫様のためだ。アンディさんは精一杯つくすよ」

「はい。そのお母様のことで相談があって……」

 

 相談の内容は実に無邪気なものだった。

 式の誕生日が迫ってきているが何を贈ったら喜ぶかというものだった。

 

 何人かに相談したが昔からシキのことを知っている人間が思いのほか少なく、

「式の友達」である私に意見を求めるに至ったとのことだった。

 私の知る限り式と比較的良好な関係を保っていて付き合いもそれなりに長い人間は少ない。

 黒桐幹也もとい現在は両儀幹也、黒桐鮮花、硯木秋隆、目下どこにいるかわからない蒼崎橙子

あとは……あとは私か。

 

 色々あったが結局のところ何かと式には世話になっている。

 礼儀として毎年クリスマスカードとネンガジョウぐらいは送っているが誕生日の贈り物などしたことがない。

 

 ふむ。まあ一応彼女は「トモダチ」ではある。考えても良さそうだ。

 

 たしか彼女は刃物――特に日本刀に対してひとかどのこだわりがあったはずだ。

 狂暴の権化たる彼女らしい趣味だ。

 

 日本刀を打てる職人は知らないが中々の業物のナイフならば打てる職人を知っている。

 亡くなった母方の祖父――注釈しておくが私の母方の祖父は日本人だ――の親友でまだ存命中の筈だ。

 うむ。折の良いことに最近、祖父の墓参りに行ったときに偶然再会している。

 矍鑠としていてまだ現役を守っているとの話だった。

 我ながら悪くないアイデアに思えた。

 

「ナイフ……ですか?」

 

 一般的に妙齢の女性に贈るような代物ではないものを提案され未那は明らかに訝しんでいた。

 もちろん、その反応は予想済みだ。

 相手は年端のいかない子供。私は大人だ。

 次に何を言うべきかぐらい考えて発言している。

 

「恐らく君は知らないだろうが、シキは料理が得意でね。

特に彼女の和食はギンザあたりの料亭で出てきても不思議でないほどのレベルだ。

一度だけ振舞ってもらったことがあるがあの味は忘れられない。

一級品の職人が打ったナイフは波紋の美しさだけでも価値があるからきっと喜んでくれるし

気を良くしたらそのナイフで自慢の和食も振舞ってくれるかもしれないぞ」

「ありがとうございます!アンディさん」

 

 私は知己の老職人にお願いをすることと幾らかのカンパを約束した。

「ありがとうございます」と丁重に礼を言う未那に対し「いつでも連絡してくれ。あとミキヤ――パパによろしく」

と伝えると電話を切った。

 

 電話が切れ、小汚い部屋に沈黙が戻った。

 惰眠を貪るのにぴったりの沈黙だ。

 その沈黙を今度はドアをノックする音が破った。

 

 私を訪ねてくる人物は色々と心当たりがある。

 知己の場合もあるし初対面の相手の場合もある。

 

 ドアを開けると眼鏡をかけた若いアジア人の女性が立っていた。

 知っている人物だ。

 

「お久しぶりね。マクナイトさん」

 

 そのアジア人女性は日本語で――当然ながら知己の彼女は私が日本語を解することを知っている

――知人に対する型通りの挨拶をした。

 

「ミス・アダシノ。なぜわざわざこの素敵なホテルに?」

「たまたま近くを通りかかってあなたのことを思い出したの。

少しよろしいかしら?」

 

 私がジェスチャーで「入ってくれ」と促すと友禅の振り袖を翻し――なぜこのような目立つ格好をしているのだろうか――

部屋に一脚しかない椅子に腰かけた。

 

 化野菱理は時計塔の法政科に所属する魔術師だ。

 十二の学部がある時計塔の十三番目の学部「法政科」は「神秘の追求」を目的とする他の十二の学部とは違い、

魔術と現実社会の折衝、あるいは時計塔内部の均衡の調整など、時計塔という組織の維持安定を目的とする。

 私と少々毛色は違うが「根源」を目指してない魔術師の集まりであり、彼女自身もまた根源探求を「馬鹿げている」と評している。

 

 私は共通の知人であるウェイバー・ベルベットを介して彼女と知り合い時折仕事を頼まれるようになった。

 その仕事はいつもそれなり以上にやっかいでそれなり以上に高報酬だった。

 

 私と彼女はティーサロンで一緒のテーブルについてアフタヌーンティーを楽しむような間柄でも

パブで酒を酌み交わすような仲でもない。

 

 彼女がここに居るのは間違いなく仕事を依頼するためだ。

 彼女は私の予想通りの言葉を発した。

 

「あなたに調べてほしいことがあるの。ちょっと遠くだけど、あなたなら大丈夫でしょう?」

 

