Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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今度は短めの感覚で出せました。
あまり長くありませんがどうぞよろしくお願いします。


遭遇

 その後我々は日御碕の情報をもとに円の範囲内の探索を始めた。

 

 しかしながら何の成果も得られないまま3時間が過ぎた。

 

 日差しも弱まり陽が傾き始めたころ、私とショーンは住宅街にある小さな公園のベンチに座りコンビニエンスストアで購入した冷たいソーダでのどを潤していた。

 

 もう時間も時間だからか園内は閑散としており我々以外の利用者はゴミ箱を漁っているホームレスとベンチでランチボックスを安酒で流し込む中年の男だけだった。

 

 私は世界中どこで飲んでも同じ味のする黒いドリンクを飲み干し空き缶を20フィートほど離れたダストボックスに投げ込むと

ショーンと凛に今日はこれまでにしようと提案した。

 

「待って!」

 

 その瞬間、凛が叫んだ。

 

 一呼吸遅れて私も気づいた。

 ――この感覚は誰かが結界を張った感覚だ。

 

 気が付くとホームレスも哀愁漂う中年男も姿を消していた。

 ショーンも何かを感じ取ったのか体を震わせこういった。

 

「来る…サミーを食ったやつが…」

 

 公園の入り口を見るとそこには身長7フィートを超える細長い体躯の緑色の巨人と

モノトーンの時代がかった漢服に身を包んだ男が立っていた。

 

 男は切れ長の目を見開いて驚いていた。

 無理もあるまい。

 人避けの結界を張ったのに目的の少年以外の異物が結界内にいるのだから。

 

 そして男は何かに気づいたように広東語で言った。

 

「そうか…お前たちもこちら側の人間か」

 

 奴らをけん制しつつ凛がショーンに聞いた。

 

「ショーン、まだ妹の存在をあの化け物の中から感じる?」

 

 我々は少年の表情を確認した。

 ショーンは震えながらも大きく頷いた。

 

 ところがこのよそ見が余計だった。

 

 その時、モノトーンの男が小さく広東語で何か詠唱した。

 

 するとショーンの体が硬直しボウッと光ると淡く白い光を放つ何かが飛び出していった。

 

 ――しまった!

 あれは霊体を吸いだす詠唱か!

 

 少年の霊体は飛び出すと速度を速めて術者のもとに飛行する。

 

「リン!こっちは任せてくれ」

 

 彼女はすぐに意図を理解したらしい。

 

 私は対象に向かって全力でチャージし、右手を差出して――少年の霊体をそっと優しく掴んだ。

 キャッチは見事成功、流石は蒼崎製の義手だ。

 

 私は霊体が飛び出し、抜け殻になった少年の体に視線を移す。

 ショーン少年の体は凛がしっかりとキープしていた。

 

 あとは少年の体にこの右手でグラウンディングしてトライを決めるだけだ。

 距離にしてわずか15ヤード。

 

 問題はオールブラックスやスプリングボクスのバックス陣も真っ青な超巨大フルバックを振り切らなければならないことだ。

 わずか15ヤードが限りなく遠い。

 

 ゴールラインを超えるまでに1度でもタックルを貰えば――私の体はジェリーの罠にはまったトムのごとく叩き潰されてテッシュペーパーみたいにペラペラになるに違いない。

 

 覚悟を決めて、戦闘態勢に入った。

 

 ホルスターから愛用のH&K USPを抜き後退しながらトリプルタップで銃弾を放つ。

 銀で鋳造し、強化を重ねがけした特別だ。

 

 だがその結果は貴金属の無駄遣いに終わった。

 

 異形の巨人は委細構わず近づいてくる。

 

 まずい。

 

 そう思ったとき巨人の背中に赤い光が続けざまに着弾した。

 

 凛からの援護射撃、彼女の得意とする魔術ガンドだ。

 ガンドは並の魔術師が使えば地味な呪いに過ぎないが、けた違いの性能を誇る凛が使うと話が違う。

 物理的破壊力を帯びたそれは「フィンの一撃」と呼ばれ、呪いに加えて重火器並みの物理的ダメージを伴う。

 

 強烈な魔力の塊が続けざまに巨人に着弾し煙を上げる。

 攻撃が止み煙が消え――巨人にはわずかな煤がついただけだった。

 

 巨人は尚も近づいてくる。

 

 凛はガンドでかすり傷すらつかなかったことに狼狽していたが、すぐに思考を切り替えたらしい。

 今度は手持ちの宝石を手に投擲体制に入っていた。

 

 しかし巨人はすでに私の眼前に迫ってきている。

 

 やむを得ない。

 こうなったら物理的攻撃だ。

 

 私はフランク・ランパード相手のPK戦に臨む新人ゴールキーパーのごとき絶望感を感じながら愛用のアーミーナイフを抜くと魔術で強化しデカブツの体のど真中めがけて思い切りナイフを突き立てた。

 

 ――やはりと言うべきか

 砕けたのはナイフの方だった。

 工業用ダイヤモンド並みの硬度があったはずだが奴の体には掠り傷1つついていなかった。

 

 安物のステーキ肉みたいに固い皮膚だ。

 

 私の間合いまで肉薄した巨人は、巨体に似合わない俊敏な動きで長い手を伸ばし私の体をがっちりホールドした。

 

 とっさに体の周囲に障壁を張り、人体の押し花になることは逃れたが

 なんて馬鹿力だ。

 

