Fate/in UK   作:ニコ・トスカーニ

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定期的に呼んでくださっている皆さん、すいません。
多忙+書き溜めが底をつき、更新できませんでした。
ようやくエピローグです。
タイトルどおり、極めて同人誌的なエピソードにしました。
アンドリューが冬木のあの人たちと対面します。


冬木

 翌朝、午前8時に目を覚ました私は両儀家のショーグンのようなダイニングで

マーマイトがたっぷり塗られたトーストを3枚、涙を流しながら平らげた。

 

 朝食を終えた私はこの特定暴力団の城を辞するため、パッキングを始めた。

 そこにようやく、我が仮初めの相棒、瓶倉光溜が起きてきた。

 一度、霊体を抜かれた身だ。相当に消耗が激しかったのだろう。

 

 私は、もう少し寝ていたらどうかと進言したが、彼は恐怖に頬を引きつらせながらその進言を断った。

 肉体的消耗の激しさよりも両儀家にいることの精神的消耗の方が堪えるのだろう。

 その気持ちを表情から察した私は心からの一言を彼に贈った。

 

「君には同情するよ」

 

 この数日の間に我々の間にはささやかなシンパシーが生まれていた。

 私はこの哀れな青年と幾ばくかの談笑をすると、連絡先を交換し合い、再会を約束した。

 

 光溜が去ると、入れ違いで式が私の元にやって来た。

 

「都合の良いところまで送らせるぜ。お前に報告することもあるしな」

 

 そう言って式は私を便の良い近くのハブ駅まで送ることを提案した。

 昨日の疲労から抵抗する気力すら失っていた私はその有難すぎる申し出を受けることにした。

 幸運なことにこの家の数少ない良心、幹也も同行することを申し出た。

 

 15分後、私は絵にかいたようなマフィア専用車、ベンツSクラスW221の後部座席に

素敵な夫婦に挟まれる形で押しこまれていた。

 

 道中、マンションの跡地は両儀家が買い取って処置をすること、

私の今回の報酬といった事務的な話を夫妻が交互に話した。

 

 事務的な話しが終わると今度は私が彼らに尋ねた。

 

「今日はマナはどうしたんだ?」

「学校だ。お前が起きる前に出ていったぜ」

「そうか、それは残念だったな。お別れが言いたかったんだがね」

 

 幹也がいつもの人畜無害な笑顔を浮かべて私に提案した。

 

「もう1日いれば良いじゃないか」

「残念だが帰国する前に他に寄りたいところがあるんだ。

ミスターカゼノミヤのお礼にいくついでだ」

「そうか。ならしょうがないね。で、どこに寄っていく予定なんだい?」

「フユキだよ」

 

 彼はその地名に特にこれといった感想は抱かなかったようだ。

 そこで会話は暫く途切れた。

 私は目的地に着くまでの時間、黒い棺桶のような車内で英国歴代首相の名前を暗唱する作業に没頭した。

 

***********************************************************************

 

 私の「作業」がデイヴィッド・ロイド・ジョージまで到達したころ、車が駅に到着した。

 私は素敵な夫妻と交互に握手を交わし、別れの挨拶をした。

 「では、元気で。またいつか」という私の形式的な挨拶に対し、式は言った。

 

「そうだな。オレはこれでけっこうお前のことが気に入ってるから……また会うことになるさ。

そう遠くないうちにな」

 

 車を降り、夫妻に挨拶を済ませた私は移動前にニコチンの摂取をすることとし視界の端に移った喫煙場所へと歩みを進めた。

 我がホームタウン・ロンドンと同じく禁煙の波はアジア随一の先進都市東京にも押し寄せていた。

 私は駅前の小さな禁煙スペースで魂を入れられたばかりの素体のような表情を浮かべた紳士たちと肩をならべ、紫煙を燻らせていた。

 

 2本目の煙草に火を点けた所で背中越しに声をかけられた。

 

