Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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亀更新予定でしたが時間が出来たのでアップします。
長めですがそんなに話は進みません。


兄妹

 私と凛は日御碕の運転するトヨタ・プリウスのシートに身を沈めていた。

 私が助手席、凛が後部座席だ。

 その道すがら日御碕が事件の概要について説明してくれた。

 

 ここ最近――3カ月ほどの間だが――次々と人が昏睡する事件が起きていた。

 最初の犠牲者は7歳の少年で3カ月たった今も目覚めていないそうだ。

 それから3カ月の間同じような症例の「犠牲者」は増え続け今では15人にのぼる。

 

 被害者に共通していることは、全員が年端のいかない子供であること、保護者が目を離したほんの短い間にいなくなったこと

すぐに見つかるがその時には文字通り抜け殻の状態になっていること、の3つだった。

 

 これから会いに行くのは記念すべき10人目の犠牲者の母にして、幸か不幸か日御碕に解決を依頼した今回のクライアントだ。

 

「リン、今の話どう思う?」

 

 事件の概要を聞き終えた私は後部座席の相棒にそう水を向けた。

 後部座席で難しい顔をして聞いていた凛が答えた。

 

「魂食いでしょうね」

「ああ。僕も同意見だ」

「それもひどい素人。一般人に被害を出すなんて3流のやることだわ」

 

 そういい終えると彼女はまた難しい顔をして黙り込んだ。

 隣でハンドルを握る日御碕は我々のやり取りを笑顔で聞いていた。

 

 車は九龍を抜け、香港島にさしかかっていた。

 眼前には中環の高層ビル群が見える。

 

「もうすぐだよ」

と日御碕が言った。

 

 目的地は近いらしい。

 

××××××××××

 

 クライアントであり、そして10番目の犠牲者の母親でもある女はケリー・ウォンと名乗った。

 

 彼女は綺麗な英語を話した。

 香港が中国に返還されて10年近く経った。

 私の感覚値では香港人の平均的英語力は落ちている気がするが、香港の大学では今も英語で授業が行われていると聞く。

 どうやら彼女はかなり育ちがいいらしい。

 

 ウォン一家の住まい半山區の高層マンションだった。

 敷地内には住人専用のフィットネスクラブやプールまであるらしい。

 

 聞けばウォン一家の家長は中環で株だか債権だか私の理解の範疇を超えた何かを転がしているエリートらしい。

 なるほど、この一家ならば日御碕の提示した額を払えても不思議ではない。

 

 その家長はどうしているのかと聞くと、家長は別の専門家のところに相談に行っているらしい。

 必要経費は成否の如何にかかわらず払うが成功報酬は先に解決したものに払うとのことだった。

 

 これは急がなければいけなくなった。

 

 憔悴しきった表情のケリーに日御碕は一見すると裏表のない――私からすればいかにも胡散臭い笑顔で――

「心中お察しします」とかいうような慰めの言葉をかけた。

 

 ケリーは日御碕のことを信頼しきっている様子だった。

 私からすれば日御碕ほど信用できない人間もそうはいないと思うのだが、

とにかく彼女はクライアントからは絶大な信頼をおかれているようだった。

 

 一方で、ケリーは私と凛の顔を見るといかにも不安げな表情を浮かべた。

「ところでそちらの方は?」

 

 日御碕は30種類ほどあるクライアント用の胡散臭い笑顔をナンバー17に切り替えて言った。

 

「この手の事件に詳しい私の友人です。力になってくれます」

 

 "この手の事件に詳しい"は事実だが

 "友人です"は事実と明らかに反している。

 だが、反論して無闇に不安感を煽っても誰も得はしない。

 私も大人だ。

 その程度の常識は弁えている。

 

 隣の凛の表情を見やる。

 彼女も同じ気持ちらしい。

 表情だけで通じ合う。

 すばらしい。これこそ真の友情だ。

 

 隣の凛が初めて出会ったときのような良く出来たよそ向きの笑顔でいった。

 

「安心してください、奥様。お子さんは必ず助けて見せます」

 

 凛のよそ向きの笑顔はケリーを安心させたらしい。

 彼女はにっこり笑うと我々に手を差し出し言った。

 

「よろしくお願いします」

 

 そして我々と交互に握手を交わした。

 

 ケリーの話から大した情報は得られなかった。

 公園で娘を――娘は8歳で名前はサミーと言った――遊ばせていたところ突然眼前のものが知覚できないような

そんな妙な感覚に捉われた。

 

 気が付くと先ほどまでいた場所で我が子が昏倒していた。

 

 すぐに病院に連れていったが、原因不明のまま今も眠り続けているとのことだった。

 

