Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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後日談。短いです。
桜には幸せになってほしい……


後日

 計画は思いのほかスムーズに進んだ。

 

 私と凛は日御碕を伴い冬木で士郎と合流した。

 アンナから紹介を受けた案件で士郎は悪くない額の報酬を受け取っていたが

日御碕は「約束だから」と士郎からの支払いは受け取らなかった。

 

 何をおいてもまずやらなければいけないことは間桐桜の同意を得ることだ。

 我々は揃って学校帰りの桜を捕まえ、間桐臓硯の眼を欺くために前もって用意しておいたセーフハウスに彼女を連れ込んだ。

 

 桜はただ困惑していたが凛がすべての事情を悟り助けに来たことを説明すると今度は呆然とした。

 しばし無言が空間を支配したあと桜の口から一言の言葉が零れ落ちた。 

 

「――どうして?」

 

 その疑問に凛は力強く答えた。

 

「――あなたは私の妹だから」

「――ありがとう。姉さん」

 

 桜の頬をとめどなくあふれ出る涙が濡らしていた。

 

 

 何の問題もなくとは行かなかったが処置は無事に終わった。

 士郎が桜の心臓から蟲を取り出すのに選択したのは東洋の武具だった。

 

 不動明王の担った悪鬼を亡ぼす剣だそうだ。

 本来ならば悪しき部分のみに干渉するらしい。

 

 しかし伝承によるイメージのみで投影を行ったため――士郎本人も「精度がイマイチ」と言っていた――

蟲を取り出す際に心臓に傷がついてしまった。

 

 だが日御碕が見事な手管で心臓を修復し事なきを得た。

 

 処置が終わり桜が目を覚ました。

 目を覚ました彼女は胸に手を当て――自分の体に起こった変化を悟った。

 そして大粒の涙を流した。

 凛は桜を優しく抱き寄せた。

 美しき姉妹は抱き合って喜びを分かち合った。

 

 こうして間桐桜の肉体は解放された。

 

××××××××××××

 

 施術が終わると私は辞去した。

 理由は言うまでもあるまい。

 「他人の僕が居てはお邪魔だろう」と言うと士郎に引き留められた。

 

「遠坂も桜も俺にとっては家族みたいなものだけど、あんただってそうだ。もう少しいてくれよ」などと嬉しいことを言ってくれたが

そうもいかない。

 士郎が良くとも凛と桜が良くないだろう。

 

 日御碕は経過を見るためにもう2、3日残るという。

 日頃の彼女をを知る私からすると信じがたいサービスの良さだ。

 

 セーフハウスをでて踵を返す。

 凛と桜は揃って去る私の背に言った。

「ありがとう」

 

 振り返って2人の姿を見る。

 きっとこれから多くの苦難が彼女たちを襲うだろう。

 だが仲良く肩を寄せ合う美しき姉妹の姿は幸福な未来を私に予感させた。

 

××××××××××××

 

 ロンドンには直行せず香港に寄った。

 フェリーに乗ってマカオを目指しフェルディナンドに事の結末を報告する。

 

 その足で香港に戻りウォン家を訪ねる。

 10人目の被害者サミー・ウォンは元気に回復しショーン少年とは元の仲良し兄妹に戻っていた。

 ショーン少年は私の訪問に気付くと妹をつれて私に礼の言葉を述べた。

 礼儀正しい子だ。

 私は「困ったら相談してくれ」という言葉と共にビジネスカードを残しその場を辞去した。

 

 これで必要なことは済ませた。

 もうこの街に用はない。

 時刻はまだ16時前で今はオフシーズンだ。

 空港に直行すればまだ便もあるだろう。

 

 しかし、私はその選択肢を取らなかった。

 代わりにとある場所に赴いていた。

 

 ――金巴利道と彌敦道の交わる交差点。

 その雑踏が行きかう地に私は佇んでいた。

 

 今から10数年前、この交差点で一台の乗用車が大型車と衝突した。

 乗用車には私以外の私の家族が乗っていた。

 私の両親。そして生まれてくることのなかった私の年の離れた弟と妹が。 

 

「やはり見ていたのか」

 

 気配を感じ後方に声をかける。

 

「得意の推論か?」

 

 信用できない旧友、蒼崎橙子は口の端を持ち上げて微笑した。

 

「毎度のことだがお前は大したものだな。苦戦しながらも最後は達する。

特別な星の元に生まれたわけでもないのに本当に大したものだ」

「助けに入るという選択肢はないのか?」

「ないな。これでもお前のことは評価しているんでな」

 

 クラクションが鳴り響き人々が足早に行きかう。

 香港は止まらない街だ。

 そんな街のど真ん中で老人でもない二人組が佇んでいる。

 傍目からすると奇怪な光景だろう。

 橙子は私の腕に視線を落とした。

 

「その右腕。相当酷使してるだろ?見てやる。特別サービスだ」

「貸した金を返しに来たんじゃないのか?」

「私が義手のメンテナンスをしてやると言ってるんだ。

それに比べれば私に貸した金なんて安いものだろ?」

 

 ――まったく。

 

「わかった。それで利子分は返済ということにしよう」

「意外にセコいなお前」

 

 「ところでどこで施術するのか」と問うと「日御碕の事務所を借りる」とのことだった。

 日御碕と橙子は友人同士らしい。

 日御碕御影、蒼崎橙子、サマセット・クロウリーは変質者の輪でつながっていた。

 

 踵を返し。交差点を後にする。

 背中越しに交差点に声をかける。

 

「また来るよ」

 

 そこに彼らの霊体はない。

 死んだ人間がどこに行くのかは魔法使いすら手に余る問題だ。

 じっさい彼らの魂がどこにあるのかわからない。

 この言葉は聞こえていないだろう。

 だがただそう伝えたかった。そういう気分だった。

 




桜の蟲を取り出す下りは真澄十さんの同人誌「Fate/Next」を意識しました。
続いて後書きを投稿します。

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