「失礼、火を貸していただけます?」

 

 私は紳士らしくにっこり笑う準備をしてから振り返り

 

「ええ、もちろんです」

 

 と言葉を発しようとして驚きのあまりその言葉を飲み込んだ。

 

 そこに立っていたのは私の信用できない古い友人、赤い髪の人形遣いの魔女だった。

 

 その女、蒼崎橙子はいつもの胡散臭い笑顔ナンバー31を浮かべたまま

小首を傾げて私の手に持った安物のオイルライターを取りいつもの不味そうなタバコに火を点けた。

 一筋最悪な臭いの煙を吐き出すと私にライターを返し彼女は言葉を発した。

 

「久しぶりだな、アンドリュー。元気にしてたか?」

「いつから見ていたんだ?」

「なんだ?気付いてたのか」

「気付いていたわけがないだろう。

僕のようないいところ一流半の半端者が君のような超一流の監視を探知できるはずがない」

 

 橙子はいつもの胡散臭い笑顔をナンバー17に切り替えて私の言葉の続きを待った。

 

「類推だよ。魔力は探知できなくても君のような素敵な人格者が取る行動くらい容易に想像がつく。

シャーロック・ホームズならあくびがでるような推理だろうし、シッド・ハレーでも遠からず結論に達するさ」

「やはりお前は面白いな」

 

 彼女はそう言うとタバコをもみ消し、私に背を向けると言った。

 

「じゃあ、またどこかでな」

「貸した金を返しに来たんじゃないのか?」

「返ってくると思ったのか?」

 

 気が付くと橙子の姿は人の海の中へと消えていた。

 

「いいや」

 

 私は彼女の残して行った不味そうな臭いの煙草の残り香に向けてそう一言口にした。

 

***********************************************************************

 

 東京から名古屋を経由して3時間以上の道のりを前日と同じ手順でたどり

昼過ぎに私は風宮のいる巨大な神殿の前に辿り着いていた。

 

 今度は迷わず受付(レセプション)に辿りつき風宮の名前を告げると

件の人物はすぐに現れた。

 

 風宮直々に案内された彼の格調高い居室で私は事件の結末と協力への礼を簡潔に述べた。

彼はいつもの鉄面皮のまま私の話を聞いていた。

 

 一通り話が終わると私は一言断り彼に質問をぶつけた。

 

「本当はあなたにはあの術式がすでに解析できていたのではないですか?」

 

風宮は表情を変えず答えた。

 

「なぜそう思うのかね、マクナイトくん?疑問にはなにかしら根拠があるはずだ」

「あなたほどの人が分かっていなかったとは思えないからです」

 

 彼は私の言葉を数秒反芻するとこう言った。

 

「荒耶宗蓮は狂人だが術者としては最高だ。この目で術式の発動を見たくてね。だが赴くにはまだ時間が必要だったから

君を使って結界内に溜まった魔力を祓い、発動までの時間を稼ごうとしたのさ。呪符を作ったのはそのためだ。

――だが1つ誤算があったな」

「なんです?」

「君が思った以上に術者として優秀だったことだ。お陰で術が発動してしまった。少々残念だよ」

 

 What am I? Shit magnet?(全くどいつもこいつも……)

 

 風宮との会談を済ませた私は昼食を摂るため近くの店に入りヌードルを注文した。

 真っ黒なスープに浸かった極太のヌードルはまるで我が国が誇る最高のインスタント食品

"POT NOODLE"のように歯ごたえがなかったが味は皇帝の晩餐と豚の餌ほどの違いがあった。

 

 600円払って店を後にした私は駅までのタクシーを捕まえ購入していたチケットで

冬木への特急(エクスプレス)に乗車した。

 

 現地に着いた頃には日が暮れかけていた。

 私は駅前でタクシーを拾うと士郎に書いてもらったメモを運転手に見せた。

運転手は"ガイジン"の私を見て動揺したのか

 

