Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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すいません。間空いちゃいました。
エピソード完結です。


思念

習慣になっているシエスタから目覚めた時に

 感じたものは"あの時"と同じなにか妙な感覚だった。

 

 覚醒しきっていない視界で半分閉じたカーテンの向こうに見えたのは薄闇と

―あの日と同じ鮮やかなイエローのスプリングコートを着た何者かの背中だった。

 

 そして私が逡巡している間にその背中は

 揺らめくカーテンの陰に消えていった。

 私はその背中を追ってベランダに出た。

 そこにはあの時と同じようにいくつかの赤いメッセージと手形が残されていた。

 

「誰かに知らせなくちゃ」

 

 まっさきに浮かんだのはマクナイトさんのことだった。

 私はルームキーを手に取り、部屋を出た。

 

 部屋を出るとそこにはでっぷりした体型の30がらみの男が私の事を待ち構えたように立っていた。

 

×××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 アレクサンドラが事件当時と同じ動きをしてくれるかは

不確定要素だったが実験は完璧にプラン通り成功した。

 

 部屋から出たアレクサンドラはホイルの醜悪な姿を不思議そうな表情で見上げていた。

 

ホイルはいつもの品のない声で彼女に

「部屋に戻ろうぜ、お嬢ちゃん。これからこの超天才がシャーロック・マザーファッキン・ホームズ

みてえにクールに謎解きをしてやる」

と言い、彼女を連れて部屋に入ってきた。

 

 アレクサンドラをつれて部屋に入ってきたホイルはベランダでなんとも不本意な格好をさせられている

私に言った。

 

「アンディ、もう入ってきていいぞ」

 

 私はベランダのカーテンの陰から不本意極まりない気分で2人の前に現れ

黄色いスプリングコートとブロンドのウィッグを外して言った。

 

「これでいいのか?シャーロック」

「ああ、完璧だぜ。ジョン」

 

 我々のやり取りを見てアレクサンドラが尋ねた。

 

「あの…マクナイトさん、これは一体…」

「ああ、そうだったな。順を追って説明しよう。」

 

 私はあの日行われたであろう出来事を推測を交えながら語った。

 

「まず、あの日窓の外に立っていたのは亡くなった君のお姉さんのシャーロットじゃない。

黄色いスプリングコートを着た全くの別人だ」

「でも、確かにあの時は姉だと…」

 

 ホイルがその後を引き継いで言った。

 

「お嬢ちゃん。人間の心理ってのはな。

何か強い印象のあるポイントがあると、そいつに意識がいって思いこみが働いちまうもんだ。

黄色いスプリングコートなんて目立つモノ着てれば思いこみで錯覚するのも当然って話だ。

ましてや、薄暗闇のなかで目覚めたばかりの寝ぼけ眼でみたんだろ?

現に、今さっきベランダに立ってたのは間違いなくそこにいるアンディだ。

アンディは野郎にしちゃ小柄な部類だが、筋肉質で立派なナニのついたれっきとした野郎だ。

生理はこねえし妊娠もしねえし母乳も出ねえ。

でも、お嬢ちゃんにはあんたの姉ちゃんに見えた。間違いねえな?」

 

 アレクサンドラは頷き、続けてこう尋ねた。

 

「でも、マクナイトさんは今までどこにいたんですか?

それにあのベランダにあった赤字のメッセージは?」

「それも単純なことだ。ここは角部屋だが…となりの部屋は空き部屋だろ?

ベランダの仕切りを乗り越えて隣の部屋のベランダに屈んで隠れてたのさ。

ただそれだけのことだ。

それとメッセージはセロファン紙に書いて貼り付けてあっただけだ。

君が部屋を出ていったタイミングで剥がせばそれで消えるメッセージの完成ってわけだ」

 

 私は右手に握ったセロファン紙を広げて彼女に見せて言った。

 

 彼女はそこに書かれた文字を確認して言った。

 

「そんな…でもなんで?誰がそんな事を?」

 

 ホイルが後を継いでいった。

 

「実はな、誰がやったのかもわかってる。こんなおざなりなトリックだ。

普通にやったら、不出来なセレブのヌードコラージュを50ポンド払って買うようなアホぐらいしか

騙せねえだろうが、今みてえに薄暗闇で寝ぼけた人間なら騙せる可能性もあるわけだ。

お嬢ちゃんをターゲットにするなら、あんたが昼寝から起きるタイミングを見図らうのがベスト。

そうすると犯人はあんたが昼寝する生活習慣を知っている奴ってことになる。

お嬢ちゃん。あんたはお利口なマザーファッカーだ。こんだけヒントがあればもうわかるだろ?」

 