「直ちに調査を開始します」

 

 そう伝え我々はその家を後にすることにした。

 ケリーは玄関まで見送りに来た。

 その時奥の部屋から10歳に少し届かないほどと思われる少年がこちらの様子を伺っていることに私は気が付いた。

 

 少年は私が見ていることに気が付くと顔を引っ込めた。

 

 私は尋ねた。

 

「マダム、あの少年は?」

「長男のショーンです。サミーの双子の兄なんです」

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

「この件どう思う?」

 

 車を停めた路肩までの短い道のりを歩きながら日御碕は私にそう尋ねた。

 

「どうもこうもないね。この事件は間違いなくこちら側の領分だ。

人払いの結界に認識阻害の魔術、どうやったのか方法はわからないが――

何者かが健全な児童たちから霊体を抜き取り

その健全な霊体を何かに"喰わせた"そんなところだろう。

正体も目的も不明だがな」

 

 凛も私に同意して言った。

 

「ええそうね。それも酷い素人。

一般人に違和感を感じさせるなんて術者として未熟な証拠だわ」

 

 日御碕は我々の推論に何も言葉を返さなかった。

 概ね彼女の想像の範囲内だったのだろう。

 

 駐車場所にたどり着き日御碕の愛車に乗り込もうとした時だった。

 

 何者かが私たちの方に走り寄ってきた。

 

 音の主の方を振り向くと、先ほど家で奥の部屋から我々を見ていた少年――ショーンといったか――

が立っていた。

 

「唔該(すいません)」

 

 私は広東語が解らない相棒のことを思い、少年に尋ねた。

 

「你識唔識講英文呀?(英語はわかるかい?)」

「OK,la! ……I mean, yes.(オッケー!……えっと、はい)」

 

 日御碕は例の胡散臭い笑顔をナンバー8に切り替えると、少年のそばにかがみこみこう言った。

 

「どうしたの坊や」

「お姉さんたち、妹のことを助けてくれるんですか?」

「うん。そうだよ。何かお姉さんたちにお願いかな?」

 

 少年はかぶりを振った。

 そして、僅かな逡巡を浮かべた後、意を決してこう言った。

 

「サミーは…妹は…妖怪に食べられたんです」

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 私と凛と日御碕、そしてショーン少年の4人は、緑色の看板の世界中どこにでもあるコーヒーショップのチェーン店に入った。

ショーンはフルーツジュースを我々3人は無個性な味のコーヒーを注文した。

 

 この店は偉大だ。

 世界中どこに行っても同じ味の物が出てくる。

 仮にトーマス・エジソンが生きていたらこの大量生産均質化の権化のような店を気に入ったことだろう。

 

 ショーン少年は日本のアニメが好きらしい。

 凛が日本人だと知ると日本のあのアニメを知っているかとまくし立てた。

 凛は「ごめんなさい。最近日本には帰っていないから」と本当に申し訳なさそうに答えていた。

 ショーンは凛に対して「そうなんですか。ごめんなさい」とこちらも申し訳なさそうに答えていた。

 礼儀正しい少年だ。

 

 ショーン少年の話はこうだった。

 

 あの事件の日、ショーン少年と妹のサミーは、公園で四葉のクローバーを探していた。

 どちらが先に発見できるか競争していたらしい。

 

 実に心温まる光景だ。

 額縁に入れて飾っておきたいぐらいだ。

 運が良ければテート・ブリテンあたりに展示される日が来るかもしれない。

 

 しばらくたつと少年は自然の欲求を催した。

 だが、残念ながら近くにトイレはなかった。

 

 やむを得ず、彼は奥の草むらまで行き、用を足すことにした。

 あまり褒められた行為ではないが仕方があるまい。

 8歳にもなって粗相をしてしまうことは少年のプライドが許さなかったのだろう。

 

 草むらに隠れて用を足し1息付くと少年は妹の元に戻ろうと考え、そして妙な光景を目にした。

 

 妹の傍らにはカンフー映画に出てくるような時代がかった格好の男と緑色の巨人が立っていた。

 もう1つさらに奇妙だったのは、いつの間にか周りから人がいなくなっていたということだ。

 

 少年はとっさに木陰に身を隠し、様子を伺い続けた。

 

 男が何か呪文のようなものを唱えると妹の体がボウッと光ったように見え、淡く光る「何か」が体から飛び出していった。

 そして妹は――糸が切れた人形のように倒れこんだ。

 

 妹の体から飛び出した"何か"を巨人はつまみ丸呑みにした。

 

 全てが終わると2人は音もなく去って行った。

 