「I can't speak English. (私は英語を話すための能力がありません)」

 

 というお決まりの文句を口にした。

私それに対して何度目になるかわからないお決まりの文句を口にした。

「日本語はわかりますので安心してください。この住所に行っていただけますか?」

 

 駅周辺に広がるダウンタウンから車で走ることおよそ10分、

日本らしい無個性な住宅街の広がるエリアを徐行しながら初老の運転手は困り顔で口にした。

 

「お兄さん、すいませんね。この辺なのは間違いないんですが…」

 

 どうやら道に迷ったようだ。

 やむをえまい、不機嫌な双子のような住宅が立ち並ぶこのエリアで目的の住宅を探し当てるのは

誰にとっても難しいだろう。

 

 私は小さくため息をつき、その間も無慈悲に上昇していくメーターを見て徒歩での探索を決意した。

 

 夕闇が迫る中私は目的地を目指し同じエリアを何度も周回していた。

 周囲に人影も見当たらず、諦めて駅前に戻るという選択肢が頭に浮かび始めた時

1台のスクーターが私の横で停まった。

 

 それに合わせて私が歩みを止めると、車上の人物は英語で私に尋ねた。

 

「Excuse me.Are you lost?or You are just checking where you are right now on the map?

<道をお探しですか?それともその地図でどこにいるか確かめているだけ?>」

「はい。道に迷いまして。あと日本語で構いませんよ」

「ああ、日本語話せるんですね」

 

 車上の人物は20代の半ばから後半ほどに見える若い女性だった。

 彼女は一言断ると、私の手にしたメモを見てこう言った。

 

「ああ、お兄さんひょっとしてマクナイトさん?」

 

 私が頷くと彼女は続けて言った。

 

「士郎から話は聞いてます。案内しますね。……私、藤村大河です」

 

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 その夜、衛宮邸で私は藤村大河の持ってきた大量のアルコールを彼女の家のジャパニーズ・ヤクザと思しき人物たちと摂取していた。

 つくづく日本での私はこの手の人種に縁があるらしい。

 

 私は様子を見に来ただけなので少し飲んだら予約したホテルに行くと主張したが

彼女は私の主張を無視し宿泊を一方的にキャンセルさせると矢継ぎ早にロンドンでの士郎と凛についての質問を浴びせてきた。

 

 私は求められるまま、凛のうっかりエピソードや士郎の無鉄砲ぶりについて

魔術に関する部分はぼかして答えた。

 

 彼女はどれも興味深げに聞いていた。

 暫くしてもう一人、若い女性が衛宮邸にやってきた。

 

 色白で紫色の髪をした20前後に見える年若い女性だった。

 

「桜ちゃん、こっちこっち!」

 

 大河にうながされるままその女性はこちらに向かってくると私の隣に腰かけた。

 間桐桜と名乗った彼女は私にいくつかの違和感と年若い友人を想起させた。

 

「さあ!桜ちゃんも来たし今日は士郎を肴にとことんいきましょー!」

 

 大河はそう号令をかけると私と桜に酒を勧め、自分は勧めた倍のアルコールを摂取した。

 

***********************************************************************

 

 深夜0時を過ぎ、床に転がる酔いつぶれた死体の群れを跨ぎながら私はトイレに向かい

 アルコールで高められた自然の欲求を済ますと家の中を探索することにした。

 この衛宮邸は無個性な現代住宅とは違う趣のある武家屋敷で広い敷地内には

剣道場や倉庫、離れの居室まで存在していた。

 酔い覚ましに庭に出ようと歩みを進めると、縁側に静かに1人、間桐桜が腰かけていた。

 

「サクラ」

 

 私がそう声をかけると彼女は振り向き私を見上げた。

 

「アンドリューさん。どうしました?」

「屋敷内を探索していてね。君は?」

「なんだが変に目が冴えてしまって」

「そうか。少し話でもしないか、君が良ければ」

「はい」

 