×××××××××××××××××××××××××××××××××

 

 犯人はアレクサンドラのルームメイト、ジェシカだった。

 

 犯行の動機は実にティーンエイジャーらしかった。

 ――恋愛がらみだ。

 

 アレクサンドラには成績優秀で背が高く、ボート競技をやっていて

『トワイライト』シリーズに程よい存在感の脇役で出てきそうな

絵に描いたようなジョックのボーイフレンドがいるが

彼に好意を抱いているのはアレクサンドラだけではなかった。

 

 当然のことだがそこまで揃っていれば大抵のティーンエイジャーは気絶するくらい憧れる。

 ジェシカもその1人だった。

 

 そんなわけでジェシカは失恋したわけだがその後が良くなかった。

 失恋の痛みの癒しかたは人それぞれだがジェシカはそれをルームメイトへのいたずらという形で実行した。

 

「ただちょっと怖がってくれればいいと思った」

 

 そんな軽い気持ちでその計画は実行された。

 

 アレクサンドラからシャーロットの事はよく聞いていた。

 イエローのスプリングコートを着たのは二人の写真を見て印象に残っていたから。

 ただそれだけのことだった。

 

 あれだけ杜撰な計画だ。

 彼女はすぐにばれると思っていた。

 ばれたらばれたですぐに謝るつもりだった。

 

 しかし、外部から調査員が入ってくるなど事態が深刻化していくのを見て言いだせなくなってしまったようだ。

 

 ジェシカがアレクサンドラに謝罪しこの件は終わった。

 アレクサンドラは彼女を訴えようとはしなかった。

 

×××××

 

 私はニュー・ソサエティの理事と仕事を紹介してくれたソフィーに報告を済ませると、

不本意ながらホイルを誘ってパブに繰り出した。

 このブリテン島一下品で醜悪な生き物を誘った理由は1つ。

 彼の知恵を借りたかったからだ。

 

 ホイルは「奢るから飲みに行こう」と私が誘うと2つ返事で引き受け、そしてさらに言った。

 

「奢ってくれるならコールガールを呼んで3Pしねえか?」

 

 私は言った。

 

「絶対にごめんだ。君がナニしている姿など見たら一生のトラウマだ」

 

 パブは厳かな雰囲気の建物だった。かつてJ・R・R・トールキンやルイス・キャロルも常連だったという。

 そのような格調ある場所でもホイルはいつもどおりだった。

 エールを飢え死に寸前のブタのように飲み干し、運ばれてきたフィッシュアンドチップスやミックスグリルを

やはり餓死寸前のブタのように食らっていた。

 

 そして料理が運ばれてくるたびに女性のウェイターに「いいパイオツしてるな」と「いいケツしてるな」

というフレーズをロングボール戦略に頑なにこだわるベテランのフットボール監督のように繰り返していた。

 

 私は他人のフリをしたい欲求を我慢し、彼の口から食べカスと一緒に飛び出す下品極まりない猥談

にしばし辛抱して付き合うと話の切れ目のタイミングで私の中に残った疑問をぶつけた。

 

「ところでだ。今回の件だがまだ不明な点がある」

 

 ホイルはツバを周囲1フィートに撒き散らしながら言った。

 

「何だ言ってみろ」

「君の推理したとおり、集積所からセロファン紙が見つかったわけだが

いくつか妙な点があったんだ」

「妙な点?」

「ああ、まずメッセージだがな『Adieu Alex』というメッセージ、

ジェシカが不思議がっていた。

『こんな文章を書いた覚えはない』とね。

そもそも彼女はアレクサンドラの事をサンドラと呼んでいたらしい。

アレクサンドラ自身も日ごろから『アレックスだと男の子の名前みたいで嫌だ』と周囲に頼んでいたそうで

その他の大学の友人もみなサンドラと呼んでいたそうだ。

それと手形についてだが、警察の友人に頼んで照合してもらったところ一つだけジェシカ以外の人物の掌紋が見つかった。

アレクサンドラから聞いたんだが、その掌紋の持ち主は彼女のことをアレックスと呼んでいたそうだ。

…誰だと思う?」

「シャーロットか?」

 

 彼はこの驚くべき事実に特に驚くこともなく答えた。

 

「ああ、そうだ。

――驚かないんだな」

「驚いてるぜ。俺も。ただ、話の流れからしてほかに回答はねえと思っただけだ」

「今回の件だが。ソフィーと僕と君。それなり以上の術者3人が解析して魔力を探知できなかった。

つまりこの件は神秘と無関係だ。この事実、君ならどう理屈付ける?」

 