 その時ショーン少年は感じた。

 自分の半身が引きちぎられて遠ざかっていくような感覚を。

 

「妹はあの巨人の中にいる」

 

 ショーン少年はそう確信した。

 

××××××××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 人払いの結界、認識阻害の魔術、怪しげな術者、緑色の召喚獣のような何か――少年は妖怪と呼んでいたが――

霊体喰い、そして双子のシンクロニシティ。

 

 ビンゴだ。

 

 私の第6感は「この先危険、侵入注意」というハザードランプをこれ以上はないほどに点滅させていた。

 だが「お疲れさん。じゃあ僕はこれで」というわけにもいくまい。

 仮に私がよくとも凛が納得しないだろう。

 

 それに、今の話には特に気になる点が2つあった。

 まずはそいつを確認してみよう。

 

 隣の凛を見ると凛もやはり同様のことが気になっている様子だった。

 

 ふむ。相手は8歳の少年だ。

 

 触れられるなら中年に片足を突っ込みかけたアンドリューおじさんより麗しい凛お姉さんのほうが

安心できるだろう。

 

 私が凛に「どうぞ」とジェスチャーで指し示した。

 

「坊や。ちょっとごめんね」

 

 凛は優しくそう告げると少年の頭に手を置き解析を始めた。

 

 彼女は破格の性能を持った魔術師だ。

 解析は私もかなり得意だが凛には及ばない。

 

 すぐに解析は済んだらしい。

 凛は少年に「ありがとう」というと私に耳打ちした。

 

 彼女の解析によるとこの少年は突然変異で魔術回路をもち、未発達で魔力量も少ないが魔力を生成できているとのことだった。

 

 これで1つ疑問は解けた。

 魔術に対する抵抗力があったからこの子は結界の影響を受けなかったのか。

 

 私たちのひそひそ話を聞いた少年は不思議そうな顔で「どうしたんですか?」と聞いた。

 

「ありがとう。色々わかったわ」と凛が笑顔で答えると

 ショーン少年はほんのり顔を赤くして

「どういたしまして」と答えた。

 

 素直ないい子だ。

 

「さて、聞いていいかな?」

 

 今度は私が口を開いた。

 少年は頷いた。

 

「まず、妹さんのとつながってるその感覚だけど―

知覚できる範囲はどれくらいだい?」

「わかりません。…でもそんなに遠い距離は無理だと思う。あの時も姿が見えなくなってからちょっとして

妹の感覚も消えたから…」

 

 なるほど、探査機としての性能は「無いよりはマシ」といった程度か。

 だがそんな程度のものでも、あるに越したことはない。

 

 警察関係の相棒であるエミリーもエルバもソフィーも術者としては大したことはないが

それでもそれなりの助けにはなっている。

 

 今日もロンドンのどこかで職務に勤しんでいるであろう彼らに思いを巡らしつつ私はもう一つの

――こちらは事件とは関係ないことだが――疑問を少年にぶつけた。

 

「ショーン。君の英語はなかなかだな」

「ありがとう。お兄さんも広東語上手ですね」

 

 お兄さんとはありがたい。8歳の少年にお兄さんと呼んでもらえるとは私もまだまだらしい。

 

「英語はどうやって覚えたんだ?学校の授業だけではそこまで話せるようにはならないだろう」

「家庭教師のミス・ケントンに教えてもらいました。メイドのメアリー・アンとも英語で話してます」

 

 なるほど、子供は柔軟だ。

 そういえば私も8歳の頃には3ヶ国語を自然に覚えていた。

 

「質問は終わりですか?」

「ああ、上等だ。とても役に立ったよ」

 

 私は一度会話を切り沈思黙考した。

 人払いの結界に怪しげな術者、緑色の召喚獣のような何か――少年は妖怪と呼んでいたが――

霊体喰い、そして双子のシンクロニシティ。

 私の経験は赤信号の警告を発していた。

 凛も同じらしい。

 しかしビジネスライクになりきれない私はまた義侠心をくすぐられてもいた。

 表情から察するに凛もまた同じようだった。

 

 子供は敏感だ。

 我々の表情を察して不安になったらしい。

 ショーンは今までより一層懇願するような口調で言った。

 

「お姉さん、お兄さん。お願いです。サミーを助けて。僕に出来ることなら何でも手伝います」

 

 日御碕の表情を見やる。

 彼女は黙ったままニコニコして我々のやり取りを見ていた。

 この性悪め。

 

 今度は凛を見やる。

 凛は私を目を見合わせると言った。

 

「見捨てられないわよ……私だって妹の人生がかかってるんだから……」

「……そうだな。囚われのお姫様を助けよう」




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