 快活な大河と違い彼女はあまり多弁では無いようだった。

 なので私は彼女の話を引きだすように心掛けて話した。

 主に我々の共通の話題、士郎と凛のことについてだ。

 彼女の話は特に士郎の人間性について私が再確認する良い材料となった。

 そして彼女と話せば話すほど最初に感じた違和感と彼女に似た人物に対するイメージが鮮明となってきた。

 

 話が途切れたタイミングで私は主に大きな2つの疑問を彼女にぶつけることとした。

 

「君が嫌ならばこの質問には答えなくて構わないが――」

 

 そう前置きして私は尋ねた。

 

「君は魔術師なのか?それにリンの――トオサカの血縁者ではないのか?」

 

 私の疑問に対して彼女は驚きの表情を浮かべると静かに答えた。

 

「……どうしてそう思ったんですか?」

「まずは1つ目。微弱だが魔力を感じる。トオサカの物とは違うが、君のその紫の髪が何か無理やりに大きな変換をさせた代償だと考えれば筋が通る。

そして2つ目。君とリンはそっくりだ、僕からしたら誰も気が付かないのが不思議で仕方がない」

 

 桜は私の分析に沈黙で答えた。

 だがその表情から答えが"Yes"であることは明白だった。

 

「……質問ついでに、僕は一通りの魔術が扱えるが、どれも並か並よりいくらか上程度の能力しか持ち合わせない。しかし解析だけは別でね。

君の体から終始例えようのない違和感を感じるんだ。――それでだ。少し君に触れて解析しても構わないかい?」

 

 彼女はやはり何も答えなかったが、拒否もしなかった。

 私は彼女の頭にそっと手を伸ばし魔術回路を開くと解析を始めた。

 

tharraingt sa téad(糸を手繰れ)

 

 慣れ親しんだ詠唱と共に対象の解析を始める。

 その結果は驚くべきものだった。

 こんなことを人にしでかす外道とはどのような人物なのか。

 

 ――彼女の心臓には蟲が巣食っていた。

 

 誰かが彼女をバックアップの体とするためにだ。

 

 だが私にはどうする事も出来ない。

 

 これほど体の奥深くに巣食った蟲を心臓だけ傷つけずに取り出すことなど到底不可能だ。

 

 彼女は黙って足元の一点を見続けていた。

 どこまで自分の体のことを知っているのか。

 私には分からない、私は今自分に言える数少ない言葉を選び口にした。

 

「……いつか君を解放する人物が現れる。きっとね。ただ残念ながらそれは僕ではないようだ」

 

 翌朝、私が目を覚ますと既に皆は帰った後だった。

 枕元にはメモ書きとともに鍵が置かれ、帰るときに閉めて鍵をポストに入れて欲しい旨が

英語で書かれていた。

 きっと大河が書いたのであろう。

 英国ではよほどの田舎でなければありえない行為だが、やはりこの国は平和だ。

 

 私は帰る前に昨日桜との話で中断した屋敷の散策の続きをすることとし、まだ見ていなかった土蔵を覗きに行った。

 話に聞いたセイバー(アーサー王)を召喚した場所だ。

 土蔵の床には当時の召喚陣が残されていた。

 ここから我が国最高の英雄の1人が召喚されたと思うと感慨深いものがある。

 

 そうして佇んでいると昨日の桜の解析結果に対する1つの解決策が浮かんできた。

 そうか、出来ないのであれば出来る物を作れば良い。

 私のすぐ身近には常識外れの投影魔術師がいたことを忘れていた。

 私は帰路につくためタクシーを呼び、待つ間それを可能とするいくつかの武具を想像する思考に埋没した。




次回、例によって後書きです。
ところで、最近Fate/Grand Orderをプレーし始めました。
無課金ユーザーですが、運よくドレイク姉さんをガチャで引き当てました。

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