 ホイルは飲食の手を止め、珍しく真剣な顔で考え込んだ。

 そして、しばし沈思黙考した後に口を開いた。

 

「アンディよ。幽霊ってのは俺たち魔術師の間でどう定義づけられてる?」

「死後もこの世に姿を残す卓越した能力者の残留思念あるいはその空間の記憶のことだ」

「大正解だ。お利口なマザーファッカーだな、お前は」

「だが、この件はどちらに当てはまらない。亡くなったシャーロットは能力者ではないし、

彼女がなくなったのは大西洋の向こう側だ。それはどう説明する?」

「そうだな。『愛』じゃねえか?」

 

 ホイル口からあまりに似つかわしくない言葉が飛び出し、私はおもわず椅子から転げ落ちそう

になった。

 しかし、ホイルの表情はいつになく真剣だった。

 ホイルは真剣な――しかしやはり下品な――表情で言葉を続けた。

 

「ちょいと気になってネットで調べてみた。

便利な時代だな。SNSからプライベートがダダ漏れしてる。

俺みたいな不審人物の変態にはありがたい時代だ。

そんで、あのお嬢ちゃんとそのお友達たちのSNSを漁ったら色々わかった。

ジェイムズ姉妹は片親で、いけ好かないエリートの親父さんはいつも留守がちだったらしい。

ベビーシッターは雇ってたそうだが、亡くなったシャーロットは年の離れた妹を溺愛してたらしい。

妹のことは心残りだっただろうな。つまりだ――」

「つまり?」

「死して尚、妹を思う強烈な思いがが一時的にシャーロットを能力者に変え

その残留思念が大西洋を越えてお別れの挨拶に来た。

ありえなくはないと思わねえか?」

 

 ホイルの推論は色々な意味であまりにも意外だった。

 私は驚きで言葉が見つからず、しばらく無言の空間を漂いやがて一つの感想に至った。

 

「能力と空間を超越する程の思いか。

確かに。そんなものがあるとしたらそれは『愛』ぐらいだろうな。

――しかし、君の口からそんな言葉が飛び出すとは。実に意外だ」

 

 私がそう感想を述べるとホイルの口からはまたしても意外な言葉が飛び出した。

 

「俺にも年の離れた妹がいる。俺がこんな立場になっちまった今、もう会う手立てはねえがな」

「――そうだったのか。すまない。今回は辛い思いをさせてしまったな」

「なに。別に構わねえさ」

「やはり妹が壮健かどうか、気になるか?」

「ああ。俺の妹は実家において来たPCのハードディスクの中にしか存在しねえからな。

回収してえんだが、魔術協会の手が回ってるかもと思うと迂闊に近寄れねえ。残念だ」

 

 

×××××

 

 私の話が終わるころ。

 冬の空は明るくなりはじめ酒瓶はあらかた空になっていた。

 

 この長話の忠実な聞き手である衛宮士郎と遠坂凛はしばらく無言でいた。

 当然だが思うところがあるのだろう。

 

 無言がしばらく空間を支配したあと凛が一言こう言った。

 

「それだけ妹のことを思ってたのね」

 

 彼女の事情を物語るような重い言葉だった。

 

「ああ。僕にもよくわかる。

僕の妹は7歳にしてその儚い命を不慮の事故で散らした。

20年近く経った今も一日たりとも彼女の事を忘れた日はない」

 

 私が静かにそう言うと彼女はクスリと笑って言った。

 

「ちなみにこの話はウソだって続くんでしょ?」

「よくわかってるじゃないか」

 

 彼女はまたクスリと笑うと立ち上がって伸びをし、もうそろそろ寝ましょうと号令をかけた。

 私は士郎と凛の片づけを手伝うと2人の愛の巣を辞去した。

 

 彼らは初めて会った時のように私を外まで送ってくれた。

 そして辞去の挨拶をした私に言った。 

 

「アンドリュー。今年もよろしくね」

「ああ。こちらこそよろしく」

 

 イングランドの冬は底冷えする。朝のロンドンには霧が立ち込めていた。

 予報では昼からは晴れるらしい。今日はそれほどは寒くならないな。

 そんなことを考えながら私はブッラクキャブを呼び止めて乗り込んだ。




とりあえず今後もゆるりと更新します。
明日は例によって後書き。
その次の更新は未定ですが、そんなに間は空けないつもりです。
舞台は香港で考えています。

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