××××××××××××

 

 

「どこだそれ?」

「タリン。エストニア共和国の首都だ。

良い街だぞ」

 

 提示した街の名前がピンとこなかったらしい衛宮士郎に私は注釈を添えた。

 

 私はセント・ジョンズ・ウッドの若い友人たちのフラットを訪ねていた。

 言うまでもないが仕事に協力してもらうためだ。

 

 彼らがロンドンに戻ってきてくれていて助かった。

 間桐桜のその後は少々気がかりだったがとりあえずうまくいっているらしい。

 凛とは再び姉妹に戻ったそうだ。

 彼女の体の傷は癒されたが心の傷は深い。

 あとは時間が解決するのに期待するしかあるまい。

 

「私たち、2人とも必要なの?」

 

 自然な仕草で士郎に寄り添う遠坂凛が妥当な疑問を呈した。

 

「願わくばね。僕の勘ではこの件、人手が要り様になる。

優秀な人手ならば尚いい」

 

 化野菱理から伝えられた事のあらましを話す。

 

 かの街で幽霊が一般人に目撃される現象が相次いで起きているという。

 

 タリンは今もって中世の面影を色濃く残す街だ。

 

 公式に「幽霊」通りと呼ばれる通りすら存在する。

 ヘルシンキ在住の魔術使いが下調べを済ませていたが、その魔術師によると

土地を覆うマナの濃度が明らかに異常とのことだった。

 

 化野菱理は事のあらましを話し終えると最後に念を押した。

 

「マクナイトさん。私たち法政科の仕事はご存じよね?」

「魔術と現実社会の折衝、あるいは時計塔内部の均衡の調整だろう?」

「魔術は秘匿されるべきもの。誰かが大規模な魔術を使ったのであればその結果起きた

事象は解消されなければならないわ。今回も期待してるわよ」

 

 法政科の権力は絶大だ。

 これは依頼というより要求と言った方がいい。

 私に「ノー」と言う選択肢はなかった。

 

「私は時計塔の研究が遅れてるし、士郎も助手とバイトが……」

 

 凛は難色を示した。予想通りの反応だ。

 勿論、説得の材料ぐらい準備済みだ。

 

「時計塔の研究の件ならウェイバー君に……失礼、ロード・エルメロイ二世に相談済みだ。

フィールドワークもいい経験だと前向きだったよ。

今回ももちろん報酬は出る。エーデルフェルト嬢のパートタイムジョブも割は良いようだがこの仕事の報酬も中々だぞ。

経費別で1人あたり6000ユーロを提示された。

市から予算が出るそうだ」

 

 凛の眼の色が変わった。そして指折り暗算を始めた。

 以前にも見た光景だ。

 彼女は「よし!」と拳を握りしめ力強く頷いた。

 

「士郎、行くわよ!」

 

××××××××××××

 

 我々は午前11時出発のロンドン・ガトウィック空港発リガ国際空港行のエア・バルティック航空652便に乗っていた。

 

 ロンドンからタリンへの直行便はない。

 一般的にはヒースローからヘルシンキ・ヴァンター空港かフランクフルト空港を経由するが

今回はガトウィック空港からラトヴィアのリガを経由していく便を選択した。

 

 理由は我々の懐具合だ。

 香港の一件での散財が原因だ。

 今回も依頼主から旅費に関して十分な補助が出ているが幾ばくかでも節約したかったため

苦渋の決断をした。

 

 エア・バルティックはラトヴィアのフラッグ・キャリアでありながらLCCとして運営されている。

 つまりサービスもそれ相応ということだ。

 シートピッチは狭いし機内食は有料だ。

 

 凛は席に着くや否や「お休み」と早速カロリー消費を抑えるために睡眠をとるという選択を取っていた。

 賢明な判断だ。

 

 小ぶりな航空機が離陸する。

 凛は早くもアイマスクをして毛布をかぶり寝息を立てていた。

 

 通路を挟んだ隣の先から士郎が呟いた。

 

「アンドリュー。ありがとう。仕事の紹介……正直助かったよ。 

そろそろ和食を食卓に出すのを諦めようかと思ってたところだったんだ」

 

 私は「どういたしまして」を言う代わりに答えた。

 

「君も寝ておけ。カロリー消費は貧乏の大敵だ」

 

 私はそのアドバイスを即座に実行に移した。




最後までお読みいただきありがとうございます。

式の誕生日が2月というのは公式ネタ。
式が料理得意というのも公式ネタ。
実はつい先日、本当にタリンに行ってきました。
美しい街でした。
なんで記憶鮮明です。

今回は全部で2回か3回の予定です。
次回更新は少々お待ちください。

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