 体を巨大な万力で締め付けられているようだ。

 酸欠を起こし、意識が遠のいていく。

 

「アンドリュー!」

 

 凛の叫ぶ声が聞こえ我に返る。

 

 右手で握ったショーンの霊体を意識する。

 ここで気絶するわけにはいかない。

 文字通りこの少年の命運は私の手の中にある。

 もう少し耐えれば凛が少年の霊体をサルベージして何とかしてくれるかもしれない。

 

 だが気持ちは頑張れても体は正直だ。

 徐々に遠のいていく意識の中――夢か現か、ピクニックにでも来たような

誰かたちの賑やかな声が聞こえた気がした。

 

 夢にしてもこいつは酷い悪夢だ。

 そんな感想が浮かび、そして私の意識はブラックアウトした。

 

×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 目覚めた私の視界に最初に飛び込んできたのは凛の邪心の欠片も感じられない人を気遣う表情だった。

 

「大丈夫?気分はどう?」と問う彼女に私は「うん」と「ああ」の中間のようななんとも締まりのない返事を返していたが、

「ここがどこか分かる?」というさらなる問いが投げかけられるころになると私の意識も覚醒していた。

 

「ああ、わかるよ。ここはエルトン・ジョンの豪邸で僕はミック・ジャガーだ」

 

 私の渾身のジョークに凛はいつものように苦笑し、そして安堵の表情を浮かべて言った。

 

「良かった。正常みたいね」

 

 さらに穏やかに笑うと――いつも思うが彼女は表情豊かだ――「ちょっと待ってて日御碕さんを呼んでくるわ」と言って部屋を出て行った。

 

 あたりを見回し、自分がどこにいるのか確認する。

 どうやらここは日御碕のオフィスで、私が寝ているのは日御碕のオフィスのビーフジャーキーのように固い

ソファのようだった。

 

 となりのこれまた寝心地が最悪に違いないソファではショーンが小さな寝息を立てて寝ていた。

 見た目は問題なさそうだ。

 私はショーンの状態を確認するため体を起こした。

 

 ハードタックルをしこたま食らった試合後のフルバックのように体が痛んだが

這うようにして少年の元までたどり着き解析を開始した。

 

 体のどこにも問題はないようだ。

 私は安堵の息をもらし、少年の柔らかい髪をすいた。

 

「お目覚めみたいだね」

 

 この部屋の主――日御碕が凛に連れられコーヒーカップを持って現れた。

 

 私はヒノサキからコーヒーカップを受け取り彼女が淹れてくれた濃くて美味なコーヒーを1口すすり尋ねた。

 

「君が助けてくれたのか?」

「凛ちゃんも手伝ってくれたけどね。あなたたち2人を女手だけでここまで連れてくるのは結構大変だったよ。

――ああ、もう少し寝てた方が良いよ。治療は済んでるけどあなたの肋骨5本ばかり折れてたよ。

しかも一本が肺に刺さってちょっと危ないところだったんだよ。

よかったね私がいて」

 

 そんな大けがをこんな短時間に直せる術師は他にいない。

 実に癪だが彼女には感謝しなければなるまい。

 しかし心の底からの感謝にいたるにはまだ早い。

 私はいくつかの疑問を日御碕にぶつけた。

 

「あの時、意識を失う前に何人かの声が聞こえた気がしたが、あれは誰だ?他に協力者でもいるのか?」

「あれは私の作った自動人形(オートマタ)、疑似人格を入れて人間らしく振舞えるようにした人形だよ。

知ってると思うけど東洋の術師はね、西洋の術師以上に神秘の秘匿に敏感なんだ。

賑やかな一般人の集団が近くにいるように装えば、自分から逃げて行ってくれるっていうわけ」

 

 なるほど暗示を与えた一般人でも使ったのかと思ったが

 感心だ。無関係の人間をあんな修羅場に巻き込むのは気が引けたか。

 ヒノサキにもそれぐらいの良心はあるらしい。

 それに魔術師の習性を良く理解している。

 素晴らしい、ここまでは文句のつけようがない。

 

 私はさらに続けた。

 

「そうか。それで、もう1つ確認だが、

どうして僕らの居場所が分かった?」

「簡単だよ。

服にこっそり発信器を仕込んでおいたんだ。

トモダチの身は心配だからね」

 

 「心配」は明らかに方便だ。

 彼女の性格は長年の付き合いからある程度把握している。

 自分以外の人間を信用していないのだ。彼女はそう言う人物だ。

 

 しかし、助けてもらったことに違いはない。

 私は感謝の念を込めつつ、もう一つの疑問をぶつけた。

 

「発信器を仕込むやり方は友人を気遣う一般的な方法とは思えないが……まあ、とにかく助かった。

でも、わかっていたなら、もう少し早く助けに来て欲しかったところだね」

 

日御碕の回答はある意味では予想外であり、またある意味は予想通りのものだった。

 

「ごめんね。あなたたちが苦戦している姿が面白くって――

ついつい助けに入るのが遅れちゃった」

 

 ごめんと言いつつも、少しも悪びれることなく満面の笑顔で日御碕はそう言った。

 横で聞いていた凛は呆気にとられていた。

 全く妥当な反応だ。

 

 私はほんの少しでも日御碕に感謝の気持ちを持ったことを後悔した。

 




あと2回ぐらいでおわりの予定です。
ぼちぼち書き進めます。
いつもお読みいただいている皆様ありがとうございます。
コメント、評価励みにしております。

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